第捌話 【 夏祭り 】

 灰夢は、風花、鈴音、蒼月、言ノ葉の四人を連れ、

 約束の時間前に、夏祭り会場近くの神社に来ていた。





「な、なんて声をかけたらいいでしょうか」

「言ノ葉が緊張してどうすんだよ」

「そうなんですけど、わかってるんですけど……」


 すると、約束の場所に、浴衣を着た氷麗つららが姿を現す。


 氷麗が言ノ葉と目を合わすと、苦笑いをして言ノ葉が手を振る。

 それに一度だけお辞儀をすると、氷麗は灰夢に視線を向けた。


「約束通り、来たんですね」

「なんだ、俺が怖気付いて来ないとでも思ったか?」

「まぁ、来るとは思ってましたが……」

「浴衣まで着てきて、随分と準備万端だな」

「まぁ、せっかくのお誘いですから……」

「そうか、よく似合ってんよ」



( マジで雪女見てぇだな、こいつ…… )



「お、お世辞は結構です……」

「いや、お世辞のつもりはねぇんだが……」


 氷麗の耳が、少しだけ赤く染まる。


「……口説いてるんですか?」

「……んなわけねぇだろ」

「たまに出る優しさは嫌いじゃないですが、口が悪いので出直してきてください。ごめんなさい」

「なんでちょっと理由変わってんだよ」

「あなたは、この間と変わりませんね」

「まぁ、俺は普段から和服だからな」


 すると、風花と鈴音が、灰夢の肩からひょこっと顔を出し、

 ケモ耳姿の幼女の姿を見た氷麗が、無表情のまま固まった。


「ししょー、向こうからいい匂いがするよ?」

「おししょー……。あっちからも、いい匂い、します……」


「なんですか、その肩に乗ってる子たちは……」

「こいつらは、うちに住んでるチビ共だ……」

「鈴音だよ〜っ!」

「風花、です……」

「ど、どうも……」


「まぁ、良けりゃ一緒に遊んでやってくれ」

「変態さん、そんな見た目でもパパだったんですね」

「俺の子供じゃねぇよ。てか、そんな見た目とか言うな」

「……そうなんですか? だって、猫のコスプレさせてますし……」

「猫じゃなくて、狐な……」

「……狐?」


 氷麗が不思議そうな顔で、じーっと双子を見つめる。


「まぁ、俺のお面みてぇなもんだ。気にすんな……」

「……そう、ですか」

「んなこと言ってねぇで、とっとと行くぞ……」

「いこいこ〜っ!」

「お祭り……。楽しみ、です……」

「そ、そうですね。……行きましょうか」


 灰夢たちが、祭りの会場に向かってゆっくり歩き出すと、

 その後ろを、蒼月と言ノ葉がついて行きながら話をしていた。


「言ノ葉ちゃん、話しかけないの?」

「なんか、いざとなったら気まずくて……」

「大丈夫だよ、頑張って一歩踏み出してごらん」

「……そうですね。頑張るのですっ!」


 二人の前では、氷麗が灰夢に不振な男について問いかける。


「あの、変態さん……」

「……ん? ……なんだ?」

「後ろにいるヤクザみたいな人、誰ですか?」

「お前、会ったことあったんじゃないのか?」

「カフェの入口で、一回だけですが……」

鴉魔からすま 蒼月そうげつ、俺の同居人だ。悪いやつじゃねぇよ」

「そうなんですか? ちょっと信用しがたいんですが……」

「見た目に関してはカバー出来んから、出来れば触れないでくれ」

「わ、分かりました……」


 すると、風花が不意に、灰夢の肩をポンポンと叩いた。


「おししょー、おししょー……」

「……どうした? 風花……」

「風花、あれ……。やりたい、です……」

「……ん? あぁ、金魚すくいか……」

「ししょー、鈴音もやりた〜いっ!」

「わかった、んじゃやるか……」

「いいでしょう。私もゲームなら負けませんよ」


 灰夢たちの輪に入るように、蒼月が笑顔で歩み寄る。


「僕もやる〜っ! みんなで勝負しよ〜っ!」

「なら、たくさん釣って、今日は金魚で晩餐だな」

「うん、そう……。──えっ、喰うの!?」

「……喰わないのか?」

「…………」


 当然のように真顔で聞き返してくる灰夢の顔を見て、

 弟弟子が人でないことを、蒼月が改めて実感していた。



( な、なんて声をかけたら…… )



