第肆話 【 王国 】

 灰夢は露天風呂を出て、満月の部屋に来ると、

 冒険の中で使えそうな道具を貸してもらっていた。





「……ましゅたぁ〜?」

「白愛、それかっこいいだろ」

「……うぃ!」


 身の丈に合わない剣を、白愛がブンブンと振り回す。


「ベアレックスカリバー、だっけか? あれ……」

「あぁ、あれの改良型でな」

「なんか前に見た時より、さらにゴツくなったな」



【  ❀ ようやく反撃することを覚えた聖剣べアレックスカリバー・マークツー ❀  】



「これなら防御だけじゃなく、反撃して相手を気絶させられる」

「おい。いよいよ、名刀電〇丸じゃねぇか」


「一応、これは持っていった方がいいだろう」

「……使うか? そんなの……」

「念の為だ。また何かで、一般人が戦うことになるかもしれないだろ?」

「できれば、そういう展開は無いで欲しいけどな」

「まぁ、可能性がある以上、考慮しておいた方がいいさ」

「……そうだな」


 満月の説得に、灰夢がコクコクと頷いていた。


「……何本欲しい?」

「なら、五本で……」

「……そ、そんなにいるのか?」

「スペアと、スペアのスペアと、スペアのスペアのスペアと、スp……」

「わかった、わかったから……。お前、意外と心配症だよな」

「他人が死ぬ可能性を考慮されると、余計に心配になるもんなんだ」

「不死身ならではってところか」


 満月が手を広げ、一瞬で剣を複製する。


「って、それ秒で作れんのかよ」

「まぁ、設計図と素材さえあれば、あとは忌能力でコピーだからな」

「素晴らしい。さすが、ドラ〇もんだな」

「ドラ〇もんはコピーしないだろ」

「そういう道具ぐらいあるだろ、3Dスキャナーみたいな」

「夢も希望もないな。というか、道具の無断複製は違法だろ、絶対……」

「確かに、それが出来たら未来から仕入れる必要ないからな」


 くだらない話をしながら、満月は次々と剣をコピーしていた。


「あとは、これが便利だな」

「……なんだ? それ……」



【  ❀ ある日、森の中で出会った時の切り札スマート・ベアトーク ❀  】



「これは耳に着けてるだけで、あらゆる声を翻訳してくれる」

「おい、ほんやくコン〇ャクじゃねぇか」

「まだ試作品だから、全ての言葉とまではいかないけどな」

「なるほど、今回行く国の言語は入ってるのか?」

「一応な。複数人相手に試したことがないから、感想を聞かせてほしい」

「あぁ、わかった……」


 灰夢が道具を受け取り、使い方を確認する。


「話しかける時は、どうしたらいいんだ?」

「その時は、この裏のバッジが対応してくれる」

「……なんだ? このバッジは……」

「首元に付けておけ、お前の言葉を翻訳して発してくれる」

「本当にさすがだな、安心と信頼の満月印……」


 すると、満月は山積みの道具の中から、黒い箱を取りだした。


「あとは、これもあったら便利だろう」

「……ブラックボックス? まさか、これを二つくっつけると……」

「……爆発はしないぞ?」

「なんだ、つまらねぇ……」

「ニーアオー〇マタのやり過ぎだよ、お前……」


 不満そうな顔をする灰夢に、満月が冷たい視線を送る。


「まぁ、それは置いといて、これは何に使うんだ?」

「ここを押すと、周囲の地形が立体的に表示される」

「すげぇ……。なんだ、このマップ。近未来が過ぎんだろ」

「自動マッピング機能もあるから、迷うことは無いだろう」

「あぁ、不安要素の欠片もねぇ……」


「あとそれ、転送装置にもなるから。何かあれば送ってやるよ」

「なるほど、スペアポケ〇トか」

「まぁ、小さい物しか送れないけどな」

「それでもいいさ、礼を言う……」


