「赤髪の少女」Part2

 ユウキは顔を上げると、目に入ってきた光景を見て驚愕した。


「何処だ…?ここ…」


  辺り一面に覆われた木々…冷たい風がユウキの頬を優しくなでる。

 人の気配など、微塵も感じられないとても静かな場所。

  突然の環境変化で理解が追い付かず、ただ周りを見渡すことしかできない。


「いや、待て待て待て落ち着け〜…」


 ゆっくりと深呼吸をし、心を落ち着かせたユウキは状況整理を試みた。


  確か急に周りが暗くなって…


  今分かるのは、急いで家に戻っている時に突如として周りが暗くなり、気づいたら目覚えのない場所にいた…ということである。


「………」


 ユウキは自分の両手を見た。

 真っ暗闇で襲った体の異変…今もあの激しい目眩と体が焼けるような感覚が残っている。


「―――っ!」


 すると、不意に頭に痛みが走った。鋭い痛みに思わず顔をしかめたが、すぐに何事もなかったかのように治まっていく。


「と、とにかく場所を確認しなきゃ…」


 何故頭痛が起こったかなんて考えている暇はない。

 思考を切り替えると、ユウキはスマホを手に取って現在地を確認しようとするが…


  あれ?なんで!?何も映らない!?


  マップを開いたものの、画面には『接続されていません』という文字が表示されていて、現在地を見る事が出来なかった。

 ユウキは慌てて電波の状態を確認してみると、圏外になっている。


「ちょっ!嘘でしょ!?」


  圏外ということは、ここがどこかも分からず帰ることもできない。


「何かの冗談だよね…?映画の撮影かなにかか?」


  急な環境変化に思わず映画の撮影か何かかと思ったが、だがそれはすぐに否定した。

 何故なら、ユウキがいた場所は外で地面はコンクリートだ。

 なら当然、突然周りが暗くなる事はありえないし、コンクリートを土に変えることだって不可能だ。

 そもそも映画の撮影だったら周りに人がいるはず。

 周りが暗くなった時に、体が焼けるような感覚に陥った事も説明がつかない。…という事は、この状況を説明付られるのはただ一つ。


  転移…?でもまさか…


  この現象を転移だとすれば色々と合点が行く。

 だがそれは到底納得いくものではなかった。

 そもそも転移と言うのは、アニメや漫画の話であってここは現実世界。だから当然、転移なんてものは起きるはずがなく、ありえない事だった。


「ほんとどこなんだよ…ここは…!」


  自分の中に不安と焦燥が生まれてくる。

  これが転移であってもなくとも、ただ1つだけ言えるのは、今自分は未知の場所に一人ぼっちになってしまっているという事だ。

  するとそこで、ユウキは更にある事に気付いた。


「…あれ?」


 自分の顔に手を当てて確認してみる。


「そういや眼鏡は…?」


  ユウキは普段、目が悪いので眼鏡をかけているのだが、何故か眼鏡をかけてなかった。

 それだけではない。


  ……何で俺は普通に物がよく見えているんだ?


 眼鏡が無いとろくに物を見る事が出来ない。しかし、何故か周りがよく見えていたのである。


「どう…いう……こと…?」


 状況整理が追いつかない。急に視力が回復するなんてことがありえるのだろうか。

 裸眼で見えることの嬉しさなんて感じない。ただ困惑と焦りだけが大きくなっていく。


「………!」


 ユウキは辺りを見回した。


「見つけないと…」


 両親に貰った唯一の形見…絶対に手離したくない。だがいくら探しても、あるのは石ころと雑草だけで、肝心の眼鏡は見つからなかった。


「くそっ…」


 ユウキはそう吐き捨てると、場所を移動する。すると、10メートルほど離れたところにある水溜まりで、何か光に反射しているものを見つけた。


 あれって…


 見覚えのあるフォルム。

 水溜りのある場所まで近づくと、そこで下半分が沈んでいる状態の眼鏡を見つけた。


「よかった…あった…」


  それは間違いなくユウキのだった。


  …何でこんな所に?


 ユウキは早速、眼鏡を取ろうと手を伸ばした。

 そして手に取った時、ふと水面に映った自分の顔を見てユウキは驚愕した。


「うわぁぁぁっ!!」


 あまりのことに思わず声が出る。

 水面には、姿


  今の誰!?自分以外に誰かいるのか!?


