第21話 8班ガレージ

 ボロボロになった小梅を、すぐにでも直したいウメコは、明日ノルマを片づけ次第、修理に出しに行くことにきめた。


 保全ノルマなのは、むしろありがたいことだった。班長は小梅のこんな状態など、よく知らないはずだったのに、ウメコの報告より前に明日のノルマの変更を決めていたのだから、そこまで見越した上での判断だとしたら、さすがだな、とも思うけれど――そんなはずはない!――と、すぐにイーマへの甘い見方は打ち消した。――バカバカしい。あのひとは、連合のためならフツーに冷酷になれるひとなんだ、さっきの態度をみればそれがよくわかる。外労連に襲われて戻ってきた私に、ねぎらいの言葉一つ出なかったじゃないか。開拓事業の鬼なんだ、あのひとは。でなきゃ二十歳そこそこの年齢にして、<!!ウサミミ>勲章なんかもらえるはずはない。きっとあの勲章の下には、班長のノルマ達成のために犠牲になった、名もなき捕虫労民たちの累々るいるいたるしかばねが横たわっているに違いないんだ。いずれ私もその一つに加わるんだ。班長の栄達のための犠牲に。まるでバグモタ燃焼のために破裂していく虫のようにだ・・・。


 ウメコは一旦、相変わらずバカげた、イキ過ぎた妄想からちょっと退いて考え直した。確かに労務違反したしノルマも台無しにした。ただそれ以上にどう見たって手柄の方が大きいし、なによりこうむった損害が大きい。この小梅の状態をみればそれがよくわかる。なのに班長は、これっぽっちも評価してくれなかった。結局、明日はただのペナルティと組合に対するお体裁の、要はいましめと見せしめの配置にきまっているんだ。ベルリンガー級にはうってつけのノルマさ。――朝のメンテも必要なし。楽でいいや――



「小梅、蝶を発見したよな」


『大発見ダッタネ』


 まだ自分でしゃべった記録は残っているらしい。ウメコは意外だった。「いなかったことになってるぞ」


『・・・ホントダ・・』


「どうしてかな・・・?」


『・・・1619時・・無登録ノばぐもたガ現レ、ソレニ、長ク補給不可能状態ニサレテイマシタシ、何ラカノえらーガ出ルノモ、コノ状況デハ、オカシクハナイ状況ト思ワレ・・・マタ、意味不明ノ言葉、ツマラナイ冗談、不適切ワード、ウソ、等ガ出ルノハ、コレハとらんすとろんトハ無関係ノ、ますこっとAⅠノとれーなーニヨル影響ガ多分ニアルトノ報告ガ・・・』


「もういいよ!」


 発見を告げた記録はある。けれど、そこに肝心の蝶の記録がないのだから、ただ戯言か冗談を言ったのだと、小梅、というよりトランストロン・コンピューターは都合よく再解釈したらしい。大体、蝶の発見は無登録バグモタ出現より前のことなのだ。


 これ以上考えてもどうにもならない。もう忘れるべきなんだ。すべて騙された自分が悪いのだ。――けれど、あの状況を思い返してみれば、やっぱり・・・――ウメコは大きく息をついた。やめよう。再び底なしの泥沼に飲まれるだけなのだから。底が無いより、バカの底でもあった方がまだマシなのだ。


「まったく、幻の蝶ちょを追いかけてたみたいだな。おかげでオマエを壊しちゃった」

 


 8班の前線ガレージでは、とうにノルマを終えて帰宅した班員のバグモタが揃って、左列4機、中列2機と、お座りさせた尻もち降着姿勢で並んで駐機させてあった。組合のガレージと比べたらはるかに小さいが、右列に置きっぱなしのイーマのも含め、計7機のベリー級クラックウォーカーが、整然と並んでいるさまは、それなりに壮観ではあった。他にシード級のが、班で所有しているウサギ型が1機と義務労のカエル型のが1機置いてあり、ここにウメコの小梅を入れても、さらに3機分のベリー級クラックウォーカーが置けるだけのスペースであるから、ここだけ見ればけして小さくなかったけれど、一応、前線捕虫班虫屯地というのに、併設する建物と言えば簡素なスクーター置き場のみで、他に仕切られた部屋もなく、虫屯地というにはおこがましい、まったくただのガレージだったのだ。


 もちろん、バグモタ稼働には必要な虫補給のノズルは壁と天井から吊り下げられたのとが一つずつ備えてあるし、防虫対策のバグレぺ吹き付け用コンプレッサーや防虫スプレー缶増幅ノズル付きターレもあった。しかしどこの班でもバグモタ用ガレージには大抵しつらえてあるはずの、スピッター用のスプレー缶ラックなどの付属的な設備はなく、ここではバグラブなどのスプレー缶は隅の方に直に置いて並べてあった。


 またブリーフィング用に仕切られた前室アンタールームはなく、それにあたるものといえば、クラックウォーカーの使えなくなった腰殻ようかくを倉庫棚にして置き、その脇にトラビ付きの机と、シフト表をわかりやすく共有するためのホワイトボードと、その周りにテイルヘッドの予備を椅子がわりに並べたむきだしの朝礼スペースがあるだけだった。


 ウメコが知る限り、8区の捕虫班の中でもっとも貧しい設備である。以前、レモネッツ時代に併設されていた居住空間付きの3層ユニットルームは、解散と同時に取っ払われていた。


 捕虫労組合の捕虫要員は、こういった所属する班のガレージにバグモタを置き、それぞれ居留地の自宅から、朝ここへ通ってバグモタに乗り込み、各地へ飛んで、渡された捕虫ノルマをこなし補給要請に応え、要請がなければ組合の虫屯地で虫を納入、報告し、班ガレージにまた戻るというルーティンだった。


 いま並べてあるクラックウォーカーの順を見れば、それが大体そのままノルマを終えた順番だった。停めたばかりの小梅のすぐ後ろは、トミコ・サカッカスのエクスクラム製ベアベリー<テディ‐Ⅹ>。その後ろがパセリナ・ガンモドッキのエクスクラム製ラビットベリー<フェアメイドZX>。もっともこの二人はベテランの部類だから、トミコは同期だし、パセリナは二つ下だった、遅いというより、余裕をもって寄り道込みの帰着と思えた。


 前列のすぐ隣に置かれたクラックウォーカーと見比べると、とくに小梅の姿の惨憺さんたんさが際立った。それはウメコの先輩バグラー、カノエ・カリントのバグモタ、エクスクラムの最新型ラビットベリー<ハーモニー♪>だった。その新しい機体のせいで、いまの小梅はより一層みすぼらしく見える。このハーモニーは下脚がフレア状になっていて、クリーパーホイールと一体化している姿は、なんともいえず優美だった。しかも有効クラックワーク性能99%のA級クラックウォーカーなのだ。昔からの呼称でいえば準クラックワーカー・・・・と言っていい代物だった。


 ※<クラックワーカー>については、次に掲載される番外編にて


 ウメコは立ち去る間際、小梅を動かさない明日のノルマに思い至り、後ろに陣取るトミコらのバグモタのために、朝いちいち小梅を移動しなくていいように、右列の奥に置かれたイーマのクラックウォーカー<ボーピス>製キノコベリー<オフィサー>の隣に置きなおした。


 そうして出る前に、正面の壁に掲げられた<開拓前進旗>や<捕虫労組合旗>、<ストロベリーアーマメンツ>の旗と並んだ、<レモンドロップスiii>班旗とその上に張られた「いつか再びひっくり返そう!Downside Up!Again!!」の8班のスローガンの垂れ幕を見上げた。

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