よそもん
ぶいさん
村のもん
舞台は仮想日本、時代は西暦2021年、現在の文明レベルをそのままに多様な人種と多様な幻獣たちが共に住まう世界の話だ。
木々生い茂る山の中、正月を迎えて少しした冬のことだった。季節はずれの大風が辺り一帯を吹き荒み、山にも見える形で影響があった。枯れ草の上に風に煽られた杉の葉が枝ごと落ちて積み重なり、様々な枝や小石や砂埃の他に、どこからともなく風に吹き上げられてきたのか、もとからその辺に捨てられていたのか、紙くずや弁当のトレーやペットボトルなどのゴミまで転がっていた。
見上げれば高く伸びた杉の枝にビニール袋がはたはたとそよ風に揺れていた。山道に慣れたものでも歩くのに難儀する様相だ。積み重なった砂利や枝葉に足を取られようものならすぐ脇に子供一人分の落差があったりして大変危険なことになっている。
およそ人気のない山の中、冬だというのにやけに軽装の男が歩いている。ハの字に伸びた細いひげを生やし、頭に手ぬぐいを巻きつけた初老の男だ。くしゃくしゃのモッズコートの下は紺色の作務衣姿で寒々しい。
彼は名を土屋陶十郎といい、3年前に街からこの麓の村に越してきた陶芸家で山の中に小屋を持っていた。小屋を拠点に趣味がてら採取なんかを楽しむもの好きな人間だ。
「趣味で建てた小屋なんだ」と飲みの席で話し込んだ大工から格安で譲ってもらったこの小屋は存外頑丈なところがある。小屋のついでに頼まれてくれないかと役目について聞かされたのは記憶に新しい。
麓から山へ出発する際、村役場からついでに周囲の見回りを頼まれていた。お役目と聞いた時はどんな面倒事を押し付けられるのかと警戒したものだが、なんのことはない。山で好きなことをしていい、小屋も好きに使っていい、ただその代わりに山の見回りを手伝って欲しいとのことだった。
山といっても大した高さではない。半日もあれば一回りできる。高く伸びた杉の木で視界が狭く、鬱蒼としており見栄えに乏しい山だった。土屋が今しがた藤かごに摘んだ山菜だって、特段珍しいものではない。どこにでも生えているものだ。物珍しいものはないどこにでもある山だ。
但し、お山のもんがいること以外は。
お山のもんというのは、古くからこの山に住まう人獣のことだ。実際に姿を見せることは滅多にない。人獣は、人に似た頭と胴体に2対~3対の脚と獣の特徴を併せ持つタウルの様相で、大抵が人より大型で、器用に道具を使うものや人語を話すものもいるんだとか…いやなに眉唾物だ。存在は聞き及ぶが実際に見たことはない。
姿は様々で、野山に多いのはうさぎや猪豚や山羊なんかの
地域によって我が物顔で街中に現れる人獣もいると聞くものの、この村で実際に目にした(とされる)人間はごくわずかだ。例えば村の爺様が子供の頃に見たとか見ないとか、人も獣も到底届かない場所にマーキングと思わしき不自然な傷を見ただとか、狩猟の時期に猟師が覗いたスコープ越しに「鹿の群れの中にひときわ大きい鹿がいた」だのと噂になることはあった。しかしここ数十年、お山のもんを間近に見たものは一人もいない。
だもんだから、山の境界線も形式的なもので白いテープが枝にくくりつけられているのを目にしても、テレビで人獣との共生だなんだと騒がれても、どこか他人事のように感じてまるで現実感がないのだった。
ごく簡易的な境界線で分けられた、傾斜の緩い東側を村のもんが使い、傾斜のきつい切り立った崖のある西側をお山のもんが使うことになっている。
先述したとおり、土屋の小屋はお山の境界線付近に見張り小屋として建てられたものを譲り受けたものだ。小屋を譲り受けるついでに、役場や山の管理者のお寺さんから見回りの役目も預かることになった。
やれ倒木で道が塞がれただの、害獣が増えて村の畑に被害が出ただの、山と村に関わるなんらかの異変の際には猟友会の親父さんや林業の若衆も連れ立って山に入るのだが、いるのかわからないお山のもんを怖がってこの役目をやりたがらないものが続出したそうで、よそから越してきた土屋に白羽の矢が立ったというわけだ。
いつものように山に入った土屋だったが、その日を境に村に戻ってくることはなかった。山へ入って寝泊りすることはあっても普段は3日程度で村へ戻っていた。役目のため、入る際と降りる際に役場に連絡する決まりだった。
しかし3日経っても連絡がなく、土屋はお山のもんに攫われたのだと噂された。
猟友会と役場の人間が消防団と共に捜索に出たところ、小屋にはスマホや財布や鍵などの最低限の持ち物が残されており、境界線の付近の地面には人とも獣ともつかないなにものかの夥しい血痕が発見された。
下山後、山を管理する寺には「土屋は役目を果たした」と報告された。
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