 灰夢は影を広げると、借りた道具を全てしまった。


「これだけあれば、何があっても大丈夫だな」

「まぁ、せっかくの旅行だ。色々と楽しんでくるといい」

「そんなこと言うなら、お前も来りゃいいのによ」

「仕方ないさ。梟月に『 夜影衆の武器を作ってあげてくれ 』と頼まれてしまったらな」

「まぁ、それはそうだが……」

「それに、危ないものがあるかもしれないところに、白愛を連れてはいけない」

「過保護だなぁ、お前も……」

「そう褒めるなって……」

「半分以上は『 ロリコン野郎 』って意味だけどな」

「いや、せめて半分にしろよ」


 灰夢のストレートな罵倒に、満月が冷めた視線を返す。


「それにオレには、新作ゲームをやるという使命があるからな」

「……なんつぅゲームだ?」

「これだ。この、『 いちゃらぶ空色シスターズ2 』というシリーズの続きが出てだな」

「…………」


 明らかにエ〇ゲっぽいタイトルのカセットケースに、灰夢が言葉を失う。


「お前、白愛に悪影響与えんなよ?」

「安心しろ。こういうのは、白愛が寝ている時にこっそりやってるから……」

「……そこは配慮すんのかよ」

「……まぁ、一応な」


 灰夢がため息をつきながら、ガラクタで遊ぶ白愛を見つめる。


「ましゅたぁ〜、ぐさぁ〜ッ!」

「グハッ、やられたァ……」

「えへへっ……。はくあ、かったぁ〜!」


 楽しそうな白愛の笑顔に、灰夢も自然と微笑んでいた。


「まぁ、気にしてんならいいか」

「外は何があるかわからない。灰夢も何かあったら、いつでも連絡しろよ」

「あぁ、その時は頼む……。頼りにしてんぞ、満月……」

「おうよ、任せとけ」


 二人が静かに笑みを交わし、拳をポンッとぶつける。


「っつぅか、白愛が留守番なのに、本当に恋白は来るのか?」

「はい。わたくしは、主さまのお世話係ですので……」

「……そうなのか?」

「……違うのですか?」

「いや、初耳なんだが……」

「では、今、就任したということで……」

「めげねぇのか、すげぇな……」


 揺るがない意志を見せる恋白に、灰夢が冷めた視線を返す。


「わたくしがご一緒ですと、ご迷惑でしょうか?」

「いや、来てくれんのは助かるが、いつもより長期になんぞ?」

「大丈夫です。白愛も承諾してくれましたので……」

「……マジ?」


 その言葉を聞いて、聖剣を振り回す白愛に視線を向ける。


「あるじぃ〜っ! ぐ〜っ!」

「ぐ、ぐぅ……」

「えへへっ……」

「なるほど、マジらしい……」


 白愛は天使のような、満面の笑みを灰夢に向けていた。


「わたくしも出来ることならば、もっと世界をこの目で見たいので……」

「まぁ、うちの唯一の清涼剤である恋白なら、いてくれるだけで感謝だな」

「主さまったら、お褒めの言葉が過ぎますよ」


 恋白が顔を赤らめながら、ニヤニヤとした顔を両手で隠す。


「お前、恋白には信頼厚いよな」

「恋白は、俺の数少ない常識の範囲で会話ができるタイプだからな」

「まぁ、他の奴らのキャラが無駄に濃いのは認める」

「あとはまぁ、恋白の落ち着いたペースは、こっちも安心する」

「確かに……。というか、他がうるさすぎるだけな気もするがな」


 満月が道具を整理しながら、的確な感想を述べていく。


「主さま、今日はとても褒めてくださいますね」

「そうか? 割と、いつも思ってるつもりだが……」

「えへへっ……。そう言っていただけると、わたくしも嬉しいです」


 べた褒めされていた恋白は、嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「とりあえず、オレの用意した道具はこんなものだな」

