Episode.5-1 焦燥

 事務所から1枚の手紙が世に放たれた。内容は、SAison◇BrighTセゾン ブライトが活動を休止する、という旨の話。

 つらつらと事務的な文で、「未定」「不確定」など曖昧な表現が連ねられているが、その中でも揺るぎのない言葉が一つだけある。


『決して解散することはありません』


 それは、残っているSAison◇BrighTの三人、葵海坂純あおみさか まこと紅咲叶べにさき かなた橙柊聖とうのき しゅうせいの決意であり、塞ぎ込んでいる仲間へ向けたメッセージ。

 SNSでもファンの間ではその話題で持ちきりで、不仲説、何か騒ぎを起こした説、事務所脱退説……根拠のない憶測が飛び交っていた。

 しかし、それを気にしている暇など彼らにはない。仲間が、リーダーの櫻月陽さづき ようが完全に心の扉を閉め切る前に決着をつけなければならないのだから。


「……とは、いったものの……」


 ここはプロダクション・プリローダ事務所内会議室。『セゾン生存大作戦』と書かれたホワイトボードの前に群がる三人は、唸り超えを上げていた。

 先日から何度か陽と話をしようと彼のアパートを代わる代わる訪ねているのだが、一向に取り合ってくれない。最初の頃こそ、ドア越しに「帰ってくれ」と声をかけてくれていたのだが、最近は居留守を決められてしまっている事態だ。部屋から漏れてるテレビの明かりが確かにそこにいるという事実を教えてくれるのだが、どうもすでに厚い壁がある気がしてならない。


「……今週の間に、陽先輩の声聞けた人、います?」


 念のため確認をしようと恐る恐る問いかける柊聖。純と叶はすぃー、と静かに目をそらした。柊聖も「です、よね」とがっくり肩をお落とした。


「……だーもー、どうすればいいんだよー!! これじゃ迎えに行くどころか門前払いだぞ!!」

「いやー、難しいねー……」

「うぅ、プロデューサーさんは外の人に説明するので飛び回って忙しいみたいだから、手伝ってもらうわけにもいきませんし……」


 どうすればいいのか、答えが見つからない。しかし時間は有限だ。なんとかしなければ、という気持ちだけが前に出ていく。


「……ひとまずこれは置いといて、周年会議、やるかぁ」

「そうですね……、こちらも疎かにしないことも条件ですし」

「おっけー」


 やるせない気持ちで会議を始める。

 陽が居なくなって以降、何度か会議を重ねていくうちに気づいたのだが、この三人で会議をすると論点がだんだんとずれていき、最終的に「なんの話をしてたんだっけ」と迷走してしまうことがしばしばあった。ここまで円滑に会議が進まないものか、と頭を悩ませる日々だった。陽がいたときはかなり円滑だったことを思うと、どれだけこのユニットに与えた陽の影響力が大きかったかがわかる。


「……今日はやめだ、やめ! もうだめだ、とっ散らかっちまう」

「まさか今回の議題で前回までの話、ほぼ全部覆るなんて……」

「いやー、うまく行かないって、こんなにやきもきするんだねー」


 円滑に進まない会議に、叶だけが少し楽しげだった。

 結局、その日は解散になった。

 柊聖は自分が家庭訪問の日でなくても、帰り際に陽の家に寄っていくのが最近の日課だ。

 錆気味の階段を上がって、突き当りの部屋。閉め切られたカーテンにはかすかにテレビ画面の光が映る。

 ――今日も、同じなのか。

 ずっとこの状況が続いていると、目を悪くしていないか、体を壊していないか、と心配になってしまう。

 柊聖は今日もインターホンを鳴らした。


「……こんばんは、橙です」


 扉越しに声をかける。やはり今日も反応はない。

 どうにか話を聞いてもらえないか、とドア越しに説得を試みるのだが、それも届いているのかどうかもわからない。不安に胸を押さえながらも柊聖は必死に声をかけた。

 だが、今日も声が帰ってくることはなかった。


「……また明日、来ますね」


 伏目がちにそう言い残して、とぼとぼと階段を降りていった。


 そのまま進展もなく週末を迎えた。

 柊聖は商店街に足を運んでいた。待ち合わせ場所のファストフード店の出口で、少し帽子を深く被って待ち人を待つ。


「シュウー!」


 遠くからこちらに向けて手を振って走ってくる銀髪に白メッシュが映える青年と、その後ろからついてくる茶髪に白メッシュの青年。


ぎんはる


 その青年達に気づけば微笑んで手を振り返した。

 彼らは、ビーストレンジ・プロ所属のバンドアイドルN-Sノースサウスリベラズム――ノーサスの新水銀次あらみず ぎんじ清月春彦きよづき はるひこである。この幼馴染三人は、プライベートでも顔をあわせていた。


