第漆話 【 模擬面接 】

 氷麗のストーカー事件を終え、数日が経ったある日の午後。

 桜夢は編入試験の為に、灰夢と共に面接の練習をしていた。





「では、質問です……」

「──は、はいっ!」

「あなたが高校生活に求めるものはなんですか?」

「えっと、えっと……。なんかこう、高校生たちのエ〇チな展開を……」

「……失格」

「──えぇッ!?」


 真顔で否定する灰夢に、桜夢が口を開けたまま固まる。


「当たり前だろ。どこのどいつが、面接で下ネタを出してくんだよ」

「だって、高校生活といえば青春だって、狼さんに借りた漫画に……」

「それは漫画の世界だ。それに、青春をエ〇スと一緒にすんな」

「ぶぅ~。どうせ、行き着く先は一緒なのに……」

「はぁ……。サキュバスって、なんでこう思考がピンクなんだ……」

「そりゃサキュバスだからね。えへへっ……」

「笑ってんじゃねぇよ。その角へし折るぞ……」


 容赦の無い言葉にも耳を貸さず、桜夢は嬉しそうに照れていた。


「面接ではできる限り、相手が理想とする人物像を演じろ」

「うん、わかった……」


「では、次の質問です」

「──はいっ!」

「あなたは将来、どんな人間になりたいですか?」

「それはもう、決まっています」

「……ほぅ、それは何ですか?」

「ワタシは将来、【 狼さんのお嫁さん 】になりますっ!」

「……失格」

「──えぇっ!?」


 再び全力否定する灰夢に、桜夢が不満そうな顔を向ける。


「幼稚園児か、お前は……」

「だって、将来何になりたいかを聞かれたから……」

「面接官からしたら、『 狼さんって、誰だ? 』ってなるだろ」

「そしたら、ちゃんとそれにも答えるもんっ!」

「……なんてだ?」

「もちろん、『 ワタシの初めてを奪った人ですっ! 』って……」

「……失格」

「なんでぇ~っ!?」

「奪ってねぇし、これから奪う気もねぇ……」

「そんなぁ……」


「はぁ……。お前、面接をなんだと思ってんだ?」

「だって、こんなことしたことないし……」

「それにしても、回答が酷すぎるだろ」

「ぶぅ……」


 桜夢はいじけると、本棚の横の隅っこで体育座りをしていた。


「……何してんだ?」

「だって、何を言っても狼さんが怒るんだもん」

「だからって、将来の夢を『 すみ〇コぐらし 』にするなよ」

「ここが落ち着くの……」

「はぁ、ったく……」


 灰夢がゲーム機の電源をつけ、桜夢にコントローラーを渡す。


「ほら……」

「…………」


 桜夢は無言でコントローラーを受け取ると、灰夢の横に座った。


「……スマ〇ラでいいか?」

「……うん」


 二人がチームを組み、オンラインプレイヤーと戦い始める。


「ねぇ、狼さん……」

「……ん?」

「ワタシ、学校に行ける自信なくなってきちゃった」

「なんだ? 急に……。桜夢らしくもない」

「だって、ワタシは馬鹿だし……」

「まぁ、それは否定しない」

「一般常識とか言われても、今でもよく分からないから……」

「……常識か」


 その言葉を聞いて、灰夢が無言のまま考え込む。


「なぁ、桜夢……」

「……何?」

「常識って、なんだと思う?」

「……哲学?」

「そんな難しい話じゃねぇよ。ただ、常識という言葉の意味を聞いてる」

「そんなの『 知ってて当たり前なこと 』じゃないの?」

「……いい回答だな」

「まぁ、少しは国語も勉強してるからね」


「なら、もう一つ質問だ……」

「……何?」

「俺が病気で死んだら、どう思う?」

「──えっ、狼さん病気なのっ!?」

「違ぇよ。あくまで例えだ、不死身が病気にかかる訳ねぇだろ」

「なぁんだ、びっくりしたァ……」

「そう。その驚きが、常識を超えた時の反応だ」

「……え?」


 灰夢の言葉に、桜夢がキョトンとした表情のまま固まる。


「お前も知ってるように、俺は不死身だ。何があっても死なない」

「うん、そうだね」

「月影の奴らも、それを知ってる。故に、俺に何かあっても焦る表情一つ見せない」

「まぁ、狼さんは何があっても生きてるからね」

「つまり、お前らの中では、俺が不死身なのは【 常識 】と言うわけだ」

「そう言われると、そうだね」


「だが、世の中の大半は、俺がそんな体であることを知らない」

「……そうだね」

「つまり、俺らにとっては当たり前でも、外の人間には当たり前じゃない」

「……どういうこと?」


 灰夢が敵をバッタバッタと倒しながら、話を続けていく。


「確かに、一般常識は大切だ。外で生きる時は平穏を装い、人に合わせる技術が必要になる」

