第拾話 【 ポ〇キーの日 】

 灰夢が聖剣を得るついでに、異国の姫を盗み出し、

 帰宅から一週間が過ぎた頃、その日はやってきた。





「お兄さん、最近ミーアちゃんと仲良いですね」

「……そうか?」

「そういう自覚のないところが、人を傷つけるんですよ」

「別に、特別扱いしてるつもりはねぇんだが……」

「はぁ……。全く、この男は……」


 週末の午後、それぞれの用事で出払っていた家族たちの代わりに、

 仕事から帰ってきた灰夢は、バイト中の氷麗と留守番をしていた。


「ねぇ、お兄さん……」

「……ん?」

「今日が何の日か知ってますか?」

「十一月十一日、【 チンアナゴの日 】だろ?」

「違いますよ、そんな訳ないじゃないですか」

「……え? ……違ぇの?」


 驚きを隠せないと言わんばかりに、

 灰夢が唖然とした表情のまま固まる。


「いや、合ってるんですけど……。その、私が求めてる答えじゃないです」

「なら、プラズマ〇ラスターの日か」

「むしろ、何故それが出てくるんですか?」

「【 十 】と【 一 】だからだろ。【 十一月 十一日 】が……」

「いや、由来を聞いてるんじゃないです」

「同じ理由で【 鮭の日 】、【 磁石の日 】でもあるらしいぞ……」

「雑学王なんですか? お兄さんは……」


 無駄な知識で答える灰夢に、氷麗が冷たい視線で睨みを利かす。


「前に、クイズ番組で出ててな。調べたら、全部で四十六個あった」

「その中に、私の求めてる答えもあると思いますよ」

「いや、選択肢多すぎんだろ。センター試験でも四択だぞ……」

「ヒントは、女子高生が喜びそうなことです」

「そのヒントが、俺には一番役に立たなさそうだな」


 灰夢が腕を組みながら、必死に記憶を巡らせる。


「そういや、【 美しいまつ毛の日 】とか言うのがあったな」

「お兄さん、本気でそれだと思ってますか?」

「可能性は高いだろ。女子高生は、化粧なんかを始める時期だしな」

「まぁ、それはそうですけど……」

「何故か、【 まつげ美人の日 】という何が違うのか分からないのもあったな」

「お兄さん、真面目に考えてくださいよ」

「むしろ、こんなに真面目に考えてるじゃねぇか」


「じゃあもう、答え言ってもいいですか?」

「別にいいよ、なんだ?」

「これですよ、はい……」


 そういうと、氷麗はポ〇キーを咥え、灰夢に向けた。


「あぁ、なんだ。……【 ポッキ〇の日 】か」

「そうですよ、一番定番じゃないですか」


 ようやく分かったのかと言わんばかりに、氷麗が大きなため息をつく。


「てか、それならト〇ポでも、プリ〇ツでも同じじゃね?」

「【 プ〇ッツの日 】は公認ですが、ト〇ポは無いらしいです」

「差別だろ。最後まで、チョコたっぷり入れたからか?」

「いや、むしろなんで、それが理由で省かれるんですか」

「知らん。だが、そう思うと、お菓子企業も色々と頭使ってるんだな」

「このマーケティング効果は、絶大ですからね」

「……だな」


 話を終えると、灰夢は自分の御飯を食べ始めた。


 そして、黙って口をモグモグしている灰夢の頬に、

 氷麗が接近し、咥えたポッ〇ーをブスッと突き刺す。


「おい。何しやがんだ、クソガキ……」

「お兄さんが、ポッキーを食べてくれないからです」

「なんで飯食ってる時に、わざわざポッキー食うんだよ」

「なんでって、この光景を見ても分かりませんか?」

「いや、全然……」

「むぅ、にぶちんめ……」

「……あ?」


 顔を赤くし、頬をぷっくらと膨らませる氷麗を見て、

 灰夢は不思議そうな顔で、眉間にシワを寄せていた。


「分けてくれる気持ちは嬉しいが、今は飯食ってるから要らねぇよ」

「別に、ご飯のおかずにしてほしいなんて考えてませんよ」

「……えっ、違ぇの?」

「違いますよ。私のこと、なんだと思ってるんですか?」

「ラーメンをおかずに、オムライスを食わせようとするポンコツメイドだな」

「文化祭のメニューを決めたのは、私ではなくクラスの子たちです」

「だとしても、それを止めずに出してたんだから、お前も同罪だろ」


 不満そうな顔をする氷麗に、灰夢が呆れ顔を返す。


「んで、その〇ッキーで、俺にどうして欲しいんだ?」

「……私と、その……。ポッ〇ーゲーム、してほしいです……」


 そんな氷麗の一言で、その場の空気が固まった。


「…………」

「…………」


