第7話 違反行為
それにしても、どんな奇跡の競演だろう!こんな切れ間に遭遇することだけでも珍しい現象だってのに、そこに蝶が現れるなんて!やはり昔話だからって軽んじたらいけない。これは
バイザー上で周囲の大気成分を表示させてみた。さっきと変わらない。異常なし。さらに詳しいデータを表示させると、そのほとんどが、前線捕虫労のウメコにはチンプンカンプンの記号と数字だったけれど、
首を横に向け、バイザーの中のトランスヴィジョンに映る蝶に集中しながら、ウメコはほくそ笑みにムシシと口を緩めた。――今日はなんと収穫の多い日だろう――こんな貴重なデータひとつだけでも、研究要員の捕虫労でさえ滅多に仕入れることはできないだろう――前線開拓労民
<レモンドロップスiii>の前身、<レモネッツ!!!>の大失態で、ウメコはバグラー中級ランクの<ハミングバード>から初級ランクの<ベルリンガー>に降格していた。あの騒動がなければ、上級ランク<バグパイパー>への昇級もほぼ決まっていたのだった。だからこの切れ間と蝶のデータを持ち帰ることができれば、<ハミングバード>に復級するくらい、高望みどころか、組合からしたってお安い報奨だろう。それに<レモネッツ!!!>の汚名を灌ぐにも、これはお釣りがくるくらいな
トランストロンコンピューターの人口知能たる小梅には、トラメットの中のバイザーに隠されたそんなウメコの表情もモニターすることができた。『マタ、ニヤツイテルネ』
「ほっとけ!」ウメコは虫の居所をいつもの場所に戻した。「これでワタシの
『チャント記録シテルヨ、虫運ヲ祈ッテマス。バグッドラック!』
いよいよ蝶が切れ間の奥行を目指し始めた。立っている小梅の正面の方角だった。そしてまもなく小梅の2時方向にひらひらと移ってきた。
ウメコはまだ動かない。その前にやらねばならない大事なことがあった。残り10分を切った燃料の都合だ。もうかれこれ15分は、この虫の切れ間の中にいるから、当然、背中のラッパからの自動捕虫はされていない。さすがのウメコもこれには深く息を吐いて、ようやく今日のノルマの網の中のクラック虫に手をつける覚悟をきめた。原則、捕虫要員なら許されない違反行為である。しかもクラック値も<ベルリンガー>級バグラーの補給できる上限を大きく超えていた。――だけど、こんな奇跡的状況を前にして、許されないはずはない――。ウメコは、コンソールの列のバグパック関係のスイッチの一つを切り替え、小梅の背中に棚引くように浮かぶ、虫でいっぱいの二つの網の一つから、小梅の腰の燃料タンクへの注入を許した。
これでいったんトランスビジョンモニターやコンソールディスプレイのあちこちで点滅していた警告は解除された。
「どうだよ小梅、こんなご馳走あげるんだから、ちゃんと動いてよね」
『コノ<
「もったいないね。おまえは<
『のるまカラノ補給ハ推奨デキマセン』
小梅はあくまで加担する気はないらしい。
という間に、蝶は小梅の1時方向を先に行っていた。――そろそろいいな――ウメコは小梅のアクセルをゆっくり踏んで歩行を開始した。背中からの高クラック虫の補給のおかげで、じょじょにコンソール上のあらゆるメーターが上がって来る。ウメコは小梅の速度とパワーの可能値がこんなに上がっていくのを見るのは久しぶりだった。そして蝶とつかず離れずの距離を保ち追いかけながら、好機とあらばすぐに小梅をフルスピードで踏みこみ、蝶へむけてバッサと網を振り下ろすイメージをかためていく。そうして胸に去来してくるさまざまな光景も、不思議といまは水の中を覗くように眺められ、しかも惑わされることもなく、それらかけめぐる思いは切れ間の頭上の空へと流れていった。ウメコが刹那に、はためく網の向こうに追ったのは、いまはなき元8班<レモネッツ!!!>時代の無邪気な日々と、大失態以後の
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