それでも明日は変わらない。
総督琉
それでも明日は変わらない。
ーー明日、彼女は死んだ。
その結末を変えるため、何度もループを繰り返す。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「今日未明、建設中だったビルの鉄骨が誤って落下し、その下敷きになった一人の少女が死亡しました。名前は
ガラスのカップが地面で粉々に砕けた。そこから溢れ出す紅茶は地面をわたり、僕の素足をじんわりと濡らした。その冷たい感触は神経に伝わるも、そんなことは気にならなかった。
ーー冬木環ーー
彼女の名前だけが、僕の脳内では響き渡っていた。
冷たいクリスマスの雪は、静かに降り積もり、優しく解けていく。
それでも僕の心だけは、和らぐことはなかった。
「
「あなたは……誰ですか?」
先ほどまでテレビを見ていたはずの僕は、なぜか冷たい雪の上を裸足で歩き、崖下に広がる街を眺めていた。なぜか寒さなど感じず、ただ心の中にある虚しさを何度もたどっていた。
そんな僕に、一人の男は傘を差し、僕を見下ろしていた。
「私は、君を救いに来た」
とても静かに、そして穏やかに話す一人の男。慌てる様子など微塵もなく、ただ落ち着いて話している。
「僕を救う?」
「そうだとも。君は今、一人の少女の死に悲しんでいる」
「ああ」
「そして君は自分も死のうとしている。違うかい?」
「ああ」
「そんな君に
「やり直す……?」
分からなかった。
やり直す、などという言葉の意味が、僕には全く理解できないものであった。
「君は過去を変えられると思うかい?」
「そんなの……分かるはずもない」
「そうだろうな。それは過去を変えるという行為に挑んだ者にしか分からないことだ。だから君には是非とも挑戦して欲しい。過去を変えるということが、一体どういうことなのかを」
その男は僕のまぶたを上げ、瞳を凝視する。
真夜中だったはずの世界は一瞬にして朝を迎え、雪が降っていたはずの世界は一瞬にして晴れていた。
「ねえ。無視?」
頬を膨らませてそう言ったのは、死んだはずの冬木環であった。
「どうして……冬木……」
「どうしてって、てか何で涙目になっているの?私が悪いことした?」
僕は涙を堪えきれず、感情が溢れ出していた。
「冬木……冬木……冬木……」
「はい。私はちゃんとここにいますよ。
二度と会えないと思っていた彼女がそこにはいた。
死んでいなかった。ではあのニュースは嘘なのか?
そういえば謎の男は言っていた。
「なあ冬木。今日は何月何日だ?」
「十二月二十四日だよ。今日はクリスマスイブじゃん」
あのニュースを見た日は十二月二十五日の八時くらいだったか。だが今日は二十四日。
過去に……戻ってきたのか……。
そうだ。過去に戻ってきた……だから冬木が死ぬことも回避できるのではないか。
「なあ冬木、今日の夜、何か予定とかあるのか?」
「うん。今日はね、
「朱雀?」
「うん。あの山の丘には朱雀神社っていう場所があってね、そこに住んでいる朱雀さんに会う約束をしているんだ」
「怪しい人とかじゃないよな」
「なんかお母さんの親戚の人みたいだよ」
「お母さんの知り合いらしいんだ。だからクリスマスの日はそこでパーティーをするんだ」
楽しそうに冬木は語っていた。
どうすれば冬木は死なずに済む?
