第拾話 【 舞い降りた少女 】

 星の輝く夜空の下、ハロウィンの装飾で祠を飾り、

 みんなで宴をしていると、一人の少女が降りてきた。





「「「 ──旧校舎の幽霊っ!? 」」」



「幽々は言ノ葉と氷麗の高校の横にある、旧校舎にいた元地縛霊だ」

「確かに、浮いてる……」

「えっ……。ってことは、この間の……」

「あぁ、そうだ……。俺らが戦った、二宮金次郎像の中身だ……」



「「「 ──えぇ〜っ! 」」」



 言ノ葉たちが幽々の正体を知り、驚きのあまりに戸惑う。


「ゆ、ゆゆ……ゆゆゆ、ゆゆゆ……ゆゆ、ゆ……ゆゆy……」

「……え?」


「自己紹介してんだよ。こいつ、あがり障なんだと……」

「な、なるほど……」

みたま 幽々ゆゆだ、仲良くしてやってくれ……」


 灰夢の背中に隠れる幽々に、子供たちがペコペコと頭を下げる。


「でも、なんでここに……?」

「お、おお、送り狼さんと……。あのあの、約束を……」

「……約束?」


「また会おうって約束して……。でもでも、なかなか来なくて……」

「いや、お前……。なかなか来ないって──」



























        『 お前が成仏したの、先月じゃねぇか 』



























 しょげた顔を見せる幽々に、灰夢は哀れみの視線を送っていた。


「じーーーっ……。そんな約束したんですか? お兄さん……」

「俺が不死身を解いて死ねたら、そっちに行くって話な」


「送り狼さんが来れないなら、幽々が行くしかないんです」

「それじゃ、成仏する前と同じじゃねぇか」

「だってだって……。送り狼さん、全然来てくれないから……」

「……短気か」


「お兄さん、女の子を待たせるなんてよくないですよ」

「お兄ちゃん、ダメダメなのですぅ……」

「俺だって死ねたら死んでるっつのッ!!!」


 指をさしながら怒る子供たちに、灰夢が全力で言い返す。


「なるほど……。それで、私の門をくぐって逢いに来たのね」

「出れるところは見て回ったんです。でもでも、どこにもいなくて……」

「ここ以外にも飛び回ってたのかよ」

「探しても居なくて……。冥界に戻ったら、新しい出口ができてて……」

「まぁ、あの黄泉の門は、霊凪さんが今さっき開いたからな」

「そこを猛ダッシュで通過したら、下に送り狼さんがいましたっ!」


「それで、あんな速度で突っ込んできたのか」

「うふふ、本当に嬉しかったのね」

「凄いなぁ、『 愛 』って……」

「満月……。『 友情 』って言ってくれ、誤解を産む……」


「今日だけは幽々も、自分から現世に来れる日なので頑張りましたっ!」

「そうか、ありがとな」

「えへへっ……」


 幽々は笑顔を見せると、灰夢の体にギュッと抱きついた。


「おい、幽々……」

「やっぱり、送り狼さんは暖かいです……」


「神と鬼と呪霊の次は、人間の幽霊が来たか」

「さすが狼さん、見境ないね……」

「満月、桜夢。……少しは言い方を考えろ」


 哀れみの視線を向ける桜夢と満月に、灰夢がしかめっ面を向ける。

 そんな幽々の甘える姿を見て、霊凪はポカンと目を丸くしていた。


「灰夢くん……。どうして、その子に触れているの?」

「いや、知らねぇけど……。何か、おかしいのか?」

「霊具や霊力も無しに触れる人間なんて、初めて見たわ」


「呪力とかは関係ないのか?」

「似てるけど、呪霊と幽霊は別物だから関係ないかな」

「……そうか」


 蒼月と満月の会話を聞いて、灰夢が幽々に問いかける。


「お前って、人間に触れるタイプなのか?」

「いえいえ……。送り狼さん以外は、普通にすり抜けます……」

「どういうことだ? 俺は初めて会った時から触れたぞ?」


「幽々、灰色狼さんの中には憑依できないんです……」

