第拾壱話【 星の瞬く夜に 】

「こちらは十王の一人、閻魔大王えんまだいおう様です」


 そんなことを平然とした顔で言う霊凪の言葉を聞き、月影を含め、

 その場にいる全員が、脳の処理が追いつかず思考を停止させていた。





 そして、数秒間の間を挟んで、一斉にツッコミが飛び交う。


「──はっ!?」

「いや、普通にやばいだろ」

「何してんの、霊凪ちゃん……」

「それ、呼んじゃっていいの……?」

「しかも、霊体じゃなくて、実体デスよ……」


「大丈夫よ。いつも不動明王様を呼んでるのと、同じだもの……」

「いや……。それが、そもそもおかしいんだが……」

『たまにはボクも息抜きしないと、疲れちゃうからねぇ……』


 肩をほぐしながら答える閻魔大王に、灰夢たちが白い目を向ける。


「閻魔大王って、思ってたよりも社畜感が凄いな」

「まぁ、お偉いさんなんてのは、どこに行ってもこんなもんだろ」


 そんな話を灰夢と満月がしていると、

 閻魔大王が梟月の元へと歩いて行った。


『君が梟月くんだね。話は聞いているよぉ……』

「初めまして。霊凪の夫の、不動ふどう梟月きょうげつと申します」

『こうして面と向かって会うのは、初めてだねぇ……』

「はい。彼女の傍に居られるのは、あなたのおかげと伺っております」

『そんなことはないさ。霊凪くんには、よく助けてもらっているからねぇ……』


「それでも、わたしは彼女の傍に居られることが、何よりの幸せですから……」

『いいんだよぉ。まぁ、ちょっと特例だけど、借りも多いからねぇ……』

「この先も霊凪と居られるなら、わたしも微力ながらお手伝いしますので……」

『そうかい? なら、必要な時は、是非お願いするよぉ……』

「はい。いつでもご依頼、お待ちしております」


 頭を下げる梟月の肩に、閻魔大王が笑顔を返す。


「うふふ。こうやって普通に閻魔様がいるのは、なんだか面白いわね」

「面白いっつぅか、シュール過ぎるだろ」

『聞いていたとおりに、いい家族だね。地獄の監修たちに見せてあげたいよぉ……』

「もちろん、私の自慢の家族ですもの。ここは天国より幸せよ」


 そう語る霊凪は、閻魔大王に揺るがない笑顔を見せていた。


『子供たちは、みんな楽しんでたかい?』

「えぇ……。みんなのおかげで、凄く喜んでいました」

『そうかい、それはよかったぁ……』

「でも、そろそろお開きの時間かしらね」

『そうだねぇ……。ボクにも、時の流れは止められないからねぇ……』


 霊凪が幽霊たちを呼び、閻魔大王の前に集める。


『それじゃ、そろそろ帰ろうかぁ……』

「「「 は〜いっ! 」」」


「ありがとね、霊凪お母さんっ!」

「また来年、遊びに来るね〜っ!」

「霊凪お母さん、また向こうで会おうねっ!」

「さよなら〜っ!」


 子供たちが次々と、門をくぐって冥界へと帰っていく。

 それを、月影とその家族たちは、みんなで見守っていた。


「……送り狼さん」

「……あぁ、お別れだな」

「……はい」


 静かに俯く幽々の頭を、灰夢が優しく撫でる。


「幽々、今日は来てくれてありがとな」

「いえ……。幽々が、会いたかっただけですから……」

「また来年も、お前に会えたらいいな」

「その前に、送り狼さんが来てくれると嬉しいです……」

「そうだな、俺が死ぬ方法が見つかればいいんだが……」

「えへへっ……。どれだけ丈夫なんですか? 送り狼さん……」

「さぁな。それは、俺が知りたいくらいだ……」


 すると、幽々を見た閻魔大王が、二人の元に歩いてきた。


『君は確か、幽々くんだったね。彼とは友達なのかい?』

「はい。あのあの……。幽々を成仏させてくれたのは、この人で……」


『なるほど。あの審判の時に鏡に映った青年は、君だったのかぁ……』

「……映った?」

「ボクは閻魔だからね。鏡で裁く人間の生涯を見れるんだよぉ……」

「あぁ、なるほど……」

「まさか、君も霊凪くんの御家族なのかな?」

「俺は不死月 灰夢。ここで仕事をしてる、月影の一人だ……」

『ということは、君が霊凪くんの言っていた『 死ねない人間 』かい?』

