第漆話 【 父の背中 】

 言ノ葉たちの体育祭に来ていた、灰夢たち一行。

 体育祭も、いよいよクライマックスに迫っていた。





「今、行われている三年生の騎馬戦の後は、学年色別対抗リレーですね」

「……学年色別?」

「赤、青、黄、緑から、学年別の男女混合チームが結成されるんです」

「つまり、学年ごとに四チームがレースすんのか」


「一年生の赤組のリレーには、言ノ葉ちゃんもでるんですよ」

「そういや言ノ葉が朝練してたのは、リレーの為って言ってたな」

「お兄さんも、たくさん応援してあげてくださいね」

「は、はぁ……」

「うふふ、楽しみねっ!」


 姫乃先生の解説に、霊凪がウキウキと笑顔を見せる。


「氷麗ちゃんたちは出ないの?」

「橘さんは出ませんが、一ノ瀬さんと日野さん、早乙女さんはでますよ」

「すげぇな。言ノ葉のクラス、女子で固まってんじゃねぇか」

「うちの女の子たちは強いので、男の子相手でも負けませんからね」

「まぁ、灯里たちは平均以上に運動神経良さそうだもんな」

「はい、ただ……」


 何かを思い詰めるように、姫乃先生が暗い顔で俯く。


「……何かあるんですか?」

「歩美ちゃんのお父さんは、あの子が走るのが好きじゃないみたいで……」

「そういや、さっきキレてたな」

「はい。なので、あの子が力を出せないと、少し危ないかもしれません」

「なるほど……」


「歩美ちゃんも、陸上部なのよね?」

「はい。なので、私が言えば、多分は頑張ってくれると思うんですけど……」

「……何か、言えない理由が?」

「前の三者面談の時に、陸上部を辞めさせるように言われちゃいまして……」

「あらぁ……」


 困り果てた先生を見て、霊凪と灰夢が言葉を詰まらせる。


「確かに、そりゃ呼び掛けにくいわな」

「はぁ、どうしたらいいんでしょうか」

「…………」


 大きなため息をつきながら、悩む姫乃先生を見ると、

 灰夢は何かを思い立ったように、突然、立ち上がった。


「……主さま?」

「悪ぃ、ちょっと席を外す」

「かしこまりました。行ってらっしゃいませ……」

「狼さん、どこ行くの?」

「言ノ葉たちの所だ、桜夢も来るか?」

「──行くっ!」

「そうか。なら、ついてきな……」

「──うんっ!」


 灰夢が桜夢を連れて、言ノ葉たちのいる待機所に向かう。

 そんな二人を見送りながら、霊凪は笑みを浮かべていた。


「お兄さん、応援に行かれたんですかね?」

「うふふ、うちの家族は本当に頼りになるわね」

「……?」

「あのね、姫乃先生。一つ、お願いがあるんです」

「……お願い、ですか?」

「歩美ちゃんに、全力を出すように言って欲しいの……」

「……え? ですが、それは……」


 困り顔を見せる姫乃先生に、霊凪が真っ直ぐな視線を向ける。





「あの子は、今、人生を変える運命の分かれ道に立っているんです。

 でも、このままだと間違いなく、自分のやりたい事を諦めてしまう。


 親は確かに、子供が誤った道を選ばないようにする義務がある。

 でも、それは本人の意思を否定してもいいわけじゃないんです。


 大切なのは、私たち大人の考えを押し付けることなんかじゃない。

 あの子たちが失敗した時に、そっと傍で寄り添ってあげることなの。


 あの子に叶えたい夢があるのなら、自信を持って歩めるように、

 私たち大人が支えて、背中を押してあげなきゃいけないんです。


 その為に、今、最も力強く押してあげられる声を届けられるのは、

