第10話 不気味なバッタ

 虫込め弾式銃砲、通称クラック銃は虫の破裂を火薬に使用する銃のことだ。しかしこの切れ間なら、あらかじめ虫込めしていなければ銃は撃てないかもしれないが、明らかにこっちを狙ってやってくる以上、連中が弾に虫込めしていないなど、淡い希望だろう。しかもバグモタ同様、虫のクラック値で威力も変わってくるから、気をつけないと場合によっては命にかかわるが、クラック値が高ければ、弾倉内破裂を起こした場合、保持者にとっても危険になる。弾倉内破裂はクラック銃において頻発して起きる現象だった。また虫の寿命がある限り、そうそう高いクラック虫を前もって確保しておいても、使うタイミングに必ずしも合わせられるというものでもないから、ウメコはその辺は長い捕虫労の経験から、怖れてはいない。無論バグモタ同様、使用許可のないものは持つことはできない免許制であるが、それ以前に開拓労民の中でその取得権利を許可されるものは、治安労と保安労のみである。


 それにしてもあまりに突発的な非合法バグモタの出現に、ウメコは底知れぬ不気味さを覚えずにはいられなかった。たったいま、たいしたことないなんて強がってみたけど、小梅ことフラーイ―!!は、バグラー向けに造られた探知能力に特化したウサギ型ラビットベリーなのだ、半径500mの範囲内であれば些細なバグモタの動きどころか、一匹の高クラック虫でさえ単独で感知できるウサ耳だ。だから一機のバグモタがこんな距離に近づいてくるまでレーダーに引っ掛からないなんて普通ならありえないことだった。げんに以前もそれで探知できたから、無事に済んでいるのだ。トランスネットが傍受されたり機能不全に追いやられるのは、最近始まったことじゃないし、いまさら 別段驚くことでもないけれど、バグモタ自体の性能の裏をかかれたとなると、もう侮れない。これじゃストロベリーアーマメンツの看板もあやうい。考えられることと言えば、向こうも<磁気虫マグバグ>を放出している可能性だった。けれど<磁気虫>は原則として開拓労民の各労役組合でしか配給されないものであり、配給市場などに易々と出回る代物ではない。性質上、クラック銃のように奪ったり、違法製造したりできるような簡単な代物でもないのだ。


 ウメコはムシっと踏ん切って、蝶を追いかけることにあきらめをつけた。大事なのは捕まえること以上に守ることだから。それから9時方向に小梅の進路を変えて早足で進ませながら、捕虫網の向きをひっくり返し、柄を上にして持ち変えた。もちろん警棒としての機能を発揮させるためだった。


「こんな急に現れるなんて、おまえの耳、故障してんじゃないのか?」ウメコはどこか不機嫌な口調で訊いた。蝶の捕獲をあきらめたことの不服を隠せなかった。


『磁気虫撒イタニ違イナイ』


「ホントかね。それ確かなの?」


『ソレガワカラナイノガ、磁気虫ナラデハ』


「じゃあこいつ、蝶に気づいてると思うかい?」ウメコは追っていた蝶が小梅の進路と同じ方向に反れ始めたのを確認すると、進路をいったん戻し、今度は逆にふれた。


『コイツハ、バッタ型、オイラ程ノれーだーハ持ッテナイヨ』


「どうかな、改造機なんだろ?」ウメコはまだ通信制限を解除する気にはなれない。レーダーが蝶を感知してるあいだは。


 こんな危機でもウメコは左舷側ポートサイドのディスプレイにマーキングされて映る蝶の去っていく姿を未練たらしく見送った。そうして接近しつつある違法バグモタが、反れていった蝶の進路ではなく、明らかにこっちの進路を追ってくることを確認して安堵した。そうして逃した虫の大きな価値を見積もって、つくづく惜しいことをした、と奥歯をギリリとかみしめ、虫運はいいのに、その他の運はいつも最悪だと、鼻息を荒くして操縦桿を握る手に力を込めた。


 そうして蝶は、もはや切れ間も追いつかない素っ気無さで、こんな晴れ間になんの惜しげもないように虫霧の中へ消えていった。案外、捕虫圏の上方では、あんな蝶はもうさほど珍しくはないのかも知れないと、外労バグモタが迫りつつある中、ウメコの切迫した頭の片隅にチラとよぎったが、すぐに打ち消し呟いた。「まさかな」


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