第12話 外労連《げろうれん》


 ウメコは無法バグモタ乗りに相対して、捕虫労組合所属の開拓連合労民として断固とした態度で臨まねばならない。外労バグモタを見据えつつ、小梅を虫霧の中へと近づけて行きながら、ウメコは、発見した非合法バグモタの違法行為を証明するべく、開拓推進連合共同約定のバグモーティヴ運用に関する条項を表示させ、無駄だとわかっていながらも、外部スピーカーのスイッチを入れるよう小梅に言った。


『ドウゾ』


 オホン、と咳払いひとつしてウメコはまくし立てた。「こちらはセグメント8区、捕虫労組合前線捕虫班第8!そこのバグモタ!所属を明らかにしなさい!この区域は非連合労民立ち入り禁止区域である!またー、バグモーティヴの非合法所持、並びに運転はー、連合規約第67条違反であーる!速やかに当局に申請のうえー、即刻立ち退きな・・・」


≪ボンッ!≫


 バッタ型外労バグモタの左手に据え付けられたクラック銃が煙を吐いたのを見るとまもなく、ウメコは被弾した小梅のコクピット内で、軽い衝撃に揺れた。「あいつ!!」


 弾は小梅の右大腿で破裂したが、クラック値の低さと距離もあって、大きなダメージは免れた。


 ウメコはスピーカーを切って、小梅のギアをローに変え、再度の被弾に備えながら、バッタ型に回り込むようにして虫霧の中を目指した。


≪ボンッ!≫


 今度はウメコはよけた。


≪ボンッ≫ボンッ!≫しかし足を止めて狙いを定めてきたバッタ型が続けざまに放ったうちの一発が腰に命中した。衝撃はさっきより大きかった。


「チクショー!」


 トランスヴィジョンの分析は<クラック値40v>の破裂と出た。距離が縮まれば侮れない数値だった。


 さらに距離を縮めながら、バッタ型は≪ボンッ!≫ボンッ!≫と闇雲に打ちまくり、そのうちの一発が右膝を打ち、小梅をグラつかせた。


 まったくこの切れ間が災いとなった。捕虫圏居住民アンダーネッツにおいては、やはり虫きの魔女の庇護なしに生きてはいけないのだと、ウメコは後悔した。これはきっとウィキッドビューグルのまき散らす聖なる虫の旋律からいっときでも耳を塞いで蝶ちょなんか追いかけてた罰なんだ。『蝶を見たら音楽を止めよ』これは音楽のように流れ出る好奇心の虫を起こすなと言っているんだ。


《パッパララッパ♪パッパララッパ~♪》


 そのとき小梅の正面モニター上に、ラッパに乗った魔女が現れた。現ウィキッド・ビューグル4人のうちのひとり、トラーネだった。今日はトラーネの第三月の3日だった。


 ウメコのトラメットのバイザー視界は小梅のメインカメラからのものだから、そういうときにはウィキッドビューグルでさえバイザー内のトラビには入って来れないようにできていた。だからウメコは小梅の正面モニターは直接見れない。だけど開拓労民ならラッパの音がすればそれとわかる。


《通信制限かかってるから見に来てやったのさ、とりこみ中らしいな》


「トラーネ様!ちょっと黙ってて!」ウメコは思わずぞんざいに言った。


《フン、相変わらず生意気な娘だねぇ、せっかく駆けつけてやったってのに》


「攻撃されてんの!」


 トランスヴィジョンの中の魔女に、はたして非トランスネット登録のバグモタが認識できるのかは疑門だったが、ウメコもいまはそんなこと考えてる余裕がない。


《応援呼んであげるから、ちょっとお待ち》


「それよりあの外労連バグモタ止めて下さいな!」


《それができたらとっくにしてるわよ、あいつらNOトロンよ。高性能の脳トロン内臓クラックウォーカーがあんなのにやられたら連合労民の恥だと思いなさい!それともアタシがコントロールしてやろうか?小梅ちゃんをさ》


「結構ですよ!それよか虫を播いたらどうですか?!こんな穴開けちゃってさ!」


《フン、おまえたちの虫の居所なんて知ったこっちゃないね》トラーネは言い残し、それっきり声は途絶えた。


 ウメコは生意気じゃないバグラーがいるなら教えて欲しいと心の中で毒づきながら、自由気ままに飛び回っているように見えて、通信制限のある中で、取り残された開拓労民のため、しっかりトランスネット圏内を巡回してくれているウィキッド・ビューグルの存在を、改めて頼もしく思った。


「小梅、通信制限解除して!」


 蝶はレーダー上からも完全に消えた。これでただちに、非合法バグモタの出現の通報が自動的に送られ、警防各署に届き、確実に警役、防役要員が駆けつけるはずだ。それより先にトラーネによって、一番近くにいる保安労辺りの見廻り要員レンジャーのバグモタが呼ばれてやってくるだろう。トランスネットの制限が解除され、ウメコのバイザー内にも、近くにいるレンジャーのバグモタの所在が知れた。5㎞は離れていた。


 ただ、この状況で悠長に援軍など待ってもいられない。虫霧の中に戻りさえすればこっちのものだと、ウメコはひたすら小梅を走らせる。敵が手近な虫霧への進路を塞ごうが、矩形くけいに長く伸びた切れ間の先を真っすぐ行けば、どのみち虫霧だ。敵がこっちの意図を察して深追いして来ないなら、手薄のこちらとしては、それに越したことはないけれど、何発か喰らって居直ったいまのウメコは、大胆にも敵がこちらを侮って追いかけてくるように、どこか弱気を装って逃げる姿勢をとっていた。バグパックの後ろに浮いた手つかずの網と、まだ半分以上は残っている網の中の虫への被弾だけは避けるべく気を配りながら。




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