第捌話 【 ルミア 】

 ルミアは戦いの中で一人、思い返していた。


         かつて【 姉 】と慕っていた存在の、犯した罪を──


























 わたしは昔、姉と共に、とある森の中に捨てられていた。

 そんなあたしたちを、森の精霊たちが拾い助けてくれた。


 わたしと姉は、その森の動物や植物たちと共に生きていた。

 まだ幼かった自分も、自然の大切さを身に染みて感じていた。


 この自然と、精霊と、動物と、姉と、みんなで生きる。

 人との関わりは姉だけでも、孤独を感じることはなかった。


 そんなある日、わたしたちは森の精霊たちを統括する、

 【 森の精霊王 】に呼び出され、話を聞きに向かった。


 その内容は、『 この先も、自然と共に生きていくのならば、

 木の精霊【 ドリュアス 】の力を授ける 』というものだった。


 わたしも姉も、人間の世界には、未練も思い入れも無い。

 だから、わたしたち二人は、その言葉を喜んで引き受けた。



 ──こうして、わたしと姉は、この身に忌能力を授かった。



 姉は、あっという間に、その力を使いこなしていた。

 わたしには、そんなカッコいい姉が憧れの存在だった。


 『 あの背中に追いつきたい。あの人と共に歩みたい 』


 そんな想いを、わたしは心の中に、ずっと抱き続けていた。

 そんなある日、力を認められた姉が、森の管理者に選ばれた。


 自然を守り、動物たちと共存しながら、聖域を守護する者。

 そんな存在に選ばれた姉が、わたしには何よりの誇りだった。


「お姉ちゃん、かっこいいねっ!」

「えへへ。ワタシが皆を、ルミアを守るからねっ!」

「うんっ! ルミアはお姉ちゃんと、ずっと一緒にいるっ!」

「うん、ずっと一緒っ! この先も、ず〜っと一緒っ!」

「えへへ、お姉ちゃん大好きっ!」

「ワタシもだよ、ルミアっ!」


 わたしが姉に抱きつく時は、姉は決まって抱きしめてくれた。

 この先もずっと、わたしは姉と共に歩んでいくのだと思っていた。



























               だが、ある日──



























            ──姉は突然、わたしを捨てた。



























「ルミア、早く……動物たちと、この森を出てっ!」

「どうして? お姉ちゃんっ! ずっと一緒って約束したのに……」

「あなたは、ここにいちゃいけないの……」

「なんで、お姉ちゃん……なんでっ!?」

「あなたは、まだ幼い。使える力も弱い。だから──」

「──お姉ちゃんっ!!」


























       ──姉は理由も言わずに、わたしを森から追い出した。



























     わたしが最後に見た姉の姿は、蜘蛛のような怪物の姿だった。


























 そこからしばらく、わたしは逃げた動物たちと生きていた。


 わたしは、まともに精霊術を使えるようになってから、

 もう一度、聖域に戻って、姉に会いに行こうと心に誓った。


 わたしを追い出した理由を、ちゃんと聞こうと思った。

『 きっと何か訳があるんだ 』と、そう思っていたから。


『 お姉ちゃんは優しいから、きっとわたしの為なんだ 』と。

『 わたしが力を使えるようになれば、また仲直りできる 』と。


 だから、わたしは必死に、この力を使えるように練習した。

 そして、想像した植物をも生み出し、操れるまでに成長した。


 わたしは力を身につけた。だから、急いで故郷へと帰った。

 もう一度、みんなに……。そして、大好きな姉に会うために──


























           ──だが、森は既に枯れ果てていた。



























 精霊もいない、動物もいない、緑も無い。


 あるのは、死んだ動物の死体と、腐った異臭。

 そして、足元に咲いた大量の彼岸花だけだった。


 それを見て、わたしは心の底から確信した。

 あの姉の最後の姿は、本当に怪物だったんだと──


























          姉が、わたしの全てを壊したんだと──


























            ──だから、わたしは決めた。


























        いつか見つけだして、必ず復讐してやると──


























       みんなの無念を、この手で晴らしてやるんだと──


























        その日から、わたしはずっと姉を探し続けてきた。




























          そんな姉を、今、ようやく見つけた──


























    『 お前が家族を、あたしの全てを壊したんだっ!


           お前だけは、何があっても絶対に許さないっ! 』



























  『 その殺意に満ちた瞳。それでこそ、アタシの妹だっ!


