第4話

 次の日、なんとなく気まずい雰囲気で朝を迎えた。佳純は昨日のことは全く気にしていないかのようにいつも通り朝ご飯を作っていた。いつものようにテーブルに朝ご飯が並ぶ。


「佳純」


 そう呼ぶと何? といつもと変わらぬ笑顔で佳純は慎太郎を見る。


「ごめん……何でもない」


「何それ、変なの」


 言いたい一言が言えなくて、自分が自分で嫌になる。その一言さえ言えればと慎太郎は朝の支度をしながらぼんやりと考えていた。


 会社に着いて仕事をしようとするが、全く集中出来なかった。何をしても昨日の佳純の顔が頭から離れなかった。今日家に帰ったら佳純がいなくなっているかもしれないと思うといてもたってもいられなくなった。


「先輩」


 休憩中、慎太郎が何をするわけでもなく机に突っ伏していると声をかけられた。慎太郎が顔をあげるとそこに立っていたのは武田さんだった。


「武田さん……どうしたの?」


「あの、先輩に話があるんです……」


 そう言われた慎太郎は武田さんと会議室に入った。


「すいません、休憩中に」


「いや、大丈夫」


 正直気分が晴れなかったので連れ出してくれた武田さんに心の中で感謝した。


「昨日は変なこと聞いてすいませんでした」


 そう言って武田さんは頭を下げた。


「え? 別に大丈夫だけど……」


 そんなことを言う為にわざわざ呼び出したのかと思っていたら武田さんは話を続けた。


「先輩、驚かずに聞いてください」


「うん」


「私、先輩のことが好きです」


「えっ!?」


 驚かずに聞いてくださいと言われていたのに驚かずにはいられなかった。もちろん武田さんが慎太郎のことが好きだということも驚いた。しかしそれよりも昨日佳純が言っていた女の勘というものが当たっていることに驚いたのだ。


「驚かないでくださいって言いましたよね」


 声でかいですし! と武田さんは少し頬を膨らませ、怒っている。


「まぁ……そんな先輩が好きなんですけどね」


 慎太郎はどう反応すれば正解なのか分からず、そのまま俯くことしか出来なかった。


「先輩の好きな人って昨日幼なじみだって言ってた人ですよね?」


 何故分かったのだろう? 自分が分かりやすい行動を取ったのかと慎太郎の頭の中はぐちゃぐちゃだった。


「だから私が先輩に気持ちを伝えてもダメだって分かってます」


 そう言うと武田さんは何とも言えない顔をした。


「ごめん……」


「ただ気持ちが伝えたかっただけなので」


 わざわざありがとうございましたと武田さんは慎太郎に頭を下げた。


「あ、ちなみになんですけど」


 会議室を出ようとする武田さんが思い出したように言う。


「幼なじみだって言ってた人、先輩のこと好きだと思いますよ」


 なんでそんなこと分かるのと言いかけた慎太郎に武田さんは言った。


「女の勘です」


 そう言った武田さんの顔は何故か清々しい顔をしていた。それじゃ仕事に戻りますと言って会議室から出ていった。会議室に残された慎太郎は頭を抱えた。


 そうだ、女の勘は当たる。


 曖昧な関係でもいいからただ佳純のそばにいたかった。佳純の笑顔が見れればそれで良かった。でもいい加減ケジメというのをつけなければならないと思った。2人ともあれから大人になった。もう子供じゃない。だからあんな口約束だけでどうにかなるなんて思わない。


 でも……奇跡を信じたいと思った。


 結局その日の仕事はさっぱり手がつかず、慎太郎は仕事を早めに終わらせた。そしてある場所に寄った。家へ帰れば綺麗に揃えられた小さな靴が目に入り、ホッと胸をなでおろす。


「あ、慎ちゃんおかえり」


 早かったねと変わらず佳純が笑顔でリビングから出てきた。


「佳純、行くぞ」


 そう言って慎太郎は佳純の腕を掴んで走り出した。


「ちょっと、慎ちゃんいきなり何なの!」


「いいからついてきて!」


 2人がついたのは秘密基地だった。秘密基地に来たのは佳純と再会して以来だった。


「どうしたの!?」


 いきなり連れ出したので佳純がそう言いながら怒っている。


「いきなり連れ出してごめん……でも佳純に大事な話があって」


 空には綺麗な星が光り輝いている。


「星、掴めそうだな」


「えっ? 何言ってんの?」


 いきなり何を言い出すのかと思ったらと少し困ったように笑って慎太郎を見る佳純。


「俺が掴んでやるから」


「慎ちゃん?」


「昔、佳純の為に星を掴むって言っただろ?」


「言ってたけど……どういうことなの?」


「まぁ、見ててよ」


 状況の掴めていない佳純を横目に見つつ、慎太郎は星空に手を伸ばす。


「よし! 掴めた!」


 その瞬間、慎太郎は手をぐっと握った。佳純は首を傾げて不思議そうにこちらを見ている。


「手、貸して?」


 そう言うと佳純は慎太郎に手を差し出す。そして、その佳純の手に小さな星を握らせた。


「俺と……結婚して下さい」


 佳純の手にはキラキラと輝く星……ではなく、キラキラとした指輪があった。やっと把握出来たのか佳純は慎太郎に思いっきり抱きついてきた。


「もう、遅いってば!」


「え?」


「いつ言ってくれるのかなと思って待ってたのに!」


 やっと言ってくれたと佳純は言って慎太郎の肩をポカっと叩いた。


 なんだ……佳純も同じ気持ちだったのか。そう思ったらにやけが止まらなくなった。


「慎ちゃん、せっかくだから指輪はめてよ」


 そう言われて佳純の左手の薬指に指輪をはめる。


「うわ、ちょっとでか過ぎない?」


「ごめん、さっき帰りに急いで買ってきたから指のサイズ分かんなくて」


「もう……本当にそういうとこ慎ちゃんだね」


 佳純は少し大きい指輪を見ながらケラケラと笑う。


「慎ちゃん、本当に私でいいの?」


「佳純がいいんだよ」


 そう言うと泣きながら笑うから慎太郎は佳純の背中をさすった。


「ずっとずっと俺が守るから」


「好き、大好き!」


「俺も好きだよ」


 そう言うと幸せそうに笑う佳純。


 こうして2人は大きな星空の下で約束を果たした。

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オリオン座を掴むまで 岡田 夢生 @y_okada

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