第伍話 【 裏の掟 】

 神楽の放った一言によって、食卓から笑顔が消え、

 今にも喧嘩になりそうな、不穏な空気が部屋に漂う。


 そんな中、最初に言葉を発したのは氷麗だった。


「夜影衆の仕事って、まさか……」


 そう問いかける氷麗に、神楽がそっと答える。



























      『 息子以外を全て殺してでも、息子を連れてこい 』


























「それが今回、わてらが受けた仕事や……」

「……そうか」


 そのまま京次郎は、静かに黙り込んでいた。


「けいさつの、おじさん……」

「宗一郎さん……」


 そんな宗一郎の姿を、子供たちが悲しげに見つめる。


「なら、今からでも止めれば……」

「やめろ、氷麗……」

「だって、こんなの……。あんまりじゃ、ないですか……」


 氷麗は拳を震わせながら、灰夢を見つめていた。


「ありがとう、氷麗くん。私は大丈夫だから……」

「……工藤さん」


 心配そうに見つめる氷麗に、宗一郎が優しく微笑む。


「この世界は一度引き受けたら最後。もう、後には下がれねぇ決まりだ」

「この先にあるのは成功か失敗、それだけやわ」

「何かしらの契約違反がない限りは、仕事は必ず遂行される」


「なら、失敗扱いにしちゃえば……」

「そんなことをすれば、俺らは生きる場所が無くなる」

「……どういうことですか?」

「証拠隠滅で殺されるか、逃げたとしても、裏の世界で狙われ続けることになる」

「そんな、そんなのって……」

「それが、裏社会でしか生きられない俺ら仕事人の現実なんだよ」


 回避できない現実に、氷麗は唇を噛み締めていた。


「神楽、向こうには誰を送ったんだ?」

「この間、ここに来た娘たち全員やわ」

「……マジか」

「はぁ、最悪のエンカウントや……」

「ヤベェな。このままじゃ、確実に──」


























           『 ──夜影衆、全滅すんぞ 』


























「……え?」


 そんな灰夢の言葉に、子供たちが耳を疑う。


「お兄ちゃん。なんで、夜影の方が危ないんですか?」

「ったりめぇだろ。向こうには、リリィがいるんだぞ?」

「……あっ、そっか」


「……というか、そっちが勝つんですね」

「忌能力者と言えど、人間の子供だ。束になろうと、俺らに月影には勝てねぇよ」

「お兄さん、自分が人間じゃない自覚あったんだ」


 氷麗と言ノ葉が冷めた視線で、灰夢の横顔を見つめる。


「俺らもあくまで人間だが、戦う相手のレベルが違う」

「まぁ、普段から神とか悪魔とか、ネクロマンサーとか倒してますもんね」

「それが人間相手になって、それこそ負けると思うか?」

「確かに、負けなさそうですね」

「俺らと張り合うなら、同じレベルの忌能力者じゃなきゃ無理だ」


 神楽は真剣な表情で、悔いるように頭を抱えていた。


「ルミアならともかく、他の子は確実にアカンなぁ……」

「ちなみに、ルミアの忌能力も自然を操るものなのか?」

「せや……。体も変異させるし、物理的な傷なら、いくらでも治るさかい」

「リリィ単体と同じ忌能力だな」

「あんなのがぶつかったら、大変なことになってまう」

「リリィは四大精霊の力も使える。ルミアだって危ねぇぞ……」


 灰夢の横で、宗一郎が心配そうに俯く。


「私の息子は、大丈夫だろうか」

「そこは大丈夫だろ。リリィが失敗した話なんて、俺は聞いたことがない」

「……そうか」


 揺るがない灰夢の一言に、宗一郎が胸を撫で下ろす。


「ただ、少しだけ気がかりなことがあるんや……」

「……あ?」

「今回の依頼人。目的とは別に、何かしら別の企みが持ってそうだったんやわ」

「……別の企み?」

「せや……」

「そこ、なんて組織なんだ……?」


 そんな灰夢の質問に、神楽が素直に答える。


「奴らの名は──」


























        『 【 黒ノ生花くろのいけばな 】っちゅう連中や…… 』


























 その名前を聞いた途端、宗一郎の表情が変わった。


「……黒ノ生花」

「宗一郎、知ってるのか?」

「蒼月くんが捕まえ、その後に出所した男の組織だ」


 宗一郎の一言で、その場の全員が息を飲む。


「……さっき話してたやつか」