「…………」

「その一般常識からズレると、不快に思われたり、敵意を向けられることがある」

「……うん」

「だが、一概に一般常識としても、それが正しいという保証はない」

「……そうなの?」

「現に、俺は不死身だが、そんな人間がいるなんて、普通は思わないだろ?」

「まぁ、そうだけど……」

「俺は一般常識から外れている。だが、実際に不死身であることに間違いはない」

「た、確かに……」


 淡々と語る灰夢の横顔を、桜夢は静かに見つめていた。





「確かに、この世界には多くの【 常識 】が存在している。

 だが、それはあくまで、その人間の中にある知識に過ぎない。


 呼吸の仕方、飯の食い方、字の書き方から会話の仕方まで、

 多くの者が出来ることを、この世界では【 常識 】と呼ぶ。



 ──だが、それが正しいという根拠はどこにもない。



 俺らのように、常識から外れている人間は確かに存在している。

 悪魔や精霊だって、常識的に考えてしまえば存在してないはずだ。


 だが、俺らからすれば、それがいるのが当たり前と捉えている。

 それは、俺らが今までに出会って体験してるからに他ならない。


 一般常識に忌能力なんて存在しねぇし、魔術なんてものもない。

 首を切られれば人間は死ぬし、ドラゴンなんて空想の生き物だ。



 ──だが、事実こうして、俺たちは【 存在 】している。



 そんなふうに、物事には大抵【 例外 】が存在している。

 要するに、常識なんてのは、目の前の相手によって変わる。


 簡単に言えば、【 普通 】や【 常識 】というのは、

 ただ単に相手の都合のいいものを、そう呼んでいるだけだ。


 俺は面接の中で、『 常識的に考えろ 』とは言ってない。

 あくまで、【 相手の理想の人物像を演じろ 】という話だ。


 わかりやすく言えば、相手の好みに合わせてやればいい。

 世の中的な言い方なら、【 空気を読む 】と言うやつだ。


 俺ならゲーム、満月ならロボットの話が盛り上がるだろう。

 リリィの場合も、可愛いモノで盛り上がったりと好みがある。


 学校なら学ぶ為に。会社なら、会社の利益になるように、

 自分を語るのではなく、相手が食いつく話題や回答をする。


 別に、お前がピンク思考の変態だろうと誰も傷つかない。

 むしろ自信を持って、自分の考えを言えるのは良いことだ。


 だが、学校と言う場所において、学ぶ気の無い者は必要ない。

 嫁になるのなんか、別に頭が良くなくたって出来るんだからな。


 常識というのは、あくまで多くの人間が持つ共通認識だ。

 その考えに囚われると、逆に自分らしさを失うことも多い。


 だからこそ、あくまで自分の考えは捨てずに、相手に合わせる。


 ゲームの中での相手の出方や、次の攻撃を予測するように、

 今、目の前にいる相手が、何を求めてるかを読む力を鍛えろ。


 自分なら、こうされたら嬉しいとか、こうされたら助かるとか。

 些細なことでも、相手を考えられる行動や言葉を心掛ければいい。


 その都度、何が正しくて、何が間違っているかを考えてみろ。

 その時の相手が何を求めて、何を不快に思うのかを探るんだ。


 世間の奴らの【 一般常識 】なんてもんに囚われなくていい。

 お前はお前なりの、相手を考えられる人間にさえなれば十分だ」



























       「 そうすりゃ、自ずと人との心は繋がってくっから…… 」



























 そんな灰夢の言葉を、桜夢は静かに聞いていた。


「ワタシにも、出来るかな?」

「……さぁな」

「出来なかったら、どうしよう」

「その時は、また別の方法を考えればいい」

「でも、失敗は許されないんじゃ……」

「学校に入れなくても、生きては行ける」

「……そうなの?」

「まぁ、それを学ばないと俺にみたいになるけどな」


「狼さんは、相手の心がまだ読めないの?」

「違う。読めないんじゃなくて、読む気がねぇんだ」

「それ、ワタシより重症じゃないの?」

「まぁ、そうだろうな」

「……認めちゃったよ」

「他人に合わせて生きていくほど、俺は器用な人間じゃねぇよ」


「狼さんは、それでいいの?」

「言いも悪いも、この歳になったら、今更、変わる気も無くなる」

「性格曲がってるなぁ……」

「中身は老骨だからな」

「でもなんか、狼さんは昔からそういう性格な気がする」

「おぉ、よく分かってんじゃねぇか。その通りだ……」

