第拾漆話【 繋ぐ者 】

 灰夢は飯綱と和解し終えた後、飯綱を守りながら、

 襲い来る妖魔を蹴散らし、夢幻の祠を目指していた。





「なぁ、なんでこんなに妖魔が襲ってくるんだ?」

「飯綱がいるからでごぜぇます」

「お前、なんか大罪でも犯したのか?」

「別に……。ただ、いるだけでいつもこうでごぜぇます」

「はぁ……。生きにくい世の中だな、ったく……」


 周囲を取り巻く妖魔たちを、灰夢が何事もなく叩き潰していく。


「ザコ共が……」

「お前、めちゃくちゃ強ぇじゃねぇかでごぜぇます」

「まぁ、お前の時はかなり手加減していたからな」

「…………」


 一撃で周囲を吹き飛ばす灰夢に、飯綱は唖然としたまま固まっていた


「とりあえず、一通りは片付いたか」

「なぁ、月影……」

「……あ?」

「本当に、飯綱も一緒で大丈夫でごぜぇますか?」

「だから大丈夫だっつの、月影の俺が言うんだから信じろ」

「でも、飯綱は……」


 肩に乗ったまま俯く飯綱に、灰夢が優しい声で語りかける。


「大丈夫だ。向こうには、お前を待ってるやつもいるから……」

「……え?」

「今は深く考えずに、俺を信じてついてこい」

「……わ、分かったでごぜぇます」


 飯綱はそのまま逃げずに、じっと肩の上にくっついていた。



 ☆☆☆



 二人が祠に着き、灰夢が見回るベアーズに視線を送る。


「キュッキュ……?」

「帰還だ、満月に伝えてくれ……」

「──キュッ!」


 灰夢と会話するベアーズを、飯綱は目を丸くして見つめていた。


「なぁ、月影……」

「……あ?」

「あの小せぇモフモフしたの、何でごぜぇますか?」

「ただのクマのぬいぐるみだ」

「ぬいぐるみって、動くでごぜぇますか?」

「半分が機械でできてんだ、中身がな」

「な、なるほど……」


 ベアーズの後ろから、無駄にリアルなクマが姿を見せる。


「おぅ、帰ったか。灰夢……」

「あぁ、遅くなったな。満月……」


 そんな満月の姿を見た飯綱は、全身の毛を逆立て威嚇していた。


「つ、月影ッ!!! コイツ、凄く凶暴な獣でごぜぇますッ!!!」

「落ち着け、飯綱……。こいつはクマじゃない、ただのロボットだ……」

「……ロボット?」

「あぁ……。無駄にリアルだが、周りのクマと同じただの機械だ」

「これが、機械……」


 笑顔で手を差し出す満月を、飯綱が警戒しながら見つめる。


「なんか懐かしいな、この感覚……」

「あぁ、風鈴姉妹が来た時を思い出す」


 灰夢が飯綱の頭を撫でると、飯綱はそっと警戒を解いた。


「その子が、話に聞いてた狐憑きか?」

「あぁ、飯綱だ……」


「そうか。店の中で、お前を待ってる人がいるぞ……」

「……え?」

「早く行ってやれ。心配で、今にも泣きだしそうだから……」

「……?」


 灰夢は満月と別れると、飯綱を連れて店の中へ入った。



 ☆☆☆



 店の中へと入った二人を、神楽と雨音、月影たちが出迎える。


「やぁ、帰ってきたね」

「おかえりなさい、灰夢くん……」

「おかえりぃ、灰夢くん……」

「悪ぃ、思ったより遅くなった……」


 月影たちが飯綱を見つめ、安心したように小さく微笑む。


「つ、月影……」

「安心しろ、話は通してっから……」


 飯綱が肩の上で小さく怯えていると、店の御座敷から声が響いた。



























             「 ……い、飯綱ちゃんっ!? 」



























 その聞き慣れた少女の声に、飯綱が慌てて振り返る。

 すると、そこには、涙の後を残した雅弥が座っていた。


「……み、やび……」

「飯綱ちゃんっ! よかった、飯綱ちゃんっ!」

「──雅弥っ!」