「まぁ、憑依できねぇのは体質だろうけど……」

「──あぁ、そういうことかっ!」

「……ん? 何かわかったのか? 蒼月……」


 何かに気がついた蒼月に、パッと全員の視線が向く。


「灰夢くんは多分、触れてるんじゃなくて弾いてるんだよ」

「……は?」

「体が憑依させない。故に、体が物理的に当たるんだ」

「つまり、俺の体がすり抜けないのは、憑依させない為に弾いてるだけだと?」

「うん。だから、外からは灰夢くんは普通にんだよ」

「……マジかよ」


 まさかの解答に、灰夢は呆れながら空を見上げた。


「送り狼さんだけが、幽々の手を取ってくれましたっ!」

「俺しか取れないことには、今、気がついたんだけどな」


「でも、せっかく会いに来たんですもの。一緒にご飯を食べましょっ!」

「……いいん、ですか?」

「別にいい、飯は余るほどあっからな」

「えへへっ、ありがとうございます……」


 灰夢と霊凪の歓迎の言葉に、笑みを浮かべながら、

 幽々がベッタリと、灰夢に取り憑くようにくっつく。


「分かったから、そんなにくっつくな」

「今日一日だけの楽しみなんです……」


 その姿を、言ノ葉と氷麗は不安そうに見つめていた。


「あの、お兄さん……」

「……ん?」

「一緒に居て、大丈夫なんですよね?」

「大丈夫だ、今はもう何もしねぇから……」

「そうですか、よかった……」

「幽々はただ、ダチが欲しかっただけだからな」

「えへへ、そうなの……」

「それって、七不思議で聞いてた通りってことですか?」

「あぁ……。それで人を待ってたら、俺が七不思議を上書きしただろ?」

「……そ、そうでしたね」

「だから、自分が忘れられないように、お前らにイタズラしたんだとよ」


 説明する灰夢に、言ノ葉が鋭い視線を送る。


「それはつまり、原因は全て、お兄ちゃんだったってことですか?」

「まぁ、結果的にはそうなるな。俺も悪かったとは思ってる」

「でもでも、送り狼さんが、幽々の友達になってくれましたっ!」

「なるほど……。それで無念が晴れて、成仏したんですね」


「事実、灯里も香織も、ケガ一つしてなかっただろ?」

「確かに、そう言われればそうですね」

「本気で連れ去る気なら、とっくに居なくなってたよ」

「……そ、そうですか」


 灰夢の告げた事実に、言ノ葉と氷麗が青ざめた顔で息を飲む。

 すると、幽々は申し訳なさそうに、ぺこりと二人に頭を下げた。


「あの時は、えっとえっと……。ごめんなさい、でした……」

「別に大丈夫ですよ。理由はちゃんと、わかりましたから……」


「それなら、わたしたちも友達になりましょう!」

「……いいの?」

「はい、もっちろんなのですっ!」

「うん、友達になりましょ……」

「ワタシも、ワタシも〜っ!」


 子供たちの暖かい言葉に、幽々の瞳が静かに潤む。


「送り狼さん。幽々……。たくさん、お友達ができました……」

「よかったな、幽々……」

「はい。送り狼さんの、おかげです……」

「別に、俺は何もしてねぇよ」

「そんなことないです。幽々と友達になってくれたから、今があるんです」

「……そうか」

「幽々は、今、凄く凄く幸せです……」


 幽々の瞳から流れる涙を、灰夢は優しく拭った。


「幽々……。今日は、逢いに来てくれてありがとな」

「……はいっ!」


 すると、そんな二人の元に、たくさんの子供の幽霊たちが集まる。


「お兄さん、トリック・オア・トリートっ!」

「とりっく、おあ……とりーと……」

「送り狼さんっ! な、ななな、なんか、いっぱい来ました……」

「そう怯えんな、お菓子を貰いに来ただけだろ」


 幽々を背中に隠しながら、灰夢が子供たちにバスケットを差し出す。


「ほら、好きなの選べ……」

「私、これがいい〜っ!」