そういえばこの通学路にも、あの工事現場がある。何とか工事現場の前を通らせないようにしないとか……。とはいえ、冬木の家から山までの道には工事現場はない。
「なあ冬木。何か先に寄る場所とかあるのか?」
「うん。先に浦部くんの家に行くんだ」
「浦部!?ってあの学校一イケメンの浦部の家か?」
「そうだけど、どうしてそんなに焦っているの?」
僕と冬木は恋人ではない。ただの幼馴染みだ。冬木の恋愛事情に口出しはできない。
僕は心の奥底から聞きたいことに蓋をし、何とか堪えた。とはいえ、原因は浦部の家から帰る途中に違いない。
「なあ冬木。浦部の家には行かないでくれ」
「どうしたの?そんなに頭を下げて」
頭を下げる僕に困惑しているのか、冬木はしどろもどろになっていた。
「本当に身勝手だけど、行かないでくれ。お願いだ」
「本当に身勝手、理由も正直分からないよ。それじゃあ。でもさ、私は君の幼馴染みなんだぜ。何かしらの理由があるっていうのは分かるんだ。だから浦部の家には行かないよ」
「ああ。ありがとう」
そうして次の日の朝七時。
僕はテレビをつけ、ニュースを見ていた。
「昨夜の十一時頃、工事現場にて事故が発生しました。その事故で下敷きとなった冬木環さんは病院へ運ばれましたが、死亡が確認されたとのことです。では次のニュース……」
カップを握る手には力が入らなかった。あの日浦部の家には行くなと言っておいたはずなのに、どういうわけか冬木は死んでいた。
胸が苦しくなった。呼吸が荒くなった。
「どうして……どうして……どうしてなんだ……」
呆然と立ち尽くし、僕は感情が整理できていなかった。
ーー悲しい、苦しい、痛い、死にたい……
胸の奥底から沸き上がる感情たちに、ただ頭を悩ませていた。どうして救えなかった。どうして……どうして……。
いつの間にか、僕の足は再びあの山へと向かっていた。山の頂上へつくなり、僕は眼下に広がる街を眺めていた。
「
聞き覚えのある声に、僕は勢いよく振り向いた。やはりそこには、僕を過去へと送ったあの男がいた。
まるで僕が何を経験してきたかを知っているような口ぶりと表情で。
「なあ結局過去を変えられなかった」
「そうか。ならもう一度過去へ飛べ。そして変えてこい」
そう言うと、男は僕の目を凝視した。その瞬間だった。僕は再び過去へと戻された。
「ねえ、無視?」
二度目の景色。いや、正確には三度目だ。
また僕は戻ってきてしまった。冬木環の死なない世界を創るために。
「ねえ
冗談混じりに言ったのだろうが、僕には到底そう聞こえるはずもない。僕は心に深く刻まれた冬木の死というものを前に、大袈裟に抗うことしかできない。
考えろ。感情なんか整理している時間もない。誤魔化せ。ひたすら考えて感情を誤魔化せ。
あの日、どういうわけか冬木は死んだ。つまり原因は浦部ではなかったということになる。どうすれば……どうすれば冬木を救える?
僕は終始無言で冬木の隣を歩いていた。冬木は僕を不審な目で見ていたものの、そんなことなど気になってはいなかった。
家へつくなり、僕は死んだ祖父の祭壇に座って祈った。
(お爺ちゃん。今、僕はとても苦しいです。人の命を救うということはとても難しく難しく、簡単なことではありませんでした。どうか知恵を貸してください。たった一人の幼馴染みを救うために、どうか知恵を……)
だがしかし、当然のように返答はない。
当たり前のことだった。死人が口を訊けるのなら、今時霊媒師などというインチキ商売は儲からないだろう。
もう既に日は落ち、今ごろ冬木は浦部の家に行っている頃だろうか?
「冬木。僕が必ず救ってやる……」
僕は強く拳を握って決意した。決意した。ただ決意しただけだ。
僕は顔を下げつつも、前に進んだ。
変えられるだろうか?ーー無理だ。
変えられないーー正解だ。
僕の足は躊躇っている。それでも進んでいた。
「春夏秋。行くんだろ」
僕は自分に呼び掛けて、前を歩む。
玄関の扉を開けて真っ先に向かったのは、当然浦部の家だ。だが浦部の家の前についた瞬間、冬木が家を飛び出して工事現場のあるビルの方へと走り出した。
「待て……。そっちには」
僕は必死に冬木を追いかける。だが帰宅部の僕の足は運動部である彼女の足には到底追い付かない。そんな中で、僕は大声で呼び止めた。ようやく気づいたのか、冬木は振り向いた。だがそこは工事現場のすぐ隣。
「冬木ぃぃぃいい」
鉄橋が一つ工事現場から落下した。その鉄骨は冬木の真上に身を投げ出していた。
「冬木……」
僕は必死に冬木へと手を差し伸べた。だがしかし、僕の手は届かなかった。僕の手についていたのは、真っ赤な血と、僕の目からこぼれた涙だけだった。
降り始めた雪はやけに虚しく、そして僕の心を空白にしていく。
ーーどうして僕は救えない?
僕は何もできない自分に嫌気がさし、自分の部屋に籠り、そして眠った。次の日もまた次の日も、僕は学校を休んだ。
過去を変える?