 彼女のお父さんと、彼女を指導をしている姫乃先生、あなたなの。



 ……だから、彼女より先に諦めないであげて。



 彼女がそれを求めているのなら、もっと強く背中を押してあげて。

 彼女が自分を信じられるように、彼女を肯定してあげてください。


 それが、一人の母としての、私からのお願いです──」





 そんな霊凪の言葉に、姫乃先生が目を見開く。


「……不動さん」

「大丈夫です。何かあっても、うちの家族が付いてますから……」

「……はい。分かりました、やってみますね」

「……うふふ、お願いしますね」


 二人は見つめ合いながら、そっと笑顔を交わした。



 ☆☆☆



 その頃、灰夢と桜夢は、リレーの待機場所の近くに来ていた。


「おい、言ノ葉……」

「……ん? おや、お兄ちゃんがいるのですっ!」

「パイセン、こんなところに何しに来たの?」

「いや、最後の種目に出るっつうから、ちょっと応援にな」

「そんな、わざわざありがとなのですっ! お兄ちゃんっ!」


「えへへ〜っ! 頑張ってね、みんなっ!」

「おうよっ! 任せとけっ!」

「桜夢ちゃんも、ありがとうなのですぅ〜っ!」


 桜夢の応援に、言ノ葉と灯里が笑顔で答える。


「……灯里、香織はどうした?」

「さっき帰ってきた時から、なんかあそこで固まってる」


 灰夢が灯里の指さす方を見ると、香織が体育座りで固まっていた。


「おいおい、大丈夫なのか?」

「香織って、昔から夢見がちな乙女なところあるから……」

「……夢見がちな乙女?」

「まぁ、レーンに立てばなんとかなるっしょっ!」

「あっ、そう……。んじゃ、後で『 応援してたぞ 』って言っといてくれ」

「うぃ、りょ〜かいっ!」


 灰夢の言葉に、灯里がドヤ顔でグッドサインを向ける。


 そんな灯里の後ろを見ると、一緒に来ていたいた歩美が、

 何かを聞きたそうに、まじまじと灰夢の顔を見つめていた。


「……どうした?」

「あっ、いえ……。言ノ葉ちゃんのお兄さん、とても足が速いんですね」

「……ん? いや、まぁ……その、仕事で……体を、よく使うんでな」

「なるほどっ! 今度、走りのコツを教えてほしいですっ!」


 誤魔化しながら答える灰夢に、歩美がキラキラした瞳を向ける。


「嬢ちゃんは、陸部のエースなんだろ? 俺の指導なんか要らねぇだろ」

「でも、陸上の選手か、それ以上のスピードでしたよ? お兄さん……」

「まぁ、俺はそう言う表沙汰の競技に興味ねぇからな」

「なんか、もったいないです……」


 実力を持て余す灰夢を見て、歩美は悲しげな表情をしていた。


「嬢ちゃんは、このレースのアンカーなんだってな」

「はい。まぁ、一応……」

「……親父に、見てもらうんだろ?」

「でも、お父さんは、もう帰っちゃいましたから……」


 寂しそうに俯く歩美を見て、灰夢が小さな笑みを見せる。


「大丈夫だ、ちゃんと戻ってくっから……」

「……え?」

「胸張って、『 これが、私のやりたい事なんだ 』って、親父に見せつけてやれ」

「でも、私……」


「今まで、こういう日の為に、散々努力してきたんだろ?」

「……はい」

「その努力を、歩美自身が否定しちまったら、誰が認めてやるんだ?」

「……お兄さん」



























     「 歩美の親父を、周りの仲間を、お前自身を、


            それでも不安なら、今だけは俺のことでもいい 」



