「正解したのに、全然嬉しくないや……」


 誇らしげに答える灰夢に、桜夢が呆れた視線を向ける。


「まぁ、初対面で相手の心を読むのは、なかなか難しいがな」

「うん。知らない人に話しかけるのは、ワタシも怖いもん」

「ある意味、学校はそれを学ぶところと思えばいい」

「でも、学ぶ前に面接でいきなり試されるのは、理不尽じゃない?」

「普通は小学校とかから学ぶんだよ。小学校に面接はねぇの……」

「あっ、そっか」


「まぁ、小学校からでも不登校になるやつは、今どきは珍しくもねぇがな」

「……そうなの?」

「あぁ……。少しズレるだけで、人間なんてすぐにすれ違う」

「そういえば、氷麗ちゃんもそうなんだっけ?」

「まぁ、あいつの場合は特殊だが、氷の力は普通の人間にはねぇからな」

「それが原因で人とズレて、不登校ってことだもんね」

「あぁ、そういうことだ……」

「みんな苦労しながら、頑張って空気を読む勉強してるんだね」

「……そうだな」


 少し笑顔が戻った桜夢の横顔を、灰夢は横目で見つめていた。


「逆に言えば、ガリ勉が優秀なわけでもねぇってことだな」

「……そうなの?」

「頭が良くても、空気が読めないやつは多い」

「そ、そうなんだ……」

「お前だって、相手が自己中だったらめんどくさいだろ?」

「それはまぁ、そうだね」

「知識だけ多くても、自分のやり方しか見えてないやつは、世の中では上手くいかねぇ……」

「あぁ、なるほど……」


 自分絶対主義のマザーを思い出しながら、桜夢がコクコクと頷く。


「逆に馬鹿でも、要領の良い奴は出世したりもする」

「……要領?」

「言ノ葉なんか要領が良いから、忌能力者でも友達多いだろ?」

「そう言われると、確かにそうだね」

「要するに、世渡りの上手いやつが一番得をする世界ってこったな」

「ワタシ、頭が良くないとダメなんだと思ってた」

「いい大学を出ても、社会に溶け込めず、堕落した人生を送る人間も少なくない」

「なんか、勿体ないなぁ……」


「それだけ、世の中には常識の通じない理不尽が満ちてるんだろ」

「世の中が常識を求めてるのに?」

「言ったろ。常識ってのは、目の前の相手の考え方によって変わるって……」

「……うん」

「自分にとっては常識でも、相手にとって常識でなければ意味が無い」

「な、なるほど……」

「自分の先生、先輩、上司、家族、友達……」

「…………」

「つまり、その相手の考え方こそが、別名【 常識 】というバケモノの正体だな」


「なんか、面倒くさいね。生きるのって……」

「俺もそう思う。だから、俺は表の世界が嫌いなんだ」

「狼さんってひねくれてるだけかと思ってたけど、ちゃんと理由があるんだね」

「まぁ、ひねくれてるのも事実だと思うがな」

「ふふっ、自分で言っちゃうんだね。さすがだよ、狼さん……」


 心のモヤモヤが晴れ、笑顔が戻った桜夢の表情に、

 灰夢も胸を撫で下ろしながら、小さく微笑んでいた。


「……面接、やれそうか?」

「うん。少しだけど、自信がついてきたかな」

「そうか。まぁ、お前は馬鹿だが器用な方だ、きっと大丈夫だろ」

「むぅ〜、それ褒めてるの?」

「まぁな。正直、氷麗よりは生きるのが上手いと思ってる」

「それは、氷麗ちゃんに失礼なのでは……」

「安心しろ。氷麗にも直接言ってっから……」

「容赦ないなぁ、狼さん……」


 ストレートな罵倒に、桜夢の表情が一瞬で冷める。


「まぁ、あの学校は変わり者を好いてるところがあっから、問題ないだろうがな」

「……そうなの?」

「あぁ……。あそこを運営してる人間が、そういう人間を好む変人だからな」

「そ、そうなんだ……。なんか、狼さん。あの学校には無駄に詳しいよね」

「まぁ、そいつが俺の古い顔馴染みだからな」

「──えっ、そうなの!?」

「あぁ……。見たら分かるだろうから、そのうち会ったら挨拶しとけ」

「わ、わかった……」

「とりあえず、このまま練習再開と行くか」

「は〜いっ!」


 灰夢が面接官の真似をし、桜夢と正面から見つめ合う。


「では、桜夢さん。質問です……」

「──はいっ!」

「あなたの得意科目はなんですか?」

「保健体育ですっ! 特に、保健に関する知識には自信が……」

「はぁ……」

「……どうしたの?」

「お前、やっぱ入学無理だわ」

「──えっ!?」





 その後も灰夢は、何度も挫折を繰り返しながらも、

 桜夢に出来る限り空気を読む方法を教えるのだった。

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