そんなこと、僕なんかにできるはずがなかった。僕みたいな奴なんかじゃ救えない。今まで何の努力もしてこなかった。努力しても皆に笑われるだけだから、いつからか努力することを恐れていた。
笑われたくない。嗤われたくない。
それでも僕の周りには努力している人はいたんだと思う。けど、やっぱり僕にはできなかった。努力というものは、どうしてもできるはずはなかった。
いつからさその理由は、笑われたくない、から面倒くさいに変わっていた。
いつだって僕はやる気など出ず、努力する気などさらさらなく、ただ平凡に、そして意味もなく人生を無駄に生きていた。ただ無駄に、努力を恥だと思いながら生きていた。
「春夏秋。今日も宿題やってこなかったのか」
ーーすいません
「春夏秋君。毎回見学じゃないか。サボるな」
ーーすいません
「おい春夏秋。どうしていつもいつも遅刻ばかりする」
ーーすいません
すいません。すいません。すいません。すいません。すいません。すいません。すいません。すいません。すいません。すいません。
いつからか謝ることしかできなくなっていた。謝るだけで全て許されるから。
ーーすいません
そんな便利な言葉に、僕は毎日のように頼っていた。そんな最低な僕に、冬木だけは、あいつだけはそばにいてくれた。あいつだけは僕を理解してくれた。
僕はいつの間にか眠っていた。
昼間だというのに、学校にも行かず、飯など食わず。
「また救えない」「何度殺せば気が済む」「私は君が……」「どうして報われない」「辛いのが世界だよ」「苦しすぎるよ。この痛み」「私を救って。春夏秋」
僕は息を荒げ、目を覚ました。
荒い呼吸が鼓動を高まらせ、僕はうなされていた夢を思い出しては頭を抱えた。
僕には変えられない。そもそも……どうしてこんな痛みを僕が背負わなければいけない……。
過去に人を移動させる能力か。そんな能力があるのなら、いっそのことお前が過去を変えてくれ。僕はもう疲れた。
「冬木……」
また僕は眠った。再び目を開けると、そこは僕の部屋ではないどこか。足元は水が延々と広がり、宙には無数のランタンが浮いていた。暗い場所ではあるが、ランタンによって照らされ何とか足場が見えるという場所だ。
僕は知らない知らない場所に困惑し、おどおどしていた。そんな僕へ、一人の男は歩み寄ってきた。
「どうだ?この世界は」
そう言って姿を現したのは、僕を過去へと飛ばした張本人であった。
「随分と人間らしいじゃないか。少年」
「お前は……何なんだ」
「名乗り遅れたね。私は朱雀。時を司る存在さ」
朱雀か。
そうか。そもそも冬木はこの男に招待されていたな。冬木が死ぬ日に。
「なあ、お前は僕に何をさせたかった?」
「可能性を見たかったんだよ。本当は誰でも良かった。けれど、君は時間が選んだ存在なんだよ。君という存在がいかに特別な存在か。それを君自身には分からないかもしれない。だが、君は確かに可能性を示してくれた。未来は変わるし過去は変わる」
「難しいことは、僕にはできませんよ」
確かに僕には理解できなかった。
当然だ。結局僕は変えられなかったじゃないか。何も、何一つ、変えることはできなかった。
「朱雀さん。僕には可能性なんてないですし、世界を変えることもできません。だって目の前で冬木が死ぬのを止められなかった。もう嫌なんですよ……。後悔とか、挫折とか、そういうのは大嫌いなんですよ。だからもう、一人にさせてください」
それでも朱雀はポケットに手を入れ、しゃがみこむ僕の隣に立って言った。
「これはあくまでも仮説だ。だが案外当たっているのかもしれない」
朱雀は空に浮かぶ無数のランタン一つ一つに目を向けつつ、言った。
「現在とは、未来にとっては過去である。だからこそ、我々は未来で起きた出来事をなぞっているに過ぎない。それに逆らうことはできず、意識すらも未来と重なっている。未来を予知して変わろうとしても、それすらも未来では刻まれている。だからこそ未来という現実は変えられない」
「結局救えないんですね」
僕は力ない声で言った。
「ああ。そうだ」
僕の力ない声に、朱雀さんは冷静な口調で返答した。
「だがな、春夏秋。私は人間の可能性を信じたい。だから立ち上がってくれ」
朱雀さんは手を差し伸ばした。けれど僕にはその手を掴む権利も何もない。
