第捌話 【 視野の広さ 】

 灰夢は子供たちに、一時間ほど演習をさせると、

 ゆっくりと休憩を挟んでから、次の訓練を始めた。





「んじゃ、次のトレーニングを説明する」

「さっきとは違う、別のがあるんですか?」

「あぁ、これも見せた方が早ぇな」


 そういって、灰夢が再び畳の上へと上がる。


「さっきは追いかけてたが、今度は逆の立場になる」

「……追い出すってことですか?」

「そういう事だ。ミナゴロー、畳に登れ……」

「──キュゥッ!」


 灰夢の呼び掛けによって、頭にハチマキをつけた、

 熱気の溢れるクマのぬいぐるみが、畳の上に登った。


「……み、みなごろー?」

「お兄ちゃんが名前をつけた、このベアーズの隊長さんなのですっ!」

「……隊長?」

「はい。わたしの忌能力が発現した時から、お世話になってるクマさんです」

「あっ、そんなに前からいるんだね」

「わたしがお願いしたら、満月お兄ちゃんが昇格させてくれましたっ!」

「ぬいぐるみの中にも、昇格とかあるんだ……」


 氷麗が冷たい目をしながら、ミナゴローを見つめる。


「おししょー、なんで……ミナゴロー、なんですか?」

「機体番号が、37564みなごろしだからだ」


「……ぶ、物騒すぎませんか?」

「それだけ聞くとな、愛着が湧けば可愛いもんだ」

化惰魔ケダマちゃんもですけど、お兄さんのネーミングセンス独特ですよね」

「……そうか?」


 ミナゴローは、灰夢の向かいに立つと、戦闘態勢に入った。


「──キュゥ!」

「んじゃ、まずはやって見るから、よーく見とけ……」

「「「 はいっ! 」」」


 灰夢がゆっくり、ミナゴローに向かっていくと、

 ミナゴローが間合いを図るように、縁を回って逃げる。


「逃げる相手を追い出すって、逆に難しいですね」

「おししょー、影と……死術、使わないん……でしょうか?」

「あのすばしっこいのを、どうやって素手で追い出すんだろう」


「──ッ!」

「キュゥッ!」


 灰夢が走り出すと、ミナゴローは灰夢の手を避け、

 そのまま灰夢に反撃をしようと、顔に目掛けて飛んだ。


 そのミナゴローの攻撃を、灰夢が素手で防ぐと、

 その手を踏み台に、ミナゴローが後ろへと逃げる。



 ──その瞬間、バンッと灰夢が強く畳を踏みつけた。



「──キュッ!?」


 その衝撃の反動で、畳が一斉にフワッとめくれ上がる。


「──えっ!?」

「──嘘っ!?」


 それを見た全員が、目を見開いたまま固まった。


「──オラッ!!」

「──キュゥッ!?」


 めくれ上がった畳を、灰夢が蹴り飛ばし、

 空中に飛んでいた、ミナゴローにぶち当てる。


「は、半端ないのです……」

「あれ、アリなんですか?」

「まぁ、確かに……。体術っちゃ、体術だよね……」


 畳に直撃したミナゴローは、場外へと飛んでいった。


「……と。まぁ、やり方としてはこんなもんだな」


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


「……どうした?」

「まさかの光景に、ちょっと衝撃が強すぎました」

「慣れだろ。んじゃ、とりあえずルールの説明な」


 白い目で見つめる子供たちを、一切、気にすることなく、

 灰夢がボードに絵を描きながら、淡々と演習の説明を始める。



























「内容については、さっきの逆だ──



 さっきは、お前らが逃げてたが、今度は追いかける番だ。

 忌能力を駆使して、何としても、ぬいぐるみを畳から叩きだせ。


 手で捕まえてもいい。捕まえたら止まるように、指示はしておく。

 とりあえず、初めはベアーズからの反撃は、無しとしておいてやる。


 体術、アイテム、忌能力、自然物。戦場では、全てが武器になる。

 畳を使うのもアリだ。攻撃に使えるものはなんでも使って構わない。



 ──但し、畳の数を減らして追い込むのは、反則とする。



 一枚二枚めくって、振り回すくらいなら別にいい。

