第玖話 【 鬼ごっこ 】

 リリィとルミアが戦いを終え、涙と共に和解をすると、

 リリィは誤解を解くために、ルミアに昔の話をしていた。





「……悪魔?」

「うん、悪魔……。【 ベルゼブブ 】って、言うの……」

「……ベルゼブブ」

「その悪魔が、人間によって召喚されたの……」

「そっか、そんなのが……」


 リリィが思い返すように、花びらの舞う空を見上げる。


「ベルゼブブは、蟲を使って、自然を壊してた……」

「……蟲で?」

「うん。それに、蟲で、精霊も、動物も、錯乱させて、操るの……」

「じゃあ、動物も、精霊も、敵に……」

「死体でも蘇るから。どうしても、止めなきゃいけなくて……」

「そうなんだ。だから、死んでた動物たちにも、彼岸花が……」

「できる限り、救える命は助けたかった。でも、出来なかった……」

「……そっか」

「あなたを、追い出したのは……。ワタシには、守れなかったから……」


 ルミアの見つめるリリィの顔は、悲しそうな表情をしていた。


「ねぇ、お姉ちゃん……」

「……ん?」

「お姉ちゃんは、なんで、無事だったの?」


 不思議そうに見つめるルミアに、リリィが小さく微笑みを返す。


「ワタシには、ヒーローが来てくれたからだよ」

「……ヒーロー?」

「うん。ワタシの錯乱を解いて、一緒に戦ってくれた。ヒーロー……」

「……そっか」


「……それにね」

「……ん?」

「助かった精霊たちは、今も、ワタシの中にいるんだよ」

「……そうなの?」


 そういうと、リリィは手を伸ばし、そっと心に念じた。



四大精霊みんな、でてきて……』



 リリィの呼び掛けに応じて、四人の大精霊が姿を現す。


「……あれ、庭園じゃないデスね」

「……どうしましたか、マスター?」

「……ん? ……誰?」


 大精霊たちが首を傾げる中、ルミアを見つめるディーネが、

 ルミアに聞こえるくらいの声で、ボソッと小さく声で呟いた。


「……もしかして、ルミアさん?」

「……え?」


 その言葉を聞いて、ルミアも驚くように言葉を返す。


「……ディーネ、なの?」

「……えっ、ルミアさん? あの、ルミアさんデスかっ!?」

「その、変な言葉遣い。……もしかして、ノーミー……?」

「ガーンッ! へ、変……デス、か……」


 ルミアの軽い一言で、ノーミーの心は砕けた。


「嘘、生きてたんだっ! よかった〜っ!」

「ルミアさぁ〜んっ!」


 涙ながらに抱きつくシルフィーを、ルミアが受け止める。


「シルフィー、サラも、久しぶり……」

「こんな急に、何十年ぶりデスかね?」

「みんな、こんなに、大きく……なって、ない……」

「まぁ、わたしたちの姿は変わりませんからね」

「あははっ、そりゃそうだ……」


「ビックリです。今になって会えるなんて……」

「やだもぅ、涙が止まらないよぉ……」

「シルフィー、泣きすぎだって……」

「……だってぇ〜っ!」


 笑みを浮かべる大精霊たちを見て、ルミアは静かに微笑んでいた。


「お姉ちゃんが宿してた、精霊たち。あなたたち、だったんだね」

「アタシたちは、聖域を出てからもずっと一緒だよ」

「……そっか」


 身体の半分が枯れているリリィを見て、ノーミーが目を細める。


「マスター……。なんで、そんなボロボロなんデスか?」

「ルミアに、やられた……」


「「「 ……えっ!? 」」」


 その一言で、大精霊たちが一斉に固まった。


「お姉ちゃん。言い方、ズルい……」

「えへへ、ごめんね。ちょっと、からかって、みたかった……」

「……むぅ〜っ!」


 微笑むリリィに、ルミアがぷっくらと頬を膨らませる。


「マスターが、冗談言ってる……」

「あのマスターが、満面の笑みデス……」

「おぉ、さすが姉妹愛……」

「なんか……。ちょっと、感動ですね……」


 大精霊たちは、消えていなかった姉妹の絆を感じていた。


「……お姉ちゃん」

「……ん?」

「早く、みんなを追わないと……」

「……みんな?」

「運び屋、殺しに行っちゃった……」


 そんな会話に、ノーミーのアホ毛がピクッと反応する。


「ダークマスターも、ここにいるんデスか?」

「うん。でも、大丈夫……」

「……大丈夫?」

「灰夢は、あの子たちじゃ、殺せないから……」


「あの人は、死ななくても……。逆に、うち子たちが、危ないから……」

