第玖話 【 氷麗のヒーロー 】

 言ノ葉が元の場所に帰ってきた時には、

 氷麗つらら 巾着袋 きんちゃくぶくろだけが、ポツンと落ちていた。





「氷麗ちゃん、何処に……」


 そこに、灰夢たちが帰ってきた。


「……ん? 氷麗はどうした?」

「わからないです。御手洗から帰ってきたら、もう居なくて……」

「何か、買いにでも行ったのか……」

「でも、これが落ちてたんですっ!」


 言ノ葉が氷麗の持っていた、巾着袋を灰夢に見せる。


「……ちっ、めんどくせぇことになったな」

「……氷麗ちゃん、大丈夫でしょうか」


 灰夢と氷麗の頭に、不安が過ぎった。


「なぁ、九十九……」

「なんじゃ? ご主人……」

「風花と鈴音を頼めるか? 俺は氷麗を探してくる」


「鈴音も、一緒に行くよ?」

「お師匠の、お手伝い……風花も、します……」

「これで、お前らまで居なくなったら、俺の肝が冷える」

「そっか、わかった。それじゃ、鈴音たちは待ってるね」

「行ってらっしゃい、お師匠……気をつけて、ください……」

「気をつけるのじゃぞ、ご主人……」

「あぁ、悪いな。すぐ戻る……」


 そういって、人混みに向かおうとした瞬間、

 言ノ葉が後ろから、ギュッと灰夢の羽織を掴む。


「……?」

「お兄ちゃん、わたしも行きますっ!」

「だから、お前らまで居なくなると……」


 言ノ葉は、真っ直ぐな目で灰夢を見ていた。


「氷麗ちゃんは、わたしの友達なのです……」

「…………」

「もう、あの寂しそうな目を、させたくないんですっ!」


 その言葉を聞いて、灰夢が小さく笑みを浮かべる。


「わかった。なら、お前は神社の方を見てこい」

「……いいんですか?」

「あぁ……。俺は、この人混みの中を探してみる」

「ありがとです、お兄ちゃん……」

「ただし、何かあったら無理せず俺を呼べよ?」

「はい、わかりましたっ!」


 言ノ葉が浴衣の袖をまくって、走る準備を始めた。



( この人混みと屋台の数じゃ、俺の嗅覚でも探すのは無理があるな )



『牙朧武、手を借りてもいいか?』

『うむ、構わぬぞ……』

『悪ぃな……』

『気にするでない、食後の運動じゃ……』


 灰夢が牙朧武の眷属を走らせながら、影に潜り、人混みに向かう。


「わたしも、行ってきますっ!」

「あぁ、気をつけてのぉ……」

「無理しないでね。言ノ葉お姉ちゃん……」

「危ないの……めっ! ですよ……」

「はい、気をつけのです。ありがとですっ!」


 言ノ葉も九十九たちを背に、神社へと走っていった。



 ☆☆☆



 その頃、神社の横にある森の中に、氷麗は連れて来られていた。


「こ、こんなところで、何をするつもりですか?」

「そんなに怖がらないでよ〜っ!」

「一緒に遊ぶって、さっき言ったじゃんかぁ……」

「本当は、君も期待してるんだろ?」


 ニヤニヤとした顔で、男たちが氷麗に迫る。


「私、帰ります。友達が待ってるので……」

「いやいや、今更俺らから逃げられると思ってんの?」


 そういって、五人の男たちが、氷麗を取り囲んだ。


「……通してくださいっ!」

「男はみんな狼だって、お母さんに教わらなかった?」

「もう逃げられないんだって、諦めなよ……」


 握りしめていたリンゴ飴を奪われ、腕を掴まれる。

 そして、そのまま、氷麗は地面に押さえつけられた。


「──くっ!」



( 落ち着け、私。氷を使ったら、人間は死ぬんだ…… )



「……あれ、抵抗しないの?」

「この子、一切表情変わらなくね?」

「ポーカーフェイス? 強がってるだけっしょ……」

「まぁ、こんなところ、誰も来ないけどね〜っ!」


 そういって、男たちが氷麗の浴衣に手をかける。


「……や、やめて……」

「……あ?」

「……やめてっ、お願い……やめて、ください……」

「…………」


 氷麗は涙声で、必死に男たちに訴えていた。


「へぇ、少しはいい声で泣くじゃん」

「お前、手を離すなよ……」

「後で、俺にも触らせろよ?」

「はいはい、分かってるって……」


 それでも男たちは、氷麗の浴衣を脱がすのをやめない。


「やめて、やめてよ……」

「泣けば逃がしてくれるほど、世の中甘くないんだよ」



( やっぱり、私なんかに……ヒーローなんて、来ない…… )



「あれ、もう抵抗するの辞めちゃった?」

「なら、ヤっちゃっていいんじゃね?」

「この子、なかなか胸でけぇなっ!」

「ははっ、久しぶりの大物じゃんっ!」

「お前ら喜びすぎだろ、ほんと好きだよな」

「お前だって好きなくせに、よく言うよ」


 弄ぼうとする男たちの言葉を聞いて、氷麗が半ば希望を捨てる。

 その時、大きな声をあげながら、遠くから何かが走ってきた。



























  「 み〜つ〜け〜たぁ〜のですうぅぅぅぅぅ~っ!!! 」



























 その場に走ってきた言ノ葉が、勢いよく飛びかかり、

 倒れた氷麗を押さえつけている男の顔を蹴り飛ばした。



( 言ノ葉さん、なんで……!? )



