第1部 ~出会い編~
第01幕 魔法アカデミー
講義室に入り、最後列の窓際の席に着く。
出来の良い学生でないことは自覚している。
だからというわけでもないが、最前列に好んで座る。
とにかくそれが僕の学校でのルーチンだった。
もちろん最前列に座ったところで、誰からも評価されることはない。
むしろ、講師から雑用を命じられることの方が多いか。
教壇に近いことで、緊張して集中力が持続する。つまり眠気予防の荒療法。
しかし、この日の『魔法解析学』の講義では、その特等席どころか、二列目、三列目にも座ることが叶わなかった。
四列目になると若干の空席は見られたが、そこは複数の仲良しグループが作り出す緩衝地帯。僕のような単身者(ボッチ)が入り込めるような場所ではない。
地雷こそないが、ウザがられること間違いなし。
それに、そんな隙間に入り込めるほど僕の胆力も強くない。
結局、黒板の文字も霞んで見える最後列の窓際の席となった。
(まあ、席にあり付けただけでも良しとしよう……)
魔法アカデミーの学生は、(いずれ)この国のエリートと呼ばれる人々ではあるものの、全員が全員、真面目というわけでもない。
必修講義でなければ(サボリに対する処罰がない講義)、出席率は八割を下回るものが大半で、講義の十分前に席が埋まるような事態にはならない。
有体に言ってしまえば、現代における魔法教育などそんなもの。
それだけこの『魔法解析学』は人気があるとも言える。
講義時間の三分前、するすると扉が開き、噂の女性が姿を現す。
一瞬の静寂を挟み、全学生の視線がその女性へと集まった。
これは他の講師でも似たり寄ったり。
しかし、その後の違いが顕著なのである。この講義は。
「ケイト先生!」「グッドモーニング!」「ケイトリン准教授」「本日も麗しい……」「姫!」「ケイトリン公女ばんざい!」
若干名が場所と状況をはき違え興奮している様子だが、おおむねこの女性の講義はこのような状況から始まる。
その後も、いつもどおり。
講義開始のチャイムが鳴る数秒前まで教壇には人垣が出来上がり、僕の席からだと、光沢のあるブロンドの頭頂部しか見えなくなる。
女性の名は、ケイトリン・T・シュライバー。
魔法アカデミーきっての人気講師。
そして、(周囲の声からも分かるように)一流モデルにも引けを取らないほどの美女。その上、学生時代に飛び級に飛び級を重ね、僕より二つ年上で准教授にまで至っているのだから、学生たちの羨望を集めるのも当然だろう。
少し紹介が遅れたが、僕の名前は森山晴一。十八歳。
今年九月に入学したいわゆる新入生であり、名前からも分かるように日本人。
世界中のどこにでも存在する日本人留学生と大差ない。
童顔、チビ、痩躯。面と向かって「頼りない」「移民」「痴れ者」「邪魔者」など散々言われているが、この学校がかなり特別なだけ。
身長171㎝、体重59㎏、日本人としては至って平均。
この学校が『ブリトン陸軍士官学校』で、その特別養成校『魔法アカデミー』でなければの話であるが……。
「ソコ、ぼんやりしない! 話を聞いているの?」
ケイトリン准教授(以下ケイト)の怒声と共に、僕の視線上で火花が飛んだ。
火打石の火花にも似たソレは、一瞬で僕の意識を現実へと引き戻す。
教壇に目をやると、ケイトの青い瞳がこちらへと向けられていた。
いつの間にか講義は始まっていた。
(よくもまあ……こんな隅っこの席にまで気を配れるものだ……)
そんな僕の感想をよそに、周囲がざわつく。
「早い」「予備動作が見えなかった」「あれって光魔法だよな?」「あいつ得したな。ケイトに魔法を掛けて頂くなんて」「ケイト様の敵ね……」
そんな囁き声がそこ彼処から聞こえた。
その中には「あいつ、気を引くためにわざとやったぞ」という病的な思考や、「
ケイトと同じように魔法で僕を攻撃しようとする男子学生もいたが、それは周囲から取り押さえられていた。「ケイト様の講義を潰す気か!」という理由で。
この学校には日本人どころか、アジア系は一人もいない。アフリカ系も指を折って数えられる程度。
いつ忌避の感情が芽生えても、なんら不思議ではないのである。
全学生の白い視線が集中する中、僕は罰の悪そうな表情を作り、会釈を返す。
「それでは講義を続けます……」
ケイトの声で再び全視線が教壇へと向けられた。
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