       「 お前を信じてる仲間を信じて、走り切ってみろ 」



























   「 お前が歩みを重ねていく、美しい娘の晴れ姿ってやつを、


        天国で見てる歩美の母さんにも、ちゃんと見せてやんな 」



























 そんな灰夢の言葉に、歩美の瞳から涙が溢れ出す。


「……おにぃ、さん」

「……頑張れそうか?」

「……はいっ!」

「よし、いい返事だ……」

「えへへっ……」


 流れる涙を拭いながら、大きな声で返事をすると、

 歩美は迷いが晴れたように、眩しい笑顔を見せていた。


「あぁ〜っ! パイセン、泣かせたぁ〜っ!」

「いや、これ怒られるところか? 俺……」

「ごめんなさい、ちょっとジーンと来ちゃって……」

「まぁ、お兄ちゃんらしいですね」

「こんなに真っ直ぐに見てくれる大人の人、姫乃先生くらいだったから……」


 嬉しそうに微笑む歩美を見て、灰夢が胸を撫で下ろす。


「んじゃ、俺らは戻るな」

「みんな、頑張ってねっ!」

「お兄ちゃん、桜夢ちゃん。わたしたちの晴れ姿、見ててくださいねっ!」

「あぁ、ちゃんと見てるから、全員で走りきってこい」



「「「 ──は〜いっ! 」」」



 言ノ葉たちの元気な返事を聞くと、役目を終えたように、

 灰夢は桜夢を連れながら、自分の観客席へと戻っていった。



 ☆☆☆



 灰夢が帰ってくると同時に、梟月もテントに姿を見せる。


「よぅ、そっちはどうだ?」

「あぁ……。もう、大丈夫だよ……」

「……そうか」

「うふふ。それじゃあ、みんなで観戦しましょうか」


 並んだ生徒たちの前には、姫乃先生が立っていた。


「みなさん、準備は整いましたか?」

「は〜いっ!」

「悔いが残らないように、最後まで頑張りましょう」

「は〜いっ!」


「あっ、陸上部の子は分かってますね?」

「「「 ──イエス・マムッ!!! 」」」

「タイムを落とした人は外周百周です。気を引き締めて頑張るようにっ!」

「「「 ──イエス・マムッ!!! 」」」


 とんでもないことをサラッと口走っている女性の姿を見て、

 灰夢が目を丸くしながら、キョトンとした顔で言葉を失う。


「なぁ、あれって……」

「えぇ、姫乃先生ね。みんな凄く慕っているわ」

「いや……。生徒相手に外周百周って、普通に殺しに来てるだろ」

「彼女は元々、全くスポーツとは無縁だったそうよ」

「……そうなのか? なら、なんで、陸上部に……」

「廃部寸前だった部活を見て、黙って居られなかったんですって……」

「……そうか」


「だから、アニメや漫画を読み漁って、知識を身につけたらしいわ」

「なるほど……。通りで、頭おかしいメニューを部員に課してるわけだ」

「本当に、生徒の為には一生懸命の良い先生よね」

「そうだな。生徒たちが姫乃先生に怯える理由がよく分かった」


 こうして、一年生の色別対抗リレーの時が訪れ、

 レーンに並ぶ生徒に混じり、言ノ葉も並んでいた。


「第一走者は、言ノ葉からか」

「全部で六人いるんですって……」

「言ノ葉さまの後に二人。そして、灯里さま、香織さま、歩美さまだそうです」

「なるほど、重要なポジションを任されたな」

「これは、なかなか見ものだね」


 言ノ葉が灰夢たちを見て、小さく手を振ると、

 灰夢たちも微笑みながら、手を振り返していた。


 そして、言ノ葉が頬を叩き、自分の目を覚まさせる。



( ……思いっきり、ぶっ飛ばすのですっ! )



