第拾話 【 二人のヒーロー 】

 突然、言ノ葉を庇うように現れた灰夢に、男たちが驚き、

 灰夢は、その場で体を凍らせたまま、動かず固まっていた。





「……な、なんだ?」

「……こいつ、今……どこから、出てきた……」

「おい、凍ってるぞ……」


 男たちが、凍らせたことに慌てる氷麗を見て、怯えだす。


「あ、あの女がやったのか?」

「ご、ごめんなさい……。変態さん、わた、私……」

「あいつ、バケモノだ……」

「おい、俺たちも凍らされるぞっ!」

「違うのっ! ……わ、わたし……私は……」



























  『 全く、いつの時代になろうと愚かな生き物だ。


          だから、嫌いなんだ。人間と言うものは…… 』



























 そう言いながら、凍っていた灰夢が身体を崩しつつも動き出し、

 それと同時に、伸ばしたまま凍っていた左腕がパリンッと割れた。


「──なっ!」

「うわぁ、動いたぁ……」

「──おいっ! ……う、腕が取れたぞっ!!」


 体がボロボロと崩れても、灰夢は不敵に笑みを浮かべ、

 右腕だけで、言ノ葉を押さえる男の胸ぐらを持ち上げる。


「なっ、くそ……。──この、離せよッ!!」


 灰夢の掴んだ男の服が、死術で徐々に凍り、

 灰夢の足元も、バリバリと凍り始めていた。


「お、お前、凍ってるぞっ!!」

「氷だ、足元も凍ってきてるっ!!」

「女じゃないっ! バケモノは、こっちだったんだっ!」

「おい、お前らっ!! 早く、オレを助けろよっ!!」


 怯える男たちを前に、灰夢がドスの効いた声で呟く。


「……どうした、不死身相手は初めてか?」


 凍ったままのお面で、灰夢が掴んだ男を睨む。

 それと同時に、後ろから巨大な影狼が姿を現した。


「ひいぃいぃい──っ!?」



























   『 俺の家族に手ぇ出して、楽に死ねると思うなよ? 』



























         【  ❖ 幻影呪術・悪食げんえいじゅじゅつ・あくじき ❖  】



























「──ひゃっ!」

「──うわぁっ!!」


 氷麗の横から、巨大な影狼が大きな口で喰らいつく。

 すると、氷麗の上に乗っていた男だけが、影に飲まれた。


「……あれ?」


「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「く、喰われた……」

「なんだよ、あれっ!!!」

「に、逃げろぉぉぉ!!!」


 そんな食われた仲間を見て、他の男たちが逃げ出す。



『 どこにいくんだよ、下種ゲス共…… 』



 灰夢の足元から影が登り、見た目が獣の姿へと変わっていくと、

 その瞳から、牙朧武に負けない程の紅く鋭い眼光が睨みつけた。


「うわあああぁぁぁ!! た、助けろ、誰か助けろよぉっ!!」


 灰夢に捕まったままの男が、必死に周りに呼びかける。

 それを見向きもせずに、他の男たちは我先にと逃げていた。



 <<< 幻影呪術・黄泉落しげんえいじゅじゅつ・よみおとし >>>



「うわぁ、なんだ……何かに、足を掴まれた……」

「おいっ! おれの足を掴むなってっ!」

「違うっ! 掴んでるのはボクじゃないって!」


 男たちが足元を見ると、足元に広がる暗闇から、

 無数の影の手が伸び、男たちの足に群がっていた。


「うわああぁぁぁ!!! 地面から手が生えてるぞっ!」

「なんだこれ、地面に引きずり込まれるっ!」


 男たちの体が、ゆっくり影の中へと引きずり込まれる。


「なんなんだよ、なんでこんな……」

「うわああぁぁa……」


 木にしがみついていた一人が、影狼に丸呑みにされた。


「おいっ! あいつも喰われたぞっ!」

「こ、こここっちにもいる……」


 二人、三人と、男たちが、影狼に丸呑みにされて行く。


「なん、なんなんだ……。なんなんだよ、お前っ!!」

『……見て分からないか? ただの、【 狼 おおかみ】だ……』


 暗闇の中から、牙朧武の眷属たちが次々と現れると、

 ゆっくり忍び寄りながら、灰夢の周りに集まってきた。


「男はみんな、狼だと教わらなかったか?」

「うわぁぁぁっ! ご、ごめんなさいっ! もう……しない、から……」


 灰夢の手に捕まっている最後の一人が、泣きながら灰夢に訴える。

 それでも灰夢の瞳は変わることなく、男をじーっと睨みつけていた。


『覚えておけ、小僧……』



























  『 泣けば逃がしてもらえるほど、世の中は甘くねぇぞ 』



























 その言葉と共に、灰夢の後ろに居た巨大な影狼が、

 まるで、闇の世界の入口のように、大きく口を開ける。



「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だああぁぁぁぁぁ!!!」



 涙を流して訴える男を見ても、灰夢の目に迷いはなく、