 数秒間の沈黙が、二人の間を包み込む。


「なぁ、氷麗……」

「……なんですか?」

「ポッキ〇ゲームってなんだ?」

「……え?」


 灰夢の回答に、氷麗の口から〇ッキーが落ちた。


「なんで、あれだけ雑学知ってるのに、これを知らないんですか?」

「そんなの、クイズ番組で見たことねぇからだよ」

「これだから、恋愛シュミレーションゲームが下手くそなんですよ」

「……おい。なんで、今、俺はサラッとディスられたんだ?」


 サラッと毒を吐く氷麗に、灰夢がしかめっ面を向ける。


「このポッ〇ーの逆側を、お兄さんも口で咥えてください」

「それ、咥えた後は何するんだ?」

「お互いがゆっくり食べていって、離したら負けです」

「それは、俺が離しても離さなくても負けるルートしか見えねぇんだが……」

「ちゃんと唇を合わせたら、お兄さんの勝ちにしてあげますよ?」

「唇が合わさった瞬間に、ポッキーゲームからデスゲームに変わってだな」

「大丈夫です。今は誰も見てませんから……」

「何一つとして、大丈夫な点が見当たらねぇよ」


 淡々と拒否る灰夢を見て、氷麗がシュンと落ち込む。


「お兄さんの嘘つき、御奉仕させてくれるって言ったのに……」

「俺が食べてやる側になったら、御奉仕じゃねぇだろ」

「いいんです。私が満足出来れば、それで……」

「なんて、自己中なクソメイドなんだ。こいつ……」


 氷麗は何としても引くまいと、上目遣いで灰夢を見つめていた。


「お兄さん、一回だけ……。ダメ、ですか……?」

「──ダメです」

「──即答っ!?」

「ったりまえだろ、何を考えてんだ……」

「だって、ミーアちゃんばっかりズルいですし……」

「俺がお前に帰すなんかしたら、どう考えても犯罪だろ」

「私が許可してるんだから、犯罪にはなりませんよ?」

「お前が良くても、それを世間は許さねぇんだよ」

「裏の世界で生きてる人間が、世間の目とか気にしないでくださいよ」


 さも、まともな人間のように振る舞い逃げる灰夢に、

 氷麗が的確なツッコミを入れ、逃げ道を無くしていく。


「お前、裏の世界に染まりすぎだろ」

「いや、誰のせいだと思ってるんですか?」

「はぁ……。これだから、ここには住むなっつったんだ」

「私は住んでいませんよ? バイトに来ているだけです」

「なら聞くが、お前は週に何回家に帰ってる?」

「……二回くらい?」

「……舐めてんのか?」

「えへへっ、照れますね……」

「褒めてねぇぞ、クソガキ……」


 照れ隠しをするように微笑む氷麗に、灰夢が冷たい視線を送る。


「一回だけ……。それ以上は、望まないので……」

「それ以上を望んだら、今度はお前が犯罪者だよ」

「お願いします。少しだけ、先っちょだけでいいですから……」

「このメスガキ、どこでそんな言葉を覚えてきやがるんだ?」

「……ゲームです」

「そうか、ジャンルは聞かないでおく……」


 全身で危機感を感じた灰夢が、途中でツッコミを放棄していく。


「ねぇ、お兄さん……。お願いですから……」

「いや、だからな? 世間では、それを犯罪と……」


 顔を真っ赤にし、震えながら上目使いで見つめる氷麗に、

 流石の灰夢も数秒間フリーズし、頭の中で冷静に考え込む。


「何で、今日に限ってそんなに諦めが悪いんだ」

「だって、今日ぐらいしか……。こんな口実、ありませんし……」

「…………」


 そして、心の中で何かを諦めたかのように、

 小さく音を立てながら、少しだけ息を吐いた。


「はぁ……。分かった、一回だけだからな」

「……本当ですかっ!?」

「これやったら、奉仕するって約束は果たしたことにしろよ?」

「はい、もちろんですっ!」


 氷麗は嬉しそうに微笑み、ポッキ〇を向けて目を瞑る。


「動くなよ、氷麗……」

「……は、はい」


 その言葉を聞くと同時に、氷麗はそっと拳に力を入れた。


 灰夢が氷麗の肩を掴んで、ゆっくりと〇ッキーを咥える。

 その衝撃が伝わったのか、氷麗の顔が急に真っ赤に染った。


 そのまま灰夢が、徐々にポッ〇ーを食べ進める事に、

 氷麗の顔から冷気が立ち昇り、目を瞑る力が強くなる。



























          そして、あと少しまで迫った。その時──



























        氷麗がポキッと折りながら、灰夢の肩を押し返した。



























