第8話 虫の居所

 ウメコ・ハマーナットはかつて所属していた捕虫班<レモネッツ!!!>で、大量連鎖虫破裂むしはれつ(いわゆる虫の無駄殺し)をひき起こした班員の当事者の一人だった。捕虫労組合発足以来のこの大規模虫破裂で、その甚大な被害により8区の虫密濃度は一時10%台まで下がり、インフラは3日間麻痺した。人的被害こそ出さなかったものの、この災禍でセグメント8区のトランスネットワーク約3区画分を消失させたほどだった。「秒々分々時々日々びょうびょうふんふんじじひび前進!」をスローガンに掲げる開拓推進事業連合としては、多大な損失、有りうべからざる後退である。それによって班は解散、班員の数名は捕虫労権利を剥奪され配置転換、または降格、謹慎などの処分を受けた。ウメコは1年の謹慎を食らい、バグラーの階級を落とされ、所属企業の<エクスクラム!!!>からその子会社の<ベロ>に転属させられた。いまでもレモネッツの悪夢と言えば、スカラボウルで知らないものはいない。この大騒動で<レモネッツ!!!>は捕虫圏のみならず、非捕虫圏においてもその名を轟かせる。ただし捕虫圏において悪名だったレモネッツは、非捕虫圏に隠れ住む反捕虫圏主義者アンチネッツたちの間では英雄のように扱われた。


 ウメコは謹慎期間中しばらくは虚脱感に何もする気が起きず、トランスヴィジョンタウンを覗けば、あちこちで、非難ゴーゴーの雨アラレ、頼みのウィキッドビューグルも姿を見せず、さすがのウメコもしょげかえり、その間、体重を5kgも増やし、鬱屈した毎日をおとなしく過ごしていたが、やがて元気を取り戻すと、今度は退屈をもてあましたあまり、うっかり隣のセグメント7区を超えようとして、連合当局からこっぴどい指導をうけたりなどして、せっかく上向いた調子も一気にダダ下がったりしたものの、なんだかんだで次第にノンコ気質をも取り戻し始めていった。そんな中、ひょんなきっかけで知った古式捕虫術「二天麩羅にてんぷら流」に入門し、残りの謹慎期間はもっぱらその修行に明け暮れることになる。これも開拓連合労民としてできる自分なりの貢献だったと、のちに謹慎期間を振り返って、気取った調子で捕虫労仲間に語るが、単に暇を持てあましていたというのが本音に近かった。


 謹慎期間がまもなく明けるという頃、やはり所属していた<イデムシ・クラックワークス社>を解雇された班長のイーマ・ミ―マ=ザッカ―モッチが、<エクスクラム!!!>の要請を受け、「いつか再び、ひっくり返そう!」を合言葉に、<レモネッツ!!!>のシンボルマークでもあった「!!!」を逆さにして涙に見立てて命名した<レモンドロップスiii>として8班を復活させたのだった。ウメコもその再結成の起ち上げに参加し、いまに至る。




 レモネッツ!!!時代を振り返れば、楽しい思い出ばかりだ。けど、後ろを振り返っているばかりでは、前は見えない。あたりまえさ。騒動直後は、失敗を忘れたいがために、さらに昔の日々へ思いをはせ眩しさに目をくらませていた。前を見る、それだけでいいのに、そんな簡単なことができないのだから、ふさぎの虫というのはやっかいだ。


 いつまでも過去の失敗にとらわれていてもしょうがない、といまではウメコもすっきり思えた。なにが起きるのかわからないのが人生らしいし、たかが一歩先を占って、破裂を怖れるあまり慎重におそるおそる足を運んだところで、そこに虫がいるかいないかなんて、そんなものは連合の虫予測よりあてにならない。お行儀よくしてたらしてたで、癇癪の虫はいつも目覚ましを食らったようにきまって誰かに起こされる。まったく虫の居所というやつ。こいつを狙って、いつどこでしくじりの虫が網を張って待ってるか知れない。虫の居所に巣食う虫は、知らず知らずのうちに目の届かないところに育つという。たぶんそいつは、ティンカーズセンスの高揚で跳ねあがった髪の中にでもじっとひそんでいるんだろう。まるで蜘蛛のように張った巣を渦巻かせて、手ぐすね引いて待ち構えているんだ。ウメコはさらに気分を上向けて考えた。大体わからない自身や人生のあやうさなんてものに、いちいちかかずらってはいられない。バグラーなら虫を捕るだけ。それが自分の頭の中に巣食っているなら、カチ割ってでも捕まえてやるまでさ!


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