第弐話 【 影に生きる者 】
灰夢が自分の部屋で、氷麗とゲームをしている夜、
店のカウンターでは、蒼月と梟月が盃を交わしていた。
「どうだったんだ? 今回の仕事は……」
「なかなか良い所だったよ。ちょっと観光してきちゃった」
「……死術は見つけられたのか?」
「死術かは分からないけど、国の権力者が何か隠してるっぽいんだよね」
「おや、それはまた随分と凄いところにあるね」
「うん。街で書物を見つけてきたから、それを調べてみるよ」
「そうか、よろしく頼むよ」
二人が同時に酒を飲み、力を抜くように息を吐く。
「戦友の頼みな上に、可愛い弟弟子の望みだ。僕も気合い入れなきゃっ!」
「まぁ、蒼月が頼んでいたルミアくんの件も、解決してくれたからな」
「ほんと、何から何までよくやってくれたよ。彼は……」
「……あぁ、そうだね」
「まぁ、帰ってきた瞬間に襲われた時は、ちょっと怖かったけど……」
「リリィくんに襲われるのと、大して変わらないだろ?」
「いやいや、戯れと殺意を一緒にしないでよ」
「それでも和解できたんだ、良かったじゃないか」
「和解というか、リリィちゃんが止めてくれただけだけどね」
「本当に信頼されるまでは、もう少しかかるかな」
「そうだね。今もまだ、敵意は残ってるみたいだし……」
「まぁ、ここからは、お前の努力次第だな」
「やれやれ、これは難題だなぁ……」
蒼月が呆れ顔をしながら、自分のお猪口に酒を足す。
「……ルミアちゃんも、今日は帰ったの?」
「いや……。リリィくんと一緒に植物庭園に残っているよ」
「そっか。まぁ、あそこは精霊たちもいるし、昔の友達も多いのかもね」
「少しでも、心の傷を癒すことが出来るなら、いいんだけどな」
「……そうだね」
梟月は自分の酒を足すと、酒の水面を見つめていた。
「そういえば、他の子供たちはどうするの?」
「火恋くんたちなら、灰夢くんが月影の仕事に同行させると言っていたよ」
「……同行?」
「あぁ……。この世界を生きる厳しさを、体に教えようとしてるんじゃないかな」
「あ〜っ! 梟ちゃん、灰夢くんに言わせたな〜? この性悪男め……」
「人のことを言えないだろ? お前だって……」
「まぁ、彼ほど子供の心に真っ直ぐ向き合える人間は、なかなかいないからね」
「本当に、わたしも彼には敵わないよ」
「なんでだろうね。中身が子供なのかな?」
「そういうこと言うと、また灰夢くんに殴られるぞ?」
「別に、悪いことじゃないと思うけど……」
「中身が成長してないのは、お前も同じだろ」
「否定はしないけど、彼は特別さ……」
蒼月が微笑みながら、再び自分の酒を足す。
「彼を見ていると、あの男を思い出すと神楽くんが言っていたよ」
「あははっ、それは告白と一緒じゃないのか?」
「そうだな。まぁ、灰夢くんにもフラれていたが……」
「そっかそっか。そりゃまた、面白い展開になったもんだ」
「お前はどう思う? 今の彼を見て……」
「そうだねぇ。でも、やっぱり似てるところはあるんじゃないかな」
「お前でも、やっぱりそう思うか」
「そりゃね。僕らもだけど、元は同じ漢の背中を見てるから……」
「なんだかんだ言いながらも、助ける時は真っ直ぐだからな」
「そういう、お節介で見過ごせない性格は、あの爺さんにソックリだよ」
「憧れというものは、全く尊いものだな」
「……そうだね」
二人が過去を振り返りながら、注いだ酒を口にする。
「あの子たちは彼の背中を見て、どう思ったかな」
「くノ一の子たちは、灰夢くんの戦いを見たの?」
「あぁ……。敵の組織を潰したのは、ほとんど灰夢くんだそうだからね」
「そっか。ってことは、あのバケモノ染みた力を見たんだね」
「そうだろうね。それを見て、この世界に何を思ったか」
「子供たちには、少し刺激が強いんじゃない?」
「まぁ、自分が及ばない世界というものも、この世界にはあるからね」
「それを見ても前を向けるかは、本人たち次第か」
「……そうだね」
相槌を打ちながら、梟月が再び酒を注ぐ。
「梟ちゃんは、どうなると予想してるの?」
「出来ることなら、灰夢くんの背中を追ってもらいたいかな」
「背中を追うって、僕らみたいな生き方ってこと?」
「あぁ……。殺し屋と言うよりは、人を助けられる人間になって欲しい」
「なるほどね。それで、灰夢くんに言わせたのか」
「まぁ、仕事は責任だとしても、彼女たちがどう動くかは別だけどな」
「まぁね。でも、灰夢くんなら大丈夫じゃないかな」
「お前もなんだかんだ、彼に押し付けてるじゃないか」
「まぁ、見た目的にも中身的にも、一番親しみを持ちやすいからね」
「俺らの親父は、いい男を弟子にしたな」