 お前らが、自力で畳を持って扱えるなら……だけどな。


 技の衝撃で吹き飛ぶなら、俺も文句は言わないが、

 意図的に枚数を減らすだけじゃ、技術は上がらない。


 さっきの訓練は、複数の相手の位置把握と、

 次に来る敵の動きを、見切る為のトレーニングだ。


 そして、今度は、相手を少しでも追い込む、自分の動きの考え方と、

 相手の動きを先に読んで、追い詰める思考を重視したトレーニングだ。


 逃げるだけの相手なら、いくらでも時間はあるが、

 その分、広い範囲を動かれるから、対応が難しくもなる。


 その考え方に慣れれば、追う側、追われる側の両方の立場から、

 相手の動きを予測し、『 自分だったらこうする 』と言った、

 視野の広さと、予測の幅が広がり、戦場での生存率が大きく上がる。



 ──少しでも、自分の忌能力を活かして、手段を模索してみろ。



 あと、言ノ葉。『 畳から出ろ 』とか、『 動くな 』とか、

 言霊を使って、クマを強制的に止めたりするのは、今回は無しな。


 あくまで、今回は戦いの形式で行う。技のような形で追い込め。



 ……以上だ」



























「「「 ──はいっ! 」」」

「分からないことがあれば、迷わず聞きに来い。それじゃ、開始──ッ!!!」


 灰夢は説明を終えると、トレーニングを開始させた。

 すると、言ノ葉が俯きながら、灰夢の傍まで歩み寄る。


「あの、お兄ちゃん……」

「……どうした? 言ノ葉……」

「命令以外の言霊の使い方って、どうやるんでしょうか?」

「簡単なことだ。相手に使わないなら、自分自身に使えばいい」

「……自分に?」


 灰夢がボードに絵を描きながら、言霊についての説明を始める。





「例えば──


『 早く走りたい 』とか、『 嗅覚を鋭く 』とかだな。

 自分に対しての命令なら、相手がなんであれ、必ず変化は起こる。


 言ノ葉の命令は、時に、格上の相手には通じないことがある。

 そういう時は相手ではなく、自分の体を変化させて戦ってみろ。


 言霊は、お前の中にあるイメージを体現させる忌能力だ。

 つまり、イメージが強いほど、その結果は具体的に実現する。


『 早くなりたい 』よりは、『 動物のように軽やかに 』といった、

 自分がイメージしやすい生き物なんかと結びつけて、言葉にしてみろ。


 あくまでやりすぎず、怪我のない範囲で試して見るといい」





 それを聞いて、言ノ葉の目がキラキラと輝く。


「なるほどっ! さすが、お兄ちゃんですっ!」

「まぁ、近くで見ててやるから、危なくなったら止めてやるよ」

「はいっ! お願いしますっ!」


 言ノ葉は畳の上に戻ると、自分に対して言霊をかけた。



『 言ノ葉は、猫になりますっ! 』



 言ノ葉が言霊を使うと、ひょこっと頭に猫の耳が生える。


「すげぇな、そこまで実現すんのか」

「おぉ……。これなら、追いつける気がしますっ!」


 言ノ葉は四つん這いのまま、畳の上を走り出した。

 そんな言ノ葉の成長を、灰夢と恋白が静かに見守る。


「凄いですね、言霊の力って……」

「恋白から見ても、やっぱりすげぇのか」

「我々の様な存在でも、なかなか得られない力でございますからね」

「まぁ、一部の神だけが持つ力って言われてるくらいだしな」

「それを教えるとは、さすがは主さまです」

「前に読んだ漫画に、そんなキャラがいただけだ」

「なるほど……。主さまは、それ故に博識なのですね」

「言ノ葉自身の適応力もあってだ。あいつも、氷麗に負けじと努力家だからな」

「ですね。とてもイメージが定まっていて、上手く具現化しております」

「あの動きは、ケダマからイメージしたのか」


 そんな話をしていると、言ノ葉がユラっとバランスを崩した。


「──あっ!」

「──ッ!」


 体勢を崩した言ノ葉が、畳の外へと飛び出し、

 見ていた灰夢が、床に落ちる前に一瞬で受け止める。


