幸福のシナスタジア

うずしお丸

00 一面のゆき

 教室中のシャープペンが一斉に文字を刻む音。

 

 隣の席から時折乾いた咳払い。


 床と靴が擦れる埃っぽい音。


 問題用紙をめくる音。


 誰かが首の関節を鳴らす音。


 遠いところから微かな寝息。


 秋の終わりに降り積もった枯葉の堆積みたいな教室の音は、高校一年二学期の期末試験の最終日、数学の試験の真っ最中に、あえて意識する者など試験を投げ出している者以外にいないのだろう。


 そう思いながら俺は、無理にでも視線を問題用紙の下に落とし、最後の大問の問題文を頭に流し込もうとし、地図のような複雑な図形を目で追って、そしていま、さっきまで自分の精神が試験用紙の上にすらなかったことに気が付いた。


 俺の目は問題用紙の上から剥がれて、もう一度、窓際から三番目の席の後ろ姿を追っていた。


 試験にふさわしい音ならば、俺だって気にしない。聞こえている音と鳴っている音が同じならば。だからこの音を意識している者なんて、間違いなくこの教室に俺以外にいないんじゃないだろうか。窓際のほうから聞こえてくるのは、刻む音だ。穿つ音だ。切り裂く音だ。叩きつける音だ。あたかも彫刻刀を振り下ろして、試験用紙を貫いて、机の天板を傷つけるような音だ。


 曇り空から差し込む薄明かりを背にして、そいつは手に持ったそれを振り上げた。僕にはそれが鈍色の輝きを返すナイフに見えたんだ――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る