第伍話 【 少女の願い 】

 少女が灰夢を殴ろうと、何度も鉄パイプを振り回し、

 灰夢が反撃することなく、スレスレを避け続けていく。





「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「なんだよ、勝手に限界迎えそうじゃねぇか」

「そんなこと、無いよ。まだ、終わってn……ヴェ……」


 文句を言っている途中に、突然、少女が吐血した。


「もう、やめとけよ……」

「なんで、なんで……」

「……あ?」

「なんで、ワタシには……自由がないの?」

「…………」

「同じ風にただ生まれて、普通に生きたいだけなのに……」

「……お前」

「なんで、ワタシだけは……それすらも、たったそれだけも許されないの?」

「…………」

「ワタシが……ワタシが、いったい……何をしたって、言うんだよ……」


 泣き崩れる少女に、灰夢がゆっくりと歩み寄る。


「……桜夢」

「……ワタシに、触るな──ッ!!!」


 少女は叫びながら、手を伸ばした灰夢の頭を鉄パイプで殴った。



























          「 よく頑張ったな、桜夢…… 」



























 頭から血を流しながら、灰夢が自分の羽織を掛け、

 静かに涙を流す少女の頭を、そっと優しく撫でた。


「なんで、こんな時だけ……ワタシに、優しくするんだよ……」

「悪ぃ。もっと早く、お前を見つけてやれればよかった」

「そんなこと……そんなこと、言わないでよ……」

「ごめんな。遅くなっちまって……」


 灰夢が涙を流す少女を、ゆっくりと抱きしめる。


「ワタシ、死んじゃうんだよ……」

「…………」

「ワタシ、死にたくないよ……」

「…………」


「助けてよ、狼さん……」

「……あぁ」

「怖いよ……ワタシ、死にたくないよ……」

「……大丈夫だ」

「大丈夫なんかじゃないよ。もう……どうしたらいいのか、わからないよ……」


 その言葉を聞いて、灰夢は強く少女を抱きしめた。



























      「 大丈夫だ。俺が必ず、お前を救ってやるから 」



























「そんなこと、出来ないよ……」

「きっとできる……」

「お医者さんも、みんなダメって言ったんだよ?」

「知ってる。全部聞いた……」

「なら、なんで……そんなこと、言えるの?」

「俺は、昔から諦めが悪くてな」


「もう『 これが、お前の運命だ 』って、一言で割り切ってよ」

「まだ終わってねぇだろ」

「ワタシのことなんか、招かずに放っておいてよ」

「こうでもしなきゃ、お前に会えなかっただろ」


 灰夢が言葉を返す度に、少女の瞳から涙が溢れる。


「こんな形で、話なんかしなければ……」

「…………」

「こんな期待、しなくて済んだのに……」

「…………」

「もしかして、なんて……期待、しなくて済んだのに……」

「…………」


 少女がなけなしの力を込めて、灰夢の体にしがみつく。


「ずっと一人で、怖かったよな」

「ぐすっ、怖いよ……凄く、怖いよ……」

「痛くて辛くて、苦しかったよな」

「凄く、辛いよ……もうワタシ、ぐすっ……絶対に、助からないって……」

「もう、大丈夫だから。俺が必ず、傍にいるから……」

「狼さん、ワタシ……」


 灰夢は少女を抱きしめたまま、静かに目を瞑った。



























        『 俺が、桜夢らむを地獄から救い出してやる 』



























「……本当に?」

「……あぁ」

「……約束、してくれる?」

「……必ずだ、約束してやる」


「ワタシ、なんかが……ぐすっ、生きててもいいの……?」

「この世に、生きてちゃいけないやつなんか居ねぇよ」

「でも、みんな……ワタシのことを、嫌うんだよ……?」

「世の中の誰が否定しても……俺が、お前を肯定してやる」


 そんなブレない言葉を告げる灰夢に、少女はそっと体を預けた。


「狼さん、お願いだよ……」



























          「 ……ワタシを、助けて…… 」



























            「 あぁ、わかった…… 」



























        「 ……おお、か……み、さ……ん…… 」



























     そう名前を呼ぶと同時に、桜夢の瞳から大粒の涙が溢れた。



























    「 今まで一人で、よく頑張ったな。あとは、俺に任せろ 」



























    「 うっ、うわあぁあぁああああぁぁあぁあぁあぁんっ!! 」



























 大声で声を上げ、泣きつく細身な少女を、


        灰夢は雨の中、優しく包み込んでいた。

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