第陸話 【 一件落着 】
二人は家に帰ると、連絡を受けていた家族に出迎えられ、
ストーカー問題の解決と、氷麗の無事を祝う宴が開かれた。
そんな中、灰夢の姿が無いことに気がついた言ノ葉と氷麗が、
灰夢を探しながら周囲を見渡し、店の外にいるのを見かける。
それを見た二人は、中で盛り上がる宴を静かに抜け出し、
外で牙朧武の眷属たちに食事を与える、灰夢の元へ
「お兄ちゃん、その子たちは……?」
「……ん? いや、今日は偵察で働いてくれたから、少し褒美をな」
灰夢の前に、五匹の眷属たちが甘えるように寄り添う。
「えっと……。お兄さん、どの子がポチでしたっけ?」
「ポチはこいつだ。んで、右から順にテス、タロウ、シュン、コジロウだ」
「いや、その……。ごめんなさい、違いが全く分からないです」
「……そうか? 慣れると分かるもんなんだけどな」
優しく眷属を撫でる灰夢に、言ノ葉と氷麗が冷めた視線を向ける。
「何だか見た目が怖すぎて、ポチ感が皆無ですね」
「お兄さん。牙朧武さんの眷属って、何匹いるんですか?」
「今のところは36匹だな。前より増えつつはあるが……」
「ふ、増えるんですね。その子たち……」
目の前のおぞましい獣が増えつつあるという現実に、
言ノ葉と氷麗が見つめ合いながら、引き気味に微笑む。
「目指せ101匹だ。……な? ポチ……」
「クウゥーン、ヘッヘッヘッヘッ……」
「凄く懐いてる。なんか、凄いシュールな光景なのです……」
「こ、これが101匹……」
101匹に増えた絶望的なイメージ図に、二人は息を飲んでいた。
「さすが、お兄ちゃんです。眷属さんをも手懐けてるんですね」
「まぁ、こいつらも俺の生命力を喰ってるからな」
「……え?」
「こいつらは牙朧武と違って、簡単に影の外には出れねぇんだ」
「……そうなんですか? でも、今は普通に……」
「眷属は生き物の生命力を喰らうことで、数時間だけ影の外に出れる」
「そ、そんな制約が……」
「あぁ……。だから、贄を使うか、俺の生命力を喰わないと出られない」
「な、なるほど……。確かにそれは、簡単には呼べないですね」
「まぁ、俺の生命力が無限だから、もうほぼ自由なのと同じだけどな」
「お兄ちゃん、相変わらずのバケモノなのですぅ……」
さも当然のように答える灰夢に、言ノ葉が呆れた顔で呟く。
「だが、おかげで氷麗を守れた。今日はお手柄だ……」
「クゥンッ! ワンワンッ!」
「分かった分かった。ほら、餌はこっちな」
「なんか紅い眼光が鋭すぎて、犬に見えないですね」
「氷麗……。ポチは犬じゃなくて、狼だぞ……」
「いや、むしろ狼と言われても、私の知る狼じゃないんですけど……」
「まぁ、細かいことは気にするな」
「こ、細かいのかなぁ……」
そんな疑問を抱きながらも、氷麗はポチに近づいていった。
「……さ、触ってみてもいいですか?」
「あぁ……。構わねぇよ」
「ポ、ポチ……」
「クゥンッ! ヘッヘッヘッヘッ……」
「ふふっ、可愛い。ありがとね、ポチ……」
「ワンワンッ! クウゥーン……」
普通の犬が甘えるように、ポチが頭を氷麗に擦り付ける。
それを見た言ノ葉も、羨ましそうな顔で眷属に近づいた。
「お、お兄ちゃん。わたしも触っていいですか?」
「好きにしな、噛んだりしねぇから……」
「テ、テス〜。ほら、お手なのです……」
「ワンワンッ!」
「おわあぁぁあっ!」
「クゥンッ! ペロッペロ……」
「あははっ、くすぐったいですよ。テス……」
巨大な体で甘えながら、テスが言ノ葉の頬を舐める。
「ふっ、懐かれたみたいだな」
「こうやって触れると、改めて大っきいですね」
「まぁ正直、俺を呼びになんか来なくても、人間なんか一噛みだからな」
「確かに、これに襲われたらひとたまりも無いですね」
「誰かを助ける時には力を貸してくれる。俺の大切な相棒たちだ」
「ふふっ、正義の味方には見えないですけどね。お兄ちゃん……」
「今日も私の為に戦ってくれている時、凄く怖い目をしてましたし……」
「悪かったな。目付きが悪いのは、生まれつきなんだよ」
「えへへっ、そうですね」
「それでこそ、言ノ葉たちのヒーローなのですぅ〜っ!」
そんな話をしながら、氷麗と言ノ葉は、いつも通りの笑顔を見せていた。
☆☆☆
宴を終えると、灰夢は風呂の中で一人、星空を見上げていた。
