第18話 ゴーイング ホーム

〝ウィキッド・ビューグルへの限りない感謝と一つの誓いを!・・・こちら組合班室、イーマだ。で?、なかなかの出来らしいじゃないかウメコ。無登録バグモタなんか、できるだけ回避しなよ、相手にしないで早く帰っといで″


 帰りの途上、失意のどん底の中でウメコはこれを聴いた。


 我らが第8班、班長のイーマからの言葉少なく、素っ気無いながらも心温まるメッセージが、沈んだウメコの心には泣きたいほどしみた。すぐに返事をしようとトラビに尋ねたけど、不在だった。仕方なく、ぶっきらぼうに思えるメッセージを入れておいた。むしろウメコにはかえってその方がよかった。さんざんな今日一日の折れかかった心で、班長のイーマの優しい言葉などに直接触れてしまったら、ノンコ者のウメコといえど、泣きだしてしまったかもしれない。


 なにせ今日は天から地への落差が大きかった。


 イーマとはかれこれ10年近いつきあいになる。ウメコの捕虫労としてのキャリアの始まりが、義務労にあがると同時に引っ張られた結成間もない<レモネッツ!!!>からだから、その年数はまるまる重なるけれど、正確な出会いとなると、それよりもちょっと前、学役がくえき時代にまでさかのぼる。


 開拓労民養成学務所5年のとき、まだ捕虫要員育成部バグモタ操縦専攻どころか捕虫労学科に配置される以前の学労時代、セグメント6区出身のウメコは配置転換によってセグメント8区に異動となった。連合が取り入れた開拓観測のための陰陽道による、いわゆる「鬼門交換」と呼ばれる配置転換だった。鬼門区2区などの不吉な方角生まれの労児と、それ以外のセグメント区生まれの労児とを交換することで、凶事や鬼門区労児の凶運を避ける目的だ。8区の場合は裏鬼門にあたるが、やはり鬼門交換により、丙午ひのえうまの6区生まれのウメコは、方違かたたがえの配置転換を命じられ8区に来ることになった。


 ただウメコの場合、「鬼門交換」により鬼門区に転属、という辞令は、ただの名目上のことであって、実際、労児の交換はなく、本当は「鬼門送り」とかげで呼ばれる一方的な配置転換であるらしかった。各セグメントの問題労児を鬼門区に送り、凶事を相殺させるという、それも開拓観測上の方針だった。


 ウメコは学所の教労の先生からそう聞いた。


 これには疑う余地がなかった。なぜなら、「丙午ひのえうま6区」という、女子にとってのみの不吉方角生まれのウメコは、鬼門交換で凶運を避けさせ、不吉方角以外の他区へ方違えで・・・・送られる労児の側・・・・・・・・であって、「丙午6区」より不吉方角とされる「裏鬼門8区」への異動など、普通ありえなかったからだ。げんに6区出身の男子は8区で技術労にいるのを知っているけれど、6区出身の女子とここ8区でお目に掛かったことは一度たりともなかった。


 ともあれそうして学所も6区労児の通う南東‟よいむ”学所から8区労児の通う南西‟なやこ”学所に転属となったことが、イーマや<レモネッツ!!!>との出会いにつながった。

 

 ウメコは学役時代、けして成績優秀な学徒ではなかったけれど、バグモタ操縦技術や虫探し、捕虫の実技だけは、いつも飛びぬけていた。まさに前線捕フロントライン虫要員バグラーの申し子だった。それから順当にバグモタ操縦専攻に配置され、そんな噂を聞きつけてか、まだ義務労への昇進の半年以上も前にイーマはわざわざスカウトにやって来た。イーマは班長として、8班の枠を託され、<レモネッツ!!!>を結成したばかりで、自らが目指す前線捕虫班にかなう人員を探していたのだ。


 ずっと前線捕虫要員フロントラインバグラー志願だったウメコは、願ったりかなったりで、喜んで誘いに応じた。しかも<!!うさみみ>勲章の受勲者だったイーマに見込まれたのだから、このうえない幸せだった。そうしてまだ学労の身ながら、一日とておろそかにしない開拓精神を盾にとって、学所での学務をサボり、当時乗っていたシード級のバグモタに乗って、8班の遠征捕虫についていったこともあった。義務労にあがると、ベリー級バグモタ初心者向けの定番ラビットベリー<テンダーフット>を支給され、イーマから、実働に向けてのバグモタ・クラックウォーカーの操縦技術や捕虫のノウハウと、連合開拓労民捕虫労、前線捕虫要員としての心構えを叩き込まれた。


 もはやウメコが8区に配置転換されてからの日々は、生まれた6区より長い期間となっている。そうして8班は、家族のようなものだった。


 

 組合虫屯地ちゅうとんちまで着くと、今日の失敗と、破れた網からも漏れずに残った貴重なデータ採取の成果を引き比べて、イーマなら公平に評価してくれるはずだと、ウメコはやや都合よく考えることで、落ち込みかけた気持ちを上向きにしようとした。セグメント8区捕虫労組合前線虫屯地の巨大駐機場の外シャッターを開け、除虫室で小梅につれて入り込んだ虫が吸い出し器で追い払われるあいだ、疲れたときに、ここできまってそうするように、じっと目をつぶり長い深呼吸をした。それから内シャッターをくぐり小梅を中へ入れた。


 いつも賑やかな駐機場はいまや閑散としていた。それもそのはず。臨時補給要請のないときなら、ウメコは3時間も前にはチェックしている。あってもこうまで遅れることはなかった。他の捕虫要員のバグモタは、とっくにノルマの虫の捕虫と補給、納入を終え、明日の労務に備えそれぞれの班のガレージに戻ったあとだった。


 集めた虫の回収タンカーは当然いない。この巨大な駐機場の中、空間以外に止まっているものといえば、場内移動用のターレが、等間隔に張り渡された壁の充電コードに虫のように寄りかたまり、クラックウォーカーが、組合保有の<ボーピス>の最新型キノコベリーと、<草冠>のうさぎベリー<因幡三式>の他に、シード級のが数体、端に整列している。そして居残り学労のように尻もちをついてポツンと一時駐機しているラビットベリーがまだ3機いた。ウメコと同じく問題捕虫要員なのだろうか。どれも網は張っていなかった。すでに納入済みなのか、捕虫以外のノルマだったのだろう。捕虫ノルマにボウズなどありえないから。あとは組合の捕虫タンクが定位置に5輌とバグカーが遠くに数台止まっているだけだった。


 しかしなにより整備要員がいないのにウメコはホッとした。組合借出のバグパックを破壊してしまったことを連中に見咎みとがめられたら、こっぴどく当たってくるにきまっている。落ち込んではいても、さっきの興奮がまだ冷め切らないウメコは、連中に頭ごなしに来られたらいつも以上に黙ってはいられないだろうし、そこでまたひと悶着起きることは必至だったから。


 ウメコは小梅を、報告が長くかかって、たまに起こるタンク内破裂で虫が切れることを考えて、補給ノズルのすぐ側に降着させると、記録キーを抜き、トラメットを脱いで脇にかかえ、荷物のバッグを肩にかけて、ハッチは開けたまま、小走りに旧規格エリアの班事務室へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る