第肆話 【 愛の味方 】

 神楽たちが来て数日後、灰夢は自分の部屋で、

 子供たちに正座させられ、何故か怒られていた。





「……で、どういうことですか? お兄さん……」

「だから、何度も説明してんだろっ!」

「桜夢ちゃんは、お兄ちゃんに迫られたと言ってますよ?」

「だから、少し反撃しただけだって、いきなりそんなことするわけねぇだろ」

「だって、本人がそう言ってるんですもん」


 怒る言ノ葉と氷麗を、灰夢が面倒くさそうに見つめる。


「なんで、こういう時って、男の意見は聞いてもらえねぇんだ?」

「そりゃ、世の中に男性の性犯罪が溢れているからじゃないですか?」

「俺は今、過去にそういう事件を起こした人間全員を恨んでいる」

「そんなことより、今、この現状について詳しくっ!」

「そんなことってなんだっ! 俺の人権に関わってんだぞっ!」


「おししょー、えっちさんなこと……したの?」

「してねぇよ。てか、俺が本気でお前らを襲ったら、今頃事後だろ」

「確かに、ししょーが本気出したら、鈴音たちじゃ逃げられないよ?」

「それもそうですね。それじゃあ、桜夢ちゃんのあれは……」


 桜夢は部屋の入口で、モジモジしながら隠れていた。


「はぁ、めちゃめちゃダメージきてんじゃねぇかよ」

「本当に、お兄さんから無理やりはしてないんですね?」

「してねぇよ。お前と行った祭りの時も、何もしなかっただろ」

「そこは、むしろして欲しかったです」

「もう俺、お前らの心情がとてもとても分からない」

「お兄ちゃんの語彙力が、少しおかしくなってきてます」

「誰のせいだと思ってやがる……」


 そんな灰夢の部屋の入口から、不意に恋白が姿を見せる。


「主さま、少しよろしいですか?」

「……ん? どうした?」

「お店の方に、宗一郎さまがお見えになられてますよ」

「……宗一郎? 俺に仕事か?」

「いえ、特に要件は伺っておりませんが、一応、ご報告と思いまして……」

「そうか、分かった……」


 灰夢は恋白の言葉を聞くと、その場に立ち上がった。


「あっ、逃げようとしてませんか? お兄さん……」

「ここに住んでんのに、どこに逃げるんだよ」


 睨む氷麗を哀れむように、灰夢が冷たい視線を返す。


「お兄ちゃん、下に行くんですか?」

「あぁ、ついでに昼飯にしようと思ってな」

「そうですね、言ノ葉もお腹が空きました」

「何をするにも、まずは下に行くとするか」


 灰夢は子供たちと部屋を出ると、店のカウンターへと向かった。



 ☆☆☆



 灰夢たちが店へと足を運ぶと、SACTの監督役である宗一郎が、

 カウンターでコップを拭く梟月と、お茶を飲みながら話をしていた。


「……なんだ、また事件か?」

「……ん? やぁ、灰夢くん。桜夢ちゃんも元気そうだね」

「うん、元気だよっ! えへへっ!」

「ったく、元気すぎて困ってるくらいだ……」

「……ん?」


 灰夢が周囲を見渡して、再び宗一郎に問いかける。


「今日は、唯は居ねぇのか?」

「あぁ、今回は私個人の依頼だからね」

「……個人の依頼?」


「今、リリィくんが受けているのが、工藤くんからの依頼なんだよ」

「……そうなのか」


 梟月の言葉を聞いて、灰夢が納得したように宗一郎へと視線を戻す。


「今は私の一人息子を、リリィくんに護衛してもらっているのさ」

「……ひ、一人息子?」

「……そうだが、何か?」


 その言葉に、灰夢は目を見開いて固まった。


「お前、結婚してたのかっ!?」

「そうだが、おかしいかね?」

「その強面で、よく嫁さんが見つかったな」

「あははっ、灰夢くんには言われたくないな」

「お前に言われると、毎回地味に傷つくな」

「まぁ、息子が忌能力者と知って、妻は逃げてしまったたがね」

「おい、マジかよ……」


 宗一郎の話を聞いた鈴音と風花が、フワフワの耳を動かす。


「……おじさんは、お父さんなの?」

「あぁ、そうだよ。ちょうど君たちくらいの小さな男の子のね」

「おじさん、パパさんでした……」

「そうさ。だから私も、君たち子供の味方だよ」

「うん、えへへ……」

「まぁ、私は仕事が忙しいから、あまり二人では居られないんだけどね」

「そうなんだぁ、ちょっと可哀想……」


 悲しそうな顔をしながら、二人は耳をふにゃっと垂れ下げた。

 そんな二人を見た灰夢が、話題を変えようと宗一郎に語りかける。


「それで、今は何の用事できたんだ?」

「近くを寄ったから、仕事の話も兼ねて顔を出したんだ」

「……そうか、リリィは?」

「今頃は、私の別荘にいるだろう。……私の息子と二人でね」

「お前の別荘って、どうせ豪邸なんだろ? 世話係みてぇのは居ねぇのか?」

「前までは居たんだが、みんな辞めてしまったんだ……」

「……やめた?」

「あぁ……。息子を狙う、何者かに怯えてね」


 それを聞いた瞬間、灰夢の目付きが変わった。


「お前の息子、何の力を持ってるんだ?」

「……錬金術だよ」

「……錬金術?」