「大丈夫。灰夢は、あの子たちを、傷つけたりしないよ」

「……そうなの?」

「うん。灰夢は、そういう人、だから……」

「……そっか」

「……うん」


 微笑みながら告げるリリィを見て、ルミアはホッと胸を撫で下ろした。


「話し方って、やっぱり姉妹は似るんデスかね?」

「さぁ、昔は二人とも、こんなじゃなかったよね?」

「なんかこう、目に見えない力があるんデスかね」

「離れていても、そういうところは姉妹なんですね」

「まぁ、それでこそ、ブラッドロードシスターズじゃないかな」


「なんデスか? その、物騒なアイドルグループみたいな名前は……」

「しょうがないよ、本人たちがこれなんだもん」


 そうサラが告げた瞬間、二人の姉妹の目付きが変わる。



「「 ──誰が物騒な名前だッ!! 」」



「うわぁっ! 怒る時も同じデスかっ!!」

「怖い怖いっ! マスターが増えたぁ〜っ!」



「「 ──まてや、ゴラァッ!!! 」」



「これはまた、騒がしくなりそうだね」

「……ですね」


 リリィとルミアは、ダブルデストロイモードで、

 逃げ回るノーミーとサラを、追いかけて遊んでいた。



 ☆☆☆



 時は遡り、リリィとルミアがぶつかっていた頃──


 灰夢は少年を小脇に抱えて、肩に乗る風鈴姉妹と共に、

 夜影衆の六人を警戒しながら、木々を渡って逃げていた。


「……ししょー、どうするの?」

「この島の海岸に、脱出用の戦闘機が待ってる」

「……あの、来た時のやつ?」

「そうだ。だから、一旦この森を抜けて、ひとまずそこを目指す」


「おししょー……。雷の、死術……使わないん、ですか……?」

「それを使っちまうと、逃げ切っちまうだろ?」

「……ダメ、なんですか?」

「あぁ……。今回はできるだけ、こいつらを誘導する必要がある」


 灰夢に抱えられる少年が、灰夢の顔を見上げる。


「おい、お前……」

「お前じゃねぇ……。不死月 灰夢、運び屋だ……」

「運び屋、僕をどうする気なんだ?」

「ひとまず、俺らの住んでるところに連れていく……」

「……住んでるところ?」

「あぁ……。そこに、今、お前の親父もいるんだよ」

「父さんが……。そうか、わかった……」


 灰夢は木々を忍者のように、飛び渡って走っていく。

 その後ろを、夜影の子供たちは必死に追いかけていた。


「火恋姉、どうするっすか?」

「あの運び屋なら、大抵の攻撃は弾くだろ」

「……畳み掛けるのかい?」

「あの少年を連れ去れば、仕事は終わりだ。撹乱かくらんして奪い取れ……」

「……忌能力は?」

「出し惜しみは無しだ。悔しいが、あの男は私たちより強いからな」


「なら……」

「全力で……」

「いくです……」

「あぁ……。ルミア姉さんがいなくても、大丈夫って所を見せてやろうっ!」


「「「 ──了解っ!! 」」」


 その言葉と共に、沙耶が子供たちに術式をかける。


『 なんじかせを、はなて── 』



 <<< 忍法にんぽう仙人せんにん足運あしはこび >>>



 沙耶の術がかかると同時に、先頭の火恋がスピードを上げた。


「──ししょーっ!」

「……火の人、消えたですっ!」

「さぁ、鬼ごっこの始まりだ。しっかり掴まってろっ!」

「──うんっ!」

「──はいっ!」



【  ❖ 全死術・統合術式展開 ぜんしじゅつ・とうごうじゅつしきてんかい❖  】



 灰夢が死術を発動した途端、火恋が炎を上げ、

 狛犬の形を形成し、牙を向けながら襲いかかる。



  <<< 火遁かとん炎狗砕牙えんこうさいが >>>



「──うわわぁぁあぁあぁ!」

「──恋白っ!」

「──お任せ下さいっ!」

「……へ、蛇っ!?」



 <<< 水神術・水蓮砲花すいじんじゅつ・すいれんほうか >>>



 灰夢の首元から、小さな白蛇が姿を見せると、

 瞳を赤く光らせながら、大きな水の玉を放った。


「──な、水っ!?」

「どうした、これで終わりじゃねぇだろっ!?」

「運び屋っ! 貴様、何を考えているッ!!!」

「それが聞きたきゃ、俺を止めてみなッ!!!」


 灰夢が火恋に体術を打ち込み、火恋が相殺して地へと落ちる。

 そして、着地と同時に体勢を整え、再び木を駆け上がっていく。



( ……こいつら、同時に攻めてねぇな )