「……ん? 確かに、俺は死にたくても死ねない、不死身の人間だが……」

「凄い偶然もあるものだね。これは、ボクもビックリだよぉ……」

「閻魔大王は、俺のことを知ってるのか?」

『まぁねぇ……。霊凪くんから、話は聞いているよぉ……」


 その言葉を聞いて、灰夢が霊凪に視線を向ける。


「霊凪さん、何か俺のこと話したのか?」

「前に、灰夢くんの前世について、聞いてみたことがあったのよ」

「あぁ、なんかそんな話をしたことあったな」

『君の前世の書物を探したけど、見つからなくてねぇ……』

「おいおい、マジかよ……」


 閻魔大王の言葉に呆れながら、灰夢は空を見上げていた。


「前世も来世も、灰夢には存在しないのか」

「はぁ……。『 転生しようとしたら死ねなかった件 』とか辛すぎんだろ」

「もうチート能力持ってるんだから、してもしなくても同じだろ」

「この世界では嫌われ者だけどな。このチート能力……」


 閻魔大王が腕を組みながら、灰夢の姿をじーっと見つめる。


『霊凪くんですら引き抜けない魂なんて、聞いたことがなくてねぇ……』

「まぁ、その点に関しては本当に厄介なんだ。この体……」

『少し、ボクの力を試してみてもいいかなぁ?』

「……ん? 別に構わねぇが……」

『それじゃあ、失礼するよぉ……』


 そういうと、閻魔大王は空を掴むように、大きく手を掲げた。



























        【  閻魔霊具えんまれいぐ …… ❖ 浄玻璃鏡 じょうはりのかがみ❖  】



























 空にビリビリと稲妻が走り、空間の狭間から巨大な鏡が姿を現す。


「なんか、無駄に豪華な鑑だな」

「これがさっき言ってた、生涯を映すってやつか」

『あれ、おかしいなぁ……』

「……ん?」

『本当は、君の過去や前世が映し出されるはずなんだけどぉ……』


 ただ目の前を反射するだけの鏡に、閻魔大王が戸惑う。

 そんな閻魔大王の様子に、満月たちも目を丸くしていた。


「閻魔大王の鏡が映さないって、ヤバくないか?」

「昔、名高い占い師に占ってもらった時は、水晶が割れたっけな」

「お前の前世を覗くことは、何としてもできないってことなのか」


 冷静に答える灰夢に、満月が呆れた視線を向ける。


『これはさすがに、ボクでもアドバイスしてあげられないなぁ……』

「まぁいいさ、そのうち何とかして死ぬ方法を見つけてみる」

『閻魔なんて名乗りながら、力になれなくてすまないねぇ……』

「そんなことねぇよ。試してくれただけ感謝する」


『もし何か分かったら、その時は伝えに来るよぉ……』

「そいつは助かる。俺も霊凪さんの家族だ、何か仕事がありゃ言ってくれ」

『そうかい、ありがとう……』


 閻魔大王は笑顔を見せると、灰夢とギュッと握手を交わした。


『幽々くんはどうだい? 天国は楽しめてるかなぁ?』

「えっとえっと、幽々……。その、やっぱり避けられてるみたいで……」

『そうかぁ、なかなか簡単にはいかないかぁ……』


 閻魔大王と幽々の会話を聞いて、灰夢が首を傾げる。


「……避けられる? ……天国でもか?」

『幽々くんは他の幽霊と違って、ずば抜けた霊力を秘めていてねぇ……』

「お前、そんなに霊力強いのかよ。だから、旧校舎でも避けられてたのか」

「幽々には、よくわからないです……」


『後悔と無念の数だけ、霊力は強くなる傾向があるからねぇ……』

「……後悔と無念か」

『そんな心の闇が、より強い霊力を生み出してしまうんだよぉ……』

「……そうか」


『ボクの所に来た時も、並んでた他の幽霊たちが怯えちゃっててねぇ……』

「どんか霊力してるんだよ、お前……」

「だってだって……。幽々、ずっと友達できなかったんだもん」

「その言い訳は悲しすぎんだろ」


 頬をぷっくらと膨らませながら、幽々が不満そうに呟く。


『そのせいで、普通の幽霊は敬遠しちゃうんだろうねぇ……』

「なるほど、そりゃ傍に居にくいわな」

『生きてる間は寝たきりだったから、友達を作ってあげたいんだけどぉ……』