  だが周りを見渡しても、木々があるだけで自分以外に誰もいない。

 だとするならば、導き出される答えはただ一つ。


  今の俺なのか!?でもそんなまさか…


 ユウキは落ち着いて、今度は自分の顔が良く見えるようにとスマホを取り出した。そしてカメラを起動させ、内カメラに切り替えてもう一度顔をよく見てみる。


「…う、うっそでしょ…」


  カメラに映っている自分の顔は、全くの別人になっていた。


  ど、どういう事…?さっきのと何か関係が…しかもこれって…


 この顔には見覚えがあった。


「朝、鏡で見た…」


 それは、顔を洗って鏡を見た時に、自分と重なって見えた姿と全く同じだった。


「………」


 自分の顔を、まじまじと見つめる。

 前髪が真ん中から二つに別れていて、髪色が黒ではなく茶色に変わっている。虹彩の色も同様だ。

 …しかし何故なのだろうか。顔が変わっている。だが、違和感を感じない。むしろ親近感を感じ―――


「―――ッ!!」


 突然、頭が割れそうな程の痛みがユウキを襲った。


「あた…まが…ッ!!」


 両手で頭を抑え、視界がチカチカと白く点滅する。

 するとその時、またしても声が聞こえ、ノイズがかった映像が思考の中に割り込んできた。


『―――どうしてこんな所に子供が…!?』


『―――話は後だ!来るぞ!!』


「……ッ!!」


 我に返ると同時に、頭痛が嘘だったように治まった。


 何だ…?今の…


 辺り一面に散乱していた鉄屑てつくず、鼻に突き刺す焼き焦げた匂い…そして、目の前に立っていた二人の人物…

 またしても覚えのない光景…だが、ユウキは今のに違和感を感じずにはいられなかった。


 前にも同じような事があった…?


 記憶には全くない。だが、どこか見た事があるような場所…それに、つい最近まで聞いていたような感じの声…


 朝の時と全く同じだ…


「…って、今はそんなこと考えてる場合じゃないだろ自分…!早くこの状況を何とかしないと…!」


 そうだ。今は違和感の理由、容姿が変わったことの理由を考えている場合ではない。この状況を何とかして打破しなければ、このままでは行き倒れになってしまう。


 取り敢えずここ…道なりに歩いてみるか。


 見たところ今ユウキが立っている場所は、人の手によって作られた道に見える。下っている方向に進んでいけば、村や集落があるかもしれない。


 大丈夫かな…


 見えない不安と焦りが、平常心を欠こうする。

 いくら人の手が加えられている道だからと言っても、ここは圏外。近くに人が住んでいる場所があるとは考えにくかった。


 いつも見たいに何とかなってくれるといいけど…


 ただの偶然だというのは分かっているが、ユウキは小さい頃からこういうピンチの時は何やかんやで切り抜けられる事が多かった。

 あわよくば今回も何とかなって欲しい…そう切に願っているが、そんな都合よくいかないことは―――


「―――!?」


 突然、横のしげみから「ガサガサ」と何かが動く音が聞こえてきた。

 咄嗟とっさに木の陰に隠れ、息を殺して様子を見る。


 びっくりしたっ…!!何だ急にっ…!?


 こんな人気ひとけのない場所で、何かが近づいてくる気配。

 猪、狼、あるいは熊か…茂が揺れ動く音は、段々と大きくなっていく。


 これ、結構まずいんじゃ…!?


 冷や汗が、頬を伝っていく。心臓の鼓動が大きく早くなり、呼吸も荒くなっていく。

 居場所がバレないように、必死に手で口を抑えていると、「ガサッ」と大きな音がなった。


 来たっ…!


 今のは、恐らく茂みから飛び出した音だろう。

 何かが真後ろにいる。


 バレるな…!!バレるな…!!


 そう心の中で何度も願い、聞き耳を立てた。


「―――キュン!」


 見つかったらどうする…!?いや、襲ってくるとは限らな―――キュン?


 聞こえてきた思いもしない鳴き声に、ユウキは恐る恐る木の後ろから覗いた。


「―――!!」


 そこにいたのは、獰猛どうもうな肉食動物ではなく、全身キツネ色をした小動物だった。

 その小動物は茂みから頭だけをひょっこりと出し、頭に葉っぱを乗せたまま辺りを見回していた。


「……はぁ〜…」


 可愛い小動物の姿を見て、ユウキは安堵した。

 張り詰めていた緊張が解れていくのを感じる。


  この感じ…多分子供か…?親とはぐれちゃったのかな?


 ユウキは小動物の元に近づいた。

  すると人が怖くないのか、小動物は草むらから出てきてユウキを見上げた。


「どうした?迷子に………!?」


  だが草むらから出てきたその姿を見て、言葉が途中で途切れてしまった。

 驚いたからだ。


 え……?


 その小動物は、信じられない事に尻尾が五本あった。

 そんなわけが無いと、目を強くつむって見てみるが、やはり尻尾が複数ある。


  まさかキュウビ…?んなわけ…だとしたら何だ…?


 目の前にいるこの動物は何なのだろうか。尻尾が五本ある動物なんて聞いたことがない。いや、いるはずがない。しかもよく目を凝らして見てみれば、背中に小さな羽らしきものが生えていた。

 …一体ここは、どこなのだろうか。


 やっぱりこれ…異世界転移的なやつなのか…?


