第11話 百万 一与 ⑪

 イチは立ち上がりながらも、ジン習得へ向けた焦りと焦燥感しょうそうかんに追われ、体力も精神力も、もはや限界のように見える。


「このままじゃダメだ。もっと何か …… 本質的な何かがあるはずだ」


 目もうつろろのまま、イチは水場を求めてフラフラと歩き出す。考え得る脳内の引き出し全てを総動員して、惟神ジンの発現を模索している。


「想いを極限的に圧縮 …… なんだよ圧縮って!」


 —— Zaッ!


 朦朧もうろうとしながらフラストレーションを吐き出している中、ふと気づくと水場ではなく、見覚えのある場所へ辿り着いた。


 そこは山面を垂直に綺麗に切り出した絶壁の上で、生霊いくたま神社の境内を一望いちぼうできる。


「考えながら上に登って来てしまったのか …… 懐かしいな」


 ここはイチが九歳の夏頃、未確認空中現象が見れるとTVなどで紹介され、一時有名になった場所で、山の麓では祭りが開かれ、こっそりと母親から離れた晴姫ハレヒメは、一人この場所に来ては少し騒ぎになった。


 周りの大人達が慌てて探している中、イチだけは『きっとハレヒメは泣いて帰れなくなっているだろうから早く見つけてあげなきゃな』と心配しながらも、確信を持ってこの場所を目指し、そして山を駆け上った所で晴姫ハレヒメを見つけた。

 

 どこを歩いて来たのか服も顔も汚れながらも、本人は何てことはなく、切り開かれた絶壁の上にちょこんと腰掛けては、空を見上げていた。


「おにいちゃん、せかいはきれいだねぇ」


 イチの方に振り返ってはニッコリ笑った顔が、背景の祭り夜景と重なって、とてもキレイで、印象的だったのを思い出していた ————


「今も何てことなく空見上げているんだろ? ハレヒメ、必ず連れ戻してやるからな …… 」


 来た道を戻ろうと引き返そうとしたイチは、振り向いた所で見覚えのある顔と目が合った。


「トーレ?」


 そこには変わらず冷たい目をした久々能智ククノチトーレが、木に背を預けながら立っていた。


「裏山にこんな所があったんだな」


 イチはトーレがTVなど見ない事を感じ取り、未確認空中現象の事は黙っていた。


「どうしてここに?」


「そうだな …… どうしてだろうな。オレにはオレの進むべき道がある。ハレヒメの事は …… 責任は微細びさいながら感じてはいるが、今はオレの道から外れるわけにはいかない。久々能智くくのち家にはオレがやらなければならない目的がある」


「うん …… これはボクの問題だから …… トーレは責任を感じる必要はないよ」


「だが、このまま見過ごすのも後味が悪い。例え微細であっても、今後の雑念になられては困る。最短で目的を達する為にも、少しの雑念だろうと排除しておきたいからな」


 圧倒的な自己の主張を重ねながらトーレは更に話を続ける。


「ここ数日のお前の動きは遠目だが見させてもらった。そのままでは期間内にジンは扱えないと断言する。決定的な点がお前には足らないからな。それはお前がジンを知らないからだとも言える。そこで本質を掴む意味でも、オレの一族、久々能智家に隠されている秘密を少し話しておこうと思ったというのが本音だ」


「久々能智家の秘密?」


「一族以外に知り得ない口外禁止の閉ざされた秘密だが、オレから雑念を排除するためにオレが必要と判断し、オレの為にお前の役に立てようと思ってな。それは …… 」


 トーレが重要な所を話し始めようとした瞬間


 ——— BaChiNバチンッ!


 目が眩むほどの強烈な閃光と、耳を内部から切り裂くような爆発音と共に、あらがう事を許さない強い衝撃波を浴び、イチとトーレは勢いよく飛ばされた。


「う …… ぐっ …… 」


—— TiTiTiチチチッ


 トーレは状況が掴めないでいながらも、衝撃の飛んできた方向に目を向ける。衝撃の中心地はまだ強い光の余韻と、プラズマのような稲妻が、パチパチと見え隠れしている。


「なん …… だ…… ?」


 衝撃波はトーレがいた所より、更に奥の草むらからサークル状に発生したようで、中心から外向きに草木がなぎ倒されている。


「イチ …… 無事か?」


 トーレは立ち位置から考えて、イチは自分より更に崖側に吹き飛ばされ、下に落ちていないかと、無事を確認するつもりで崖側に振り向き自然と声を発したが、それは誤りであった。すでにイチはトーレよりも早く、中心地側へ移動していたのだ。


「(こいつ、オレより先に立ち上がり中心地へ歩みを進めていたのか …… ?)」


「ボクは大丈夫。トーレも無事かい?」


「 …… ああ」


 二人は辺りの警戒へも意識を向けながら、慎重に中心地へ近寄る。


「なっ!」


 そこには、なければいけないものは何もなかった。

 爆発物の残骸がない。光やプラズマの原因になるようなものが何もなかった。


「どういう …… 事だ …… 」

 

 ただ一つ。


 だけがあった。


「え …… ?」


 中心地には、赤子とも見える小さな子供がいたのだ。


 横になり、泣いている様子はなく、大人しく目を閉じ、寝ているというよりは呼吸を整えているような、そんな様子だ。


 —— ChiPaチパッ


「 …… くせぇ世界だな」


 赤子は声を発した。

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