「──お、おいっ!」

「ちょ、ちょっと……まっ、て……ください。心臓が……」


 氷麗が息を荒立てながら、必死に呼吸をする。


「なんで、お前がそんなに緊張してんだよ」

「こ、こんなに迫ってくる緊迫感があるとは思いませんでした」

「壁ドンの時もだが、こういうのに慣れてるんじゃなかったのか?」

「それは、相手が興味のない同級生たちだからで……」

「誘われて突き返される俺が、一番悲しくなるだろ」

「す、すいません……。次は、大丈夫なので……」


 氷麗は冷気で頭を冷やしながら、呼吸を整えていた。


「残念でした。チャンスは一回だけという約束だ……」

「えぇ〜っ! 待ってください、まだ物足りないでしょ?」

「物足りなくねぇよ。飯食ってるっつってんだろ」

「む〜っ! お兄さんの意地悪……」

「意地悪で結構だ。むしろ、ここまでしてやった事に感謝してくれ」


 再びスプーンを手に取る灰夢に、氷麗が不満そうな視線を向ける。


「じゃあ、これで許してあげます」

「……あ?」



























        灰夢が振り向くと、迫ってきた氷麗の唇と重なった。



























 その瞬間、二人が慌てて距離を取る。


「──お、おまっ。ちょ……」

「お、お兄さんが急に振り向くからですよっ!」

「負けたのに、キスをするやつがあるかっ!」

「頬にするだけのつもりだったんですっ!」

「同じだろっ! 素直に諦めろよっ!」

「だって、お兄さんがチューしてくれないんだもんっ!」

「お前は付き合いたての彼女かっ!」


 二人がそんな言い合いをしていると、店の入口から、

 二人の耳に、ドサッと何かが落ちるような音が響く。



























            『 ……何、してるのですか? 』



























 その殺意のこもる少女の声に、二人が恐る恐る振り向くと、

 バスケ部の助っ人に行っていた言ノ葉が、二人を睨んでいた。



「「 あっ…… 」」



 禍々しい言ノ葉の視線に、氷麗が全身から冷や汗を流す。


「言ノ葉……。これは……違くてね。えっと……」

「氷麗ちゃん、二回も隠れてキスしましたね? お兄ちゃんと……」

「──ち、違うのっ! 今のは事故で、わざとじゃなくて……」

「問答無用ですっ! 裏切り者には死ですっ! ぶっころなのですよぉ〜っ!」

「わぁ〜っ! 待って待って、言ノ葉ぁ〜っ!!」


 逃げる氷麗を追いかけて、言ノ葉が一緒に外へと走っていった。

 すると、買い物に行っていた霊凪、桜夢、風鈴姉妹が姿を見せる。


「あらあら、元気いっぱいね」

「おぉ、霊凪さん。おかえり……」

「ただいま。灰夢くん、お留守番ありがとね」

「構わねぇよ、今日は修行もねぇしな」


 霊凪の肩に乗っていた風花と鈴音が、

 ちょこちょこと灰夢に駆け寄っていく。


「ししょー、ただいまぁ〜っ!」

「おししょー……。ただいま、です……」

「おう、おかえり。風花、鈴音……」


「ただいま、狼さんっ!」

「おう、桜夢もお疲れさまな」


 すると、大量の食材を持っていた桜夢が、

 灰夢の横で、ガサガサと袋を漁り出した。


「狼さんっ! 見て見てっ!」

「……あ?」


 桜夢の掛け声に合わせるようにして、風花と鈴音も集まり、

 三人が同時に赤い箱を取り出し、バッと灰夢に見せつける。


「さっきね、〇ッキー買ってもらったんだぁ〜っ!」

「……お、おう。……そうか」


 ポ〇キーを見た灰夢は、青ざめた表情で目を逸らしていた。

 それを見た風花が、キョトンと不思議そうな顔で首を傾げる。


「……おししょー、どうしました?」

「いや、なんでもねぇ……。それより、なんでポッキーなんだ?」

「今日は……ポッ〇ーの、日だって……書いてた、です……」

「ポ、ポッキーの日、ねぇ……」


「風花と一緒に見てたら、霊凪さんが買ってくれたのっ!」

「……そうか」


 嬉しそうに微笑む鈴音を見て、灰夢が小さく微笑む。


「三人とも、ちゃんと霊凪さんに礼は言ったか?」

「「「 ──うんっ! 」」」

「……よろしい」


 灰夢の不安とは裏腹に、桜夢たちは曇りなき笑顔を向けていた。



( こいつらは、ポッキーゲームのことは知らなそうだな )