  目の前の動物を見る限りでは、そう思わざるを得なくなっている。

 すると小動物は、耳を不自然に動かすと、その場を去って行った。


「う、嘘だろ…?何でこんな目に遭わなきゃいけないんだよ…!?」


 これがただの転移であるならば、帰れる可能性はまだあるかもしれない。だがこれが異世界転移ならば、ユウキがいる世界とは全くの別世界で帰ることが出来ない。

 焦りと不安が、心を支配する。


 いや、落ち着け…まだこれがそうと決まった訳じゃない…


 そうだ。もしかしたら、新種の動物かもしれない。それに人に会えれば、自ずとわかるはずだ。

 ユウキはその可能性を信じ、人里を目指して坂道を下ろうとした…その時、茂みの奥から閃光が瞬くと同時に、轟音ごうおんが響き渡った。


 な、なに!?銃声…!?砲撃か…?


 距離的にかなり近くから聞こえる。

  その轟音は一回のみならず何回も、何十回も響き渡る。


「………!」


 耳を塞いで隠れていると、突然ピタッと静かになった。


 終わった…?


「―――ヴァァァァァッ!!」


 だがそう思ったのも束の間、今度は聞くだけで身が凍ってしまいそうな程の、おぞましい咆哮が聞こえてきた。

  身の毛がよだつような恐怖を覚え、足がすくんで動けなくなりそうになる。


「い、嫌だ…死にたく…ない…っ!!」


 脳裏に過去のトラウマが蘇り、死の恐怖がユウキにまとわり付く。

 上から降り注いでくる瓦礫がれき、鳴り止まない爆発音、足元まで流れてくる血液…

 ユウキはその場で膝を着くと両腕で体を押さえ、わなわなと震わせた。


「はぁ…はぁ…」


 更に、別な光景がノイズがかって脳裏に浮かび上がる。

 火花を散らし、人型のような黒い塊が四散している…真ん中に空洞が開いてる物、二つに両断されてる物、細長い物体が突き刺さってる物、人型としての原型を留めていなかった物…そしてこちらを見下ろす、濃藍の―――


「はぁ…はぁ…!」


 息が荒くなり、過呼吸になる。

 怖い…胸が苦しい…震えが止まらない。頭の中が真っ白になり、ユウキはその場から動けなくなる。


「あぁあッ!」


「―――!」


 だが、突然聞こえてきた悲鳴に、ユウキは我に返った。


 何だ…?今の声…!?


 女性と思わしき悲鳴。何か金属が弾かれる音がした直後に聞こえてきた。

 また響き渡る轟音…その瞬間、ユウキの心臓が跳ね上がり、嫌な予感が頭を過った。


 …もしかして襲われて…る…のか…!?


 得体の知れない何かに。

 あの悍ましい咆哮は、今の悲鳴の主の命を刈り取ろうとしているのか。


「は…ははっ…」


 ならちょうど良かった…


 冷静さを少し取り戻したユウキは、胸を押えながらノロノロと立ち上がった。


 だったら今のうちに逃げれば…


 幾ら近くから聞こえてくるとはいえ、『何か』の標的は自分ではなくその場にいる誰かだ。

 …これ以上、危険な目に遭いたくない。今すぐこの場を離れれば恐らく逃げられる。


「………」


 …申し訳ないとは思ってる。罪悪感だって感じてる。…だがこれ以上は、本当に無理だ。一秒でも早くここから逃げだしたい。


 ……そうだ。何も躊躇ちゅうちょする必要なんてない。あっちはあっちの問題。俺は被害者なんだ。逃げたって誰にも文句は言われない…


  ユウキはその場を離れようと、ふらつく足を動かそうとした。だが…


「……ッ…何なんだよ…ッ!」


  足を動かそうとしても何故か動かなかった。いや、動かす事を躊躇ためらっていた。

 一度は逃げると決意したのに、大きな葛藤かっとうが生まれる。

 …本当にこのまま逃げてしまっていいのか。

 逃げてしまったら、襲われている人はどうなってしまうのだろうか。

 恐らくは助からない…だが、自分が行ったところでどうなる?結果は変わらない。自分までもが死んでしまうだけだ。なのに…どうしてここまで逃げるのに躊躇いを感じてしまうのか。

 理由はすぐに分かった。


  今の声…子供…っぽいよな…


 声の感じからしてそうだった。自分と同じぐらいか、それよりも下か…


「……ッ…」


 もし悲鳴が少女のものだとしたら、きっと帰りを待ってくれている人がいるはず。

 …このまま見殺しにしてしまったらどうなる?少女はもう二度と帰ることが出来ず、自分はこれから先一生、罪悪感に苛まれながら生きていくことになる。


「…ッ何だよっ…!俺には関係ないじゃんかよッ…!」


 しかしユウキの脳裏に、また過去の光景が蘇った。

 瓦礫の山の中、でかい二つのビニール袋の前で泣いている一人の子供…


「………」


 襲われている人が死んでしまったら、悲しむ家族がいる。悲しむ人がいる…

 それに、さっきまで恐怖に囚われていたのに、今は『逃げてはいけない』『後悔してはいけない』といった感情が心を支配していた。

 向こうに駆けつけれる人は、恐らく自分以外いない。


「…ッ…!くそ…ッ!」


 ユウキは拳を強く握ると、声がした方向に向かって走り出した。

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