参考書への感謝の書き込みが、奇跡を呼び込んだおはなし!

世界三大〇〇

光り輝く参考書

 男は小説家志望だった。

 出版社に勤めたのも、1歩でも小説家に近付きたいという思いから。

 小説の出版は、出版社の業務の中でも花形である。

 そんな部署に配属されることを切に願っていた。

 自分の執筆した作品でなくても、1冊でも面白い作品を世に出したかった。


 しかし、現実はそんなに甘くない。


 男が配属されたのは、学習参考書の出版部門だった。


「やりたいことができないなら、他の仕事を選べばよかった……」

 と、仕事に気持ちのこもらない日々が続いた。


 業績が悪いというわけではなかった。学習参考書は一定数売れるもの。

 出版社からすれば、売り上げの計算が立つ収益の柱の1つだった。

 熱心に取り組まずとも、そこそこ上手くいってしまう。

 男の出版に対する情熱は、日に日に冷めていった。


 そんな男に転機が訪れたのは、入社4年目の正月のことだった。

 大学進学のために家を出てから、かれこれ8年が過ぎていた。

 たまには帰って来いの手紙に深夜バスのチケットが添えられていたのでは、

いかに男が出不精でも、帰省せずにはいられなかった。


 ______


 8年振りの実家には、男が家を出たときと変わらない家族の顔があった。

 健在の祖父母に父親と母親。それに父親の妹とその家族。

 久し振りだというのに、懐かしいと思うことはない。

 どちらかというと、いつも通り、に感じられた。

 こたつを囲むと、何年経っても色褪せない家族の原風景となった。


 そんな中にも違った顔がある。歳の離れた従兄妹の早苗だ。

 男が家を出た頃は、まだランドセルを背負っていた。

 それがもうすっかり、いい娘さんになっていた。

 髪を胸の下まで伸ばしているが、キューティクルは健康そのもの。

 花の高校3年生、大学受験生だ。


「れおお兄ちゃん、あけましておめでとう」

 そう呼ばれたのは久し振りだった。

 大きくなった早苗の胸を、ついガン見してしまう。


「早苗! ずいぶん立派になったな」

「どこ見て言ってるのっ!」

 軽くひかれた。


「そんな態度でいいのか? スポンサー様だぞ」

 言いながらぽち袋を散らつかせる。お正月といえば楽しみなお年玉だ。


「うわぁ、サイアクー。お金で釣ってるオヤジみたい……」

 言葉ほどひかれているようには思えないが、男は我にかえると自分でひいた。


「……お年玉なら要らないよ」

「なぬっ? 熱でもあるのか」

「違っ! 受験生のお正月は、合格したその日っていうのが相場でしょう」

「それはそうだが、自分で『あけましておめでとう』って言ってなかったか」

「うーん、たしかに……」

 早苗が唸りながら腕を組む。

 胸がすんと持ち上がったかと思うと、腕を下ろした瞬間にぷるるんと揺れた。

 つい、観てしまう。


「もっ、もう。いい加減にして」

 言いながら手を出す早苗。

 お年玉としてではなく、慰謝料として受け取ってあげるのだ。

 男は素直に歳の離れた従兄妹にぽち袋を差し出す。


「合格祝いは、さらに期待しているからね、れおお兄ちゃん」

「あぁ。ノパソでも何でも好きなものを買いな」

「じゃあ、車にしよっかなぁ?」

 上目遣いに男の顔色を覗き、にっぱと笑う。

 うぶなのは男の方で、それだけで顔が熱くなった。

 この器量なら、学歴なんかなくとも立派に生きていけそうだ。

 男はそれが悔しくて、あえて睨み返して言った。

 

「いいのがあるぞ。SDGsにも完全対応している!」

「すごい! EVってやつ? 高いんでしょう!」

 早苗の目がさっきまでとは比べ物にならないほど輝いた。

 大きな罪悪感を覚えつつ、

「電気なんて邪道……人力で動く2輪車がある……だろう……」

 と、最後は小声になってしまった。


「サイアクー! 私の胸のときめきを返して!」

 言いながら胸を強く押さえる早苗。

 つんと前に突き出ていた胸が、横に拡がり服のシワをのばす。


「今の、わざとだろう。JKは最強過ぎる……」

「ちっ、違うったら。れおお兄ちゃん、いつからえろお兄ちゃんになったの」

「ちきしょー。上手いこと言いやがって……」

 2人して笑った。




 夕食のあと。

 男が居間で寛いでいると、早苗がやってきた。

 手にしているのは、男が勤める出版者が発行した参考書。

 随分と年季が入っている。


「れおお兄ちゃん。折角だから問題出してよ」

 早苗は言いながら参考書を男に渡した。


「あぁ、構わないよ」

 気軽に受け取る。

 その参考書の内容は全部男の頭に入っている。

 どこが難しくてどこが簡単か。頻出問題はどれか。全部お見通し。

 と思いつつも職業病か、つい奥付を見てしまう。

 ずいぶん古いとは思ったが、10年近くも前の代物だと分かった。


「では、問題!」

 言ったあとで243ページを探す。

 そこには入試頻出の例文が掲載されている。

 どうせなら当ててやる! そんな思いが過った。


 男が243ページを探し当てるのにさほどの時間はかからなかった。

 古い参考書、よく使うページは開き易いように出来上がっている。


 不思議なことに、男がそのページを見た途端、参考書が光り輝きはじめた。

 まるで魔法の書物のよう。鮮烈な光。


「たっ、蓼食う虫も好き好き……」

 光に負けないように、男は精一杯に言った。

 早苗は即答だった。


「There is no accounting for tastes.」

 正解ではあったが、男の耳には残らなかった。

 男は、光の正体を見つけてしまったのだ。



______


【ごあいさつ】

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


 受験シーズンに突入しました。

 この物語を読んでくださった受験生が、志望校に合格することを

切に願っております。


 息抜きに、甘々なラブコメをお楽しみください!

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