          お前の全てを持って、このアタシを殺してみせろっ! 』



























     【  ❖ 花想精霊術・鋼弾を放つ鉄砲百合 レリーゼ・ガンイリウム・ブレット❖  】


     【  ❖  花想精霊術・降り注ぐ向日葵の火種 カディエレ・シーマン・ヘーリアントゥス ❖  】



























 リリィとルミアは、巨大な植物をぶつけ合っていた。


「お前は絶対に許さない。あたしの全てを壊した、お前だけはッ!!!」

「それでいい、恨みがあるなら全力でぶつけてこいッ!!!」

「この裏切り者がッ! 精霊も自然も、全て壊したくせにッ!!!」

「…………」

「そんなお前が、精霊の力なんか宿すなッ!!!」


 そんなルミアの言葉に、リリィが怒りの眼差しを向ける。


「……お前に、アタシの何がわかるッ!!!」

「──知るかッ!! お前の言い訳など、聞く価値もないッ!!!」



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 二人の攻撃は、地形を変える勢いで放たれていた。


 この世のモノとは思えないサイズの植物が、

 まるで、兵器のように互いに攻撃を仕掛ける。


 その姿は、自然の怒りそのものを体現していた。


「お前は絶対に許さない。あたしが、みんなの仇を打ってやるッ!!」

「やってみろっ! お前如きが、アタシを越えられるものならなッ!!」


 植物をぶつけ合っては、隙をついて体術を叩き込み、

 互いに毒を打ち込まんと、一心不乱に攻撃を畳み掛ける。



 ──それでも、リリィの顔は少しだけ笑っていた。



「あれだけ泣き虫だったクソガキが、随分と生意気になったなッ!」

「お前が、あたしの過去を語るなッ!!」

「姉が妹の成長を喜んで何が悪いッ!!」

「お前なんか、あたしの憧れた姉さんじゃないッ!!!」



 <<< 花想精霊術・風船葛の空爆撃 アイレス・ペルクーテン・カルディオスペルマム>>>



 空から落ちる、巨大な風船のような植物が、

 落下と共に大爆発を起こし、地形を変えていく。


 その合間を素早く走り抜けるように、

 ルミアは一直線にリリィに向かって走った。


「ははっ、面白い……。それでこそ、アタシの妹だッ!!」

「お前との繋がりも、ここで終わりにしてやるッ!!」


 真っ直ぐに向かってくるルミアを見て、

 リリィが畳み掛けるように攻撃を続ける。



 <<< 花想精霊術・神竜玉の禍つ棘嵐 カットゥス・スピナム・テンペスタス>>>



 リリィの後ろから生える、巨大なサボテンから、

 無数の棘が乱れ飛び、ルミアに向かって降り注ぐ。


 それを見たルミアが、両腕を刃物のような植物に作り替え、

 降り注ぐ棘を全て切り落としながら、リリィに襲いかかった。



























    「 あたしの家族を殺した罪を、その身を持って償えッ!!! 」



























      【  ❖ 花想精霊術・魔人を切り裂く竜舌蘭 アガヴェ・ディモニウム・アプシンデェーレ❖  】



























       鋭く尖ったルミアの腕が、リリィの腹部を一撃で貫く。



























      【  ❖ 花想精霊術・花笠石楠花の死染毒 ヴネノーザ・カルミア・ラティフォリア❖  】


























  さらに、伸びた葉が全身を貫き、ルミアが毒を流し込むと、


         枯れていくリリィの体から、カルミアの花が咲き乱れた。



























「枯れ果てろ、リリィ・ブラッド・ロード……」

「…………」

「元は家族だ、遺言ぐらいなら聞いてやる」

「……ぐふっ」



























      リリィは吐血しながら、ゆっくりルミアを見上げると──



























            小さな声で、一言だけ呟いた。



























          「 ……強くなったね、ルミア…… 」


























 微塵の敵意も無い笑顔で、一言告げたリリィの顔が、

 かつて、だった、優しい姉の笑顔と重なる。


「お姉、ちゃん……」

「えへへ……。お姉ちゃん、びっくり、しちゃった……」

「ど、どうして……」

「ごめんね、ルミア……」

「なんで、なんで……」



























     「 ……なんで、あたしに……。毒を、流さないんだよ…… 」



























           「 ……流すわけ、ないよ…… 」



























     「 ……ルミアは、ワタシの……。大切な、妹だもん…… 」



























 その一言で、泣き崩れるようにルミアが膝を折り、

 敵意の消えたルミアを、リリィが優しく抱きしめる。


「なんで、いまさら……お姉ちゃんづら、するんだよ……」

「ワタシは、ずっと……。ルミアの、お姉ちゃんだよ……」

「なんで、あたしを……見捨てたんだよ。お姉ちゃん……」

「ごめんね……。あれしか、あなたを、助けられなかった……」


「なんで、ずっと……会いに来て、くれなかったの……?」

「ワタシ、嫌われてるって、思ってたから……」

「わたしは、ずっと……ずっと、寂しかったんだよ……」

「本当に、ごめんね……。頼りない、お姉ちゃんで……」

「……お姉ちゃん」

「どうしても、あなたに……会うのが、怖くて……」


 ルミアは、まるで子供のように、大粒の涙を流して泣きつき、

 そんなルミアを、リリィは微笑みながら優しく抱きしめていた。



























    「 お姉ちゃん、会いたかったよ……。おねぇ、ちゃん…… 」



























              「 ……ルミア 」



























          「 お姉ちゃんは、ここにいるよ 」



























 周囲に舞う花弁たちが、風と共に二人を包み込んでいく。


         長い時を超えた姉妹の再会を、色鮮やかに祝福するように──

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