「僕、これ〜っ!」


 灰夢の持っていたバスケットから、子供たちがお菓子を取っていく。


「迷うなぁ〜、どれにしよっかなぁ……」

「ね〜、なかなか選べな〜い……」

「……いいか? チビ共、貰えるのは俺だけじゃねぇんだぞ?」

「……え?」

「選べるのは一人一つだが、大人の分だけお菓子は貰えるんだ……」

「……あっ、そっかっ!」

「迷わず一つ取って次に行って、周りの大人に一個でも多く貰ってこい」

「わかった、行ってくる〜っ!」

「えへへ、お兄さんありがと〜っ!」

「……おう」


 子供たちは手を振りながら、次のお菓子を貰いに向かった。


「送り狼さん、なかなかの策士です……」

「いいだろ。ハロウィンはそういうイベントだ」

「灰夢くんは、いつも皆に大人気だものね」


「僕なんかまだ、一度も声を掛けられないのに……」

「子供でも、このヤクザはヤベェと察してるんだろ」

「僕は、今、ただの魔術師なんだけど……」


 何故か、子供に避けられる蒼月が、寂しそうに灰夢を見つめる。


「でも、牙朧武さんは人気ですよ?」

「……え?」


 氷麗の言葉を聞いて、灰夢たちが牙朧武と九十九を見ると、

 集まる幽霊の子供たちと共に、みんなでワイワイ遊んでいた。


「ガッハッハッ、ほ〜らいくぞぉ〜っ!」

「あはははっ、カボチャさん凄〜いっ!」

「わらわもマジックじゃ、ほれ〜っ!」

「うわぁ〜っ! 蒼い炎が出てきたぁ〜っ!」

「もっと見せて〜っ!」

「僕もカボチャさんに乗りた〜いっ!」


 幽霊の子供たちが、だんだんと人数を増やしながら、

 牙朧武と九十九のパフォーマンスに、歓喜を上げる。


「マジかよ……。すげぇな、あの二人……」

「うふふ……。子供たちも嬉しそうだし、呼んで本当によかったわ」


「ズルいよ、僕は子供の一人も来ないのに……」

「まぁ、そう泣くなよ。来世で頑張ろうぜ……」

「僕の今世には、もう希望がないのかっ!」


 すると、星の瞬く夜空に大量の微精霊が飛んできた。


「おや、来たみたいだね」

「リリィが微精霊たちを、植物庭園から出したのか」


「なまら、綺麗だべさぁ……」

「こんなに幻想的なの、初めて見るの……」

「今日は、みんなでお祭りなのですぅ~っ!」

「えへへ、すっごく楽しいねっ!」


 そんな灰夢たちの元に、リリィと四大精霊たちが姿を見せる。


「みんなも、連れてきた……」

「ジャジャジャジャーンっ! ここで、真打登場デースっ!」

「みなさん、既にお揃いですねっ!」

「おぉっ! 美味そうな料理がいっぱいじゃんっ!」

「幽霊、襲ってこないよねぇ……」


 平然としている三人の後ろで、ディーネはガタガタと震えていた。


「よぅ、お前らも来たか……」

「あっ、灰夢さ……ひゃっ!?」


 灰夢の後ろに取り憑く幽々を見て、ディーネがガチッと固まる。


「ダークマスター、その後ろにくっ付いてる子は?」

みたま 幽々ゆゆ、元地縛霊だった俺のダチだ……」

「元地縛霊……!?」

「本当に、誰とでも友達になるよね。フッシー……」

「幽霊と友達になる人間、アタシも初めて見たよ」

「いや、それ言ったら、お前らも自然の霊体だろ」

「確かに、そう言われるとそうデスね」


「ゆ、ゆゆ……ゆゆゆ、ゆゆゆ……ゆゆ、ゆ……ゆです……」

「どど、どどど、どど、ど……どうも、どうも……」


 コミュ障の幽々と臆病なディーネが、ぎこちない挨拶を交わす。


「あはは、ぎこちなさすぎっしょ……」

「まぁ、似た者同士で、ある意味いい感じなのかもな」


 すると、白い布から二つの目が覗く、小さな何かが走ってきた。


「シャーーーーーーッ!」

「あぅわぁっ! 送り狼さん、送り狼さん。また幽霊さんです……」

「いや、こいつは幽霊じゃねぇよ」

