第陸話 【 狙われる者 】

 蒼月そうげつの呟いた一言で、全員に緊張感が走った。





「その言い方、知り合いじゃないのか?」

「うん、僕も知らないかな」

「……蒼月、それは人間か?」

「残念ながら、マナの力を感じるね」


 蒼月の言葉を聞いて、風花が灰夢の羽織を引く。


「……ん?」

「狼の、お兄さん……。マナって、なんですか……?」

「お前らの妖力みたいな人外の力の源のことを、【 マナ 】っつうんだよ」


 すると、今度は鈴音が灰夢の羽織を引く。


「それじゃあ、今、来てるのって……」

「あぁ……。十中八九、人間じゃないだろうな」


 灰夢の言葉に、風花と鈴音の顔が青ざめる。


「まぁ、敵か味方かが重要だな」

「見張りのクマたちが、警戒態勢に入った」

「あらあら、敵さん確定ね」

「ついてねぇな、こんな時に来るとは……」


 灰夢たち一行が、侵入者のことを話をしていると、

 風花と鈴音が怯えるように、羽織にしがみついた。


「どうしよう、灰夢かいむくん……」

「大丈夫だ……。【 月影五人衆つきかげごにんしゅう 】が揃ってんだから……」

「……?」

「むしろ、敵の心配をしとけ」

「……つきかげ?」

「あ~、月影っつうのは──」


 ──そう言いかけた瞬間、数体の何かが店に侵入する。


「ウゴクナ、ニンゲンドモ……」

「あわわわわわわ……」


 慌てる言ノ葉ことはと共に、肩に乗った風花ふうか鈴音すずなが灰夢の背中に身を隠す。


「人間、じゃないな。これは……」

「まぁ、あからさまに目と顔色が普通じゃねぇしな」

「これは、人間の皮を被った【 妖魔ようま 】の類だね」


 カウンターを向いたまま、蒼月が眼帯を片方ズラして答える。


「ヨウコ、ニオウ……」

「妖狐か、なるほど……。それが、ここに来た理由か」

「ニンゲンドモ、ヨウコヲアケワタセ……」


 そういって、妖魔たちが戦う構えをとると、

 風花と鈴音が怯えるようにビクッと反応した。


「妖魔って、こんなゾンビみたいな見た目なんだな」

「いや、純粋に憑依する能力が、コイツらの妖術なんだろ」


 微塵も動じることなく、灰夢と満月が敵の観察を始める。


「まぁ、この子たちは力で言えば、下級レベルの怪異だからね」

「……下級?」

「うん。下級は妖術とかも使えないから、人の死体に憑依するんだよ」

「なるほど……。だから、我喇狗も人間の死体を種にしてたのか」


 蒼月の言葉を聞いて、灰夢が山神との戦いを思い返す。


「なんか、せっかくのファンタジー感が台無しだな」

「敵を目の前にして、『 ファンタジー 』なんぞ求めんな」


 期待外れの妖魔たちを前に、満月は呆れ顔を見せていた。


「……で、どうするんだい? 灰夢くん……」

「どうするもこうするも、俺らに選択肢なんかあるのか?」

「まぁ、無いか。この状況じゃ……」


 そういって、蒼月が何かを諦めたように、手元の酒を飲む。

 すると、背中で震える風花と鈴音が、灰夢の服を強く握った。


「狼の、お兄さん……」

「ごめんね、灰夢くん……。鈴音たちのせいで、また……」


 そんな怯える二人の声に、灰夢が大きく深呼吸をする。


「はぁ……。ったく、いつの世も生きにくい世界だな」

「……お兄さん?」

「……灰夢くん?」


 そう呟くと、灰夢は敵意を見せる妖魔たちを見てニヤリと笑った。



























       『 大丈夫だ、俺が死んでも守ってやっから── 』



























       灰夢が告げた、揺らぐこと無い一言に、


            怯えていた風花と鈴音が、目を見開いた。




