「閻魔大王、あんた想像以上に優しいな」

『圧力は名前と見た目だけだよぉ……。まぁ、罪人は地獄に落とすけどねぇ……』


 軽口を叩きながら、閻魔大王は笑みを浮かべていた。


「でも、そうか。死んでも、そういう差別みてぇのは変わらねぇんだな」

「……うん」

「そう思うと、あまり一人で返したくはねぇな」


 その灰夢の素直な言葉に、幽々が言葉を詰まらせたまま俯く。


「でも、幽々は行かなきゃいけないんです……」

「……幽々」



























       「 幽々は、ここにいちゃいけない存在だから…… 」



























 悲しそうな顔で告げる幽々の涙を、そっと灰夢が拭う。


「ごめんな、何もしてやれなくて……」

「ううん、大丈夫です……。謝らないで、送り狼さん……」

「…………」

「幽々は、もう死んでるんです……。だから、しょうがないんです……」

「お前、生きてても死んでても、泣いてばかりじゃねぇか」

「こういう存在になっちゃった、幽々がいけないんです……」

「…………」

「幽々はもう、いない方がいい存在だから……」


 涙を流しながら告げる幽々の頭を、灰夢は優しく撫でる。


「幽々、そんなこと言わないでくれ」

「…………」

「俺はお前に会えて、本当に嬉しかったんだから……」

「送り狼さんは、約束を守ってくれました……」

「…………」

「幽々の名前を、忘れないでいてくれました……」

「……当たり前だろ」

「ありがと、送り狼さん……。幽々の名前を、覚えててくれて……」

「…………」

「幽々を、『 友達 』と呼んでくれて……。幽々の手を、掴んでくれて……」

「…………」

「幽々は、それだけで……。また、頑張れるから……」


 幽々が涙を流しながらも、必死に笑顔を作って見せる。


 そんな幽々を見て、灰夢が過去の後悔を思い返すように、

 唇を強く噛み締めながら、幽々の体を優しく抱き寄せた。



























  『 名前なんか、俺がいくらでも、何度だって呼んでやる。


          例え世界が幽々を恐れても、俺がその手を掴んでやる 』



























     『 辛さを隠して、必死に笑顔を作ってるやつが、


           いない方がいい存在なんて、俺は絶対思わない 』



























 そんな灰夢の言葉に、幽々の涙が溢れだす。


「……おお、かみ……さん……」


 そんな二人の姿を見て、閻魔大王は歩き出し、

 後ろで見つめていた、霊凪の傍で立ち止まった。


『……霊凪くん』

「……はい?」

『今度、簡単な契約書を書いてくれるかい?』

「……え?」

『一つ、君に仕事を頼みたくてねぇ……」

「うふふ、そうですか……」

『詳しい内容は今度見せるから、お願いできるかな?』

「はい、わかりました。お引き受け致します」

『……ありがとう』


 霊凪の笑顔を見た閻魔大王が、一人で門へと向かっていく。


『では、ボクは急用を思い出したから、帰るとするよぉ……』

「……閻魔大王?」

『霊凪くん……。私が帰ったら、門は閉めてくれたまえ……』


「……えっ? じゃあ、幽々も……」

『何を言ってるんだい? 幽々くん……』

「……?」



























       『 ……は、もう全員帰ったよ 』



























 そんな閻魔大王の言葉に、その場の全員が目を見開いた。


「閻魔大王、あんた……」

『それじゃあ、また会おう……』

「はい、ありがとうございました……」


 霊凪が笑ってお辞儀をすると、閻魔大王は門をくぐって行き、

 それを見送った霊凪は、ゆっくりと閉じて黄泉ノ門を消した。


「うふふ、だそうよ……」

「また、大切な家族が増えたみたいだね」

「いや待て、こういう展開はありなのかっ!?」

「ま、まぁ……。閻魔大王がいいって言うんだから、いいんじゃない?」