「──チッ! なんだ、このガキッ!!」

「──とっ捕まえろッ!!!」



『 ──動かないでくださいッ! 』



「「「 ──ッ!? 」」」


 言霊を使って、言ノ葉が周りの男たちの動きを止める。


「痛ってぇな。てめぇ、ぜってぇ許さねぇ!」

「──なっ、離してくださいっ!!」


 だが、蹴り飛ばした男が言霊にかかっておらず、

 そのまま言ノ葉が捕まり、地面に押さえつけられた。


 その拍子に、他の男たちの言霊が解ける。


「こいつ、ただじゃおかねぇぞっ!」

「おい、お前そっち抑えろっ!」

「やめてくださいっ! 離してくださいっ!」



( どうしよう。今、使わないと……。言ノ葉さんが…… )



「氷麗ちゃん、早く逃げてくださいっ!」

「……で、でもっ!」

「わたしなら、一人で大丈夫ですからっ!」

「大丈夫なわけないでしょっ!」


 焦りと緊張感で暴れないよう、氷麗が必死に忌能力を抑える。



( だめ……。今、凍らせたら……。言ノ葉さんも、一緒に…… )



 複数人に押さえつけられながらも、言ノ葉は氷麗に呼びかけていた。


「早くっ! 逃げてくださいっ!」

「私一人じゃ、逃げられないよっ!」


「静かにしろ、この女っ!!」

「お前も、こっちに来いっ!」

「二人とも、絶対に逃がさねえからなっ!」


 二人の男が、再び氷麗を襲おうと立ち上がる。

 その瞬間、抵抗していた言ノ葉が、氷麗に呼びかけた。



『 走って、逃げてくださいっ!! 』



 その言葉に操られるように、氷麗がその場から逃げ出す。


「あっ、おい。逃げたぞっ!」

「ぜってぇ逃がすなっ!!」


 氷麗は一人走りながら、心の中で戦っていた。







(なんで、体が勝手に動く……なんで、なんでよ……

 なんで止まってくれないの、なんで勝手に動くの?



 『 まるで、操られた人形の様に── 』



 言ノ葉さん、私に言霊を使ったんだ。

 私を逃がすために、私を、助ける為に。


 なんで、なんで私なんかの為に……

 自分が何されるか、分からないのに……


 このままじゃダメ、逃げちゃダメ……

 止まって助けるの、ちゃんと二人で逃げるの。


 私が彼女を助けるの、私を助けてくれた人を。

 私を暗闇から連れ出してくれた人を、今度は私が助けるの。


 お願い、止まって。私の体でしょ、止まってよっ!!

 言霊なんかに負けないでよ、私の意思で動いてよっ!!)



























      ( ──私は、彼女を助けたいのッ!!!! )



























 その瞬間、氷麗の左腕が一瞬で肩まで凍りつき、

 それと同時に、氷麗にかかっていた言霊が解けた。


「解けた、言ノ葉さんっ!」

「自分を凍らせて、言霊を……」


 振り返る氷麗を見て、言ノ葉が大きく目を見開く。


「おい。あの女、戻ってきたぞ……」

「お前そっちだ、捕まえろっ!」

「おい、なんだこれっ! 足元が凍ってんぞっ!」

「うわぁ、滑るっ!」


 氷麗が足場を凍らせて、男たちを転ばせる。



( 言ノ葉さんに、まだちゃんと謝ってないんだからっ! )



 男を無視して、氷麗が真っ直ぐ言ノ葉の元へ走る。


「──ひゃっ! やめて、離してっ!」

「へへっ、逃がさねぇぞ……」


 転んでいた男が滑りながらも、氷麗の足を掴んで転ばせる。

 だが、馬乗りにされても、氷麗は言ノ葉に手を伸ばしていた。


「氷麗ちゃん、逃げて……」

「へへっ、お前も一緒に遊んでやるよ……」


 言ノ葉を押さえてる男が、言ノ葉の浴衣に手をかける。


「ダメ……。やめて、やめてよっ!」

「逃げてください、氷麗ちゃんっ!」


「へへっ、もう遅せぇんだよ……」



























     「 ──もう、やめてぇぇぇぇッ!!!! 」



























 氷麗が叫んだ拍子に、手から複数の氷の玉が放たれた。


「あっ、ダメっ!!!」

「おい、なんだあれっ!」


 放たれた氷の玉が、言ノ葉と男たちを無差別に襲い掛かる。



























    ( ……助けて、ください……。お兄、ちゃん…… )



























  その瞬間、和風の羽織が大きな翼の様に開き、


          飛んできた氷の玉を、全てその身に受け止めた。



























      「 悪ぃ、遅くなったな。言ノ葉…… 」



























         「 ……お兄、ちゃん? 」



























     とっさに目を瞑った言ノ葉が、ゆっくりと目を開ける。



























 すると、言ノ葉の目の前には、大きく開いた羽織ごと、


        体を凍らせた灰夢が、言ノ葉を庇うように立っていた。

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