 目を覚ました言ノ葉は、やる気に満ちた表情で、

 レーンの一番外側に並び、走りの構えに入った。



『 では、位置について……よーい、ドンッ!!! 』



 スタートの瞬間から、言ノ葉が全力疾走し、

 敵チームとの距離を、グングンと伸ばしていく。


「おぉ、すっげぇな。ダントツじゃねぇか」

「凄いわ〜っ! 頑張れ〜、言ノ葉〜っ!」

「言ノ葉ちゃん、ファイト〜っ!」


「いいね、不動のやつ。すっげぇ速ぇっ!」

「このままいけば、勝てそうですねっ!」


 そして、言ノ葉から、二走の子へとバトンが渡る。


「──お願いしますっ!」

「──はいっ!」


「──よしっ! 行った行ったっ!」

「──頑張れ〜っ!」


「ふぅ、怖かったのだぁ……」

「お疲れ、不動。凄かったじゃんっ!」

「えへへっ……。かっこ悪いところは、見せられないですからね」


 そう言いながら、言ノ葉は走っている二走の子を見つめていた。

 その瞬間、二走の子が足を絡ませ、レーンの真ん中で盛大につまずく。


「──あっ!」

「──やばっ!」

「だ、大丈夫かな……」


 第二走者が慌てて起き上がり、バトンを探しているうちに、

 他のチームに次々と抜かれ、どんどん距離を取られていった。


「あっちゃ〜、やべぇな……」

「大丈夫。まだ、チャンスはあるよっ!」


 第二走者の子が半泣きになりながら、第三走者の子にバトンを渡す。


「──ごめんっ!」

「……大丈夫、あっ!」



 ──その瞬間、再びバトンが地面に落ちた。



「ごめん、本当にごめんっ!」

「大丈夫、僕もごめんっ!」


 第三走者の子がバトンを拾い、他のクラスを急いで追いかける。

 それを見送ると、第二走者の子は、涙を流しながら戻ってきた。


「ごめんね。私のせいで……。本当に、ごめんなさい……」

「大丈夫ですよ、泣かないでください」

「しょうがないよ。ミスは誰にだってあるから……」

「でも、でも……。私のせいで、みんなの努力が……」


 すると、第四走者の灯里が、第二走者の子の肩をポンッ叩く。


「大丈夫だ。まだ、アタシたちがいる」

「……灯里ちゃん」



























      『 こういう展開の方が、むしろ燃えるってもんだろ 』



























 そう告げる灯里は闘志に燃え、負ける気を感じさせない程に笑っていた。


「おい、香織っ! いつまでパイセンの思い出に浸ってんだッ!!」

「……へっ!? いや、そんな……ことは、えっと……」


 オドオドする香織の胸ぐらを、灯里が勢いよく掴み寄せる。


「てめぇ……。幼馴染のアタシに、隠し事が通じると思ってんのか?」

「……灯里」

「パイセンが、お前にも『 応援してんぞ 』って言ってたぞっ!」

「……セ、センパイが?」

「仲間のピンチだ、パイセンも見てんだろっ! とっとと目ェ覚ませッ!!!」

「…………」


 その真っ直ぐな言葉を聞いて、香織は自分の頬を力いっぱいに叩く。


「うん、ごめんっ! もう、大丈夫だから……」

「よし、反撃の幕開けだ。──行くぞッ!!!」

「──うんっ! やってやろうッ!!!」


「ワタシまで繋いでくれれば、絶対に何とかしますっ!」

「あぁ、期待してんぞっ! 早乙女っ!」

「──はいっ!」


 歩美としっかり目を合わせると、灯里はレーンに並んだ。


「ごめん、全然追いつけなかったっ!」

「大丈夫だ、よく頑張ったっ! あとは任せなっ!」


 バトンを受け取った灯里が、全力疾走で追い上げて行き、

 あっという間に、他クラスとの距離をグングン縮めていく。


「おぉ、灯里ちゃん、すっごく速いですっ!」

「あっ! 緑チームを抜きましたねっ!」

「凄い凄いっ! 一気に巻き返しなのですぅ〜っ!」


「はぁ、これはウチも負けてらんないなぁ……」

「香織さん、頑張ってくださいっ!」

「うん。バトン繋いでくるから、待っててねっ!」

「──はいっ!」


 歩美と笑顔を交わした香織が、レーンに並んで灯里を待つ。


 そして、灯里と目を合わせた香織が、先にレーンを走り出し、

 そんな香織に、灯里がオーバーハンドパスでバトンを渡した。


「──任せんぞ、香織ッ!!!」

「──上等、今なら誰にも負ける気がしないッ!!!」


