第2話 陰キャ、決意する
「僕は…そう、あなた達の世界で言う天使です」
「………天使?」
俺の疑問にイルエールさんはニコッと答える。
「はい。そうです」
「天使ってあの…?天国とか天界にいる…?」
「そうです。その天国や天界にいる天使です!」
「え…あ…」
天国や天界にいる天使…その人が今、何故か俺の目の前にいる。
…っていうかこの人本当に天使なのか…?
天使といったら、やはり思い浮かべるのは頭に浮かぶまるい輪っか、背中から生えた巨大な翼、そして超絶の美女を想像する。だがこの人は輪っかも翼もない。しかも男。
唯一天使なんかじゃないかと思える点を上げるとすれば、金髪で全身真っ白な制服のようなものを着ている事ぐらいだろうか。
「もしかして、信じていませんか?」
「え…!あ、いや、べ、別に信じてな…いわけじゃ…」
…でもイメージとかけ離れすぎている感じはする。
「まぁ、急に現れ天使と言われても信じられないのは無理ありません。ですが事実です。その証拠に…」
するとイルエールさんは後ろを振り向き、ゲームで言う聖職者が奇跡を使うときみたいな感じで、何かを唱え始めた。
『―――我は神の子――――――天界のものなり――――――今ここで我は望む――――――あるべき姿へと戻したまえ―――』
『―――――――――真の姿―――――――――』
次の瞬間、イルエールさんがまばゆい光に包まれ、背中から四枚の巨大な光の翼が現れた。
俺はその光景を見て、目を見開く。
その姿は、人の形はしているものの、顔の輪郭などは無く、体全体が光に包まれていた。
イルエールさんが言った…と言うよりは、頭の中にイルエールさんの声が響いた。
『人ならざる者、これが本来の僕の姿です』
すると、突然イルエールさんの周りに黄色い渦が発生し、そのまま飲み込まれて姿が見えなくなった。
だが、その渦は十秒も経たないうちにだんだん弱くなっていき、中から先程の姿に戻っているイルエールさんが現れる。
「あなたのことだって知っています。阿迦井 勇、17歳。12月生まれで出身は宮城県ー----町。趣味はゲームに読書、そしてアニメ鑑賞…どうです?これで信じてもらえましたか?」
「ちょっ、あ、えっ…!?」
情報処理が追い付かない。これが夢じゃないことに疑問符しか浮かばない。
え、ほ…ま!?
そこで俺は気付いた。
…って言う事はだよ。…あれ?天使が目の前にいるって事は………もしかして俺は死んだんじゃ…!?
だが、そうだとしても思い当たる節が全く思いつかなかった。というか無い。
昨日はゲームをしている時に睡魔に襲われてそれでベッドで寝たはずだ。ちゃんと記憶がある。
思い当たることなんて…はっ!
そこで気付いてしまった。自分にありえそうな死に方を。…もしそうなら死んだことに気付かないのも無理はない。
え、やだよ!?俺の死因、孤独死とか絶対やだよ!?
そんな風に俺は自分が孤独死した事を全力で否定していると、イルエールさんの声が聞こえて我に返った。
「先に誤解のないように言っときますと、阿迦井さんは死んでいません」
まだ見たいアニメだってたくさんあっーーー
「ーーーえ…?」
死んでいない?じゃあやっぱり…
「因みにこれは夢でもドッキリでもありません」
夢でもドッキリでもない…?じゃあ何で俺はこんなところに…
そう考えていると、イルシールさんは俺に近づき、そして言った。
「おめでとうございます。あなたは異世界の住人に選ばれました」
…………………え?