「……大丈夫か?」

「は……はい、ありがとです。凄いですね、こんなに速くなれるとは……」

「お前、人の応援はするくせに、今まで自分には使ってなかったもんな」

「そうですね。怪我を治す時くらいしか、使ったことは無かったです」


「まぁ、応用練習としては、ちょうど良い機会だろう」

「ですね。色々試してみたいと思いますっ!」

「過度な変化で、自分が怪我をしない程度に抑えておけよ?」

「はい、わかりましたっ!」


 言ノ葉は畳の上に戻ると、再び言霊で猫耳を生やし、

 四つん這いで駆けながら、ベアーズと鬼ごっこを始めた。


 その姿を見守りながら、再び灰夢と恋白が、静かに言葉を交わす。


「少しずつ、忌能力の応用が身についていきそうですね」

「あぁ……。まだ知らないだけで、伸び代は多い奴らだからな」

「相手の忌能力を、自分の力のように考えるくださる、主さまが居てこそですよ」

「俺は死術意外にも、仲間の力を借りて戦うから、つい癖でな」

「ふふっ……、主さまらしいですね」


「んにしても。俺が教育者になるとは、さすがに思わなかった」

「……そうなのですか?」

「そりゃそうだろ。こんな目付きと口の悪い教師が、どこにいるんだよ」

「わたくしは子供たちとも和気あいあいで、素敵だと思いますよ?」

「……そうかぁ?」

「はい。少なくとも、この場所では、最も適任かと……」

「それ、前に氷麗を頼まれた時に、梟月にも言われたな」

「でしたら、もう、間違いありませんねっ!」

「はぁ……。ますます、運び以外の仕事を押し付けられそうだ」


 すると、灰夢たちの後ろから、桜夢が歩いてやってきた。


「ねぇ、狼さん……」

「……ん? どうした? 桜夢……」

「ワタシの忌能力、こういうのだと役に立たないよ」


「お前は、夢を見せる以外には、具体的に何ができるんだ?」

「一応、匂いのマーキングを付けるのと、幻惑で人目を化かすくらいかな」

「それだけか。だか、桜夢。お前……並の人間より、身体能力高いよな?」

「……そうかな? あまり比較したことないから、よく分からないけど……」


 灰夢が少し考えてから、近くにあった畳を指さす。


「そこの畳、一枚持ち上げてみろ」

「……こう?」


 すると、桜夢は力むことなく、畳を一枚持ち上げた。


「それ、多分、他の奴らは持てねぇからな?」

「……えっ、そうなの!?」

「少し、組手をやってみるか……」

「……組手?」


 灰夢は桜夢と共に畳の上に上がると、羽織を上半分だけ脱いで構えた。


「お、狼さんになんて……。ワタシじゃ、勝てないよ……」

「大丈夫だ。別に、俺から攻撃はしねぇよ」

「でも、狼さんを攻撃するなんて……」

「人のことストーキングして、鉄パイプ振り回してきた、あの度胸はどうした?」

「も〜っ! それは言わないでよぉ〜っ!!」


 桜夢が顔を真っ赤にしながら、ぷっくらと頬を膨らませる。


「ふっ……、安心しろ。お前じゃ、俺には傷一つ付けられねぇから……」

「……ほんとに行くよ?」

「あぁ、どっからでもかかってこい」

「それじゃあ……。──えぇいっ!!」


 桜夢は、人間とは思えないスピードと跳躍力で、

 四方八方から蹴りと拳を、次々と灰夢に叩き込んだ。


 それを、何事もなく、灰夢が全て受け流していく。


 そして、一分ほど経つと、灰夢は攻撃を避けると同時に、

 桜夢の後ろに回りこみ、頭の上にポンッと手を置いた。


「よし、そこまで……」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「これも忌能力なのかもな」

「……え?」


 キョトンとする桜夢に、灰夢が真顔のまま告げる。


「お前の動き、どう見ても人間じゃねぇよ」

「……そうなの?」

「目で追えないほどじゃねぇが、明らかに速度が人並みを超えてる」


 すると、蒼月が子供たちの様子を見にやってきた。


「おぉ〜、やってるね〜っ!」

「蒼月……。お前、リリィのところに行ってるんじゃなかったのか?」