 香織はスムーズにバトンを貰うと、どんどん加速していき、

 二位の黄色チームとの距離を、あっという間に縮めていく。


「凄い、二人って帰宅部なんですよね?」

「はぁ、はぁ、はぁ……そうだけど?」

「凄いです。パスが綺麗でかっこよかったのですっ!」

「本番で失敗しないようにって、あれはやらなかったのに……」

「まぁ、アタシと香織なら、見なくてもバトンくらい渡せるさ」

「その絶対的な信頼、うちの家族みたいです」

「あははっ、そうかもね。香織はアタシの大事な幼馴染だし……」


 そういって、灯里は猛スピードで駆ける香織を見つめていた。


「あとは、私が頑張る番ですっ!」

「頑張ってください、歩美ちゃんっ!」

「はい、頑張りますっ!」


 そんな歩美に、青組のアンカーが睨みを利かせる。


「女子ばっかの赤組に、俺ら青組が負けるかよ」

「……どうかな? 200mタイムだと、私の方が早いけど?」

「へっ、言ってろ……」


 そういって、青組のアンカーはレーンに向かっていった。


「……あの子は?」

「うちの陸上部の男子だよ。速水くんって言うの……」

「なんか、凄い当たってきてましたね」

「私、あの子にライバル視されてるんだよね」

「なるほど、これは別の意味でも負けられないな」

「うん、見ててくだいさ。私、頑張って来ますからっ!」

「あぁ、行ってこいっ!」

「応援してます、頑張ってなのですっ!」


 歩美が笑顔で、灯里と言ノ葉にグッドサインを送り、

 レーンに並んで、猛ダッシュで戻ってきた香織を待つ。


 そして、黄色チームを抜いてきた香織にパッと手を伸ばした。


「あとは青だけ、頑張ってっ!」

「はい、絶対に勝ってきます!」


 歩美がバトンを貰い、圧倒的なスピードで駆け出していく。

 すると、拡声器で大きくなった姫乃先生の必死な声が響いた。


『──早乙女さん、速水くん、頑張ってくださいっ!!!』



「「 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…… 」」



『負けた方には、腕立て伏せと上体起こしを百回ずつ追加しますっ!』


 ふわふわした声で、とんでもないことを言う姫乃先生に怯え、

 青組のアンカーの男子生徒が、グングンと速度を上げていく。


『──早乙女さん、身体がぶれていますっ! フォームを整えてっ!』

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 姫乃先生の声を聞いて、歩美がフォームを綺麗に整い直す。

 そして、歩美も徐々に青組のアンカーの元へと近づいていく。



( 私には、みんながいる。友達も、先生も、お兄さんも── )



 さらに青組のアンカーも、負けじとグングン加速していき、

 その大きな背中を見て、歩美は父の背中を思い出していた。



























          ( ……お父さん、見てくれてるかな )



























               その時だった──



























      『 ──頑張れ、歩美っ! お前ならやれるッ!!! 』



























   最終カーブの観客席で、ピンクの法被を着た歩美の父親が、


         光る棒を握り、言ノ葉のファンクラブと共に応援していた。



























             ( ──お父さん!? )



























       「 ──歩美っ! 俺の背中を越えていけっ!! 」



























    「 俺の分も母さんの為に、お前が笑って走ってくれッ!!! 」



























         その言葉を聞いて、歩美の顔に笑顔が戻った。



























            ( ……見ててね、お父さん )



























    ( お父さんの走り方。私はもう、マスターしたんだから…… )



