 言ノ葉が後ろで、話しかけるタイミングを伺っていると、

 不意に灰夢が振り返り、オドオドする言ノ葉に話しかける。


「おい、言ノ葉……」

「……はい?」

「お前もやるか? 金魚すくい……」

「……や、やりますっ!!」


「やろやろ~っ!」

「言ノ葉、お姉ちゃんも……。参戦、です……」


 風花と鈴音に招かれるように、言ノ葉が輪の中に入っていく。


「こ、言ノ葉さん……」

「は、はい!」


 すると、不意に来た氷麗の呼び掛けに、言ノ葉が固まった。


「……私、手加減しませんからね」

「うん。わたしも、全力で行くのですっ!!!」


 ようやく打ち解けた二人と共に、灰夢が祭りを回っていく。





 金魚すくい勝負   : 蒼月の勝利


 射的ゲーム 一回目 : 蒼月&言ノ葉チームの勝利

 射的ゲーム 二回目 : 蒼月&鈴音チームの勝利



     〜 蒼月、出禁条例発令 〜



 輪投げ勝負 一回目 : 灰夢&風花チームの勝利

 輪投げ勝負 二回目 : 氷麗&言ノ葉チームの勝利


 射的ゲーム 三回目 : 氷麗&灰夢チームの勝利

 射的ゲーム 四回目 : 鈴音&灰夢チームの勝利


 型抜き勝負 一回目 : 風花の勝利

 型抜き勝負 二回目 : 灰夢の勝利


 たこ焼き早食い勝負 : 氷麗の勝利



     〜 蒼月、出禁条例解除 〜



 輪投げ勝負 三回目 : 蒼月&鈴音チームの勝利

 輪投げ勝負 四回目 : 蒼月&氷麗チームの勝利





 こうして、子供たちは祭りを楽しんでいた。


「あっ。僕、チョコバナナ買ってくるね~っ!」

「あいつがジャンケンするの、ズルくね?」

「やっぱり、蒼月のおじさんもズルい大人なのですぅ……」


 蒼月が手を振りながら、屋台の方に歩いていく。

 すると、灰夢の影から九十九がひょっこり顔を出した。


「ご主人、わらわも遊びたいんじゃが……」

「まぁ、そう言うと思ったよ……」


 灰夢は手に持った袋から、鬼のお面を取り出す。


「ほら、これなら鬼でもバレねぇだろ」

「──お、おぉ! 流石、ご主人っ!」


 そこに、リンゴ飴を買っていた氷麗が戻ってきた。


「……変態さん、その人は?」

「こいつは後から来た俺の連れだ。仲良くしてやってくれ」

東雲しののめ 九十九つくもと申す。よろしく頼むぞ、小娘……」

「は、はぁ……。ど、どうも……」


 氷麗が九十九と灰夢、風鈴姉妹をチラチラと見比べる。


「……どうした?」

「いえ、なんだか古風な方が多いなぁと思いまして……」

「まぁ、俺がこんなだからな」

「変態さん、自覚あったんですね」

「落ち着くんだよ、こういう格好の方が……」

「まぁ、あなたがいいなら、別にいいんですけど……」


「お待たせ〜、みんなの分も貰ってきたよっ!」


 そういって、大量の袋を持った蒼月が帰ってきた。



 ──指にチョコバナナを、十二本挟みながら。



「お前、どんだけ挑んでんだよ」

「凄く楽しんでますね。蒼月のおじさん……」

「ジャンケン負けたら要らないから、勝ったら倍にしてって言ったんだっ!」

「てめぇ、ジャンケンぜってえ負けねぇだろッ!!」

「蒼月のおじさん、ズルい大人なのです……」

「いいじゃない、使えるものは使わなきゃっ!」


 反省をすることなく、蒼月がチョコバナナを配る。


「はい。牙朧武くんと、九十九ちゃんにもね」

「わらわもよいのか? すまぬのぉ……」

「ど〜ぞ〜、ど~ぞ~っ!」


『──なにっ!? 吾輩のもあるのか?』

『ちゃっかり聞いてんじゃねぇよ。牙朧武……』

『さすがに、吾輩は外に出れないからのぉ……』

