クラス1地味な浅井くんに彼氏役をお願いしたけど……マジ惚れしたから付き合ってとか今更言えない

逢坂こひる

第1話 隣の席の浅井くん

 自慢じゃないけど私はわりとモテる方だ。


今村いまむら……俺、お前の事が好きなんだ……付き合って欲しい」

「ごめん……私、あんたとは付き合えない」


 高校に入ってから何度も告られた。


「…………」


「そっか……他に誰か好きなやつでもいるのか?」

「ううん、違うけど……今はそんな気分じゃないの」


 好きな人はいるっちゃいる——でも、私の好きな人は、有名人で付き合うとか、付き合えないかの次元の人じゃない。

 ……住んでいる世界自体が違う——叶わぬ恋ってやつだ。


「……ちゃんと答えてくれてありがとな」

「ううん……」


 告白してくる相手が、毎回彼みたいに振られた後も紳士的な人ばかりとは限らない。


 中には捨て台詞を吐いたり、陰口を叩いたりする人もいる。仮にも好きだった人によくそんな悪態がつけるものだと、毎度のことながら感心してしまう。


 最初は凄く精神が削れたけど……流石にもう慣れた。


いつきはモテていいね〜』なんて友達によく言われるけど、モテるのはいい事ばかりじゃない。


 どちらかと言うと、嫌な事の方が多い。

 

 ——まずイメージ。

 皆んな私はモテ女子で恋愛経験豊富なイメージを抱いているけど、実際の私は高校2年生の今まで彼氏がいた事がない。


 彼氏いない歴イコール年齢ってやつだ。

 当然恋愛経験は皆無だ。

 なのに、頻繁に恋愛相談を受ける。ぶっちゃけ何てアドバイスしていいか分からないし、それを正直に話すと嫌味なヤツ扱いされてしまう。


 ……もう、最適解が分からない。


 ——次に人間関係。

 これが1番キツい!

 例えばA君を好きなBさん。2人と私はとても仲が良いとする。でも、A君が私を好きになった瞬間から、この関係は終わる。

 恋愛が絡むと人間関係が一気にギクシャクしてしまう。それは私がA君を振ってもだ。

 A君と付き合えば、A君との関係だけは残るのだろうけど、それは嫌だ。


 私の事をスクールカースト最上位いる超人的人物と崇めている人もいるが、それは完全なる誤解だ。

 孤立とまではいかないまでも、評判と異なり、私の居場所は限られたコミュニティーにしかない。


 ちなみに嫉妬心からか、地味な嫌がらせや悪戯にあうこともある——この日もそうだ。


 午後の授業になって筆箱から突然、消しゴムが消えてしまった。


「ねえ浅井あさい、消しゴム貸してくれない?」


 ——隣の席の浅井あさいくん。


 髪は伸ばしっぱなしで、ちょっと癖毛。前髪とメガネで表情はよく分からない。身だしなみに気は使っていなさそうなのに清潔感はある。ちょっと不思議な感じの人だ。


「もうひとつあるから、これあげるよ」

「まじで! 助かるわ、ありがとう!」

 

 浅井は消しゴムを二つ持っていて新品の方を私にくれた。気を使ってくれたのだろう。ここで変に『古い方でいいよ』って言うのも彼の気遣いを台無しにする気がしたので、あえて新品を受け取った。


 ——翌日、私は昨日のお礼とばかりに、今流行りの『自滅じめつ八重歯やえば』の『善次郎ぜんじろう』のキャラ消しを浅井にプレゼントした。


「浅井、これあげる。昨日のお礼よ」


 本来なら同じ消しゴムを買って返すのが筋なんだろうけど、浅井の髪型があまりにも善次郎そっくりで、こうするのが自然に思えた。


「え……何これ?」

「今流行ってるアニメの『自滅じめつ八重歯やえば』の『善次郎ぜんじろう』だよ」

「そうなんだ……で、なんでそれを俺に?」

「えっ、昨日のお礼なんだけど……つーか好きじゃないの?」

「好きというか……俺、アニメとかあんまり見ないから、このキャラ知らないんだ……」

「うそっ! その髪型って『善次郎』意識してたんじゃないの?」

「……違うかな」

「まじかぁ—————っ!」


 ……全然自然じゃなかった。流行りのアニメだから皆んな見ているものだとばかり思っていた。


「じゃぁ、これ要らないよね……私、選択ミスったよね」

「ううん、嬉しい! ありがとう、急激に欲しくなってきちゃった」


 急激にって……なんか気使わせちゃってるな。


「まじで! 良かった! お揃いだね!」


 とりあえず、勢いで誤魔化した。


「今村さんって、このキャラのこと……詳しいの?」

「よくぞ聞いてくれたわね……かなり詳しいから!」

「なんか同じ髪型だし興味わいちゃった。よかったら教えてよ」

「任せて!」


 お礼としては微妙だったけど……まあ、この事が切っ掛けで私と浅井は急激に距離を縮めることになっていく。


 話してみて分かったのだけど、浅井はかなり面白いやつだった。朝が弱くて、頭をスッキリさせたくて朝風呂に入るようになったらしいのだけど、30分は浴槽で寝るらしい。


「ねえ、それ……朝風呂してる意味、全くなくない?」

「うーん、でも朝風呂気持ちいいし、二度寝最高だし……もうやめられないよ」


 ……手段が完全に目的に変わってしまっている。

 つーか、朝が苦手なのに余計なプロセスを増やしてしまってどうする。

 ……でも、私の周りには居ないタイプでほっこりするエピソードだ。


 ——そして浅井と私は、音楽の趣味が完全一致した。好きなジャンルは2人ともロックだ。


 浅井が髪を伸ばしているのも、好きなアーティストが皆んなそんな感じだからだそうだ。言われてみれば確かに——伸ばしっぱなしではなかった。なんかゴメンね。


「あ、今村さんに昨日教えてもらったバンド、動画サイトでチェックしたよ」

「お、早速見てくれたんだ、で、どうだった?」

「めっちゃ良かったよ! 思わず音源買っちゃったよ」

「早っ!」

「もう歌えるぐらいには聴き込んだよ」

「めっちゃハマってるじゃん」

「Going my way lifelong fighting〜♪ don't stop let's try myself hey guy〜♪の箇所とか鳥肌もんだったよ」

「本当に歌えてるしっ! つーか浅井、歌……上手いね」

「えーっ、そう? 鼻歌程度だけど、今村さんにそう言ってもらえると嬉しいな」

「今度、通しで聴かせてよ」

「うん、いいよ」


 ……浅井はいつもおすすめした音楽を、必ずその日に聴いて、次の日には感想を聞かせてくれる。これは私にとってはかなり嬉しい。

 アンダーグランド好きって程じゃないけど、あまり流行り物の音楽を追いかけていない私からすると、浅井だけが、好きな音楽を語り合える唯一の相手だ。


 控え目に言ってクラスで1番地味な彼だけど……私は——少なからず浅井を意識するようになっていた。

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