Episode.4 活動休止 ― エピローグ
会議室はどんよりとした空気で満ちていた。
精神的に追い込まれた
「……俺達、これからどうなるんだろうな」
何もわからない現実に、焦りと不安が押し寄せる。
「仮に。仮にだよ。……陽ちゃんが帰ってこなかったら、俺は降りようと思う」
「
どうして、といいたげに
「今その話する必要ねぇだろ。なんで不安煽ることばっかするんだよ」
「言うなら早いほうがいいかなって。言ったでしょ、仮に、って」
「仮でもそんな話するんじゃねぇっつってんだよ」
「もー、カリカリしないでよー。不安なのはわかるけど、その不安を煽ることを最初に言ったのはマコちゃんでしょー。だから俺も万が一の話をしただけで」
「カリカリしてんのはてめぇもだろうがよ、あぁ!?」
「やめてください!!!」
喧嘩を始めようとした純と叶の腕を掴んで声を荒らげる柊聖。
「お願いします、やめて、ください。これ以上、壊れるのは、俺、嫌です」
自分の中で渦巻く感情のまま、懇願するように柊聖は二人を見た。情けないことに涙までも溢れてくる。ただ、この場所が、SAison◇BrighTが壊れてしまうことだけは嫌だった。今ここで仲違いをしてしまったら、もう二度と修復ができない程に粉々に砕けてしまいそうで。
そんな柊聖の顔を見て罰が悪そうに俯く純と叶。
しばらくそのまま沈黙が続いたが、扉の開く音でそれは破られる。
現れたのはプロデューサー。表情は仮面で見えないが、口元は険しく歪んでいた。
「……今後のSAison◇BrighTについて話をしたいと思うんだ」
いつもよりも低いトーンの声が、プロデューサーの本気度を伺わせる。不安げな視線がプロデューサーに集まった。
「……陽は」
「……今の彼は、もう戻るつもりはないらしい。事実、今のあの子に戻れというのは酷だ。活動は一度休止しようと思う」
――陽は戻ってこない。
一番危惧した最悪の展開。
活動休止という言葉に、柊聖は一気に血の気が引くのを感じた。思考が真っ白になり、目眩すらし始める。
「……これから、俺達は、……どうなるんですか」
「どうしたい?」
「……は?」
どうしたい?
何を言っているんだろうか。プロデューサーの意図が読めない。三人は混乱する頭でプロデューサーの言葉の意図を汲み取ろうとするが、それができる精神状態じゃなかった。
純は歯ぎしりをしてプロデューサーに掴みかかった。
「どうしたいってなんだよ、何が言いたいんだよ。言いたいことあるならはっきり言えよ」
「そのままの意味だよ」
「っだから、俺達の意思でどうにかなるのかよ、俺達が声を荒げれば陽が帰ってくるのかよ!! そうじゃねぇだろ!?」
プロデューサーは表情を変えることはない。ただ自分を掴み声を荒らげる純を見下ろしていた。その何かを見定めようとしている目線に、純の苛立ちは加速する。
「
「先輩、やめて」
「なぁ、なんか言えよ、これからどうするんだよ、これからどうなるんだよ!? てめぇが言わなきゃ俺達は動けねぇんだよ、さっさと吐けっつってんだよ!!」
「そうやってすぐキレ散らかして周りが見えなくなるの、悪い癖だね。少し気をつけ給え」
ため息をついて、落ち着かせるように純の頭をポンポンと撫でるプロデューサー。それを涙目ながらに止めようとする柊聖の頭も「全く君も泣き虫だねぇ」と優しくなでた。
「確かに活動方針を決めるのは僕達プロデューサーだ。だけどね、僕達にも決めかねること……いや、本来は決めるべきなんだろうが、決めてはならないことも、あると思っているんだ」
自分の傍らにいる二人と、遠くでただ痛いくらいに見つめていただけの叶を見て、プロデューサーは告げた。
「それはね、君たちの未来だよ」
自分の口の前で人差し指を立てれば、プロデューサーが薄く微笑んだ。
「……俺達の」
「未来……」
