第拾壱話【 無神経なお人好し 】

 言ノ葉と氷麗の溢れる涙が止まるまで、

 灰夢は、その場で優しく包み込んでいた。





「ほら、目が真っ赤になってんぞ……」


 その言葉を聞いた言ノ葉が、ムスッとした顔で灰夢を叩く。


「お兄ぢゃん、いじわるでず。ぶっごろでずよ……」

「……痛ぇよ」

「おにいざん、ぐうぎよんでぐだざい……」

「悪かったな。俺に空気を読む忌能力はねぇんだよ」


 灰夢が自分の羽織の袖で、二人の涙を優しく拭う。


「あの、お兄さん……」

「……ん?」

「お兄さんは、何者なんですか?」

「……俺か? 俺は、ただの不死身だ……」

「……ただの、不死身? でも、さっき……」

「あぁ、これだろ?」


 灰夢が横に落ちていた林檎飴を拾って、一瞬で手ごと凍らせた。


「私と、同じ力……」

「正確には、少し違う」

「同じ氷なのに、何が違うんですか?」


「俺の場合は使った分だけ、自分の体も一緒に凍る」

「……自分も?」

「これは、使えば反動で死ぬ代わりに、不可能を可能にする禁術なんだ」

「死ぬって、そんなの……」

「まぁ、俺の場合は不死身だから、治っちまうけどな」

「そう、なんですか……」

「だからまぁ、元を辿れば、ただの不死身ってだけだ」


「なんで、そんな力が……」

「俺が死ぬ為に、自分で身に付けてるからな」

「……死ぬ為?」

「正しくいえば、この不死の忌能力を解くためだ」

「どうして、そんなことを……」

「まぁ、不死身にしかわからねぇ悩みってのがあるんだよ」

「そう、なんですか……」


 灰夢の曖昧な回答に、氷麗が追求をやめる。


「あの、お兄ちゃん……」

「……どした?」

「さっきの人たち、どうしたんですか?」

「あんな目にあったのに、アイツらの心配か?」

「だって、あの人たちも……。最後、ごめんなさいって……」

「ったく……。お前、ほんとにお人好しだな」


「誰のせいだと思ってるんですか?」

「……えっ、原因がいるのか?」

「居ますよ。すっごく無神経で、お人好しな人が……」

「そいつやべぇよ。絶対トラブルメーカーだ……」


 そう告げる灰夢に、氷麗が哀れみの視線を送る。


「お兄さん、バカなんですか?」

「なんだよいきなり、失礼だな……」


 言ノ葉と氷麗は見つめ合って、小さく笑っていた。


「まぁ、お前はそういうと思ったから、別に殺しちゃいねぇよ」

「……そうなんですか?」

「お前に罪悪感を抱えて生きられても、俺が困るからな」


 灰夢が横に手をかざすと、大きな影狼が現れ、

 影狼が口を開くと、うなされている男たちがでてきた。


「……うわっ!?」

「いわゆる幻術ってやつだ。今はずっと、嫌な夢を見てる」

「なんか、本当に凄いですね。お兄ちゃん……」

「あの大きな狼の影は、それこそ一生トラウマですよ」

「コイツらは、それぐらいの罪を犯した。生きてるだけ感謝してくれ……」


 男たちを睨む灰夢を見て、言ノ葉が笑う。


「えへへっ。お兄ちゃんが、わたしたちの為に怒っているのです」

「そんなこと言うと、次は助けてやんねぇぞ……」

「いたたたたたたっ、ほっへをふへららいれくらはいっ!ほっぺをつねらないでください

「この口が、余計なことを言うからだ……」


 仲良くじゃれ合う二人を見て、氷麗はクスクスと笑っていた。


「ふふっ……」

「なぁ、氷麗……」

「……はい?」

「お前、笑った方が可愛いぞ?」

「う、うるさいです。ほっといてくださいっ! しばらかしますよ?」

「痛ってぇよ。すぐに暴力に走るの、よくないと思うんですが……」

「どうせ、傷がついても治るそうなんで、遠慮なく……」

「故意はアウトだろ。それを世の中では『 差別 』って言うんだよ」


 灰夢が手に持った林檎飴を、うなされている男たちの前に刺す。


「……何してるんですか? お兄ちゃん……」

「この方が、夢じゃなかったんだって分かるだろ?」


「うわぁ、最悪ですね。お兄さん……」

「言っただろ。俺は、いい大人じゃねぇんだよ」

「確かに、戦ってる時も悪役っぽかったです」

「それ、俺が戦ってる姿を見たやつが絶対に言うセリフだ」


 灰夢がそう答えると、二人の顔に笑顔が戻った。


「ほら、いつまでもここにいてもしょうがねぇ。帰んぞ……」

「そうですね。痛っ……」

「どうした? 言ノ葉……」

「さっき、ずっと下駄で走ってたから……」

「あぁ、足を痛めたのか……」


 灰夢が言ノ葉の傍にしゃがみこみ、足の状態を確認する。


「ごめんなさい、私の為に……」

