魔女の革命 ~BEHIND THE SCREEN~

ジョージ・柿句

Prologue


『拝啓

 十二月も上旬に入ると、僕の住む小さな町もクリスマス一色へと変わりました。

 高緯度に位置する割には積雪量が少なく、今年は特に暖冬の傾向が強いそうです。

 地球温暖化の影響か定かではないですが……

 (中略)


 森山家の皆さま方はいかがお過ごしでしょうか。

 厳しく長い冬に向けて、忙しく準備を始める人ばかりとなりました。

 僕の住む領地の住民など、まるで冬眠前の動物のようです。薪や石炭、ジャガイモや干しタラなどを買い漁っています。ドが付くほどの田舎であるため仕方がないのでしょうが。

 学生の身分である私は、一般世間の影響は少ないですが、まったく、というわけでもありません。

 学生たちのもっぱらの話題は、長いクリスマス休暇の過ごし方、この季節特有の催しに誰と参加するか、というものばかりです。

 (以下略)


 最後に、お正月に帰国できない旨を伝え、『森山晴一』と署名を入れる。

 この手紙が届く頃には、辺り一帯深い雪に覆われているだろう。

 手紙には『暖冬』と記したが、北欧に分類されるこの国の気温は日中でも氷点下十度を下回る。温暖な日本で育った僕に不安がないわけではない。


 陸軍士官学校の一つ『魔法アカデミー』に入学したことにより、一年以上にも及んだ故郷との通信規制の一部が取り払われた。

 入校した時点で僕の身柄は軍属扱いとなり、規制から義務へと変わっただけという捉え方もできる。つまりこれまで子供扱いだったのが、大人へ変わっただけ。

 子供扱いだと、『煩わしい』の一言に尽きる。

 この国の社会では、国外へ向けたすべての情報(手紙、ブログ、SNS等)が、まるで外来生物のように検査される。プライバシーなどあったものではない。

 しかし、これからは自分で、全ての機密情報を自己責任で管理しなければならない。

 この日本の家族への手紙も、記すことが可能な言葉と不可能な言葉の分別ができなければ、処罰の対象となる。

 例えば、僕の住む領地特有の文化や風習。僕がアカデミーで研究している内容。そして毎月のように発生する奇想天外な出来事。

 『魔法』や『魔法社会』という言葉さえも記すことが出来ない。


 いつの日か、日本の両親へ真実を知らせることができるのだろうか……

 期待と不安を抱きながら、便箋に封をした。


 手元にはもう一通、便箋が残った。

 こちらの宛名は『MR. SEIICHI MORIYAMA』となっている。

 つまり僕宛の手紙。

 この季節にありきたりとも言えるクリスマスの催事への招待状。

 友達が少ない僕には無縁の存在と思われがちだが、これが意外に多い。

 有体に言えば、数合わせ。もしくは集金目的。

 当然、それらすべてに『不参加』と記し、送り返した。

 数合わせのパーティから生まれる出会い、なんてドラマチックものを期待するほどウブではない。

 そんな無駄な希望に時間とお金を費やすくらいなら、魔法研究につぎ込む。

 診療所(クリニック)を開業したばかりで、いくら切り詰めても足りないのだから。


「どうしよう……」

 手元に残ったこの招待状も内容はほぼ同じ。文面も平々凡々としている。

 格式ばった立派な封書に、クリスマスを祝う言葉と「当家のパーティにぜひ御参加ください」とだけ。

 送り主は『チャット家』と記されていた。

 イングランド侯爵からの招待状でなければ、この招待状に『参加費』の注意書きがあれば、きっと心置きなく送り返していただろう。

 もう一度、文末に視線を落とす。

『君にしか頼めないことがある』との追記。

「しかたがない……」


 この招待状が奇想天外な舞台へのチケットになるなど、この時は考えもしなかった。

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