「閻魔、優しい……」


 思わぬ結末に、月影たちが動揺を見せる。


「こ、これって……」

「そういうことですか? お母さん……」

「ええ、そういうことよ……」

「幽霊ちゃん、ここに居てもいいってこと?」

「死後の世界の門番が、それを許すとは思わなかったデス……」

「わたしも、ビックリしちゃった……」

「まぁ、私が幽々ちゃんを見張るという条件付きだけどね」


 まさかの結末に、子供たちも困惑していた。


「……送り狼さん」

「……幽々」


 灰夢と幽々が、現状を理解するように見つめ合う。


「やった……。いぃやった〜っ!」

「痛ってぇ〜っ!」

「一緒に、一緒に居ていいって! 送り狼さんと、一緒でいいって!」

「分かった、分かったからっ! 落ち着け、幽々……」


 幽々は満面の笑みを浮かべると、勢いよく灰夢に抱きついた。


「あ、あはは……。ハッピーエンド、なのかな? 言ノ葉……」

「そう、みたいですね……」

「私、まだ理解がついていけてないや……」

「わたしもなのです、氷麗ちゃん……」

「でも、ワタシも何だか嬉しいなぁ〜っ!」


 二人を見た桜夢が、嬉しそうに後ろから抱きつく。


「ちょ、おい。……桜夢っ!」

「だったら、わたしも混ざるのですぅ〜っ!」

「あぁ〜、ズルいっ! 私も混ぜて〜っ!」

「ダークマスターは、渡さないデスよ〜っ!」

「おししょーは、ずっと……。風花と、一緒です……」

「風花だけズルい、鈴音も鈴音も~っ!」

「分かったから、離れろっ! お前ら……」


 桜夢の後に続くように、子供たちは灰夢に抱きついていた。


「幽々さまに、ようやく本当の笑顔が戻りましたね」

「そうじゃな。霊凪殿とご主人じゃったから、認められた奇跡じゃ……」

「閻魔に信頼されるとは、大したもんじゃのぉ……」


 年老いた灰夢の契約者たちが、子供たちを笑顔で見守る。


「いい加減にしねぇと、血を吸うぞッ! ──クソガキ共ッ!」

「えへへ、おししょーなら……。風花の血、あげます……」

「今日の鈴音たちは、死なないゾンビのキョンシーだもんねっ!」

「ワタシも、今は闇の力でパワーアップなのデスよっ!」

「わたしも包帯ゾンビさんですっ! 食べちゃうのですぅ〜っ!」


「あっ、ちょっと待って……。私の包帯取れちゃうっ!」

「素肌が見えたっ! 氷麗ちゃんの血も頂きだぁ〜っ!」

「──ひゃん! 桜夢ちゃん、私の体に噛みつかないでっ!」

「吸血鬼は、女の子の柔肌が大好きなんだも〜んっ!」

「──えっ!? そうなの!? じゃあ、お兄さんも……」


「いや、そこ別に男女関係ねぇだろっ!!」

「でも、男の人の硬い筋肉よりは好きでしょ?」

「筋肉どうこうより、血が美味いかどうかで判別しろっ!!」


「送り狼さん、幽々の血も吸ってほしいですっ!」

「幽霊の血なんて、ぜってぇ不味いわっ!」


「桜夢が先だよ、狼さ〜んっ!」

「お兄ちゃんの相手は、言ノ葉なのです〜っ!」

「ダークマスターの生贄は、このノーミーデスよ〜っ!」



「あっ、ちょ……。おいっ! 寄ってくんな、メンヘラ眷属共ッ!!!」



 はしゃぐ子供たちと共に、灰夢に抱きつく幽々は、

 初めて嘘偽りない、純粋な笑顔を灰夢に向けていた。



























          こうして、月影のハロウィンは幕を閉じた。



























 先祖を祀る秋のお祭りに、一人の少女が舞い降りる。


      夜空に瞬く星のような、煌めく笑顔を見せる少女は、


           孤独を知る者たちの、かけがえの無い家族となった。



























   現世には過去の存在とされ、幽世の記録も残されていない。


         生と死の狭間を生きる男の、大切な『 友 』として──





       ❀ 第弐部 第伍章 秋の祭りと星の奇跡 完結 ❀

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