 夜空が術の発動と共に、大量の大きな手裏剣を投げると、

 まるで、意志があるかのように、走る灰夢に襲いかかった。



 <<< 風遁ふうとん風魔手裏剣ふうましゅりけん 無限嵐刃むげんらんじん >>>



「おぉ、すげぇな。あの嬢ちゃんも大したもんだ……」

「そんなこと言ってる場合か、攻撃が来てるんだぞっ!」

「知ってるよ、いちいちそんなにビビんなって……」


 全ての攻撃が見えているかのように、手裏剣を交わし、

 灰夢は立ち止まることなく、木々を伝って走り続ける。



( 沙耶の忌能力は、同時に複数人には掛けられないのか )



「なんで、交わせるんだよ」

「こっちだってプロだ。少しは信じろ」

「そ、そうか。……って、また来てるっ!」

「追尾型か、器用だな」


 交わした手裏剣は舞い戻るように、次々と灰夢に降りかかる。

 それをひたすら交わしていると、突如、地面が大爆発を始めた。



 <<< 土遁どとん土隆転変どりゅうてんぺん >>>



「夜陸か、次から次へと多才だな」

「なんだこれ、本当に人間業か?」

「あっ、やべぇ……。移り渡る木が減ってく……」

「いや、それより心配するところがあるだろっ!」


 そんな灰夢たちの横に沙耶が現れ、そのまま並列して走る。


「運び屋くん、その子を返してもらえるかね?」

「いや、元々お前のじゃねぇだろ。沙耶……」

「確かに……。言われてみれば、それもそうだな」


「──いや、納得すんのかよっ!!」


「まぁ、でも……こっちも仕事だからね」

「わかる、俺も仕事なんだ。お互い苦労するな」


「──お前も、敵に同情を送るなっ!」


「全くだ。なんでボクが、こんなことせにゃならんのかね」

「お前のボスが、仕事を引き受けたからだろ」

「できれば仕事なんかせずに、部屋にこもっていたいものだな」

「その気持ちは分かる。俺も帰ってゲームの続きがしてぇ……」


「……お前ら、僕を取り合ってるんだよな?」


 敵対心の無い会話に、少年が言葉を詰まらせる。


「ごちゃごちゃ言ってないで、その子を渡せっ!」

「火恋、口が悪ぃとモテねぇぞ……」

「うるさい、お前にだけは言われたくないっ!」

「確かに、それもそうだな」


「──お前ら、なんの会話してんだよっ!!」


 手裏剣を交わしながら、火恋と沙耶の攻撃を受け流し、

 吹き飛ぶ木々を避けながら、灰夢は真っ直ぐ海岸に向かう。


「おい、このまま本当に辿り着けるのか?」

「さぁな、試してみるまで結果はわからん」

「そういう時は、嘘でも『 大丈夫 』って言えよっ!」

「そこは気持ちの問題だ。坊主が大丈夫と思うなら、きっと大丈夫だろ」

「油断して、あっさり捕まらないでくれよっ!?」

「せいぜい気をつけておく。こっちにも、なんか来てるしなぁっ!」


 そういうと、灰夢は透明になって飛んできた透花を交わした。


「なっ、ちょ……だから、なんでバレるんすかっ!?」

「気配を出しすぎだ。透明になるなら、もう少し静かに走れ……」

「こんなに地面がボコボコ言ってるのに、なんで聞こえるんすかっ!」

「耳をすませ……あと、背中借りんぞっ!」

「あっ……ちょ、踏まないで……いやああぁぁぁぁぁっ!」


 体勢を崩した透花を踏み台にして、勢いをつけると、

 遠くの離れた木へと、灰夢がジャンプして移り飛ぶ。


 その瞬間、森の先に、巨大な何かが姿を現した。



 <<< 水遁・大気練水 特大山椒魚 すいとん・たいきれんすい とくだいさんしょううお>>>



「な、なんじゃありゃ……」

「……大きいね」

「そういや、宗一郎が『 炎の犬とか、水の怪物 』っていってたな」

「……水の怪物って、これ?」

「……たぶんな」


 突然、目の前に現れたモンスターに、灰夢と双子が白い目を向ける。


「ししょー、あれってトカゲ?」

「サンショウウオだ。まぁ、ヌメヌメした水辺のトカゲだな」

「今はそこじゃねぇだろ。あんなのでてきてどうするだよっ!」


 焦りを見せない灰夢たちを見て、少年が一人慌てふためく。


「邪魔だな、消し飛ばすか」

「──消し飛ばすっ!?」

「坊主、吹き飛ばされんなよっ!」

「……お、おうっ!」

「風花、鈴音、ぶっ放すぞッ!!!」


「「 ──はいっ! 」」


 灰夢は二人に呼びかけると、一気に空へと飛び上がった。



 <<< 狐狼双炎術ころうそうえんじゅつ大紅蓮天光豪玉だいぐれんてんこうごうぎょく >>>



 灰夢が空に手をかざし、巨大な炎の玉を生み出す。


「──で、でっか! 何すか、アレっ!?」

「……太陽?」

「私の炎より、さらに熱が強い……」


「うわわぁ〜っ!」

「私の山椒魚がぁ〜っ!」

「あぶないですぅ〜っ!」


「あれ、もしかしてヤバくないっすか!?」

「水蒸気爆発だ、みんな伏せろっ!!!」

夜陸よみち、土の防壁だっ!!!」

「……あわわわわわわっ!」



「──オラアアァァァァッ!!!」



 灰夢が空から落ちるように、大山椒魚に炎をぶつける。


 その瞬間、とてもない大きさの水蒸気爆発が巻き起り、

 その衝撃で、辺りの木々と共に、灰夢たちは空へ舞った。


「こんなの吹き飛ばされるに決まってるだろ~っ!」

「おししょ〜っ! 姉さ〜んっ!」

「ししょ〜っ! 風花〜っ!」

「すっげぇ爆発、下のアイツら生きてっかなぁ……」

 


