❀ 第弐部 第弐章 知識の壁と中間テスト ❀

第壱話 【 知識力 】

 文化祭を終え、無事に一段落着いた矢先、

 氷麗はバイトをしながら、悩み事をしていた。





「はぁ……」

「あら……。氷麗ちゃん、元気ないね」


 コップを拭きながら、ため息を着く氷麗を見て、

 カウンターで酒を飲む蒼月が、一人で首を傾げる。


「……蒼月さん。勉強って、どうやればいいんですか?」

「……勉強?」

「今度、うちの学校で、後期の中間試験があるんですよ」

「あぁ、なるほどね。……それで落ち込んでるのか」


 蒼月がコクコクと頷きながら、自分のお猪口に酒を注ぐ。


「氷麗ちゃんが試験ってことは、言ノ葉ちゃんも同じだよね?」

「そうですね。同じ学年の同じクラスですし……」

「それなら、二人で勉強したら?」

「一緒にやるにしても、基礎が……」

「……基礎?」


 その言葉に続くように、横から言ノ葉が会話に混ざる。


「氷麗ちゃん、学校に戻ったの最近じゃないですか」

「あぁ、そういえばそうだったね」

「だから、今の授業に付いて来れてないそうで……」


「あんなの分からないよぉ、昔から勉強得意じゃないもん」

「見た目は、成績優秀そうな感じなんですけどね」


「氷麗ちゃん、中身は引きこもりのゲーマーだもんね」

「蒼月さんにまで言われると、ダメージ倍増です……」

「あらら……」


 氷麗は青ざめた顔で、どんよりと落ち込んでいた。


「数学方面になるとダメで、特に物理と化学が苦手なんです」

「あれは、数学が基礎になってるところもあるからね」


「わたしも文系は得意なんですけど、理系は難しくて……」

「なんか、言霊を使う言ノ葉ちゃんらしいね」

「そのせいで、あまり助けてあげることも出来なくてですね」

「なるほど……。二人揃って、理数系は苦手分野なのか」


「はぁ……」

「はぁ……」

「あ、あははっ……」


 蒼月が苦笑いをしながら、落ち込む二人を見つめる。


「蒼月さんは、勉強とか得意じゃないんですか?」

「基本的には得意な方だよ? 分からないことって、ほとんど無いし……」

「なら、私に勉強教えてくれませんか?」

「あ〜、それは多分、やめた方がいいかな」


 蒼月の妙な言い回しに、言ノ葉と氷麗が見つめ合う。


「……やめた方がいい?」

「……どういうことですか?」

「僕ね。なんで、君たちが問題が分からないのかが分からないんだよ」

「あぁ……。何か、ゲームも全て直感でクリアするって言ってましたね」

「そうだった。この人も人間じゃないんだ……」

「まぁ、僕は悪魔だからね」


 軽口を叩きながら、再び酒を飲む蒼月に、

 氷麗と言ノ葉は、冷めた視線を送っていた。


「勉強なら、灰夢くんに聞けばいいのに……」

「お兄さんって、勉強できるんですか?」

「何を言ってるの、彼は死術を山ほど使ってるじゃんか」

「はい、使ってますけど……。それ、なにか関係あるんですか?」

「天候を変えたり、体を作り替えたり、あらゆる物理現象を起こすんだよ?」

「……え?」


 蒼月の一言に、氷麗と言ノ葉の表情が固まる。


「人によって差はあるけど、僕ら忌能力者は、操るだけの知識が必要になる」

「確かに……。満月お兄ちゃんとか、工学系の知識ヤバそうですね」

「リリィちゃんだって、自然学や外国語に関しては凄く強いからね」

「そ、その考えはなかった……」


 氷麗は真剣な眼差しで、手に持つタオルを握りしめていた。


「灰夢くんも、たまに死術で現象が分からないと勉強してるし……」

「──嘘っ!? お兄さんが、勉強っ!?」

「お兄ちゃん、ゲームの攻略本と漫画しか持ってないと思ってました」

「それは君たちも読むから、部屋に置いてあるだけでしょ……」

「教科書とかは、どこにしまってるんですか?」

「影の中じゃない? 灰夢くんのことだし……」


「…………」

「…………」


 言ノ葉と氷麗が顔を見合わせて、目を見開いたまま固まる。

 すると、タイミングを合わせるように、灰夢が仕事から帰還した。


「ただまぁ……」

「おや、噂をすれば……」

「……あ?」

「おかえり、灰夢くん……」

「おう、ただいま……」


 そう灰夢が口にした途端、氷麗と言ノ葉が駆け寄る。


「──お兄さんッ!」

「──お兄ちゃんッ!」

「──ッ!? な、なんだよ……」


「お兄ちゃん、勉強って得意ですか?」

「……勉強?」

「高校の化学とか、詳しかったりしますか?」

「いや、別に詳しくはねぇが……」

「普通の問題が解けるくらいは、知識を持ってるんですか?」

「あぁ、まぁ……。高校の化学なんか、理論化学の応用だろ?」

「……理論化学?」


 二人が首を傾げると、灰夢が影からボードを出して解説を始めた。