 飯綱は灰夢の肩を降り、走って雅弥の胸に抱きつく。


「雅弥、無事だったでごぜぇますね」

「飯綱ちゃんも、よかった。本当によかった……」


 二人が涙を流しながら、互いを確かめるように抱きしめ合う。

 そんな二人を見つめている灰夢の元に、神楽が歩み寄っていく。


「灰夢はん、ホンマにありがとうな」

「俺の気まぐれだ、気にすんな」

「それでも、たくさん迷惑かけてもうて……」

「もう済んだことだ。それに、ガキが笑ってんならそれでいい」


 恩を感じさせることなく微笑む灰夢に、神楽は瞳を潤ませていた。


「それじゃ、早いところ済ませようか。灰夢くん……」

「そうだな、そろそろ夜も明ける。早めに終わらせよう」

「ほんなら、わてもご一緒しますえ……」

「あぁ、頼む。今、満月を呼んでくっから……」


 灰夢が大人たちに呼びかけ、出口へと向かっていく。


「運び屋さま、何をなさるおつもりですか?」

「そんなもん、決まってんだろ」


「「「 ……? 」」」


 揃って首を傾げる雨音たちに、灰夢は小さく微笑み告げた。



























              「 お前らの、引越しだよ 」



























 朝になると、夢幻の祠に新たな建物が二つ建っていた。


「な、なんか増えてるのですぅ……」

「凄いね、狼さんっ!」

「とんでもない技術力なの、時代の進化なの……」

「いや、ただ満月の忌能力がぶっ飛んでるだけな」


 無駄に豪華な旅館のような建物を、氷麗がじーっと見つめる。


「お兄さん、なんなんですか? あの大きな建物は……」

「神楽たち、夜影衆の家だ……」

「──えっ!?」

「理由は色々あるが、アイツらに外の世界は、まだ危なそうだからな」

「それで、一緒に住んでしまおうと……」

「あぁ……。まぁ、仕事の傭兵で頼むこともあるだろうしな」


「じゃあじゃあ、お兄ちゃん。あの後ろの大きなクマの家は?」

「あれは、満月の工房だそうだ……」

「あぁ、言われてみれば……。でも、どうして、今更……」

「最近は月影以外にも、色々と作る機械ものが多くなったからな」

「な、なるほど……」


 子供たちが、ぶっ飛んだ技術力をポカーンと見つめる。


 すると、旅館のような見た目をした和風の建物の中から、

 リリィとルミア、そして、夜影衆の子供たちが姿を見せた。


「運び屋さん、やばいっすね。めっちゃ広いっすよっ!」

「一夜にして引越しを終えるとは、とんでもない技術力だな」

「運び屋さま、本当にありがとうございます」

「引越しをしたのは満月だ。礼なら、あいつに言っとけ」


「とんでもないな。さすが、月影だ……」

「まさか、運び屋が私たちをここに招き入れるとは……」

「まぁ、何かと都合がいいからな。火恋たちの修行も、ルミアもな」

「……うん。これでいつでも、植物庭園に行ける」


 ルミアとリリィが嬉しそうに、見つめ合いながら笑みを交わす。

 そんな二人の後ろから、ピョコっと小さな狐と少女が姿を見せる。


「月影、中がやべぇ綺麗でごぜぇますっ!」

「ったりめぇだ。今回のは、俺が設計した和風旅館だかんな」

「飯綱、ここに住んでいいでごぜぇますかっ!?」

「あぁ……。ただし、他の人間の精気は吸うなよ? 絶対に……」

「わかったです。飯綱は月影だけを喰らうでごぜぇますっ!」

「まぁ、言い方はあれだが、わかってんならいいか」


 灰夢は呆れながらも、喜ぶ飯綱に安堵していた。


「お姉ちゃん感激だよっ! ありがとう、狼くんっ!」

「なぁ、こいつのキャラは何とかなんねぇのか? 雨音……」

「それが失われたら、雅弥姉さまでは無いと思いますよ」

「お前の存在意義、それしかねぇのかよ。雅弥……」

