第弐話 【 勉強会 】
灰夢は桜夢、氷麗、言ノ葉の三人と共に、
テスト対策も兼ねて、勉強会を始めていた。
「氷麗、範囲はどこだ?」
「ここから、ここですね」
「なんだ、思ったより狭ぇな」
「いや、私からしたら充分広いですよ」
「それは、お前が知らなすぎるからだろ」
「だって、先生が知らない言語を話すんですもん」
「それは言語じゃねぇ、専門用語っつぅんだよ」
灰夢が現代の教科書を見ながら、範囲を確認する。
「何からやったらいいですかね」
「とりあえず学力を見る。言ノ葉と氷麗は、範囲の問題を解いてみろ」
「分からない問題は、どうしたらいいですか?」
「飛ばせ。後から、まとめて復習するのを見てやっから……」
「わ、分かりました……」
「了解、なのです……」
言ノ葉と氷麗は言われるがままに、問題集を解き始めた。
「桜夢、お前はこっちだ……」
「……『 サルでもわかる算数 』、これやるの?」
「あぁ、そうだ……」
「狼さん、ワタシの事バカにしてる?」
「してる……」
「ちょ、直球だなぁ……」
「そう思うならやってみろ。1ページ、たったの20問だ……」
「これ終わったら、ご褒美くれる?」
「高校に受かったら、考えといてやるよ」
「──ほんとっ!?」
「あぁ、約束だ……」
「じゃあ、ワタシも頑張るねっ!」
「おう、頑張れ……」
問題集をやっていた氷麗が、静かに顔を上げる。
「お兄さん、出来ました……」
「……は?」
「終わりましたよ、全問……」
「早すぎんだろ。俺でも、そこまで早くねぇぞ?」
「でも、言われた通りに。ほら……」
氷麗のノートには、問題の内容だけが書き写してあった。
「てめぇ、バカにしてんのか?」
「違いますよ、本当に分からないんですって……」
「……一問もか?」
「……はい」
「…………」
氷麗の素直な言葉に、灰夢が言葉を無くす。
「分かった。お前は物理基礎じゃなくて、数Ⅰのここをやってみろ」
「はい、分かりました……」
氷麗は言われるがままに、数Ⅰの問題集を解き始めた。
「どうだ、桜夢。……少しは進んだか?」
「どうしよう、狼さん……」
「……あ?」
「全然、分からない……」
「はぁ、サル以下か……」
「うわ〜ん……。ワタシ、サル以下だぁ〜っ!」
「まぁ、そんな気はしてたがな」
「酷いよぉ〜っ! 狼さぁ〜んっ! うわ〜ん……」
「はぁ……」
桜夢が涙を流しながら、灰夢の体にしがみつく。
「お兄さん、できましたっ!」
「だから、早ぇんだよッ!!」
「でも、少しは頑張りましたよ?」
「どれ、見せてみろ」
灰夢が、文字の書かれた氷麗のノートを見ると、
何となく数式を一列に並べている跡が残っていた。
「お前、中学の時は授業聞いてたか?」
「大体は伏せて寝てましたね」
「おい、先生の話ぐらい聞けよ」
「机を凍らせてからは、クラスでも浮いてたので……」
「はぁ……。重症だよ。お前も……」
「えぇ〜っ!?」
「ったりめぇだろ。中学の基礎があって初めて解けるんだぞ。高校は……」
現実的な一言に、氷麗が涙目で固まる。
「じゃあ、私は……」
「中学の勉強からスタートだな」
「そんな時間ありませんよぉ〜っ! うわ〜ん……」
「はぁ、問題児しかいねぇなぁ。ここ……」
すると、問題を解いていた言ノ葉が、パッと顔を上げた。
「お兄ちゃん、出来ましたっ!」
「どれ、見せてみろ……」
「ど、どうぞ……」
灰夢が言ノ葉の解いたノートを、じっくりと確かめる。
「…………」
「ど、どうですか? お兄ちゃん……」
すると、灰夢は無言で、言ノ葉をそっと抱き寄せた。
「……お、お兄ちゃんっ!?」
「まともな人類は、まだ存在していたんだな」
「なんでしょう。あまり嬉しくないのです」
灰夢の底辺すぎる感動に、言ノ葉が覚めた視線を送る。
「おにぃさぁ〜んっ! 助けてぇ〜っ!」
「狼さぁ〜んっ! ワタシ、サルよりバカだったよぉ〜っ!」
「「 うわあぁあぁあぁあぁんっ! 」」
そんな言ノ葉に追い打ちをかけるように、桜夢と氷麗は泣きわめいていた。