「すげぇザックリまとめると……



 原子やイオンの構造、周期表等の基礎から始まって、


 「熱化学」「酸と塩基」「酸化還元」

 「電池・電気分解」「気体」「溶液」「化学平衡」


 ──とかの様々な現象を、化学の観点から説明する理論のことだ。

 有機化学は、それを元に導いて答える。無機化学はほとんど暗記だ。



 ……こんなもんじゃないのか?」





 ペラペラと話す灰夢に、二人が言葉を無くす。


「…………」

「…………」


「……どうした?」

「……ぶ、物理は?」


 恐る恐る問いかける氷麗に答えるように、灰夢が再び解説を始める。





「大まかには、現象を数式に置き換えて、

 それを計算して力の大きさを求めるだけだ。


 「力学」「波動」「熱電気」「磁気」「原子」


 覚える名前だの、現象の理屈は色々あれど、

 ほとんどは、数学に近い形で答えるだけの科目だ」





 灰夢が解説を終えると、言ノ葉と氷麗は固まっていた。


「…………」

「…………」

「……なぁ、部屋に戻っていいか?」


 後ろから聞いていた蒼月が、目を丸くしたまま問いかける。


「灰夢くん。なんで君、そんなに現代の高校の範囲に詳しいの?」

「最近少し、中学と高校の範囲を調べてたんだよ」

「……最近?」

「あぁ……。桜夢が入学するにしても、それなりに知識がねぇとキツイだろ?」

「君、そこまでしてたのか」

「あいつ、小学校から学校に行ってねぇらしいからな」

「……そっか」

「今から勉強すりゃ、来年くらいにはそれなりになるだろ」

「まぁ、そうかもね」


「あとは入ってからしくじらねぇように、高校の範囲も少しな」

「ってことは、君、もしかして……」

「……あ?」

「……全教科、勉強してるの?」

「あぁ……。死術関連で学んでなかったところ埋めてる感じでな」


「…………」

「…………」

「…………」


 平然と答える灰夢に、三人は目を合わせて固まっていた。


「なんだよ、揃って黙り込んで……」

「よかったね、二人とも……。グッドタイミングじゃん……」

「……は? ──なっ!?」


 蒼月の言葉を合図にするように、二人が灰夢にしがみつく。


「お兄さん、勉強を教えてくれませんか?」

「お兄ちゃん、わたしもお願いしたいのですっ!」

「はぁ……? それ、桜夢が入学してからじゃダメなのか?」

「今度、中間テストがあるので、それまでに勉強したいんですっ!」

「……あぁ、中間テストか」


 二人の真面目な表情に、灰夢が考え込む。


「私、そろそろ成績ヤバくて、本気で取り返さないとって……」

「そういや、面談の時……。氷麗の成績、クソ悪かったもんな」

「しょうがないじゃないですかっ! 前期、休んでたんですから……」


 小馬鹿にする灰夢に、氷麗が顔を赤くしながら膨れる。


「梟月の忌能力は物理反射だぞ? 理系なら、あいつに聞けよ……」

「お父さんは、お店の仕事がありますから……」

「おい、俺は暇人だって言いてぇのか? 言ノ葉……」

「だって、ここで一番頼りやすいのは、お兄ちゃんですし……」

「つっても、俺の知識は飛び飛びだから、学び直さねぇとだしなぁ……」


「知識の応用とかで、出来ないですか?」

「知らねぇ範囲は限界があるだろ」

「お願いですっ! お兄さんしか、頼れる人がいないんですっ!」

「お兄ちゃん、お願いなのですっ!」


 二人は最後の頼みのように、灰夢に向かって土下座をしていた。


「先に一つ答えろ。テスト期間は、いつから開始だ?」

「……ちょうど、一週間後からです」

「……マジかよ」

「……はい」


 それを聞いて、灰夢が蒼月に視線を送る。


「…………」

「頑張れ、灰夢くん……」

「まぁ、蒼月には無理か……」

「うん。ちょっと、申し訳ないけど……」

「はぁ……」


「……お兄ちゃん」

「……お兄さん」


 二人のキラキラとした眼差しに呆れながら、

 灰夢はため息をつくと、心の中で何かを諦めた。


「わかったから、バイト終わったら俺の部屋に来い」

「やったぁ〜なのですぅ〜っ! お兄ちゃん、大好きなのですっ!」

「さっすが、お兄さんですっ! ありがとうございますっ!」

「分かったから、抱きつくな。ほら、仕事の途中なんだろ?」

「えへへ〜っ! 楽しみにしてますねっ! お兄ちゃんっ!」

「手取り足取り、いっぱい教えてくださいね。お兄さんっ!」

「……なぁ、勉強するんだよな?」





 言ノ葉と氷麗は、ウキウキしながら珈琲を一杯出すと、

 いつも以上に心を込めて、店内をピカピカに掃除し始めた。

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