 灰夢の強気に出た言葉を聞いて、蒼月が目隠しを外す。


「あははっ……。不死身の灰夢くんが言うと、一段と説得力が凄いね」


 それに続くように、満月みちづきが上着を脱いで機体を見せる。


「不死身の命懸けほど、面倒極まりないものはないからな」


 そして、梟月きょうげつがカウンター内から、ゆっくりと歩み寄る。


「うちの店を荒らすと言うのなら、わたしも無視は出来ないな」


 奥にいたリリィも、火のついた紅い花を吸いながら、

 自分の髪の色を真っ赤に染め、敵の顔をギロッと睨む。


「テメェら……。ここに来て、生きて帰れると思うなよ?」


 さっきとは打って変わって出てくる急な圧力に、

 武器で威嚇していた妖魔たちが、一斉に焦りだす。


「ナンダ、コイツラ……」

「メツキガ、ケモノ……」

「カンケイナイ……。コロセバ、オナジ──ッ!」


 その言葉と同時に、近くにいた妖魔が髪の毛を針のように飛ばすも、

 それを一切見ることなく、カウンターを向いたままの蒼月が避ける。


「危ないなぁ、酒に当たったらどうするのさ。タダじゃないんだよ?」

「──ッ!?」


 妖魔が焦りながらも、何度も何度も針を放っていく。

 それでも、蒼月は全く振り向きもせずに避けていた。


「あらら、カウンターが穴だらけに……」


 自分のグラスを手に持ちながら、呆れた顔で蒼月が呟く。

 それを見て、鈴音と風花は口を開けたまま固まっていた。


「あの人、何も見てないのに……。全部、避けました……」

「まぁ、もう眼帯取ってるからな」

「眼が見えるようになったってこと?」

「というか、あの眼に見えないものはない。例え、未来であろうともな」

「……み、未来!?」

「……どういうこと、ですか?」



























  ❖ 鴉魔からすま 蒼月そうげつ ❖


【 青眼せいがん悪魔あくま 】の異名を持ち、空間魔術を得意とする忌能力者。


 月影の中の【 情報屋 】担当。


 忌能力の名は、【 DEVILデビル EYESアイズ 】


・過去に悪魔の心臓を口にし、悪魔に身を落とした元人間。

に加え、をも見通す力を持った魔眼の持ち主。


























 そんな灰夢の淡々とした説明に、二人は固まっていた。


「千里眼で未来も見えるって、絶対に攻撃当たらなくない?」

「あぁ、無理だ……」

「それ、どうやったら倒せるの?」

「一言で分かりやすく言えば、『 倒せない 』が最も正しい回答だな」

「見た目もだけど、一番強そう……」


 静かに酒を飲む蒼月を、風花と鈴音が目を丸くしたまま見つめる。


「ヤクザの悪魔という悪い見本だ。あぁいう人間にはなるなよ、お前らは……」

「あの、聞こえてるよ? 灰夢くん……」

「問題ない、隠すつもりもねぇから……」

「いや、潔すぎるでしょ……」


 蒼月は持っていた酒を飲み干すと、ギロっと妖魔たちを睨み、

 そのまま立ち上がると同時に、自分の魔力を一気に解き放った。


「さぁ、どうする? 僕ら全員を相手にしてみるかい?」


 その人間とは思えない膨大な量の魔力の圧に、

 脅していたはずの妖魔たちが一斉に焦り始める。


「ナンダ、コイツ……」

「マナ、カンジル……」

「コロス、カワラナイッ!!!」


 壁に張り着いていた一匹の妖魔が、意を決して走り出し、

 静かに歩いて向かってくる蒼月に向かって襲い掛かった。


「ヴァァァァアァァアアッ!」

「ごめんね、君に用はないんだ……」


 そう蒼月が指さした瞬間、襲いかかった妖魔が消える。


「……あれ?」

「消え、ました……」

「蒼月の魔術だ……。軽い魔法なんかは、無詠唱で放つ……」

「……強、過ぎない?」

「知らない魔術でも、あいつは自分で作ったりするからな」