「言ノ葉、お前は生きろよ……」
「そんな人類滅亡の危機みたいに諭されましても……」
「ただまぁ、ケアレスミスが多いな。こことここの計算が間違ってる」
「あっ、ほんとなのです。気づきませんでした……」
「間違えた問題を、もう一度解いてから見せてみろ」
「分かりました、やってみるのですっ!」
「よし、その意気だ……」
ちゃんとした勉強会をする言ノ葉と灰夢を、
涙目の氷麗と桜夢が、横から静かに見つめる。
「……狼さん」
「……お兄さん」
「お前らは、こっちだな」
「「 ……? 」」
そういうと、灰夢が影の中から、
もの凄い量の問題集を取り出した。
「──うぇ!?」
「なんですか、その量……」
「過去と現在の教科書や、問題集たちだ……」
「もしかして、それ全部やるの?」
「えぇ〜っ! そんなに出来ないよぉ……」
「バカ言え。何十年、俺に勉強教わる気だよ。てめぇら……」
「なら、どれをやるんですか?」
「ん〜、氷麗はこれだな」
灰夢が薄い問題集を一冊取り、それを氷麗に渡す。
「……これは?」
「中学の数学の基礎問題集だ」
「こんな薄いのでいいんですか?」
「あぁ……。その中に百問あるから、とりあえず十問ずつ解いて見せろ」
「……で、出来ますかね」
「出来なきゃ聞け、教えてやっから……」
「分かりました。お願いします……」
氷麗は薄い問題集を開くと、ノートに書き始めた。
「桜夢はこの、小学一年生の足し算からだな」
「小学、一年生……」
「別に全部はやらなくていい。慣れるまで練習するだけだ」
「……慣れるまで?」
「お前は数を知ってるが、書かれた数字を計算した経験がない」
「確かに、そうだね」
桜夢が真剣な表情で聞きながら、コクコクッと頷く。
「今まで何かで、数を数えるような習慣はあったか?」
「残りの実験体や、捕虜の人数を数えたりはしてたよ?」
「まぁ、そんなところか」
「例えが、凄く物騒なのだぁ……」
「まぁ、実際は数式なんて、使わなくても生きていけるからな」
灰夢は話をしながら、ノートに数式を書き出した。
「いいか? 桜夢……。お前はただ、計算の記号を知らねぇだけだ」
「……記号?」
「あぁ……。だから初めは、算数に使う4つの記号に慣れるところから始める」
「ワタシにも、できるのかなぁ……」
「記号の意味を4つ覚えるだけだ。そんなに難しくねぇよ」
そういって、灰夢が数式を並べたノートを見せる。
「……この変な数字は何?」
「この『 + 』が、数を合わせる記号だ。ここでは『 たす 』と発音する」
「数を合わせるんだね、わかったっ!」
「んじゃこれ、4+2は?」
「……よん、たす……に、は……」
「『 たす 』って言葉に惑わされずに、数字だけ数えてみろ」
「……数字だけを、数える?」
「俺ら4人の中に、恋白と白愛の2人入ってきたら、何人になる?」
「……6人?」
「そうだ。何に例えてもいい、まずは数だけを全て合わせてみろ」
「うん、わかった!」
そんな話をしていると、再び氷麗が顔を上げた。
「お兄さん、どうしましょう……」
「……あ?」
「Xが邪魔で、計算ができません」
「それは、ただの掛け算だ」
「……掛け算?」
「数字と英語がくっ付いてたら、真ん中に『 × 』がいると思え……」
「なら、このXの正体は何なんですか?」
「それは何かの数だ。道の長さでも、何かの人数でもいい」
「このXが害悪すぎて、どうしても数字が入ってこないんです」
氷麗が頭を抱えながら、その場に伏せる。
「なら、そのXを蒼月だと思え……」
「……蒼月さん?」
「あぁ……。3Xは、蒼月が3人いるってことだ……」
「……そ、それはなんか嫌ですね」
( ……お兄ちゃん、何を言っているんでしょうか )
言ノ葉は灰夢の教え方に、こっそりと聞き耳を立てていた。
「……いいか? 数式には必ず、終わりの形が決まってる」
「……終わりの、形……ですか?」
「この場合は、X=○○の形に持っていくのがルールだ」
「X=○○……」