「いえ、大丈夫です。お兄ちゃんに抱っこしてもらいますのでっ!」

「いや、どこが大丈夫なのか俺にはわからねぇんだが……」

「わたしが歩かなければ、大丈夫なのですっ!」


「言霊で治せよ。凍った手を治したんだろ?」

「ちょっと訳あって、今だけ使えなくなりましたっ!」

「そんな忌能力があってたまるかっ!」

「あるのですっ! 今だけ、そうなる設定なのですっ!」

「設定って、自分で言ってんじゃねぇか」


 言ノ葉がキラキラした瞳で、灰夢をじーっと見つめる。


「わかった、今日だけだぞ……」

「いいぃぃやったぁのですぅ~!!!」

「痛ってぇよ。お前、動けんじゃねぇか」


 喜びながら、言ノ葉が灰夢に勢いよく抱きついた。

 すると、それを見た氷麗が、小さな声でボソッと呟く。


「わ、私も……」

「……は?」

「私も襲われた時に、足を痛めちゃって……」

「おい、嘘だろ……」

「私も、歩けないなぁ〜って……」


 チラチラと、氷麗が灰夢を横目で見つめる。


「はぁ、わかったよ……」


 ──その瞬間、氷麗の瞳が光り輝いた。



「二人とも影にぶち込んで、早いとこ帰るとするか」



 ──そして、一瞬で瞳の光を失った。


「お兄ちゃん、空気を読んでくださいっ!」

「だから、俺に空気を読む忌能力はねぇんだっつのっ!!」

「お兄さん、最っ低ですっ!!」

「なんでだよっ! 俺が何か悪いことしたか?」

「せっかく可愛い女の子を、二人も抱けるチャンスなんですよ?」

「いや、自分で言うなよ……」


 すると、氷麗が突然立ち上がり、そそくさと歩き出すと、

 灰夢の背中におぶさるように、ギュッと後ろから抱きついた。


「あの、何してるんですか? 氷麗さん……」

「このまま背負って、歩いて帰ってください」

「なぁ、言ノ葉もいるんだぞ? 俺、凄い体勢にならねぇか? これ……」

「お兄さんなら、きっと大丈夫です……」

「いつから、そんなに信頼されるようになったんだよ」

「それは、乙女の秘密です」


「初めは凍るとかで、珈琲も受け取らなかった小娘はどこに行った?」

「あれは、私のもう一つの人格なので……」

「二重人格なんて初耳ですけど、お嬢さん……」

「乙女心は、複雑なんです」


「ほら、お兄ちゃんっ!」

「はぁ、わかったわかった。じっとしてろよ……」


 灰夢が、言ノ葉をお姫様抱っこしながら、

 影の手で、背中の氷麗を落ちないように支える。



 ──その時、灰夢の頭に声が響いた。



『聞こえておるか? ご主人……』

『九十九か、ちょうど良かった。今から……』

『わらわたちの事は、気にせんでもよいぞ……』

『おい、ちょっと待て。なんで、お前、急に空気読んでるんだよ』

『なかなかいい雰囲気じゃったからのぉ……』

『百歳越えの老骨と女子高生二人に、いい雰囲気も何もあるか』

『まぁまぁ、良いでは無いか。二人も喜んでおるのじゃし……』


『お前ら、今、どこにいるんだ?』

『会場近くで、子狐二人と、花火が打ち上がるのを待っておるぞ』

『……花火?』

『どこぞの企業のサプライズじゃと、さっき放送しておった』

『ほぅ、そんなのやるのか……』

『それを見てから、わらわたちも帰るとしよう』


『わかったよ。あと最後に、林檎飴を買ってきてくれ……』

『……林檎飴?』

『あぁ、赤い果物が割り箸に刺さってるやつだ。屋台のどっかに売ってる』

『うむ、承知したぞ……』


『……九十九』

『……なんじゃ?』

『……ありがとな』

『礼には及ばんよ、ご主人……』


 二人は離れながらも、密かに笑みを浮かべていた。


「お、お兄ちゃん。やっぱ降ろしてください」

「何だよ、急に……」

「いえ、なんだか……。双子ちゃんに対する、姉の威厳が……」

「安心しろ、も元からねぇから……」

「あの、お兄ちゃん。何か一言多くありませんでしたか?」

「いや、気のせいだ……」


 じーっと見つめる言ノ葉から、灰夢が目を逸らす。

 そんな灰夢に、氷麗が背中から、ボソッと告げた。


「私は胸はありますが、威厳など無いので、最後までお願いします」

「お前は、もう少し遠慮というものを知った方がいいんじゃないか?」

「今まで他の人には、たくさん遠慮してきましたよ?」

「なら、俺にもしろよ……」

「お兄さんだけは、です」

「嬉しくねぇなぁ。その特別……」




 灰夢は呆れた顔で答えると、二人を抱えながら、

 なるべく人のいない裏道を、ゆっくりと歩いていった。

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