「チート、です……」

「この店にはバケモノこういうのばっかりだ。驚くのは、まだまだ早ぇよ」


 突然、目の前に居たはずの妖魔が消えたことに驚き、

 双子と残りの妖魔たちが、目と口が開いたまま固まる。


「ナンダ、イマノ……」

「うわぁ……。なんか、外にすっごく大量にいるなぁ……」


 蒼月は冷静な顔で、窓ガラスから外を眺めていた。


「お前、別に自分で見なくても見えるだろ」

「千里眼は、あくまで状況把握さ。マナの量なんかは直視じゃなきゃ見えない」

「……そういうもんか」


 微塵も警戒せずに、近くで外を眺めている蒼月を見て、

 敵が考えを理解出来ず、警戒しながら後ずさりをする。


 すると、不意に敵の一匹が、灰夢たちに襲いかかった。


「コイツ、ツヨイ……。ヨワイノ、ネラウ……」

「……おい、諦めんなよ」


 その瞬間、横から真っ直ぐな拳を受け、妖魔が壁を突き抜ける。


「わたしを無視するとは、いい度胸じゃないか」


「壁が、壊れた……」

「凄い、力です……」

「お前も相変わらずだな、梟月……」


 ただの人間から放たれた、驚異的な拳の威力に、

 肩にくっついていた風花と鈴音も言葉を失くす。


「牙朧武……。妖狐の力って、そんなに簡単に分かるもんなのか?」

「さっき吾輩も妖力を感じた。小娘が何かに妖力を使ったじゃないのか?」


 灰夢の質問に、横にいた牙朧武がるむが答える。

 すると、灰夢がさっきの出来事を思い出した。


「あぁ、さっき部屋が燃えたあれか」

「ご、ごめんなさい……」


 灰夢の言葉に、風花が小さな声で謝る。

 それを聞いて、灰夢は優しい声で答えた。


「気にすんな。むしろ、これはこれで都合がいい」

「……都合が、いい?」

「あぁ……。まぁ、見てりゃ分かるさ」


 灰夢たちが話してるうちに、敵の一人が動き出す。


「ヨウコ、タベル……。オレラ、カテル……」


 その瞬間、呪霊じゅれいである牙朧武ですら思わず目を疑う、

 人間とは思えない程のバカでかい霊気が部屋を包んだ。



























           『 誰を、喰うですって……? 』



























「「「 ──ッ!? 」」」


 その霊力を発していたのは、他でもない店の女将だった。


「あぁ、やっちまった……」


 その姿を見た灰夢が、少し引き気味な表情で呟き、

 霊気を放つ霊凪も、ゆっくり敵の前に歩いていく。


「霊凪さんが、怒ってます……」

「凄く怖いよぉ、灰夢くん……」

「もう、確実に死んだな。アイツら……」


 人間の目に見える程の膨大な霊気に、風花と鈴音が怯える。

 すると、霊凪が後ろを向いて、ニコッと優しい笑みを見せた。



























      「 大丈夫。私は何があっても、あなたたちの味方よ 」



























          【  ❖ 明王殲術・壊滅掌底 みょうおうせんじゅつ・かいめつしょうてい❖  】



























「「「 ──なッ!? 」」」


 その瞬間、外を眺めていた蒼月や、店の入口諸共、

 一瞬にして目の前の全てを打ち砕き、消し飛ばした。


「…………」

「…………」


 それを見ていた双子たちも、もはや何が起こったか分からず、

 あまりの景色の変貌ぶりに、多少のリアクションすら消える。


「……な? 凄いだろ?」

「凄いというか、なんというか……」

「今、何が……。起こり、ました……?」


 驚く双子を気にもとめずに、霊凪が外に向かっていき、

 外で待機していた妖魔たちが、謎の登場人物に目を疑う。


「バケモノ、デテキタ……」