 そのまま最後の一人を、影狼の口へと投げ入れていく。



























   『 命を持って罪を償い、死に行く恐怖をその身に刻め── 』



























 『 ──うわああぁぁぁあああぁぁあぁぁあぁぁあああ!!! 』



























    男の叫びは届くこと無く、ガブッと一口で丸呑みにされた。



























 そして、男たちを全て喰らい尽くすと、

 影は静かに、闇の中へと消えていった。


 灰夢の周りに、暗闇の静けさだけが残る。


「おにぃ、ちゃん……」

「おにいさん……。たし、わたし……」


 地面に落ちた灰夢の腕を見て、二人が言葉を無くす。

 すると、落ちた左腕を拾って、灰夢は氷麗に笑って見せた。


「よく出来てるだろ、この義手……」

「……ぎ、しゅ?」

「さっき、お祭りの景品で貰ったんだよ」

「そんな……。だって、さっきっ!」

「俺の腕はほら、こっちにちゃんとあるだろ?」


 灰夢が凍った羽織の中から、再生した新しい腕を見せる。

 それを見て、氷麗の強ばっていた体の力が一気に抜けた。


「本当だ、ちゃんと……。付いて、動いてる……」


 氷麗がそう呟くと、取れた腕が灰になる前に、

 灰夢は自分の凍った腕を、影の中へと投げ入れる。


「……あっ、氷麗ちゃん。……腕がっ!」

「……え? あぁ、さっきの……」

「じっとしててくださいね。今、治しますから……」



『 ──凍った腕を、治してください 』



 言ノ葉が氷麗の元に走り、凍った腕を言霊で治す。


「……? 技の反動で凍ったのか?」

「わたしが言霊で逃がしたんですが、自分を凍らせて言霊を解いたんです」

「……そうか」


 灰夢は治った氷麗の腕を触り、無事を確かめていた。


「まぁ、大丈夫そうだな」

「はぁ、よかったです……」

「ありがとう、言ノ葉さん……」

「いえ、そんな……」


 二人がホッとしたように、見つめ合って笑みを浮かべる。


「氷麗も、よく頑張ったな」

「い、いえ……。私は、なにも……」


「でも、お兄ちゃん……。なんで、ここに……」

「会場を全部探してもいねぇから、もしかしてと思ってな」

「そんなに早く、ここまで……」

「いや、それでも遅れた……。悪かったな、遅くなって……」

「いえ、わたしも……。呼びに行ってる場合じゃ、なくって……」

「まぁ、今の状況を見るとそうなんだろうな」


 はだけた二人の浴衣を見て、灰夢が告げる。


「──ひゃっ!? ……へ、変態っ!」

「お、お兄ちゃん……。えっちぃのだぁ……」

「いや、今のは理不尽じゃね?」


 二人が浴衣を持ち上げて、必死に自分の素肌を隠す。


「俺の羽織を貸してやるから、ちょっと待ってろ」

「お兄ちゃん、服が……」

「……ん?」


 灰夢が体を動かすと、凍った服がボロボロと崩れ始めた。


「あっ、やべぇ……」

「ご、ごめんなさい……」

「いや、別に大丈夫だ……。服の変えは持ってっから……」


 灰夢が凍った羽織を脱ぎ、影から羽織を三枚取り出す。

 そんな灰夢のはだけた背中を見て、氷麗が目を疑った。



( この人……。どこも、凍ってない…… )



 羽織と共に体も凍っていたはずが、全身の凍傷が治っている。

 冷静さを取り戻すほどに、次々と疑問が氷麗の脳裏に浮かぶ。


「あの、お兄さん……。体、凍ってないんですか?」

「……ん? えっとだな、これは……」


 返事をしようとした途端、凍った狼面が二つに割れた。


「……あっ」

「──ッ!?」

「あ〜。まぁもう、さすがに無理があるか」


 灰夢がため息をついて、自分の体に羽織を纏う。


「あの時の、お兄さん……だったんですか?」

「あぁ、そうだ……。久方ぶりだな、嬢ちゃん……」



 ──その言葉を聞いた瞬間、氷麗の目から一筋の涙が流れる。



「悪ぃ、嫌なこと思い出させたな」

「いえ……。ぐすっ、あの……。これは、違くて……」

「まぁ、俺みたいなバケモノ見たら、普通はトラウマだよな」

「違います、違うんです……。今日も、あの時も……。何度も……」

「…………」

「私、何回も……。ぐすっ、あなたを……。傷つけた、なのに……」


 必死に涙を拭う氷麗の頭に、灰夢が優しく自分の手を置く。


「落ち着け、大丈夫だから……」

「おにぃさん、わたし……」


 灰夢がそっと笑みを浮かべた途端、氷麗の瞳から涙が溢れ出す。



























           あの時と、同じセリフだった──



























         『 落ち着け、大丈夫だから…… 』



























 氷麗は日々、孤独と戦い続けていた。

 一人で生きることを、決意していたから。


 感情を殺して生きていけば、きっと大丈夫。

 だが、その覚悟は日を追う事に孤独を増していく。


 コンビニで灰夢が庇った時、初めて見たのだ。

 自分が凍らせても、自分を恐れないでいる人間を。



( この人なら、分かってくれるかもしれない )