『まぁ、いくら姿を変えようと、お前の体から溢れる呪力は誤魔化しようがねぇからな』

『むむむぅ、この力が憎いのぉ……』

『なら、ついでだ。後でやるつもりだったんだが……』

『……ぬ?』


「蒼月、牙朧武の分のチョコバナナ貰っていいか?」

「はいよ〜。ど〜ぞ〜、ど〜ぞぉ〜っ!」


 灰夢がチョコバナナと、手に持った袋を影に入れた。


『おぉ、たこ焼きに焼きそばもあるんじゃな』

『……なんで、名前知ってんだよ』

『まぁ、影から見ておったからのぉ……』

『なら、先に言えよ……』

『邪魔しては悪いかと思ったんじゃよ』

『俺を相手に遠慮すんな。俺らの仲なんだろ?』

『そうじゃな、ガッハッハッハッ!』


 牙朧武が笑いながら、影の中で夏のうたげを始める。


「灰夢くんも一本、食べていいよ〜っ!」

「おぅ、悪ぃな……」

「全然いいさ。それじゃ僕は、一足先に帰るねっ!」

「……ん? 何かあんのか?」

「リリィちゃんが、今日帰ってくるんだって……」

「あぁ、そうなのか……」


「せっかくのお祭りだから、みんなにもあげようと思ってね」

「その大量の袋は、その為の土産ってことか」

「うん、そ〜だよ〜っ!」


「お前、見た目さえ何とかなりゃ、マジで良い奴なのにな」

「……え? 僕の見た目がなんだって?」

「はぁ、なんでもねぇよ……」

「……そう? そんじゃ、お先ね〜っ!」

「おう、みんなによろしくな」

「ほ〜いっ! 灰夢くんも楽しんできてね〜っ!」


 別れを告げると、蒼月は物陰から瞬間移動で帰った。


「ここら辺は、人の流れが激しいですね」

「少し人混みを避けて、休憩しながら食うか」


 灰夢が子供たちを連れて、人のいない場所へと移動する。


「ふぅ、なかなか盛り上がりましたね」

「楽しかったぁ〜っ!」

「凄く……。面白かった、です……」


 氷麗がリンゴ飴を食べながら、不満そうに呟く。


「あのヤクザみたいなおじさん、ゲーム強すぎませんか?」

「蒼月は射撃のプロだからな。動いてたとしても、狙いは絶対に外さねぇ……」

「今の一言で、ヤバい人感が増しましたよ。私の中で……」


「氷麗も、たこ焼き食ってた時は早かったな」

「私は多少の冷気を使えるので、それで冷ましただけです」

「口に入れすぎて、リスみてぇな顔してたけどな」

「わ、忘れてください……」


 氷麗はそっぽを向いて、顔を真っ赤に染めていた。


「おししょー、あれ……なんですか?」

「……ん? あぁ、綿飴わたあめか?」

「なにあれ〜、フワフワしてるっ!」

「あれは、食い物なのか? ご主人……」

「一応な。俺らで土産を少し買ってくる、言ノ葉と氷麗はここで待ってな」

「了解です、行ってらっしゃい。お兄ちゃん……」

「あぁ、ここを動くなよ……」


 そういって、灰夢が九十九たちを連れて、人混みに向かった。


「ちょっと、わたしも御手洗に行ってきますね」

「わかりました。私は、ここで待ってます」

「すいません、直ぐに戻ります」


 そう言い残して、言ノ葉も御手洗へと向かった。


 その時だった──



「……あれ、君一人?」



 知らない五人の男集団が、氷麗に迫ってきた。


「君、可愛いね。一緒に回らない?」

「いえ、友達を待ってますので……」

「友達よりさ、俺たちと遊ぼうよっ!」

「結構です。もう、充分遊んだので……」

「そんなつれないこと言わないでさ、ほら行こっ!」

「ちょ、やめてください──ッ!」




 氷麗は男たちに手を引かれ、人のいない場所へと連れていかれた。

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