「ニンゲン、ジャナイ……?」


 すると、霊凪の攻撃から瞬間移動で逃げていた蒼月が、

 外に向かっていく霊凪の傍に、瞬間移動で戻ってくる。


「あの、霊凪ちゃん。僕まで消し飛ぶところだったんだけど……」

「ごめんなさい、つい手が出ちゃって……」

「『 つい 』だけで、悪魔を殺しかけないでよ」

「蒼月さんなら見えてるから、きっと避けてくれるって信じていたわ」

「身内から攻撃が来たら、未来視でもビックリするんだよ?」

「うふふ……。それもそうね、ごめんなさい」

「全く……。あの梟ちゃんが尻に敷かれる訳だな」


 壊れた店の入口を見ながら、蒼月が呆れたように小声で呟く。

 その圧倒的な破壊力に、さすがの灰夢も店の中で呆れていた。


「いつ見ても、破壊力やべぇな」

「急に出すのやめてほしいよな。……」


 跡形もなくなった店の入口を見て、灰夢と満月が不満を漏らす。

 そんな中で最も脅えていたのは、店のオーナーである梟月だった。


「…………」

「……お父さん、どうしたんですか?」

「い、いや……。大丈夫、なんでもないよ……」

「……?」


 青ざめた表情で応える梟月の反応に、娘の言ノ葉が首を傾げる。



( ……こいつ、霊凪さんに何されたんだ? )



 梟月の表情から、何となく過去を察した灰夢だったが、

 振れない方いい事と判断し、そっと聞くことをやめた。


 表に歩いていった霊凪には、背後に半透明の巨大な鬼仏おにぼとけが浮かび、

 それを見て、肩に乗っていた風花と鈴音が灰夢をポンポンと叩く。


「灰夢くん……。あれ、何……?」

「あれは、不動明王ふどうみょうおうだ。……知ってるか?」

「……ふ、不動明王さまっ!? あの、【 破壊神 】って呼ばれる神様?」

「あぁ、そうだ。しかも、天界から呼び出された本物な」

「え、えぇ……」



























  ❀ 不動ふどう 霊凪れいな ❀


【 冥府めいふ死神しにがみ 】という異名を持ち、式神を扱う忌能力者。


 主に、店の【 女将おかみ 】担当。


 忌能力の名は、【 黄泉ノ門よみのとびら 】


常世とこよ幽世かくりよを行き来し、魂に直接干渉することの出来る忌能力。

 代償を必要とすることなく、あらゆる式神を現世げんせに呼び寄せる。



























 そんな灰夢の説明に、鈴音が呆れた視線を送る。


「もしかして、灰夢くんって……。マシな方だったりする?」

「俺はただの不死身だ。牙朧武や死術を除けば、他に特別なことは何も無い」

「霊凪さんのあの力は能力とかより、神の裁きに近いよね」

「この世で唯一無二の、何の代償も必要としないだからな」

「もう、なんか異次元なんだけど……」

「だから言ったろ。『 あの人が怒らせると一番やべぇ 』って……」

「いや、ヤバいとかのレベルじゃないじゃんッ!!!」


 風花は灰夢の肩の上で、ただただ口を開けていた。


「…………」

「風花、口が開きっぱなしだぞ……」

「いや、アレを見たら仕方ないだろ」


 ツッコミを入れる灰夢に、さらに満月がツッコミを入れる。


「ちなみに【 夢幻の祠 】を維持してるのも霊凪さんな」

「あっ、そうなんだ……」

「分かりやすくいえば、と言うわけだ」

「そりゃ、こんな人ばかりだったら、鈴音たち見ても驚かないね」


 何かに納得したように、鈴音は死んだ魚の目で頷いていた。


「とりあえず、俺たちも二人の所に行くか」

「うむ、そうじゃな」





 灰夢たちは、霊凪の壊した店の入口を歩いて通ると、

 敵の集まる広場の真ん中へと、向かって行くのだった。

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