「そう。君たちがどうしたいか、どうなりたいか、どう在りたいのか。その未来の可能性全て、だ。プロデューサーがするべきことは、君たちに未来を指すことじゃない。君たちが望む未来を手にするための手伝いをすることだと、僕は思う」
すでに力が入ってない掴みかかられた純の手をゆっくりと離させると、たなびくマントを翻して数舗距離を取った。
「君たちが総意で解散を望むのならば、それもまたいいだろう。解散してもアイドルを続ける者がいるのなら、他のプロダクションなり何なり、移籍の手伝いはする。だけど」
そこで言葉を区切り、三人を見る。
「陽を待つのなら、リーダーの帰還を信じるのなら、少しでも
三人に真剣な眼差しを向けられた。
「君たちは、どうしたい?」
叶は自分の手を見つめた。
色のない世界は酷くつまらなかった。自分に色を与えてくれたのは、仲間たち。
彼らと、同じ世界が見たい。それは、彼らとじゃなきゃ叶えられない望み。
純は鏡に映る自分を見た。
世界はあまりに理不尽だった。走っても走っても離れるばかりの距離。
自分の存在価値さえも潰されそうなこの実力主義の世界で、自分認めてくれたのは、仲間たち。
背を押してくれた彼らと、これから先も走り続けたい。
柊聖は胸に手を当てた。
ずっと、胸の空虚が埋まらなかった。幼馴染との夢を破り、ただ贖罪のためだけにあがき続けた4年間。
再び自分に夢を思い出させてくれたのは、仲間たち。
アイドルになりたい、ずっとこれからも、アイドルでいたい。それは、きっと彼らとじゃないと、嫌だ。
彼らの指し示す仲間には、
「……いい顔するじゃないか。それでこそ、
微笑むプロデューサーに、三人は顔を見合わせた。お互いの表情を確認する。
全員、先程までの不安の影はない。強く決意を固め、前を向く。
「さぁ、聞かせてくれ。君たちは、どうしたい?」
答えはわかっているけれども、というような口ぶりでプロデューサーは問いかけた。
「……俺達、陽先輩を待ちます。……いや、待ってるだけじゃだめだ。……迎えに行きます、必ず」
「そうだな。俺達四人でSAison◇BrighTだからな」
「うん。四人でじゃないと意味がない。……そうでしょ?」
叶の問いかけに二人も頷いた。これが答えだ、自分達の意志だ。そう訴えるように、プロデューサーと目を合わせる。
「……ふふ、あっははは!! 最高だよ!! それでこそ君たちの
予想外の高笑いが帰ってきてぎょっとする柊聖。
純もぽかんと空いた口が塞がらない。
いつもはすまし顔の叶も、珍しく驚いた顔をしていた。
「いやいやすまない、君たちの決意は受け取った。ならば僕のやるべきことは一つだな」
一通り笑えば、ごほんと咳払いをする。
「ひとまず、陽が復帰するまでは活動休止とする。変に三人で動き始めるとそういう流れができてしまうからね、彼が戻りにくくなることは極力避けようと思う。その間に君たちは周年のための練習は滞りなく進めておくこと。柊聖もしばらくは春休みだ、暇ならあるだろう?」
「はい、大丈夫です」
「そして、それらを疎かにしない上で、陽を迎えに行きなさい。彼が帰ってきたらすぐにでも活動を再開できるように。僕からの指示は以上だ」
「じゃあ休止期間は周年までか?」
「それが一番望ましい。が、無理に追い詰めて悪化しては事だからね、無理にとは言わないよ」
「そーね、あの感じだと相当参ってるからねー」
それだけ伝えると、プロデューサーは踵を返し、扉に手をかける。
「最高の報告を待っている。……期待しているよ。SAison◇BrighT!」
「「「はい!」」」
その返事を背に、プロデューサーは部屋から立ち去った。
もうすぐ3月。4月になれば春が訪れる。
三人は、大事な仲間を迎えに行く為に、新たな一歩を踏み出した。
急げ、春に攫われてしまう、その前に。
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