 面倒にはならないと判断した灰夢が、ホッと胸を撫で下ろす。


 すると、後ろを通り過ぎようどした霊凪が、不意に止まり、

 灰夢の横の席に置いてあった、氷麗のポッ〇ーを手に取った。


「灰夢くん、これはあなたの?」

「まさか、氷麗のだよ」

「なるほど、それで走っていったのね」

「なぁ、霊凪さん……。箱見るだけで、全て見通すのはやめてくれ」

「まぁ、今日はそういう日ですもの……」

「それは、怒ってる顔か? それとも、認めてる顔か?」

「うふふっ……。灰夢くんには、どっちに見える?」


 霊凪は灰夢に、揺るがない笑顔を向けていた。


「その余りは霊凪さんにやるから、見なかったことにしてくれ」

「あらっ! それじゃ、私もたまには、梟月さんにアピールしようかしら……」



( 悪ぃな、梟月……。お前の魂は、俺の社会的地位を守る為の贄にさせてもらう )



 申し訳ないことをしたと、自ら自覚をしながらも、

 灰夢が静かに心の中で、一人、梟月に祈りを捧げる。


「ところで……。梟月さんは、どこに行ったのかしら?」

「梟月なら、恋白や幽々を連れて、神楽の所に仕事の件で行った」

「なら、今のうちに、心の準備をしておかなくちゃ……」

「結構前に出ていったから、そろそろ帰ってくるんじゃねぇか?」

「そう……。うふふ、楽しみね……」


 霊凪は嬉しそうに、ポッ〇ーの箱を見つめていた。

 そんな霊凪を横目にしながら、灰夢が店の席を立つ。


「俺は少し、自然の空気を吸ってくる」

「そう、行ってらっしゃい。ね。灰夢くん……」

「……お、おう」


 霊凪の笑顔に、どこか嫌な予感を感じつつも、

 灰夢は一人で店を出ると、植物庭園に向かった。



 ☆☆☆



 灰夢が自然のエネルギーを浴びる為、植物庭園に行くと、

 リリィの前で、蒼月が幸せそうな表情をしながら死んでいた。


「灰夢、いらっしゃい」

「お、おう……。蒼月その変態はどうした?」

「なんか、ポ〇キー咥えて、迫って来たから……」

「あぁ、それで反撃されて死んだのか」

「うん、殺った……」


 リリィが、心からの爽やか笑みを浮かべながら、

 地に寝そべる蒼月の顔を、ヒールのカカトで踏む。


「服も足元も血塗れじゃなきゃ、素敵な笑顔だったな」

「……何しに来たの?」

「少し、自然の空気が吸いたくてな。……邪魔していいか?」

「うん。ゆっくりしていって……」

「悪ぃな、邪魔すんぞ……」


 灰夢はリリィの許可を得ると、蒼月を見捨てて奥へと向かった。



 ☆☆☆



 湖エリアに到着し、灰夢が波の音を聞きながら横たわる。


「……はぁ、やっと落ち着ける」


 ホッと一息吐きながら、一人、大きな砂浜で目を瞑り、

 自然に溢れる人のいない空間を、灰夢は味わっていた。


 そんな灰夢の元へ、湖の中から、一人の少女がゆっくりと歩み寄る。


「こんにちは、灰夢さま……」

「……ん? ……おう、ディーネか」

「今日は、お一人ですか?」

「まぁな、ここにいて大丈夫か?」

「もちろんです。あの、お隣よろしいでしょうか?」

「あぁ、別に構わねぇよ」

「ありがとうございます。では、失礼しますね」


 ディーネは灰夢に許可を得ると、静かに灰夢の横に座った。


「灰夢さまは、どうしてこちらに?」

「今日はウチのチビ共に会うと、色々と面倒な日でな」

「そうなのですか? 灰夢さまも大変ですね」

「まぁ、それもチビ共が幸せな証拠なんだろうけどな」

「ふふっ、そうですね」


 周囲を飛び交う微精霊たちと触れ合いながら、ディーネが微笑む。


「ここはいいな。いつも自然が豊かで、心も落ち着く……」

「そう言っていただけると、とても嬉しいです」

「そういや、クラーラは大丈夫だったか?」

「はい。とても良い方でしたので、わたしでも仲良くなれました」

「あいつが水浴びできるのは、この湖くらいだからな」

「水の精霊たちも魚たちも、いつも仲良く泳いでおりますよ」

「……そうか」


 砂浜に寝そべったまま、灰夢が小さな笑みを浮かべる。


「いつも面倒かけて悪ぃな。礼を言うよ……」

「いえ……。わたしも、灰夢さまの力になれて嬉しいですので……」

「ふっ、お前は優しいな。ディーネ……」