「はぁ……。やっぱ疲れたら、これ限るな」
「歳が垣間見えておるぞ、灰夢よ……」
「……ん?」
影の中から響く声と共に、灰夢の横に牙朧武が姿を見せる。
「……牙朧武」
「今日はまた、災難じゃったな」
「災難は俺より氷麗だ。まぁ、相手が人間だっただけマシだがな」
「全く、人間も大概じゃな。飢えた動物に他ならんわぃ……」
「牙朧武もありがとな。言ノ葉を見ててもらって……」
「構わぬ、何が出るか分からぬからな」
牙朧武は満足そうな表情で、共に夜空を見上げていた。
「ひとまず、ストーカー案件は解決だな」
「じゃな。よかったのぉ、無事に小娘を守れて……」
「ガキを狙われっと、毎度毎度、本当に肝が冷える」
「守るべき小娘が多いと、月影の番犬は大変じゃなぁ……」
「ったく、少し俺にも休暇をくれってんだ……」
「無理じゃろう。飢えた獣に他者を待つ理性など無い」
「いや、それを狼のお前が言うなよ」
呆れた視線を送りながら、灰夢がボソッとツッコミを入れる。
「この先も、こういうことは繰り返されるやもしれぬ」
「まぁ、もう氷麗は大丈夫だろ。
「お主、まさかアレを付けたのか?」
「止むを得ずだ。さすがに俺のいない所で、こう何度も襲われちゃぁな」
「ふっ、随分とあの娘が気に入っとるようじゃな」
「あいつに何かあると、言ノ葉が泣く。だから、それ相応の処置をしただけだ」
「じゃが、あれを付けたのなら、これからは大変じゃぞ?」
「別に氷麗が、また危ない目に遭わなきゃ発動しねぇだろ」
「それはそうじゃが、あれは時と場合を選ばぬからのぉ……」
「それぐらいじゃなきゃ、守りきれねぇと判断したんだよ」
「お主は優しいのぉ、本当に……」
「必要がなくなりゃ消せばいいさ」
灰夢は影から酒を取り出すと、お猪口に注いで牙朧武に渡した。
「ひとまず、一件落着の報酬だ。ほら……」
「うむ、礼を言う……」
お猪口を受け取り、牙朧武が微笑みながら灰夢に向ける。
「とりあえず、今日はお疲れ様な」
「お主もじゃ、灰夢……」
そう二人が、お猪口をポンッとぶつけようとした瞬間、
突如、灰夢の影が小さく開き、バッと九十九が顔を見せた。
「待たれよっ! わらわも混ぜておくれ、ご主人っ!」
「何でナチュラルに出てきてんだよ。ここは男湯だぞ……」
「わらわとご主人の間に、そんな些細な壁など存在せぬよ」
「するする。めっちゃしてっから。帰れ帰れ……」
「良いでは無いか〜、良いでは無いか〜っ!」
「お前の見た目で酒を呑んでると、幼女飲酒事件なんだよ」
「むぅ〜。鬼は酒に呑まれるほど、弱い種族ではないわ」
頬を膨らませる九十九に、灰夢が冷たい視線を送る。
「お前、もう少し見た目を大人っぽくするとか出来ないのか?」
「ん〜、無理じゃなっ!」
「そうか。なら、酒は無しだな」
「嫌じゃ嫌じゃ〜っ! わらわも呑〜み〜た〜い〜っ!」
「はぁ……。ったく、この酒豪ロリが……」
「まぁ、良いではないか。今更、取り繕えるものでもなかろう」
「牙朧武殿、カバーのしかたが雑ではないか?」
「確かに、中身がババアなのは、ちょくちょく垣間見えてるか」
「いや、直球過ぎるじゃろ。ご主人っ!」
落ち込む九十九の後ろから、再びタオルを巻いた人影が飛び出す。
「お待ちください、主さまっ!」
「おわっ! 恋白……。なんで、お前まで影から……」
「主さまが、お風呂に行かれたと聞いたので……」
「いや、だから普通に来るなよ。ここは男湯っつってんだろっ!」
「む〜っ! ズルいです。わたくしだけ仲間外れなんて……」
恋白が頬を膨らませながら、九十九と並んで灰夢を見つめる。
「はぁ……。なんでこう、俺の周りにはこんなのしか居ねぇんだ」
「類友じゃろ、普通に……」
「どういう
「まぁ、細かいことは気にするでない」
「いや、俺にとっては、わりと重大なことなんだが……」
四人はお猪口で音を奏でると、ゴクッと一気に飲み干した。
「ぷはぁ……。これじゃなぁ、この為に生きておる」
「はぁ〜、とても温まりますね」
「寒い冬に風呂で飲む酒、良いのぉ……」
「いつから混浴になったんだ、この風呂は……」
灰夢が呆れながら、幸せそうな三人と夜空を見上げる。
「平和ですねぇ……」
「わらわたちは、人の傍におると害する者ばかりなんじゃがのぉ……」