「主には、あらゆる金属を貴金属に錬成する能力だ」

「なるほど。そりゃ確かに、多くの人間に狙われそうだな」

「あぁ、昔からそういう輩は多い。だから私も、警戒を強めていたんだが……」

「それが、今回は太刀打ちできないレベルの敵が来たと?」

「あぁ、そうだ……」


 灰夢が顎に手を当てながら、真面目な顔で考え込む。


「その相手は、人間なのか?」

「警備兵によると、『 炎の犬や、水の怪物が出てきた 』と言っていた」

「自然操作、精霊の類かもしれねぇな」

「それに脅えて、みなに息子の警備を断られてしまってね」

「まぁ、そんな得体の入れないモノと戦うのはごめんだろうな」

「全く、困ったものだ……」


 そんな話をしていると、不意に店の扉が開いた。


「ごめんあそばせ……」

「おぅ、神楽か……」

「灰夢はん、お邪魔しますえ……」


 初めて見る神楽の姿に、宗一郎が首を傾げる。


「……彼女は?」

「うちの同業者だ。元は関西の方の組織だが、最近こっちに越してきてな」


 灰夢がそういうと、神楽は下駄の音を立てながら、

 不思議そうに見つめる京次郎の元へと、歩み寄った。


「これはこれは、お初にお目にかかります……」

「どうも、私は工藤くどう宗一郎そういちろうと申します」

「……工藤?」

「……ん?」

「いや、失礼……。わては月夜魅つくよみ神楽かぐらと申します。よろしゅうに……」

「ご丁寧に、どうも……」


 神楽が宗一郎の顔を見つめて、灰夢に問いかける。


「宗一郎はんも、灰夢はんの古いお知り合いなんか?」

「いや……。宗一郎は忌能力者とかじゃなく、SAKTの人間だ……」

「あぁ、例の組織の……。なるほど、それで……」


 神楽が納得したように、コクコクッと何度も頷く。


「神楽は、なんかの用事で来たのか?」

「いんや……。子供たちが仕事やから、暇になってきたんどす」

「暇って、こっちの上役は自由人か」

「まぁ、仕事の手筈は済んどりますからなぁ……」


 そんな二人の話を聞いて、宗一郎が口を挟む。


「神楽さん。あなたは、どのようなお仕事を?」

「警察側の人間なら、聞かへん方がええと思いますけど?」

「……そうなのかい?」


 不思議そうな表情を浮かべながら、宗一郎が灰夢に視線を向ける。


「まぁ、宗一郎なら理解がある。大抵のことなら大丈夫だろ」

「そうかい。灰夢はんが言うんなら、大丈夫なんやろな」

「……?」


 宗一郎が見つめていると、神楽は警戒することなく口を開いた。


「わてはくノ一部隊、【 夜影よかげ 】の頭を務めております」

「──く、くノ一っ!?」

「せや……。金を払えば人でも怪異でも殺す傭兵、それがわてらの仕事やさかい」

「……そ、そうですか」


 その言葉に、宗一郎がゴクッと息を飲む。


「忌能力者を取り締まる方には、刺激が強いんとちゃいますか?」

「まぁ、驚きはしたが、ここの人たちも大概ですからね」

「確かに、それを挙げたら比較にもなりまへんな。おほほ……」

「それに、私たちが月影の皆さんに依頼する仕事も、同じようなことだ」


「まぁ、忌能力者を大人しく捕まえるなんてことは、普通の人間には出来ねぇからな」

「一応、確認をしたいんだが、悪い人ではないんだよね?」

「仕事は忠実に殺し屋だ。ただ、俺らと同じで忌み子を助けて拾ってる」

「そうか、忌み子を……」

「その忌み子たちが、神楽の組織の仕事人だ……」

「……そうなのか」


 不安そうに見つめる宗一郎に、神楽がそっと笑顔を返す。


「別に無理はさせとらん。あくまで、あの子たちの合意の上でありんす」

「その子たちが、自ら行っているんですか?」

「生きる為には働かにゃいかんけど、わてら忌能力者は表じゃ生きられへん」

「……まぁ、そうですね」

「その為に、あの子たちも生きる道を必死に探しとるんやさかい」

「なるほど……。単に、悪事を働いている訳では無いことは理解しました」

「ご理解頂けて、うれしゅうございます」


 そんな二人の会話に、灰夢はホッと胸を撫で下ろしていた。


「……いいのか? 政府や警察の連中に言わなくて……」

「そんなことしたら、私が君たちに依頼することができなくなる」

「まぁ、普通の警察に忌能力者だからなんて言っても通じねぇからな」

「そうなって一番困るのは、我々と国民たち全員だろう」

「……だろうな」


「我々も一枚岩ではないし、警察や政府だって隠していることはある」

「……そうか」

「それに、最近はSACT内部でも、私に秘密にしていることがあるように感じる」

「……そうなのか?」

「あぁ……。だからこそ、不用意にリスクになるような情報は共有しない方がいい」

「お前も、なかなか策士だな。宗一郎……」

「忌能力者が表世界で生きられない現実は、我々の責任でもあるからね」

「唯の硬っ苦しさが、お前譲りだと言うことがよく伝わってくるな」


 そんな宗一郎を、神楽がキョトンとした顔で見つめる。


「あんさんは、随分とお人好しなんやなぁ……」