「え、俺がですか…?」
「はい」
「異世界の住人に…?」
「はい」
「…」
「…」
俺はそっとドアを閉じようとした。
「ちょっと!閉めないでください!」
イルエールさんが慌てて止めに入る。
「そう…言われましても…」
急に訳も分からない場所でいきなり訳も分からないこと言われてもな…
「嬉しくないんですか?」
「あ、いや、嬉しいですけど…」
異世界の住人、もしそれが本当の事なのだとしたら、二次元の世界に行けるということなので大変うれしい事なのだが…これは現実、アニメじゃない。
それに、さっきイルエールさんは自分はまだ死んでいないと言っていた。と、いうことは俺はまだ生きているという事。
急に全く何も知らない異世界の住人になっても、生きていけるわけがない。
せっかく天使さんが出てそう言ってくれるのはありがたいけど…今回は遠慮しておこう。…別に、リアルだってアニメとゲームさえあれば死にはしないし。
そうして俺は、せっかく出てきてくれたイルエールさんに罪悪感を抱きずつも断りを入れるべく言った。
「…イルエールさん。申し訳な―――」
「―――さすが、よく現実を見てますね」
だが言い切る前に、イルエールさんに遮られた。
「ですがよく考えてください。失礼ですが今までの阿迦井さんの人生…
いままでの俺の人生…?…確かにそうだ。俺はこの17年間、完全な陰キャ生活を送ってきている。こんな人生良いと思えるはずがない。
「確かに…そうですけど…」
「ですから僕は阿迦井さんに―――」
だが、そこで今度は自分が言葉を遮った。
「―――一つ聞きたいことがあったんですけど…いいですか?」
俺は今イルエールさんが言っていたことに関して、言葉を遮ってまでもどうしても聞きたいことがあった。
「構いませんよ」
「…さっきの
意味によっては、俺のプライバシーが…!
俺の問いにイルエールさんは爽やかな笑顔で答える。
「阿迦井さんの今までの人生の記憶を、全て見させて頂いたという意味です」
・ ・ ・ ・ ピーン!
「ああ、なるほど。そういう意味でしたか」
俺、納得!!…………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
俺は心の中で絶叫し、頭を両手で抑えた。
え、ちょ、待って!全てって…全てって!?見られた!?人生という名の俺の黒歴史がぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!
「だ、大丈夫ですか?」
「え、えぇまぁ…」
すぐに正気を取り戻した俺はそう言った。
くッ…さすが天使様…俺の事はすべてお見通しというわけか…!
「…とまぁ今の反応からしても明らかですが、あなたは人生を謳歌していない」
「ーーー友達もできず」
グサッ
「ーーー相手に拒絶され」
グサッ
「ーーーその場にいるだけで邪魔者扱いされる」
グサァッ
「そしてその人生はこの先もずっと続きます。そんな人生、阿迦井さんは望みますか?」
こんな生活が…ずっと続く…!?
「…なんでそんなことがわかるんですか?」
俺の問いにイルエールさんは笑みを浮かべた。
「さっきも言いましたが、僕は天使ですよ?人に近しく、また人に離れた存在。その人がどんな人生を歩むか、生まれた時から知ってるんです」
「……じゃあ俺が異世界の住人にならないってさっき言おうとしたことも最初から知ってたってことですか?」
もしそうならわざわざ伝えに来なくてもいいはずだ。
そして予想は当たった。
「それは、わかりませんでした」
「え、でも…最初から知ってるって…」
「知らないのは、僕が阿迦井さんのアカシックレコードに干渉したことにより、新しい運命が誕生したからです。―――バタフライ効果ってご存知ですか?」
「ええ、まぁ…」
バタフライ効果とは、わずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の系の状態が大きく異なってしまうという意味である。
わかりやすく言うと、女子Aに声をかけたとして、そこから仲良くなり付き合い始めたとする。だがもしあの時、女子に声をかけていなかったら仲良くなることもなかったし、女子Aではなく女子B女子Cに話しかけていたら付き合うところまでは行かなかなかった。大体そんな感じの意味である。
なるほどなと思った。
イルエールさんが真剣な面差しで言った。
「もう一度聞きます。あなたはそんな人生をこれからも続けたいと思いますか?」
イルエールさんの
俺の人生…
これからも続くということは、大学に進学してからも…就職してからも…そして老後までもと死ぬまで続いていくわけだ。
そ、そんなの…
「……そんなの嫌に決まってるじゃないですか…!」
そんな人生…絶対に嫌だ!
「そうだと思いました。ですから……」
イルエールさんはスッと手を差し伸べた。
「―――あなたの人生、もっと有意義なものにしたいと思いませんか?」
そう…だな。確かにそう…思うな…!そもそも、あんな生活なんてもうたくさんだ!
我が生涯に一片の悔いなしってね!
俺はイルエールさんの手を握り返した。
「すごく…思います」
「そう言ってくれると思っていました!」
そう言うとイルエールさんは手を放し、俺の胸の前に手をかざした。
「それでは僕イルエール・ジールの名において、阿迦井 勇さんを異世界の住人として受け入れましょう」
そう言った次の瞬間、俺の体が一瞬熱くなり、何か不思議な緑色の光が宿った。
「これで、あなたはこの異世界の住人の一員となりました。おめでとうございます、阿迦井 勇さん」
―――そうして俺、阿迦井 勇の第二の人生がここからスタートする―――
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