「朱雀さん。やっぱ僕にはできません。だってどうせまた死なせてしまう。どうせまた彼女を殺してしまう。何度も何度も彼女を傷つけて、痛みを彼女ばかりに負わせて、それで結局何が残るんですか?そんなんじゃ何も残らない」
「だが今のままでは何も残らないぞ」
「もう良いんですよ。変えたところできっとまた失う。ただの引き延ばしに過ぎない。それに何の意味もないんですよ」
僕は声を荒げて言っていた。それに返すように、朱雀さんを声を荒げて言っていた。そんな水掛け論。
僕はもう変わりたくない。変わるのが怖い。また冬木に会うのが怖い。
そんな僕の近くに、ランタンが一つ近づいてきた。そのランタンは僕の目に過去の光景を映した。
「ねえ春夏秋。冬は好き?」
「いや。あまり好きじゃない。だって冬は冷たい。まるで周りの人たちみたいで嫌いな季節なんだ」
「そうなんだ。じゃあいつか春夏秋が冬を好きになれたらさ、教えてね。その時はきっと雪が降ってくれるかもしれないしね」
そしてもう一つランタンが近づいてきた。そのランタンは僕の目にもう一つの景色を映し出した。
「おい春夏秋。お前だろ。窓ガラスを割った犯人は」
「いえ……。ぼ、僕じゃ……」
「分かっているんだ。隠しても無駄だ。先生も帰りたいんだ。速く言ってくれ」
そんな時、一人の少女がヒーローのように現れた。
「先生、窓ガラス割った犯人連れてきたよ」
いつだって君は僕を救ってくれた。
いつだって君は、僕のそばにいてくれた。
何も恩を返していない。僕はまだ、あいつに何も返せていない。言葉も、気持ちも、思いも。何も返せちゃいないんだ。
「朱雀さん。僕を過去に飛ばしてください」
僕の軽やかな笑みを見て、朱雀さんは少しばかり首をかしげていた。
「朱雀さん。僕、一つ分かったことがあるんです。過去を変える方法は全くもって簡単で、笑っちゃうくらいのことなんですよ。ようやく見つけた。過去の変え方が」
三度目のやり直し。
また変えられないのだろう。きっと変えられない。けれど未来は少しずつ変わっている。なら過去だって変えられる。未来が変わるのなら、過去すらも変えられる。
僕はもうくじけない。諦めない。止まらない。
二度と諦めたりしない。もう悔やんだりしない。もう二度と涙は流したくないから、もう二度と苦しい涙は流したくないから。だから僕は救うんだ。
「頑張れよ。春夏秋」
「はい」
再び過去へ僕は行く。
もう失うのはこりごりだ。なら過去に行ってすることは一つ。
「救ってみせる。冬木」
僕は過去へ戻るなり、真っ先に浦部の家へと向かった。浦部は玄関にいる僕を見るや、驚きを隠せなかった。
「なあ浦部。お前と決着をつけに来た」
全ての元凶が誰なのか。
その答えは簡単だ。この男さえいなければ、きっと冬木は死なないんだ。
「なあ春夏秋。どうかしたのか?何か変だぞ」
「浦部。冬木は、あいつは僕の女だ。だからもう、ちょっかいは出さないでくれ。もう、誰にも奪わせたくないんだ」
「そうか……」
浦部は小さくため息を吐くと、僕の真剣な表情を見て悟った。
「そうか。やっぱりそうだったのか……。ああ、諦めるよ。だから春夏秋、冬木を大切にしろよ」
想定外だった。
きっと浦部は敵なのだと、そう心のどこかで感じていた。だがそれは間違いだった。きっと僕は向き合ってこなかっただけなんだ。向き合う、そうでもしないと、僕は冬木を救えない。
「浦部。お前のおかげで覚悟ができた」
「そうか。頑張れよ。春夏秋」
僕は振り返り、冬木の家へと走った。だが既に日は落ち始めていた。
「時間の流れが速い……。これは過去を変えたからなのか。なら何かが早まっている……冬木の死か」
過去を変えるためには、きっと大きなことを過去で起こさなければいけない。そうでもしないと、きっと過去は変わらない。
僕にできることは、ほんの小さなことだけど、たった一つしかなかった。工事現場へとつくと、そこで冬木と出会った。
「春夏秋。どうしてここにいるの?」
「冬木……」
躊躇った。つい口を閉ざしてしまった。言わなければいけない言葉は、あとちょっとというところで喉元につっかかった。そんな時、工事現場の上では大きな音がしていた。
「冬木が死ぬ過去には、自分が死ぬという過去は存在していない。なら簡単だろ。過去を変えることは至って簡単だ。今までだって過去を多く変えてきた。ほんの些細なことでも変えてきたんだ」