 そう思い、声をかけようとした瞬間に居なくなってしまった。

 それから氷麗は、ずっと、そののぞの青年を探し続けていた──


 そして、言ノ葉の言霊を初めて見た時も、同じものを感じた。

 忌能力に詳しい人がいる所があると、言ノ葉は教えてくれた。


 コンビニで、灰夢が言った【 忌能力いのうりょく 】という言葉。



 『 俺も、嬢ちゃんと忌能力者だからな 』



 それを聞いて、もう一度会えるかもしれないと思った。

 だから、勇気を振り絞って、氷麗は外に一歩を踏み出した。


 だが、そこに居たのは、正体不明の影を使う狼面の男。

 羽織を身に纏って、『 嬢ちゃん 』と呼んできた男。


 服も口調も似ていたが、決定的な忌能力が違かった。

 それ故に、探していた人では無いと思い込んでいた。


 それでも、共にゲームを交えて戦って、

 くだらない冗談を言い合っているうちに、


 少しずつ、灰夢に希望を抱いていた。


 怒って帰っても、自分を気にかけてくれるような人。

 不器用で、無神経で、お人好しな、優しい人だった。



 同じように、自分の体質を知っても逃げないでいてくれた。



 この人かもしれないと、まだ、どこかで思っていた。

 この人であって欲しいと、ずっと、どこかで思っていた。



























         そんな夢物語が、今、真実になった。



























              ──その瞬間、



























      ──氷麗の表情が崩れ、雪解けのように涙が溢れた。



























 そんな氷麗を見て、灰夢が優しく言葉を投げ掛ける。


「俺は死なねぇから、そんな気にすんな」

「気にしない、なんて……。無理、ですよ……」


「氷麗ちゃん、泣かないで……」

「言ノ葉さんも……。なんで、なんで来たの……」

「だって、見つけたら男の人たちに囲まれてたから、つい……」

「あのままじゃ、あなたが……。酷い目に、遭うところだったのに……」

「だって、放っておけなかったのです……」

「なんでよ、私なんか……。ぐすっ、放っておけばいいじゃない……」


 氷麗が顔を両手で隠し、溢れる涙を必死に拭う。

 そんな氷麗を慰めるように、言ノ葉が傍で答える。


「氷麗ちゃんを助けるって、わたしが決めたから……」

「なんで……。ぐすっ、なんでそんなに……。私を、気にかけるの……」

「そんなの、理由がなくちゃダメですか?」

「ぐすっ、なんで……。あなたたちは、二人して……」

「氷麗ちゃん……」


 その言葉を聞いて、氷麗が顔を抑えて泣き出した。

 慌てふためく言ノ葉に、灰夢が後ろから語りかける。


「お前も、よく頑張ったな。言ノ葉……」

「お兄ちゃん、わたしは……」

「一人であの数に飛び込むのは、結構な勇気が必要だったろ」

「わだじ、がんばりまじだ……」


 灰夢に言葉を告げる度、言ノ葉も徐々に涙声になっていく。

 そんな言ノ葉に羽織をかけて、灰夢は優しく笑って告げた。



























        「 お前も、もう立派なヒーローだよ 」



























 そういって、灰夢が優しく言ノ葉を撫でる。


「わだじ、わだじは……」

「俺に言霊は効かねぇから、自分の言葉で素直に言ってみな」


 ──その瞬間、言ノ葉の瞳から涙が溢れ出した。



「ずっごぐ怖がっだのでずよぉぉぉぉおお!!!!」



「はぁ……。ヒーローになっても、泣き虫は治ってねぇな」

「うわあぁああぁぁあんっ! おにいぢやぁぁぁあんっ!」

「はいはい、俺はここにいるよ……」


 大声で泣き喚きながら、言ノ葉が灰夢に泣きつく。

 それに続くように、氷麗も灰夢に泣きついていた。


「ごめん、なさい……。ごめんなさい。お兄さん、ごめんなさい……」

「こういう時は『 ありがとう 』って言うんだよ。氷麗……」

「だって……。ぐすっ、私、何度も……。何度も、お兄さんを……」

「ったく……。二人して、可愛い顔が台無しだぞ?」


 そう言いながら、灰夢が氷麗にも新しい羽織をかける。

 それでも泣き続ける二人を、灰夢がそっと抱きしめた。



























      「 怖かったな、もう大丈夫だ。


             二人とも、よく頑張ったな 」



























 祭りの音に消されながらも、大きな声で泣く二人の少女。

 そんな二人を、九十九たちは、影からそっと見守っていた。


「言ノ葉、お姉ちゃんが……。凄く、泣いてます……」

「……大丈夫かな? 二人とも……」

「ご主人が傍におるのじゃ、大丈夫じゃよ……」


 灰夢は優しく、二人を羽織で包み込んでいた。


「今は、そっとしておいてやりなされ」

「そう、ですね……」

「うん、わかった……」



























 優しい言葉が、言ノ葉と氷麗を包み込み、


        孤独によって凍った心を、溶かすように、


                二人は瞳から、温かい涙を流していた。

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