「待たせちゃった?」

「ううん、俺も少し前に来たところだから。じゃあ入ろうか」

「だな! 俺腹ぺこー!!」


 三人で店内に入る。中は昼時なこともあり少し混んでいるが、中で食べれないほどではなかった。注文を済ませ、商品を受け取れば2階の隅の方の席を陣取った。


「いやー中あったけーな……」

「そうだね……。外はまだまだ冷えるし、体調管理は気をつけないと」

「だね。……銀、頼み過ぎじゃない?」

「そーか?」


 キョトンとする銀次のトレーにはポテトが山盛りになっていた。更にその脇には鶏肉を揚げたものが入った箱が3つほどある。「みんなで食えるかなっておもって!」と笑っていた。


「最近はどう? 江南水えなみ君と乾那原かんなばら君も元気?」

「うん。柴之しの君は寒がってよく暖房独り占めしてるけどね……」

「すんげぇのあいつ、一回へばりついたらテコでも動かねぇ! 練習始めるのも一苦労でさー、あんまりに練習始まらないとトモがキレて帰ろうとしちゃうんだよ」

「あはは、目に浮かぶや、その光景」

「……セゾンは、その、あんまり聞かないほうがいいか?」


 おずおず、と遠慮気味に銀次が柊聖に問いかけた。SAison◇BrighT活動休止が発表されて一番に柊聖に驚きと動揺の電話をかけてきたのは銀次だった。銀次はSAison◇BrighTの陽の大ファンだ、そのため、余計に動揺したらしい。そのときに大まかな事情だけはノーサスには伝えてあった。


「大丈夫。……陽先輩はわかんないけど、純先輩も叶先輩も元気だよ」

「そっか。陽さん、早く復帰できるといいね」

「俺達。部外者だから何もできねぇけど……、なんか力になれそうなら、何でもするかんな!!」


 二人の心遣いに柊聖は「ありがとう」と眉を下げて微笑んだ。こうして陽の復帰を待ち望んでる人たちがいる。そんな彼らのためにも、早く陽を元気づけねばと、焦りが生じてしまう。


「銀君の言うとおり、あんまり首は突っ込めないけど……、相談なら乗れると思うから、ね、柊君もあんまり気に病みすぎないでね。俺達もSAison◇BrighTさんにはたくさんお世話になってるし、できることがあるなら役に立ちたいんだ」


 晴彦の言葉に、ポテトを頬張りながらウンウン頷く銀次。

 相談、と聞いて柊聖は少し悩むように目線を落とした。現状、三人でどうするのが最善なのか考えても答えは一向に出ない。一人で考えても当然出てくることはなかった。ならば少し、彼らの意見を聞いてみるのもありなのかも知れないな、と。でも、自分だけの判断で外部に洩らしていいものなのか……とも思ってしまう。

 しかし、ノーサスはセゾンと深い交友関係があり、事情もなんとなく知ってくれている。そして銀次も晴彦も口は硬い。幼馴染故に信頼はとても置ける人物たちだ。……怒られたら怒られたで自分の責任になるだけだ、今はなりふり構っている場合ではないのかもしれない、と一人頷いた。


「じゃあ、少しだけ聞いてほしいんだ」


 柊聖が口を開けば、銀次も晴彦も神妙な顔つきで頷いて話を聞いた。

 陽と全く意思の疎通が取れないこと、三人でのアプローチの仕方、自分はどうしたいのか……、自分の中でも整理するためにも、一つ一つ話をした。


「……なぁるほどなぁー」


 セゾンの現状を聞いて、銀次は顰めっ面で口をとがらせ唸る。晴彦も難しい顔をして考えていた。


「話も聞いてもらえないんじゃ、どうするべきなのかもわからなくて……。銀と晴なら、こういうときどうする?」

「そうだな……。銀君、どう?」


 長めのポテトを上下にブラブラ動かして天井を向いて唸る銀次に、晴彦が問いかける。唇を器用に動かしてポテトを食べてしばらくまたうなりながら咀嚼して、柊聖を見た。


「……俺だったら、一旦話はやめる」

「話を、やめる?」


 どういう意味だろう、と首を傾げる二人。銀次は頷いて続けた。


「人間さ、どーしても嫌になっちゃうときってあると思うんだよ。気持ちが沈んだり、苦しいときって、どんだけ真剣に本心を伝えても、全部穿って捉えちまうんだよな。……ほら、実際俺もそうだったし」