「つい、さっきまでね。楽しいお茶会死刑執行だったよ」

「そうか。そいつは、お疲れ様だな」


 二人の会話に、桜夢が首を傾げる。


「お茶会なのに、なんで『 お疲れ様 』なの?」

「世の中には、命懸けのお茶会があるんだよ」

「へぇ〜、そうなんだ〜っ! なんか、楽しそうだねっ!」

「お前の思考回路は、どうなってんだ?」


 灰夢の回答に、何故か桜夢は目を輝かせていた。


「蒼月……。ちょうどよかった、少し質問がある」

「……なんだい?」

「サキュバスの能力って、どんなのがあるんだ?」

「主には、相手の夢の中に侵入する能力だね」

「……他には?」

「細かくいえば、幻惑を見せたり、魅了したり、眠らせたりとかかな」

「……意外と多いな」

「あとは、単純な身体能力の高さもあるね」

「……身体能力か」

「一応、悪魔だからね。もちろん、伝承のサキュバスの話だけど……」


 蒼月の話を聞きながら、灰夢が頭の中を整理していく。


「そもそも、サキュバスってのは、悪魔の中では、どのレベルなんだ?」

「悪魔の中で言えば、上位種族に分類される。個体差はあれど、強い方だよ」

「なんか、あんまり戦うようなイメージねぇんだが……」

「まぁ、人を襲うのは、基本的には夢の中だけだからね」

「それなのに、上位種族なのか?」

「能力が特殊で、多彩なんだよ。他の悪魔は、夢になんか入れないし……」


「まぁ、眠らせて夢に入れる上に、身体能力も高けりゃ、かなりのものか」

「そうそう、固有スキルみたいなイメージが分かりやすいかな」

「それを体現した力なんだとしたら、人並み以上に動けてもおかしくねぇな」

「そうだね。悪魔と人間を比べたら、差は歴然だと思うよ」


「幻惑ってのは、夢を見せるのとは違うのか?」

「よく聞く話だと、『 異性の理想の姿を見せる 』ってやつがあるね」

「なるほど……。だから、俺が出会った時は、別の姿に見えたんだな」

「そこから、吐息で魅了して、相手を操るのが基本だからね」


 灰夢が桜夢を見つめながら、サキュバスの能力を確かめる。


「あれは、ワタシが監獄の門番を想像して、自分で作ってたんだよ?」

「それが可能なら、大抵のものには化けることも出来るってことか」


 すると、蒼月が人差し指を立てながら、とある提案をし始めた。


「サキュバスの力を解放するなら、パワーアップを試してみたら?」

「……パワーアップ?」

「うん。サキュバスは悪魔の中でも、人間からパワーを貰って強くなるからさ」

「具体的に、何をすれば強くなるんだ?」


























           「 そりゃもちろん、セッk…… 」


























     ──その瞬間、灰夢の脚技によって、蒼月が目の前から消えた。


























「うわぁ……。狼さんの一撃、やべぇ……」


 壁にめり込んだ蒼月を見つめながら、桜夢が固まる。


「あいつの話は聞かなかったことにする。……いいな?」

「結局、ワタシは、どうしたらいいの?」

「桜夢には、俺が直々に体術を教えてやる」

「……えっ、ほんとっ!?」


「お前は、並の人間より力が強い。常に忌能力を使ってるようなもんだ」

「……そうなの?」

「あぁ……。だから、それを活かせば、多少の事なら素手で解決出来る」

「──そっかっ!」


「忌能力の事も少しずつ調べるが、それまでは武術がメインだな」

「やった、やったぁ~っ! 狼さんと、1対1の特別レッスンだっ!」

「その言い方やめろ。お前が言うと、いかがわしく感じる」

「えぇ〜っ!?」


「ほら、続きをやんぞ……」

「は〜いっ! 手取り足取り教えてね、狼さんっ!」

「わざと言ってんだろ、お前……」





 そこから、灰夢は少しずつ休憩を挟みながらも、

 桜夢と組手を繰り返し、体の動かし方を教えていた。

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