「えへへっ! お姉ちゃんは、みんなのお姉ちゃんだからねっ!」

「俺の半分も生きてねぇガキが、何を言ってやがる」

「見た目は同じくらいだから、セーフセーフっ!」

「セーフティゾーン広すぎんだろ、お前……」


 そんな雅弥の肩に、飯綱がぴょこんと飛び乗り顔を擦り付ける。

 その自分に似た容姿に、肩に乗る風花と鈴音は目を丸くしていた。


「おししょー……。あの人、狐さんですか?」

「あぁ、こいつは飯綱。管狐っつぅ、お前らと同じ狐の妖だ」

「このお姉さんも、鈴音たち見たことないよ?」

「雅弥は夜影衆の二番手で、頭のおかしい自称お姉さんだ」


「あぁ〜っ! 狼くん、ひっどぉ〜いっ!」

「……事実だろ」

「む〜っ! 狼くん、いじわるだなぁ……」

「歳を重ねると腰と性格が曲がるんだ。目を瞑ってくれ……」


「腰、全然曲がってませんけどね。お兄ちゃん……」

「なんなら、お兄さんの信念は頑固なくらい真っ直ぐですし……」

「褒めんのかディスんのか、どっちかにしてくんね?」


 すると、言ノ葉を見た雅弥が、静かにしゃがみ語り掛ける。


「確か、君が言ノ葉ちゃんだよね」

「は、はい。そうです……」

「この間はごめんね。その、怖い思いさせちゃって……」

「あっ、いえ……。それは、その……」


 雅弥が頭を下げると、飯綱も一緒に言ノ葉に頭を下げた。


「飯綱も、申し訳ねぇでごぜぇます」

「謝罪を感じねぇな。その言い方……」

「……そうでごぜぇますか?」

「大丈夫なのです。口が悪いのは、お兄ちゃんで慣れてますから……」

「おい、俺はこんなに悪くねぇだろ」


「割といい勝負ですよ。お兄さん……」

「…………」


 流れるようなディスりに、灰夢が精神的ダメージを受ける。

 すると、言ノ葉は雅弥と飯綱を見つめ、そっと微笑みかけた。


「襲われた時は、ちょっと怖かったですけど……」


「…………」

「…………」


「でも、お兄ちゃんが『 おまじない 』をくれたので、言ノ葉は大丈夫なのですっ!」


「そっか、よかった……。ありがとう、言ノ葉ちゃん……」

「ありがとう、ごぜぇます……」


 仲直りをした三人が、互いに笑顔を送り合う。

 すると、それを聞いた氷麗の目つきが変わった。


「ちょ、お兄さんっ! おまじない、言ノ葉にもしたんですかっ!?」

「しょうがねぇだろ。言ノ葉に何かあると、梟月たちから俺が面倒を食らうんだから……」

「この間、『 言ノ葉にはしてない 』って言ってたじゃないですかっ!」

「あの時はしてなかったんだよっ!」


「『 言ノ葉にも 』ってことは、氷麗ちゃんにもしたってことですね?」

「……そうだよ、悪ぃか?」

「悪いのですよっ! あっちでもこっちでも、チューばっかりしてっ!」

「普段は、お前らが勝手にしてくるんだろッ!!」


「お兄ちゃんのエッチっ! 変態っ!」

「お兄さんのロリコンっ! キス魔っ! 送り狼っ!」

「いかがしい言い方すんじゃねぇよッ! まじない解くぞ、クソガキ共ッ!」


 二人と言い合いをする灰夢を、子供たちが微笑ましく見つめる。


「なんか、また賑やかになったの……」

「すっごく楽しくなりそうだねっ!」

「ワタクシも、なんだかワクワク致します」


「これで、ワタシはいつでも運び屋さまの手料理が……」

「雨音、なんか不穏なこと考えてねぇか?」

「い、いえいえ……。まさか、そんなそんな、じゅるり……」

「……隠すなら、せめてもう少し努力しろ」

「なぁんで、信じてくれないんですかぁ〜っ!」

「顔に『 ご飯がたくさん食べられる 』って書いてあっからだよ」


「嘘、ワタシの顔にそんなこと書いてあるんですかっ!?」

「いや、流石に字では書いてないっすよ」


 天然を連発する雨音に、灰夢と夜影衆が言葉を失う。


「よく運び屋くんは、うちの姉妹を見て招こうと思ったな」