「穿って捉える……、裏を読もうとしちゃうってこと?」

「そそ。"本当はこいつはこう思ってるんじゃないか?"ってさ。もしかしたら、今の陽さんは"自分に親父の代わりを続けろ"って言われてる、って思っちゃってるのかもしれないなーって」


 柊聖は思い返してみる。活動休止が決まった日、確かに陽は自分の言葉がちゃんと届いてるように思えなかった。なんと弁明しようが「俺に父さんの背を追えって言うんだな」としか帰ってこなかった。


「だから、一回落ち着いてもらうために、全然関係ない他愛もない話をする。自分は敵じゃないってわかってもらおうとするかなー。あの、あれだ。威嚇してる犬を手名付ける感じ」

「銀君、犬って」

「例えだよ、例え!!」


 銀次はストローを噛んだ。「俺が陽さんを犬扱いするわけねぇじゃん」中に入ってない飲み物を吸おうとして、ジュコーと音を立てる。


「……銀はやっぱり、昔っからよく人のことを見てるね」

「そーかぁ? ……まぁ、小さい頃は人の顔色ばっか伺ってたからなぁ」

「ふふ。でも、人の気持ちを考えてあげられるのはなかなかできないことだと思うよ」

「褒めても何も出ねぇぞーハルー」


 肘で晴彦の横腹を突く銀次は、なんだかんだ満更でもない顔をしていた。

 二人の様子を見ながら、柊聖は銀次の言葉を参考にどうすればいいのか考える。考えてる最中に「とにかくさ」と銀次が口を挟んだ。


「俺もあんまし人のこと言えないけどさ、自分の意見と気持ちを、相手に押し付けすぎるのも良くないと思うんだ。そんなつもりじゃなくても、そう聞こえちまう時もある。相手がどう思ってて、何を望んでて、どうしたいのか。それを聞いて、それに応えてあげるのが、寄り添うってことなんじゃないか?」

「……あ」


 その言葉に柊聖はハッとして声を漏らした。

 確かに自分は、焦りすぎて自分のことばかりを口にしていたかもしれない。陽の気持ちを一切考えていなかったかもしれない。

 ただ「戻ってきてほしい」という気持ちが先行して、寄り添う事を間違って考えていたのかもしれない。

 なら、自分にできることは――――


「……答えは出たみたいだね」


 柊聖の様子に、晴彦が微笑んだ。銀次もそれに気づいたようで、ニッと笑いかけてくれる。


「……ありがとう、二人とも。ちょっとだけ糸口が見えた気がする」

「ん! なら良かった!!」

「ほんとに、銀と晴には助けられてばっかりだなぁ」

「俺は話を聞いただけだよ」

「俺も! 思ったこと言っただけ!」


 笑う幼馴染たちを見て、つられて笑みを零す。

 自分はいい友人を持てて幸せだな、と。


「いっつも助けられてばっかりだから、何かお礼できればいいんだけど……」

「お礼なんていいのに……、あ、じゃあ1つ約束!」

「約束?」


 ハンバーガーを大口で食べ、リスのように頬を膨らませて咀嚼し、飲み込む。口周りに食べカスがつけたまま、にっと笑った。


「セゾンとノーサスで、最高のステージを作る!!」


 ドヤッという顔で銀次は胸を張った。その様子に晴彦はくすくすと笑う。柊聖も一瞬びっくりした顔をしたが、段々と可笑しくなったのか笑い始めてしまった。銀次は「な、なんだよ~!? なんで笑うんだよ~!?」と慌てた様子で二人の顔を見た。

 ひとしきり笑いきると「ごめんね」と柊聖が笑って溢れた涙を拭く。


「銀らしいなぁって思って」

「ね、銀君はどこまでも銀君だ」


 頬を膨らませ、口をとがらせて「なんだよぉー……」と不貞腐れる銀次を、晴彦がよしよしとなだめる。


「でも、そうだよね。それが協力してれる銀と晴と、待っててくれるみんなへの最高の恩返し、だよね!」


 柊聖の心には火がついたようで、先程までの不安気な顔はもうどこにもなかった。その顔を見て一安心した銀次と晴彦も頷いた。


 その後は他愛もない話をして団欒し、カラオケに行って自分たちの歌や他のユニットの歌を歌って盛り上がり、いい時間に解散した。


「……よし」


 明日からが勝負だ。気合を入れて、柊聖は寮の自室へ戻っていった。

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