僕は冬木をかばうように、僕は冬木を全身で包み込んだ。しゃがみこむ冬木は何が起こるか分かっていないようだった。
僕は最期と思い、冬木の耳元で囁いた。
「冬木、大好きだよ」
そう言った直後、鉄骨が頭上から落下する。幾つも鉄骨は激しい音を立てて地面に打ち付けられ、火花すらも舞い上がる。その激しい音が鳴る最中、僕の足に鉄骨が直撃した。あまりの激痛に叫ぶも、もう一つ右腕に鉄骨が落ちた。血で腕は熱くなり、痛みのあまり声も出ない。
痛い、痛い、痛い。
この鉄骨の下に冬木は何度も下敷きになったかと思うと、工事現場の監督には腹がたって仕方がない。とはいえ、そんなことを考えられる暇もなく、とうとう僕は意識を失っていた。
薄目を開ければ赤色のランプが街中を照らし、耳障りな音が脳内に響いている。そして僕の体を揺らすように、冬木は泣きながら僕へ呼び掛けていた。でも聞こえない。
(冬木。君が生きてくれて……本当によかったよ……)
長い眠りだった。
まるで生まれ変わる準備でもしているかのような、長い長い眠りだった。ようやく長い眠りからは解放され、目をゆっくりと開いた。腕につけられた無数の糸、足に巻かれた包帯、血は既に消え失せ、傷も完治してはいないまでも少しは治っている。
「生きて……いる!?」
ベッドから上半身を起こし、僕はふと周囲を見渡した。隣には冬木が椅子に座り、疲れたようにぐっすりと眠っていた。
「冬木……」
「ようやく起きたんだね。春夏秋くん」
僕が冬木の寝顔を見つめている最中、ノックもせずに男は入ってきた。僕の慌てた様子に、彼は笑みをこぼした。
「すまんな。驚かせてしまった」
「朱雀さんですか……。そうか。僕は冬木を救ったんだ」
本当に長い戦いだった。
何度も変えられないと足掻いてきたが、ようやく明日を変えられた。
「春夏秋くん。正直私は無理だと思っていた。あと少し、そこにはきっと届くかもしれないが、それでも結局結末は変えられないと、そう私は思っていた」
「朱雀さん。朱雀さんも似たような経験をしたのですか?」
「いや。君とは似ても似つかない。私の力はあくまでも人を過去へと送り出す力。だがこの力で私自身は過去へ飛べなかった。だから大切な人を失ってしまった。失ったままになってしまった」
朱雀さんは晴天の空を見つつ、悲壮感に浸りながら語っていた。
「春夏秋くん。君は手離すなよ。もう二度と。後悔しないように、もうこれ以上後悔しないように、思いというものはちゃんと伝えておいた方が良い。人それぞれ多種多様な感性を持っている。だからこそ、言わないと伝わらない」
「伝える……ですか」
「躊躇っているか?」
「はい。もし気持ちに答えてくれなかったら、どうしようかと。もし冬木には他に好きな人がいたらどうしようって……」
「まあそうだな。人の気持ちは分からないから、その分悩んで苦しむんだ。誰だってそうだ。『好き』なんて言葉は人生に何度も何度も使えるような万能な言葉じゃない。だからさ、その言葉は人生でたった一人、惚れた女に捧げるために使え。そして手離さないよう、早めに行動しろ。春夏秋くん、君にはそれが許されるから」
そう言うと、朱雀さんは病室から去っていく。
冬木はまだ眠っている。だがきっともうすぐ起きるだろう。僕はその時、冬木に伝えられるだろうか?
深く考えている内、冬木は起きた。
「春夏秋……起きたんだね……」
目に涙を浮かべた冬木は、僕に抱きついてきた。
「良かったぁ。良かったよぉ」
初めて見る冬木の泣き顔に、僕は動揺を隠せなかった。時に天真爛漫に、そして時にクールに振る舞う彼女の、弱い一面が見れたんだ。
「なあ冬木。一つ、伝えたいことがあるんだ」
「うん。何?」
僕は大きく息を吸い、空気を吐くようにして冬木に言った。
「冬木、僕は冬が好きになったよ」
「君って奴は、涙腺が脆い時にそういうこと言うんだから」
明日は変わった。
未来は変わった。
一生曇り空が続くと思っていた世界は、晴天に恵まれている。
雪が降りしきる病室の庭、二人は雪を見つめ、微笑みあった。
それでも明日は変わらない。 総督琉 @soutokuryu
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