  <<< 刄血死術・鮮血鎖分銅じんけつしじゅつ・せんけつくさりぶんどう >>>



 灰夢は冷静に呟くと、自分の血で重りを付けた鎖を作り、

 宙に舞う双子と少年に巻き付けて、パッと手元に引き寄せる。


「「「 ──うわあぁあぁあぁっ! 」」」


「しっかり掴まってろ、落ちたらまた突っ走るぞ」

「これ、まだ続くのか」


「えへへ……。なんか、楽しいねっ!」

「凄く、冒険……。みたい、です……」

「お前ら、命を懸けてる自覚あるのか!?」


 楽しむ双子を横目に、少年は一人で呆れていた。



 <<< 風遁ふうとん霧払きりばらい >>>



 夜空の忌能力によって、水蒸気の煙が一気に晴れる。


「足場が見える、ありがてぇ……」


 灰夢が着地と同時に、再び森の中へと入り、

 その後ろを、夜影衆が必死に追いかけていく。


「灰夢さん、見つけたっすよっ!」

「おぉ〜、生きてたか。よかったよかった……」

「そんな心配するなら、あんな爆発起こさないでくださいよっ!」

「目の前にデケェ障害物なんか作り出す、お前らが悪ぃだろ」


 並列して走る夜海が、どんよりと暗い顔を見せる。


「私の、山椒魚……」

夜海やみ、元気だすです」

「きっと、次は上手くいくのです」


「貴様、夜海を泣かせたなっ!!」

「──俺が悪いのかよっ!」

「まぁ、吹き飛ばしたのは運び屋さんっすからね」


 落ち込む夜海を見て、灰夢はため息をついていた。


「分かった、悪かった。後で、美味い飯でも作ってやるから、泣くなって……」

「……ほんと?」

「あぁ……。だから、元気出せ……」

「──うんっ!」


「いや、なんで敵と仲直りしてんだよっ!」


 夜海の笑顔に安堵する灰夢を見て、少年が全力のツッコミ入れる。


「でも、仲良くご飯食べる前に、とっとと捕まえるっすよっ!」

「そろそろ半分を過ぎる。こちらも、手段は選んでられないようだ」


 沙耶が再び両手を構え、夜影衆に忌能力をかける。


『 さらなるおのれを、はなて…… 』



 <<< 忍法にんぽう神仙しんせんみちびき >>>



「すげぇな、まだ上がんのか」

「私たちもプロだ。そう簡単には引き下がらんッ!!!」

「お前が来ると、森が燃えるんだよっ!!」



 <<< 炎遁・爆炎焼流脚 えんとん・ばくえんしょうりゅうきゃく>>>


 <<< 水神術・海戦流降蛇 すいじんじゅつ・かいせんりゅうこうじゃ>>>



「──なっ! 蛇っ!? うへぇっ……」


 炎を纏って飛んでくる火恋を、水の大蛇が喰らい地面へと押し返す。


「礼を言う、恋白……」

「いいえ、主さまの為ですから……」


 灰夢の首に巻き付く白蛇は、嬉しそうに頬を赤らめていた。


「姉さん、さっきからビショ濡れじゃないっすか」

「しょうがないだろっ! アイツが水ばっかりかけてくるんだからっ!」

「まぁ、そりゃ炎を出したら、水で消すのは当然だろう」


「そろそろ……」

「本気で……」

「止めるですっ!」


 三つ子が同時に印を組み、忌能力を組み合わせていく。



   <<< 土遁・土隆連戦豪爆 どとん・どりゅうれんせんごうばく>>>


   <<< 風遁・嵐絶松扇 ふうとん・らんぜつしょうせん>>>


   <<< 水遁・泡沫ノ道標 すいとん・うたかたのみちしるべ>>>



 地面が爆発するように木々が吹き飛び、巨大な泡が周囲に現れ、