「ほんとに、何から何まで悪ぃな。礼を言う……」

「別にいいさ。見つかるといいな、不死殺しのエクスカリバー……」

「そうだな、あるなら拝んでみてぇもんだ……」


「九十九みたいな妖刀がいるんだ。それぐらいあってもおかしくないだろ」

「そうだな。またなんか、バケモノが封印されてたらアレだが……」

「まぁ、その時はその時だな」

「……だな」


 そんな話をしていると、満月の部屋の扉から、

 コンコンッとノックが響き、霊凪が顔を覗かせた。


「灰夢くん、沙耶ちゃんたちが来たわよ」

「おぉ、来たか。んじゃ、行ってくるな」

「おう、行ってこい。土産話を楽しみにしておくよ」


「文字通り冥土の土産だ。俺の死に様を楽しみにしとけ……」

「どうせ死ねないだろ。それに、帰る約束したんだろ?」

「……まぁな」

「なら、今回は『 いってらっしゃい 』と言っておいてやるよ」

「そうか。土産話は嫌でも増えるだろうから、期待しとけ……」

「あぁ、分かった……」


 白愛が恋白に歩み寄り、小さい手を左右に振る。


「おねぇちゃん、いらっしゃいっ!」

「『 いらっしゃい 』じゃなくて、『 いってらっしゃい 』な、白愛……」

「いい子にしてるのよ、白愛……。白愛にも、お土産買ってくるからね」

「──うぃっ!」


「そんじゃ、ありがとな」

「おう、頑張ってな」

「あいよ、行ってくる」


「行って参りますね、満月さま……」

「あぁ、いってらっしゃい。いい旅を……」


 白愛と満月に別れを告げると、二人は部屋を後にした。



 ☆☆☆



 外に出ると、見送りに来た神楽、リリィ、蒼月、霊凪と共に、

 沙耶、透花、幽々、ノーミーの四人が、灰夢と恋白を出迎える。


「あっ、来たっすねっ!」

「おはようっ! 運び屋くんっ!」

「待ってました。送り狼さん……」

「みんな、準備万端デスよっ!」


「悪ぃ、待たせたな」

「お待たせ致しました」


 灰夢と恋白の姿を見て、子供たちが目を見開く。


「おぉ、運び屋さんが私服を着てるっす!」

「運び屋くんって、和服以外も持っていたんだな」

「あたりめぇだろ。これでもTPOは弁えてるつもりだ」

「なんだか、送り狼さんには似合わない言葉ですね」

「デスね。しかも、私服も似合うところがムカつくデス……」

「お前ら、言いたい放題だな」


 不満そうな子供たちに、灰夢はしかめっ面を向けていた。


「よし、そんじゃ……全員揃ったかな?」

「あぁ、頼んだ。蒼月……」

「もっちろん、お任せあれだよっ!」


 蒼月が羽をバサッと広げ、大きな魔法陣を展開する。


「マスターっ! お土産、期待してるといいデスっ!」

「迷子に、ならないでね。一人で、居なくならないでね」

「大丈夫デスっ! これでも一応、ワタシも大人なのデスっ!」

「変な人に、ついて行かないでね。誰かに、騙されないでね」

「マスター、そんなにワタシの事を信じてないデスか?」

「うん、心配……」

「…………」


 リリィの心配そうな顔に、ノーミーが呆れ顔を返す。


「ほんま、気をつけるんやで。灰夢はんの言うこと、ちゃんと聞いてな」

「はい、神楽さま。ありがとうございますっ!」

「自分たち、頑張ってくるっす!」


「灰夢はん……。娘たちを、よろしゅう頼んます」

「まぁ、恋白たちもいるからな。相当なことがなけりゃ大丈夫だろ」

「おほほっ、心強いでありんすえ……」


「幽々ちゃん、楽しんできてね」

「はいっ! 霊凪さんにも、お土産を買ってきますね」

「うふふっ、楽しみにしているわ」


「マスター、行ってくるデスよっ!」

「うん、気をつけて……」


「それじゃ、出発しま〜すっ!」

「「「 は〜いっ! 」」」


 子供たちの返事と共に、魔法陣が蒼く輝く。



 <<< 外典魔術・空間軸の等価交換 ローカス・コミュテイション>>>



 ──こうして、灰夢たちは異国へと旅立って行った。



 子供たちの去った跡を、霊凪と神楽が静かに見つめる。


「行ってしまったわね」

「若いって、ええなぁ……」

「うふふ、昔を思い出しますか?」

「ほんまに、自分が旅してた頃を思い出しますわ」

「きっと、あの子たちにもいい冒険になりますよ」

「そうやな。二人とも、楽しんできなはれや……」


 神楽、霊凪、リリィの三人は、子供たちの無事を祈りながら、

 星の瞬く広大な空を、母のような眼差しで見上げるのだった。



 ☆☆☆