 歩美がラストスパートに入り、フォームを変えて加速していく。


「おぉ、歩美ちゃんの走り方が変わりましたっ!」

「うわっ、すっげぇ速ぇっ!!」

「嘘っ、あそこからまだ上がるのっ!?」


「二人とも、ラストスパートですっ! 頑張ってっ!」

「頑張れ、歩美ッ! 俺の娘〜ッ!!」



























      ラストスパートで、一気に青組との差を広げると、


           歩美は見事に、赤組を逆転勝利の一位へと導いた。



























 そんな子供たちの熱戦に、霊凪たちが歓喜を上げる。


「やったぁ〜っ! 赤組が勝ったわ〜っ!」

「言ノ葉ちゃんチームの勝ちだ〜っ!」

「凄いですね。わたくし、とてもドキドキ致しました」

「俺はむしろ、歩美の親父の法被姿に心臓が止まるかと思ったわ」

「あれは、言ノ葉のファンクラブの子たちのだね」


「……梟月。お前、何したんだよ」

「わたしはただ、いつも通り大人の悩み相談に乗っただけさ」

「それだけで、あんなに人間って変わるもんなのか?」

「うふふ、でも良かったじゃない。一番心強い味方が帰ってきて……」

「まぁ、確かに……。誰にも負けねぇ応援団だな、ありゃ……」


 歩美が言ノ葉たちと、一位になったの喜びを分かち合い、

 それを見て泣いている親父を、灰夢は静かに見つめていた。



























     三年生までの競技が終わり、赤組は僅差で青組に勝ち優勝した。



























 体育祭を終えた言ノ葉と氷麗が、走りながら、

 外で二人を待っていた、灰夢たちの所へと戻る。


「お兄ちゃ〜んっ! わたしたちが勝ちました〜っ!」

「おおぅ、びっくりした。よく頑張ったな、お疲れ様……」


 言ノ葉は灰夢を見つけると、一目散に飛びついていた。


「えへへっ、見ててくれましたかっ!?」

「あぁ、見てたよ。すげぇかっこよかった……」

「本当ですかっ!? でへへ〜、褒められちゃったのですぅ〜っ!」

「ふっ、本当に、かっこよかったよ……」

「え、えへへへ……。ありがとうなのです、お兄ちゃん……」


 抱きつく言ノ葉の頭を、灰夢が優しく撫でていると、

 言ノ葉は顔を赤らめながら、嬉しそうに笑っていた。


「お兄さん、私も頑張ったんですけど……」

「氷麗は俺が走ったり、言ノ葉が言霊を使ったりしてたろ」

「むぅ〜、私なりに頑張ったのに……」

「わかったから、不貞腐れんなって……」

「じゃあ、私にも頭なでなでしてくれたら許します」


「おい、なんで俺が許される側になってんだよ」

「いいじゃないですか、ほら……」

「はぁ、ったく……」

「えへへっ……。さすが、お兄さん。優しいですね……」

「調子がいいな、この小娘共は……」


 灰夢に甘える二人の少女を、月影の家族が笑顔で見守る。


「うふふ、いい一日になったわね」

「あぁ、とても充実した一日だったね」

「わたくし、とても楽しかったです」

「たのしかったぁ〜っ!」

「高校入るの、ますます楽しみになったぁ〜っ!」


「……灯里たちは?」

「灯里ちゃんたちは、三人で帰りましたよ」

「……そうか」

「歩美ちゃんは……」

「まぁ、あれなら大丈夫だろ」

「そうだね、きっと……」

「うふふ。今度はお弁当、七段にしておこうかしらね」

「……そうだな」


 そういって、灰夢たちは夕暮れに染まる空を見上げた。



 ☆☆☆



 夕暮れの帰り道を、歩美と父親は二人で帰っていた。


「ねぇ、お父さん……」

「……ん?」

「なんで急に、私を応援してくれたの?」

「お父さんな、一人の漢に背中を押してもらったんだ」

「……一人の漢?」

「あの人は揺らぐことの無い強さを持った、漢の中の漢だった……」

「……そうなの?」

「あぁ……」

「そっか、えへへっ……」


 どこか落ち着いた様子の父親を見て、歩美が笑顔を見せる。


「歩美、ごめんな……」

「……え?」

「父さん。お前のこと、ちゃんと見れていなかった」

「…………」

「自分の過去ばっかり見て、お前が傷つくのをずっと恐れてたんだ」

「……お父さん」

「もう、大丈夫だから。これからは、一番席で応援させてくれるか?」


 そんな親父の素直な言葉に、歩美は目を見開くと、

 そのまま気持ちに答えるように、満面の笑みを返した。



























              「 ──うんっ! 」



























       「 一番席にいなかったら、許さないからねっ! 」



























            「 ……あぁ、約束するよ 」



























     歩美の父は、笑顔を向ける歩美の顔に、妻の顔を重ねていた。



























         ( もう、この笑顔を失わないように── )



