「こうしておると、そんなことも忘れてしまいそうじゃ……」
「忘れちまえ、俺に害はねぇんだから……」
その灰夢の何気ない言葉に、契約者たちが笑みを返す。
「そうだ、恋白。……水の使い方なんだけどよ」
「はい。どうですか? 少しは慣れましたでしょうか?」
「多少はな。ただ、量の調節が上手くいかなくてな」
「あっ、でしたら、力をいくつかに分けるイメージで。こう……」
「……こうか?」
「そうです、さすが主さまですっ! 覚えるのがとてもお早いですね」
「恋白の教え方が上手いからだ、ありがとな」
「いえ、そんな……。主さまの為ですから……」
灰夢が恋白に教わる様子を、九十九と牙朧武が二人で見つめる。
「ここまで怪異に好かれる人間も、また珍しいわぃ……」
「まぁ、そういう吾輩たちもじゃがな」
「それはまぁ、そうなんじゃが……」
「吾輩の眷属たちですら、たまに遊んでもらっておるからのぉ……」
「本当に、分け隔てなさすぎじゃな」
「それこそが、こやつのいい所じゃ……」
「本当にのぉ……」
二人は微笑み会うと、再びコツンッと酒を飲み交わしていた。
「そういえば恋白、コタツはどうだった?」
「コタツ、素晴らしいアイテムですね。わたくし、あの中に住んでしまいそうです」
「ふっ、コタツムリの完成だな」
「あれは魔境ですね。入ったら最後、出られなくなります」
「まぁ、冬の恋白には必須アイテムか」
「沙耶さまや透花さまも、喜んでおられましたよ」
「最近、夜影衆が俺の部屋を占拠してきてないか?」
「確かに、火恋さまも茶釜三姉妹の方々も、時々お見かけ致します」
「はぁ……。ったく、人口密度が高ぇなぁ……」
「それだけ主さまのお傍が、安心できるという証拠ですよ」
ため息をつく灰夢に、恋白がそっと寄り添う。
「わたくしも主さまのお傍が、一番安心致します」
「出来れば、風呂ぐらいプライベートにして欲しいんだがな」
すると、不意にチャリンという鈴の音が響き渡り、
灰夢は恋白の頭に付いた、一本の
「恋白……。お前、そんな
「あっ、こちらはですね。先日、沙耶さまと透花さまから頂きまして……」
「……あの二人が?」
「はい。異国を訪れた際に、助けられたお礼だと……」
「言われてみれば、夜影衆は全員どこかに鈴をつけてるよな」
「あれは、神楽さまが夜影衆の証にと、自分の髪飾りを模してお配りしているそうです」
「なるほど、神楽らしいな」
昔の神楽とは見違える変化に、灰夢の顔から笑みがこぼれる。
すると、恋白は顔を赤らめながら、ピトッと灰夢にくっついた。
「わたくしも、主さまに日頃のお礼を……」
「いや、それは大丈夫だ。もう骨身に染みるくらい受け取ってっから……」
「わたくしの想いは、まだまだこんなものではありませんよ?」
「はぁ……。これが無けりゃ、平和なんだけどなぁ……」
「えへへっ……。主さまの温もりが、わたくしは一番暖かく感じるのです」
そんな恋白を見た九十九が、灰夢の反対の腕にしがみつく。
「わらわにも、その温もりを分けておくれ。恋白殿……」
「はい、共に堪能致しましょう。九十九さま……」
二人は意気投合すると、灰夢の腕にギュッと抱きついた。
「牙朧武、助けてくれ……」
「灰夢よ、吾輩にも不可能なことはある」
「なんでいつも、俺には選択肢がないんだ?」
「それがお主の宿命じゃ、諦めよ……」
「他人事だと思いやがって……」
「傍から見れば、羨ましい限りのハーレムではないのか?」
「俺も含めて、中身が全員老人じゃけりゃな」
「細かいことを気にするでない。見た目良ければ丸く収まろう」
「逆にザックリし過ぎだろ。お前の場合……」
一人で頷く牙朧武に、灰夢が大きくため息をつく。
「主さま、とても暖かいです」
「まぁ、これでも一応生きてるからな」
「わらわの生命力が溢れるようじゃ……」
「それは、俺の生命力をお前が吸ってるからだろ」
「あぁ、わたくしの主さまぁ……」
「愛しておるぞぉ、ご主人……」
「はぁ……。何処が酒に強いんだよ、完全に酔ってんじゃねぇか」
幸せそうにくっつく二人を見ながら、灰夢は呆れつつも、
平穏な日々を噛み締めるように、夜空を見上げるのだった。
「……そういや、鈴の音なんて聞かなかったな」
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