「そう。右と左に数字を移動して、最後に、この形に持っていく……」
「なるほど。なら、X……もとい、蒼月さんをこっちに追い詰めると……」
「そうだ。蒼月という害悪を追い詰めて、ボッチにするんだ」
「なるほど、分かりやすいですね」
( わかりやすい、のでしょうか? それ…… )
灰夢の謎の説明に、言ノ葉が心で言葉を詰まらせる。
「だが、蒼月も馬鹿じゃない。奴は移動させられると、すぐに抵抗してくる」
「──そうなんですか!?」
「あたりまえだ。あの悪魔が、無抵抗で追い詰められるわけないだろ?」
「た、確かに……」
氷麗が蒼月を思い浮かべながら、ゴクッと息を飲む。
「蒼月を無理やり移動させると、プラスとマイナスが反転させられる」
「うわぁ、めんどくさいことしてきますね」
「そりゃ、あいつは悪魔だからな」
「私、蒼月さんを嫌いになりそうです」
「それは好きにしろ。今は蒼月に惑わされないように、計算を続けることを優先だ」
「はい、わかりました……」
( 蒼月のおじさんのこと、ボロクソに言ってるのです。二人とも…… )
容赦のない灰夢と氷麗に、言ノ葉は呆れた視線を向けていた。
「蒼月さんが集まった後は、どうしたらいいんですか?」
「とりあえず、蒼月を一人になるように括りだせ」
「……一人に?」
「数字にそれぞれ蒼月がついてたら、こうして数字をカッコでまとめるんだ」
「──あっ、なるほどっ!」
( 何処が、『 あっ、なるほどっ! 』なのでしょうか? )
言ノ葉が言葉を押し殺しながら、心の中でツッコミを入れる。
「そしたら次に、左右両方を同じ数字で割る」
「同じ数字で割ると、どうなるんですか?」
「これは掛け算だって、初めに言ったろ?」
「……はい」
「蒼月×(数字+数字)なら、カッコの部分を同じ形で割れば、蒼月単体が残る」
「──あっ、確かにっ!」
( Xだと頭に入らないのに、蒼月のおじさんだと頭に入るんですね )
氷麗は真剣な瞳で、灰夢の話を聞いていた。
「その時、ちゃんと左右両方を同じ数字で割ることを忘れるなよ?」
「確かに、これは凄く忘れそうですね」
「蒼月はどこまでも害悪だからな、最後の最後まで抵抗してくる」
「ほんと、悪魔はどこまで行っても悪魔ですね」
「あぁ……。あんな奴に負けないよう、最後まで気を抜くな」
「──はい、分かりましたっ!」
( ……これ、数学なんですよね? )
灰夢が数式を解きながら、更なる説明を続ける。
「……で、こうすると。蒼月がボッチになる式が出来て、コレが解答になる」
「ほんとだ、凄いっ! こんな風に数学って解くんですね」
「知らないから難しいだけで、分かれば大したことは無い」
「なんか、少しだけ数学を理解出来た気がします」
「そうか。んじゃ、とりあえずは、残り九問の蒼月を追い込んでみろ」
「分かりました、頑張ってみますっ!」
「その意気だ。わからなけりゃ聞け、また教えてやっから……」
「わかりました、お願いしますね。お兄さんっ!」
黙々と問題を解いていく氷麗を、言ノ葉は目を丸くして見ていた。
( し、信じられません……。あの氷麗ちゃんが、普通に問題を解いてます )
そんな氷麗と入れ替わるように、桜夢がパッと顔を上げる。
「狼さん、終わったよっ!」
「どれ、見せてみな」
「はいっ! どーぞっ!」
「おぉ、全問正解だ。やるじゃねぇか、桜夢っ!」
「えへへ〜っ! 褒められちゃったぁ〜っ!」
「飲み込みが早いな。これなら、次に行ってもいいだろう」
「──ほんとっ!?」
「あぁ……。お前なら、あっという間に算数マスターだ」
「マスターかぁ、いい響きっ! よぉ〜しっ! やったったるぞぉ〜っ!」
( 凄い……。ちゃんと、やる気スイッチを入れてます。お兄ちゃん…… )
灰夢はその後も、変わった自己流の表現を取り入れながら、
小中高全ての勉強を、子供たちに分かりやすく教えていた。
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