 歩美の笑顔を見て、父親が静かに笑みを浮かべる。


「そういえば、お父さん。……その法被は何?」

「……これか? これはまた、別の漢に貰ったんだよ」

「……貰ったの?」

「あぁ……。『 言葉に想いを込める時は、これを着るといい 』と言われてな」


「そうなんだ。でも、それで外を歩かれるのは、ちょっと……」

「……そうか? 俺は割と似合ってると思うんだが……」

「せめて、青とかにしてよ。ピンクはさすがに目立ちすぎだよ」

「目立たないと、お前の目に映らないだろ?」

「いや、私以外の目まで引いてどうするの……」


「これからは、一番席でこの棒を振ってだな」

「いやいや、待ってっ! それは、絶対にジャンルが変わるからっ!」

「……そうなのか?」

「そうだよ、応援団なら太鼓とかさぁ……」

「さすがに、太鼓は持ち歩けないだろ」

「いやでも、ペンライトはヤバいって……」

「なら、ラーメン屋らしく【 てぼ 】でも振るか」


 ※ てぼ …… 麺を茹でたり湯切りする網。


「あははっ。なんか、うちの御店の宣伝みたいじゃない?」

「確かに、それも兼ねれば一石二鳥だなっ!」

「暇な時は、ちゃんとお店も手伝うからねっ!」

「そうか。でも、無理はしなくていいからな」

「ううん、無理してないよ。私がやりたくてやるの……」

「……そうか」

「──うんっ!」


 二人が手を繋ぎながら、夕焼け色に染まる道を進む。


「俺たちで、母さんにも届くくらい大きなラーメン屋にしてやろう」

「じゃあ、私が陸上選手になったら、うちのラーメン屋を宣伝するねっ!」

「そうだな、それが一番響きそうだっ!」

「うんっ! えへへっ!」

「あははっ……」


 二人の間には、紛れもない親子の絆が生まれていた。


「そういえばね。陸上選手って言えば、友達のお兄さん凄いんだよっ!」

「……友達のお兄さん?」

「うん。私ぐらいの女の子抱えて、周りの人を追い抜いていくのっ!」

「なんだそれ、そんなこと出来るのか!?」

「やってたんだよ、借り物競争の時に。……しかも三回もっ!」


「それは凄いな、陸上の選手なのか?」

「ううん。なんか普段は、体を使う仕事をしてるんだって……」

「なるほど……。なら、消防隊とか、救助隊かもしれないな」

「確かにっ! それはありそうだねっ!」

「凄いなぁ、世の中には漢がたくさんいるんだなぁ……」


 何かに憧れを抱くように、歩美の父親が空を見上げる。


「その友達の家族がね、お昼ご飯を一緒に食べさせてくれたんだよっ!」

「そうか。なら、今度お礼を言わないとな」

「それに、最後のリレーの前に、わざわざ励ましに来てくれたのっ!」

「……なんだって?」


「あのお兄さん、変な御面してたけど、凄い優しかったなぁ……」

「まさか、歩美……。お前、その人のこと……」

「……え?」

「いや、まだそれは早いっ! まだ巣立ちはしないでくれっ!」

「えっ、ちょ……お父さん? どうしたの!?」


「嫌だっ! それだけは嫌だっ! まだ、そんな話は聞かせないでくれっ!」

「待って待って、なんで逃げるのっ!」

「俺はもう、一人になりたくないんだぁ〜っ!」

「ちょっと待って、お父さ〜んっ!」



























 青春を駆ける一人の少女と、それを見守る一人の父親。


      そんな親子が歩くだけの、夕暮れに染まる帰り道でも、


           物語として綴ってみれば、かけがえの無い1ページだ。

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