 転移した灰夢たちが、暗い部屋でキョロキョロと辺りを見渡す。


「……どこ、デスか? ここ……」

「……建物なの?」


「街の中心にある高台の中さ、上に昇ってごらん」


「ほんとっすかっ! 行くっすよ、沙耶姉っ!」

「よっしゃ〜っ! ボクたちの冒険の始まりだぁ〜っ!」


「あんまりはしゃいで、階段から落ちんなよ」

「ふふっ、とても楽しそうですね」


 走っていく沙耶と透花を追いながら、みんなで階段を登っていく。



 ☆☆☆



 数分間登り続けると、灰夢たちは高台の上へと辿り着いた。


「はぁ、はぁ、はぁ……。思ったより、長かった……」

「ちょ、少し休憩っす……」

「……だ、大丈夫デスか?」

「おい、まだ冒険もろくに始まってねぇだろ」


 はしゃいでいた沙耶と透花が、ヘトヘトになって地べたに伸びる。

 すると、フワフワ飛んでいった幽々が、突然、大声を上げ始めた。


「みなさん、見てくださいっ!」

「……ん?」


 その言葉に釣られ、みんなで塔の端まで向かう。


 すると、そこはまるで、違う世界のような、

 メルヘンな橙色の屋根の街並みが広がっていた。


「うおぉぉぉぉおおっ!! すごぉ〜いっ!!」

「凄いっす。なんだか、異世界に来たみたいっすよっ!!」

「まるで、おとぎ話の世界です……」

「半端ないデス、こんなの初めて見たデス……」


「素敵です。とても幻想的でございますね」

「確かに……。この景色は圧巻だな」


 全員で景色を眺めながら、その世界に目を輝かせる。


「というか、異世界転生した世界のまんまだな」

「まぁ、あぁいうアニメの世界のモデルだからね」

「あのオレンジの屋根に、木の模様の入った家をよく見る」

「そうだね。この地方の建物は、かなり特徴的だし……」


「なんだか、俺までアニメの世界に来たみたいな気分だな」

「よかったね、灰夢くんも転生できたじゃん」

「まぁ、異世界じゃねぇけどな」

「大切なのは気持ちさ、冒険は始まったよっ!」

「ふっ、そうかもな」


 蒼月と灰夢は、二人で顔を見合わせて笑っていた。


『牙朧武、九十九、出て来い』

『……ん?』

『……なんじゃ?』


 呼び掛けに答えるように、九十九と牙朧武も姿を見せる。


「な、なんじゃ……。ここは……」

「すげぇだろ。俺らの居た国とは違う国だ……」


「この目で見るのは、生まれて初めてじゃな」

「九十九が今の姿になってからは、国を出たこと無かったからな」

「凄いのぉ、まだまだわらわの知らぬ事がたくさんあるわぃ……」


 九十九と牙朧武が口を開けたまま、周囲をじーっと見渡す。


「ほら、灰夢くん。あそこに見えるでかい建物が、例の王宮だよ」

「どれどれ……」


 灰夢が蒼月の指さす方を見ると、巨大な城が立っていた。


「おぉ、バカでけぇな。ありゃ、探すの大変だ……」

「そうだねぇ、関係者に話を聞ければいいんだけど……」

「ひとまずは、街を散策する所から始めっか」

「うん。せっかくだ、楽しんでおいで……」

「……おう」


 灰夢の返事を聞いて、蒼月が小さく微笑む。


「それじゃ、僕はそろそろ自分の仕事に戻るね」

「あぁ、わざわざありがとな」

「気にしないで……。もしあれだったら、帰りもここに迎えに来るから……」

「そりゃ助かる、必要だったら連絡する」

「りょ〜かい。んじゃ、待ったね〜っ!」


「蒼月さま、ありがとうございました」

「ヤクザのおじさん、ありがとうございました」

「ヤクザくん、ありがとうっ!」

「ヤクザさん、恩に着るっす!」

「また会うデスよ、ブルーアイズマフィアっ!」



「灰夢くん。この子たちの呼び方、修正しておいてねっ!」



 そう言い残すと、蒼月は蒼い光と共に、その場から消えた。


「ワタシは、反対側を見に行ってくるデスっ!」

「あっ、ボクもボクも〜っ!」

「待ってください、自分も行くっす〜っ!」

「幽々も行きますっ!」


 子供たちははしゃいで、塔の反対側へと走っていく。


「さて、冒険の始まりだな」

「主さま、蒼月さまが最後に何か……」

「あぁ、あれは転移する為の詠唱だろ」

「普段は無詠唱で行うと、いつも言っておらんかったか?」

「まぁ、たまには気分で使うんだろ。気にすんな……」





 そういうと、灰夢は街全体を見下ろしながら、

 これからの旅の算段を、仲間たちと立て始めた。

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