「いいえ、灰夢さまには、返しきれないほどの恩義がありますから……」


  優しい風と暖かい日光に、灰夢は幸せを感じていた。


「ディーネもなんかありゃ、いつでも頼ってくれな」

「……灰夢さま」

「俺ら家族は、助け合う事に意味があるんだからよ」


 その言葉を聞いたディーネが、ゆっくりも言葉を口する。


「で、では……。その、灰夢さま……」

「……ん?」

「一つ、お願いをしても……よろしい、でしょうか……?」

「……今?」


 灰夢が目を開け、ディーネの方へと視線を向けると、

 ディーネは両手で、見覚えのある赤い箱を持っていた。


「おい。なんで、大精霊のお前が、そんな人間のブツポ〇キーの箱を持ってんだよ」

「そ、蒼月さまが……。今日は、これで……キ、キスが……許される、日だと……」

「あのクソ悪魔……。後で、もう千回ぶっ殺しとくか」


 灰夢が指をポキポキと鳴らし、全力で殺意を露わにする。


「わ、わたしと……その、えっと……契約、して……く、くださいませ……」

「契約って言われると、なんか俺が魔法少女にでもされそうだな」

「……ダ、ダメでしょうか?」

「俺が良い悪い以前に、お前がリリィにぶっ殺されんだろ」

「灰夢さまでしたら、契約しても夢幻の祠ここにいられますので……」

「……そういう問題か?」

「それなら、バレないかな〜って……」

「いや、それはねぇだろ」


 ディーネは口にポ〇キーを咥えると、灰夢に向けた。


「わたしも、一度くらい……。こういう体験が、してみたくて……」


「…………」

「…………」


「それ、どうしても俺がやらなきゃダメなのか?」


「…………」

「…………」


「出来ることならば、灰夢さまにお願いしたく……」


「…………」

「…………」


「はぁ、どうしろってんだか……」


 震えながら、目を瞑って待っていたディーネは、

 灰夢の言葉を聞くと、悲しそうな顔をして諦めた。


「ごめんなさい、さすがに無理を言いました」

「…………」

「……忘れてください」


 そんなディーネの顔を見て、灰夢が小さくため息を吐く。


「はぁ、しょうがねぇか」

「……?」

「それもまた、臆病なお前が勇気を出した結果なんだよな。きっと……」

「……ふぇ?」


 そう告げると、灰夢はディーネの頭にポンッと手を置いた。


「──っ!?」

「……少し、そのまま動くなよ」

「──えっ!? か、灰夢さま……」


 灰夢がディーネの顔を見つめ、ゆっくり迫っていく。



( そ、そんな真っ直ぐな瞳で…… )



 顔を真っ赤にしながら、戸惑うディーネを無視して、

 灰夢はポッ〇ーを咥えると、黙々と端から食べ始めた。



( 灰夢さまのお顔が、こんなに近くに…… )



 ガシッと固まるディーネを、気にすることなく、

 灰夢がドンドンと、ポッ〇ーを食べ進めていく。



























    そして、直前まで食べ進めると、灰夢はポ〇キーを折り、


          残りポッ〇ーを、そっと指でディーネの口に押し込んだ。



























    「 これ以上は本気で怒られるから、ここまでで勘弁してくれな 」



























 そういって、灰夢がディーネに優しく笑いかける。


「灰夢さま、今……」

「体験としてなら、割と堪能できただろ?」

「灰夢……さ、ま……、あわ……あわあわ……あわあわあわっ!」


 ディーネは、顔を真っ赤にしながら、走って逃げていくと、

 凄い速さで湖の中へと飛び込んみ、深くへと潜っていった。


「ありゃりゃ、帰っちまった……」


 一人で砂浜に取り残された灰夢が、静かに湖を見つめる。


「……まぁいいか」


 そう小さく一言呟くと、灰夢は静かに立ち上がり、

 湖エリアを離れて、別の場所への移動を開始した。



























「マジで、『 据え膳食わぬは男の恥 』とか言ったやつ、ツラ貸せ……」

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