「これは、私への復讐なのかもしれないな」

「その可能性は高そうだな」


 収拾のつかない事態に、神楽はどんよりと落ち込んでいた。


「はぁ、とんでもないことになってしもうたわ」

「お前……。なんで、そんなのから仕事を受けたんだ?」

「わてやルミアはともかく、子供たちは食べさせなあかん」

「……食料不足ってことか」

「和服もたくさんは売れんし、引越しにも資金はかかる」


 頭を悩ませる神楽を見て、氷麗が灰夢に問いかける。


「裏の仕事って、あまり儲からないんですか?」

「人数差だ。うちは個人で稼ぐ人数が多いからな」

「あぁ、なるほど……」


「まぁ、子供が多ければ、それだけ生活も大変やからなぁ……」

「だが、このままじゃ、小娘全員返り討ちだぞ?」

「せやなぁ。これは流石に、わてでも少し焦ってもうてる」


 そんな二人の会話を聞いて、宗一郎が口を開く。


「あの男は、それだけじゃ済まないかもしれない」

「それは、どういう意味だ?」

「黒ノ生花は、裏で人身売買もしているんだ」

「……人身売買?」

「女性や子供を捕まえては、海外に売りさばいている」

「おうおう、悪が極まってんな」


「忌能力を持つ子供なんかは、特に高値で売買されるんだ」

「ほんなら、まさか……」

「あぁ……。危険なのは、私の息子だけでは無いかもしれない」

「…………」


 宗一郎の話に、神楽は言葉を失っていた。


「神楽……。相手は、お前の忌能力を知ってるのか?」

「もちろんや。その上で、わてに依頼しに来なはったん」

「そいつらは、どういうつもりなんだろうな」


「恐らく、感知や移動する忌能力じゃ無いことを確認したのかもしれないな」

「……感知?」

「すぐに駆けつけたりしなければ、奪って去るくらいはできるだろう」

「まぁ、確かに……。俺らみてぇに忌能力ごとの守りも固まってねぇしな」


「奴らは海外も含めて、たくさんの逃げるルートを持っている」

「…………」

「捕まって逃げられたら、追いかけて見つけるのは困難だ」

「そりゃ、笑えねぇ話だな」


 頭を抱える神楽を見て、宗一郎が席を立つ。


「私は、一足先に帰らせてもらおう」

「待て、宗一郎……。お前が行って、どうする気だ?」

「分からない。それでも、子供たちの未来は守れねばならない」


「お前、自分の息子を殺そうとしてるガキ共まで助ける気なのか?」

「その子たちは、決して悪意を持って向かってきてる訳では無い」

「まぁ、そりゃそうだが……」

「どんな形であれ、子供の危険は見過ごせない。それが、私の信念だ……」

「……宗一郎」


 危機的状況にも関わらず、宗一郎が迷うことなく宣言する。

 そんな宗一郎の言葉を聞いて、子供たちは灰夢を見つめていた。


「……お兄ちゃん」

「……お兄さん」

「……狼さん」

「……ししょー」

「……おししょー」


 子供たちの声を聞いた灰夢が、大きくため息をつく。


「はぁ、ったく……。またこのパターンかよ」

「まぁ、灰夢くんにとっては、もう日常じゃないか」


 当然のように答える梟月を、灰夢が憎たらしい顔で睨みつける。


「お前ら、それでまた『 女の子に媚び売った 』とか言うなよ?」

「言いませんよ。人が殺されると聞いて、黙って見過ごす方がどうかしてます」

「よく言う、全っ然信用出来ねぇんだけど……」

「来る人がみんな、お兄ちゃんにベッタリだからいけないのですぅ……」

「知らねぇよ。それこそ、俺がどうこう言う問題じゃねぇだろ」

「狼さん、エッチだからなぁ……」

「桜夢……。いい加減に、その口縫ってやろうか」


 灰夢が子供たちといがみ合っていると、神楽が何かを閃いた。


「せや……。なら一つ、展開を変えてみるでありんす……」

「……あ?」

「今回は、わても詫びの気持ちが募っとるさかい」

「……おう」

「せやから、灰夢はん──」



























       「 わてからの依頼、一つ頼まれてくれはる? 」



























             「 ……結局、俺かよ 」



























 灰夢は呆れた顔で呟き、飯を口の中に掻き込むと、


         梟月と京次郎、神楽と共に、仕事の作戦会議を始めた。

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