「これは、何かの仮装なのかな?」

「ケダマ、警戒すんな。幽々は敵じゃねぇから……」

「……にゃ~ん?」


 灰夢が布を剥がすと、中のケダマがキョトンと見つめる。


「あっ、ケダマちゃんなんですね」

「小さくてよく走るから、簡単な仮装にしたんだと……」


 そんなケダマの姿を、幽々はまじまじと観察していた。


「……耳があります、猫さんですか?」

「猫又っていう怪異だ。まぁ、中身は猫の子供だけどな」

「……怪異?」

「お前みたいな幽霊も含めて、理屈の分からない存在のことをそう呼ぶ」

「ここには、送り狼さんみたいな人がいっぱいいるんですか?」

「あぁ、俺みたいな不死身なんか、驚かなくなるくらいのやつらがな」


 それを聞いて、幽々が月影の仲間たちを見つめる。


「僕は悪魔だよ、よろしくね~っ!」

「ワタシたちは精霊デスよっ!」

「あそこで子供と遊んでるのが、鬼と呪霊だ……」


「凄いです……。本当に、色んな人たちがいるお祭りです……」

「今日は気合い入れて作ったんだ。お前も最後まで楽しんでいけよ」

「はいっ! いっぱい、い〜っぱい遊びますっ!」



























          こうして、宴は真夜中まで続いた。



























 多くの子供たちの心に、少しでも笑顔を届けるために、

 月影とその家族は、ありとあらゆるショーを見せていた。


 少しでも、この世界に幸せな思い出を残せるように、

 悲しい思い出だけで、心が埋まってしまわないように。


 今を生きる者も、亡き者も、変わらぬ心を通わしながら、

 共に笑って居られる場所が、そこには確かに存在していた。



 ☆☆☆



 そして、日付が変わる頃、ふと霊凪が呟いた。


「あら、お客さんかしら……」

「……え?」


 そういって、霊凪が再び黄泉の門を召喚する。


「……今度はなんだ?」

「ポンポンだしていいものじゃないよな、あの門……」


 灰夢たちがじーっと見つめていると、ゆっくりと門が開き、

 中から、強面で髭面の赤い服を着た、巨人の男が姿を見せた。


「──っ!?」

「えっ、ちょ……誰だっ!?」

「想像以上に、人間じゃないのが出てきたね」

「あんな厳つい顔の人、絶対只者じゃないでしょ」

「……大丈夫? これ……」


 そんな大男が霊凪を見て、大きな口をゆっくりと開ける。



























   『 いやぁ、急に開けてもらっちゃってごめんねぇ。


          仕事の合間に、子供たちの様子を見たくてぇ…… 』



























 大男の情けない声と発言に、灰夢たちは固まっていた。


「……え?」

「どっから声出てんだ? この巨人……」

「すげぇ高い声してたぞ、今……」

「しかも、凄く……。優しそうな、喋り方……」


「この方は、そんなに怖い方じゃないわよ」

「……そうなの?」

「見た目の圧力からして、説得力が足りないんだが……」


 あからさまな圧力を放つ大男を、灰夢たちが改めて見つめる。


「あの人……。幽々も、この前会いました……」

「……幽々も知ってるのか?」

「……はい」


「……うふふ、紹介するわね」


 そういうと、霊凪は巨人の前に立ち紹介を始めた。



























        『 この方は十王の一人、閻魔大王えんまだいおう様です 』



























 その何気ない紹介の言葉に、月影を含め、


        その場にいる全員が、状況を理解できなくなった。

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