「正直、現時点で既に後悔し始めてる」


 沙耶の言葉に、灰夢が無気力な声で言葉を返す。


「まぁまぁ、そう言わないでください。自分がなるべく抑えるんで……」

「いい姉ぶってるが、お前も面倒の一人だからな? 透花……」

「──なっ!? なんで、そんなこと言うんすかっ!」

「……九十九に聞いたからな」

「……な、何をっすか?」

「お前と沙耶が、『 ミーアに余計な知識を吹き込んでる 』って話をだ」


 ゴゴゴゴッとオーラを出しながら、灰夢が透花と沙耶に迫る。


「……ま、まさかチクったんすかっ!? 九十九さんっ!」

「旅は道連れ、世は情け。生きるも死ぬも、わらわたちは一緒じゃ……」


 九十九は微塵も詫びることなく、清々しい笑顔を見せていた。


「この〜っ! 裏切り者め〜っ!」

「自分が捕まったからって、ボクたちを売ったな〜っ!」

「そもそもテメェらが余計なことしなきゃいいだけだろッ!」



「「 ──ぎゃあぁぁぁああああぁぁぁぁあぁぁぁあッ! 」」



 妹たちとじゃれ合う灰夢を見て、雅弥が嬉しそうに微笑む。


「あははっ……。なんか、みんなの言ってた意味がわかった気がする」

「……あ?」

「女の子に優しい狼さんがいるって、本当だったんだね」


「雅弥姉っ! 余計なこと言わないでくださいっす!」

「そうだぞっ! ボクたちは、運び屋くんに一泡吹かせようと……」

「……ほぅ? この俺に一泡吹かせようってか……」

「あっ、いや……。その、えっと……」

「ご、ごめんなさい……」

「いいだろう。なら、アイアンクローで勘弁してやる」

「全然、勘弁してないぞっ! 運び屋くんっ!」

「そうっす! そうっす! 暴力反対っすよっ!」

「それが嫌なら、はなっから余計なこと考えてんじゃねぇッ!」



「「 ──ぎゃあぁぁぁああああぁぁぁぁあぁぁぁあッ! 」」



 灰夢にしばかれた透花と沙耶は、その場で息絶えていた。

 そんな灰夢の足元に、ヨチヨチと茶釜三姉妹が歩み寄る。


「これからは……」

「運び屋のお兄ちゃんと……」

「ずっと、一緒ですっ!」


「お前らは、こんな姉にならないようにな」


「……?」

「……?」

「……?」


「その純粋な瞳のまま、健やかに育ってくれ」


 揃って首を傾げる三姉妹が、灰夢の足からゆっくりと上る。


「運び屋のお兄ちゃんとなら……」

「夜海たちも……」

「毎日が楽しいのですっ!」


「おい、登るな。今は双子が乗ってるんだから……」


「なら、飯綱も乗ってやるでごぜぇますっ!」

「おい、六人は頭おかしいだろっ!」


「ごしゅじ〜んっ!」

「おい、ごら……ケダマっ! 顔にくっ付くなッ!」


「わらわもじゃ〜、ご主人〜っ!」

「九十九、いい加減にしろツ!!」


 灰夢の体に、次々と幼女がまとわりついて行く。


「お兄ちゃん、幼女まみれになってますね」

「お兄さんのロリコン……」

「狼さんのえっち……」

「灰色狼さん、助平さんなの……」

「なんで、俺が悪くなってんだよッ!!」


「あははっ、お姉ちゃんも混ぜて〜っ!」

「やめろっ! 今、動けねぇからっ!」

「えへへっ! え〜いっ!」

「あっ、ちょ……待て、雅弥っ!」

「ギューーーーーーーーーッ!!!」


「「「 ──うわああぁぁああぁぁああっ! 」」」


 雅弥は嬉しそうに抱きつき、灰夢たちと一緒に倒れ込んだ。



























 抱きつく雅弥の瞳には、たくさんの姉妹の笑顔と、


      曇りなき幸せに満ちた、輝く家族の姿が映っていた。


            こうして、夢幻の祠に新たな家族が加わるのだった。

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