 吹き荒れる風が全てを巻き込んで、目の前をグルグルと回り出した。


「おいおい、アトラクションかよ……」

「おししょー……。道が、ないです……」

「そうだな、どうすっか……」

「あの泡、捕まったらダメなやつかな?」

「……試してみるか?」

「……え?」


「運び屋さんっ! 道に気を取られてると隙ができるっすよっ!」

「ちょうどいい所に実験体、ほ〜らよっとっ!」

「あっ、ちょっ! 投げないで、泡に入っちゃからっ! いやぁぁぁっ!」


 襲ってきた透花の背中を灰夢が掴み、チャポンっと泡の中へと投げ入れる。


「あ〜、やべぇな。あれ……」


「ごぼばぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ……」

「透花お姉ちゃんっ!」


 透花は泡の中に入ると、ぶくぶくと苦しげに溺れていた。


「あれ、中にギッシリ水が詰まってんのか」

「凄く……。苦しそう、です……」

「夜海が向かったから、助けんだろ……」


「どうするの? ししょー……」

「足場がねぇなら、飛ぶしかねぇか……」

「──と、飛ぶ!?」

「坊主、落ちんなよっ!」

「……お、おうっ!」



  <<< 刄血死術じんけつしじゅつ狼牙ノ楔ろうがのくさび >>>



 先端にクナイのついた鎖を、自分の血で作り出し、

 風に舞った木に刺しながら、灰夢が空を渡っていく。


「な、なんて器用なんだ。奴は……」

「流石に、ここまで対応されるとは思ってなかったな」

「運び屋のお兄ちゃん、凄いのです……」


「ふぅ、死ぬかと思った……。助かったっす、夜海……」

「ううん、気にしないで……」

「土で道を作るので、下を走るです」

「丸太が降ってきたら、夜空が風で飛ばすです」


 夜影衆を警戒しながら、ひたすら灰夢は進んでいた。


「凄い、です……。おししょー、飛んでます……」

「ししょー、蜘蛛さんみたいっ!」

「スパイ○ーマンって、こういう気分なんだろうな」


「なんで……。お前ら、全然ビビってないんだ?」

「人生は一度きりだ。どうせなら、楽しまねぇと損だぞ?」

「危機感が無さすぎるだろっ!」


「なんかもう、サ〇ケをやってる気分だな」

「ししょーが一番はやーいっ!」

「おししょー……。一等賞、です……」

「ちょっと可愛いが、それダジャレだからな? 風花……」


 空飛ぶ丸太ゾーンを抜け、灰夢が再び森を走り、

 そこに必死に追いつこうと、夜影衆もひた走る。


「いやぁ、運び屋さん半端ねぇっすよ」

「六人で捕らえられないとは、さすがに恐れ入ったな」

「まだ終わってない、とっとと追いつくぞっ!」


 すると、灰夢たちの先に、大きな川が姿を見せた。


「おい、マジかよ……」

「あんなの渡れるのか?」

「飛べば何とかなる、全員落ちんなよっ!」


 灰夢が再び血の鎖を使って、遠くの木へと移り飛ぶ。

 それを見た火恋も炎を燃やし、勢いよく飛び上がった。


「──それ以上は、行かせんっ!!」


「おい、付いてきてるぞっ!」

「夜海がいるんだ。どのみち、川ぐらい切り開いてくんだろ」



 その瞬間、プシュッ! ……と言う小さな音が響く。



「……あ?」

「……なっ!?」





 灰夢が後ろを振り向くと、火恋が網に囚われ、

 バシャンッという音と共に、川へ落ちていった。

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