「その上に、あの根気のいい婆さんだ、恵まれすぎだよ。あの爺さんは……」
「まぁ、あの二人だからこそ、今のわたしたちがいるのだからね」
「そうだね。僕らも弟弟子に負けないように、頑張らないと……」
「……だな」
二人は微笑み、互いの盃をぶつけると、一気に酒を飲み干した。
☆☆☆
その頃、植物庭園では、ルミアがリリィと空を見上げていた。
「みんな、元気そうで良かった」
「精霊たちも、喜んでたね」
「うん。わたしも、嬉しかった……」
「……そっか」
「うん、えへへ……」
「ルミア……。なんか、幼くなってる」
「今は、二人だから……。お姉ちゃんに、甘えたい……」
「……そっか」
「……うん」
ルミアがリリィに寄り添いながら、そっと体を傾ける。
「…………」
「…………」
そんなルミアに、リリィも体を預けながら、
静かに目を瞑り、夜風の流れを肌で感じていた。
「ねぇ、お姉ちゃん……」
「……ん?」
「灰夢は、なんで、『 みんなも…… 』って、言ったのかな?」
「……やっぱり、嫌だったの?」
「ううん……。初めは、びっくりしたけど……」
「…………」
「きっと、意味があるから、言ったんだよね」
「……あると思うよ」
「お姉ちゃんは、何か分かる?」
甘えるルミアに体を預けながら、リリィが答える。
「多分、だけど……」
「……?」
「子供たちの成長の為、じゃないのかな」
「……成長?」
「うん。ずっと神楽やルミアが、守ってる訳にはいかないでしょ?」
「それは、そうだけど……」
「この世界は、危険やトラブルが多いから……」
「……そうだね」
「それを自分で乗り越えられるように、教えたいんだと思うよ」
「……そっか」
「……うん」
リリィの言葉に安心したように、ルミアが微笑むと、
そんなルミアに答えるように、リリィも微笑み返す。
そして、二人だけの時間を、ゆっくりと楽しむように、
夜空に輝く満天の星空を、二人は静かに見つめていた。
「灰夢は、いい人だね」
「……うん」
「お姉ちゃんのヒーローって、灰夢?」
「ううん、違うよ……」
「……違うの?」
「……うん」
「……なら、誰なの?」
「まだ、内緒……」
「……凄く気になる」
不満そうな顔しながら、ルミアがじーっとリリィを見つめる。
「その人のこと、ワタシは嫌いだったんだけど……」
「……そうなの?」
「……うん」
「なら、その人は何で来てくれたの?」
「ワタシにも分からない。ただ、こう言ってた──」
『 僕が君の味方でいたいと思った。ただ、それだけのことさ 』
「──って」
「そう、なんだ……」
「そのうち、時が来たら話してあげるね」
「むぅ、わかった……」
「ふふっ、いい子……」
リリィが優しく頭を撫でると、ルミアは子供のような笑顔を見せた。
「凄く、星が綺麗……」
「ここは、本当にいい所……」
「なんか、あの森を思い出すね」
「……うん」
「お姉ちゃんにまた会えて、よかった……」
「ワタシも、嬉しかった……」
「今度は、わたしもお姉ちゃんと、精霊たちを守るから……」
「うん。ワタシもルミアと、精霊たちを守るから……」
「……うん」
「もう、離さないよ……」
「うん。わたしも、離れないよ……」
二人が静かに見つめ合い、そっと手を繋ぐ。
すると、ルミアが突然、不満そうに俯いた。
「ただ、あの悪魔は、少し嫌い……」
「……蒼月?」
「……うん」
「……なんで?」
「……だって、悪魔だよ?」
「悪魔だけど、元は人間だよ?」
「悪魔に堕ちたなら、同じじゃないの?」
「あれもなりたくて、なったんじゃないって……」
「……そんなこと、あるの?」
「うん。ワタシも詳しくは、知らないけど。梟月が、そう言ってた……」
「そう、なんだ……」
納得できなさそうな顔をしながらも、ルミアがコクコクッと頷く。
「蒼月はあれでも、ワタシの家族だから……」
「……家族」
「一応、仲良くしてあげてね……」
「えぇ……」
「ルミア……。お姉ちゃんの言うこと、聞けない?」
「うぅ……。なるべく、頑張る……」
「うん、よろしい。ふふっ……」
「えへへっ……」
笑みを交わす二人の精霊を、暖かな光で包むように、
キラキラと光る微精霊たちが、二人の傍を舞っていた。
表に生きれない者たちが、この世界には存在する。
そんな者たちが流れ着く、人知れぬ場所の小さな祠。
そこで生きる者の心にも、【 愛 】は変わらず存在する。
一人の偉大で勇敢な漢と、それを愛した女性の心によって、
人を想う心は、今を生きる者たちに、確かに受け継がれていた。
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