「私はただ、忌能力を持った子供たちにも未来を与えたいだけです」

「警察側の人間は、もっと敵対してくるかと思っとりましたわ」

「もちろん。警察や幹部連中の中には、暗殺業に敵対するものは多いでしょう」

「…………」

「ただ、警察側に正義があるように、裏の人間には裏の人間なりの正義がある」

「……工藤はん」

「私は、それを月影の方々に教わりました。だからこそ、私は私の正義を貫きます」


 そういって、宗一郎は迷いのない笑顔を神楽に見せていた。


「これは、参りましたわ」

「まぁ、宗一郎はそういうやつだ。あんまり警戒すんなよ」

「せやな。人を役職で判断するとは、わてもまだまだや……」


 神楽が恥ずかしげに答えながら、店のお座敷に座る。


「せっかくだ。昼飯作るから、宗一郎と神楽も食ってくか?」

「なら、せっかくだから頂いていこう」

「おおきに、わてもありがたくいただきます」


 宗一郎と神楽がそういうと、灰夢は調理場へ向かった。



 ☆☆☆



 しばらくすると、灰夢は家族分の料理を作り上げ、

 宗一郎と神楽を混じえながら、昼御飯を食べていた。


「なぁ、宗一郎……」

「……ん? なんだい?」

「ガキが忌能力を持ったのは、いつからなんだ?」

「あの子が、まだ二つの足で立ち上がったばかりの頃だね」

「……そんなに前からなのか」

「あぁ……。砂場で遊んでいたら、突然、砂鉄を金に変えたんだ」

「おぉ、半端ねぇな」


 宗一郎は食事をしながら、思い返すように過去を語る。





「私の息子が金を作れると言っても、今でもまだほんの少しだ。

 だが、それを知った裏の組織の人間が、私の息子に目をつけた。



 いつか、大量の金貨を作らせようと──



 あの頃は私はまだ、そこまで家族の警戒を強めてはいなかった。

 そのせいで、私は組織に追われ、家族を危険に遭わせてしまった。


 私の顔に付いた傷跡は、その時に犯人に付けられたものだ。

 私も必死に家族を庇っていたものの、向こうは大人数だった。


 いくら守ろうにしても、私一人では限界がある。

 そして、息子をさらわれそうになった時、彼が──



 ──蒼月くんが来たんだ」



「……蒼月?」


「あぁ……。彼はたった一人で、あっという間に大人数を退治した。

 触れもせずに敵を投げ飛ばし、襲い来る敵が這いつくばっていた。


 とても恐ろしい程の力だった。だが、彼は笑顔で私に言ったんだ。


























       『 愛する者を命懸けで守る漢に、悪いやつはいない 』


























 ──とね。


 蒼月くんは一切手傷を負うことなく、全員を捕縛してくれた。

 そのおかげで、私と家族は無事に生きて帰ることが出来たんだ」



「それが、宗一郎と蒼月の出会いだったってことか」



「そうだ。結果的に、大人数の組織を捕らえる事が出来たのだが、

 自分の息子が道具として狙われる現実に、私は心底恐怖を感じた。


 だが、その思いは同時に、私を今の仕事に導くキッカケになった。

 息子のような人間を一人でも多く救い、手を差し伸べてあげたいと。


 だから、警察内の警視長の座を捨てて、私は今の仕事に就いたんだ」



「……それが、今に繋がってるわけか」



「そうだ。それからは、元々の警察内での立場があったことや、

 灰夢くんたちの協力もあって、今の立場に着くことが出来た。


 だから、私は桜夢ちゃんのような忌み子たちを救うことで、

 君たち月影への恩返しになればと、日々仕事に務めている。


 だが、息子を狙った一件以来、妻は忌能力に怯えてしまい。

 私と息子に何も言わず、一人でどこかへ逃げてしまったんだ。


 その上、当時の敵組織の頭も、多くのツテと多額の金を使って、

 数年前に、刑務所から釈放されていることを最近聞かされた。


 だから、私はそれ以降、家族への警戒を強めているんだ。

 もう、これ以上、自分の大事な家族を失いたくないからね」


























            その時、とある人物が小さく呟いた。


























「そうあっては、欲しくなかったんやけどなぁ……」


 そう、小さな声で神楽が言葉を発すると同時に、

 食事をしていた灰夢たちの手がピタッと止まる。


「神楽、お前……」

「灰夢はん……。ほんまに、すいまへん……」


 



























     「 わてらの受けた、今回の依頼のターゲット。


             あんたの息子さんやわ、工藤 宗一郎はん 」


























 その瞬間、笑顔で食べていた子供たちの手も止まり、


          笑顔の溢れる昼の食卓に、不穏な空気が漂い始めた。

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