非武装連帯!ストロベリー・アーマメンツ!!
林檎黙示録
第1話 食虫メカ「バグモタ」登場!
「そろそろかな・・・」ウメコは、バグモーティヴ・クラックウォーカー、ラビットベリータイプ<小梅号>のコクピットの中で眠たげにつぶやき、それまで流れていた古い流行歌<雨降り少女>が終わったところで、聴いていたラジオ波のチャッターボックスのボリュームを落とした。<小梅>に尻もちつかせたような降着姿勢で、<
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ノルマ終わりの休憩がてらの補給だったから、制限時間10分の自動運転に変え、ひと休みしながら眠り込まないよう時折メーターに目をやりつつ、満タンになる寸前でウメコは傾けていたシートを起こし、音楽が止んだ機体の中で、足下から伝わる微かな振動音に神経をすました。
『ウメコ、ウメコサン、モット入ル、マダ余裕』
「うるさい、お腹こわすくせに!」ウメコが何気なくつぶやいたひとり言に、意味を理解してすかさずみせた<小梅>のマスコットAIの反応に、ちょっとイラつき、生意気な子供をドヤすみたいに言った。
バグモーティヴにも腹八分目という言葉があてはまるのか、ウメコのこの搭乗機<小梅>は、あまり燃料タンクをいっぱいにしてしまうと、そのあと動きがぎこちなく鈍重になるのだった。まさにお腹の虫が起こるというやつ。
あくびをひとつして、ウメコは再びチャッターボックスのボリュームを上げた。チャッターボックスは小型の受信機を、コンソール脇に取り付けたフックにストラップで吊るしてあった。いま流れてきた音楽は知らない曲だった。単調なビート音が続くだけのこんな音楽は、ウメコの趣味に合わなかったせいか、それとも燃料補給後の重たい腰を、やっと上げる気になったからか、どこかつまらなそうに「さてと、」と言って、ウメコは降着姿勢でアイドリングさせていた小梅の腰を上げさせるための、シート横のレバーを引いた。すると小梅の丸い
今日は朝から遠出の、<セグメント8>東部R33区画の管理森林の中での「虫捕り」がウメコのノルマだった。スカラボウル開拓推進連合から出される、高クラック虫発生予測データに基づいて、捕虫労組合に所属するバグモーティヴ操縦資格を持った
<スカラボウル>と呼ばれたこの星は、あるいは地域は、生きた虫をエネルギー源として活動していた。
だからといって、景色一帯を灰褐色に染めてしまう<雑甲虫>のような、低クラック値の虫なら、わざわざバグモーティヴを動かしてまで捕りに行かずとも、各所に設置した畜虫器の捕虫喇叭が常に吸い込んでくれる。たったいま補給したばかりのウメコのバグモタ(バグモーティヴの略称)にしても、クラック値の数値を見ればわずか25v。これでは動かすにも歩行ができる程度。走らせるのは厳しいけれど、そのかわりに両足首についたクリーパーホイールを回転させることで、一定のスピードを出すことは可能だが、それには地面を選ぶのだ。整地もままならないこの辺りでは、到底不可能。センターから真っすぐ伸びた放射道路か、そこを横断する円弧道路と全セグメントを一周する円環道路、もしくは居住民地区近くまで行かないと、まだまだ使える道路は整備されていなかった。ウメコのような捕虫労のバグモタなら、この程度のクラック値でしか出せない運動出力でも(あとは帰るだけだし)充分要は足りるが、セグメント内を取り締まる<保安労>や、スカラボウル全セグメントを統括して警備する<治安労>のバグモタとなると、少なくとも50v以上のクラック値は必要だ。その他にも、開拓推進事業のあらゆる現場で稼働するバグモーティヴエンジンのために、できるだけ高いクラック虫の捕獲労務は重要だった。
小梅の現在のクラック値はたった25v、バグモタの運動能力の引き出しにかかわる数値にしては残念な数字ではあったけれど、しかしもうひとつのクラック値を示すメーターにチラと目を落とし、さっきからもう何度もウメコはニンマリとしていた。それは、小梅の背中にしょったバグパックの左右に張られた網の中で、ブンブン唸りをあげて飛んでいる大量の虫どものクラック価を示すメーターだった。
88v。成果は上出来だった。運良く高クラック虫<
朝、組合を通じて班長から申し渡されたノルマでは、60v強のクラック虫の発生予測に基づいた捕虫労務だった。2時間近くかけて、えっちらおっちら指定のエリアに向かい、到着する手前で、小梅のレーダーがクラック値85v強の<紫焦虫>の発生を知らせたのだ。操縦席の目の前のトランスヴィジョン・モニター上で確認したその場所は、指定エリアからほんの数キロ離れたところだった。正直言って連合の虫発生予測はあまりあてにならない。組合の各班へのノルマの割り当てにもよるのだけど(当然8班は割を食う)一週間に一度でも予測に基づいた捕虫ができて、クラック値のノルマを上回れば上出来だったくらいだから、ウメコは物怪の幸いと、喜びいさんで進路を変え、小梅のナビゲートに任せて、<紫焦虫>の大群の下に向かい、いまこの
これも私の<ティンカーズ・センス>の賜物だと、ウメコは「ムシシ」とニヤけた。<ティンカーズ・センス>とは、
なにせクラック値ノルマの28vも上回っての収穫なのだ。量に至っては150%もあった。これで少しは我らが捕虫班第8班<レモンドロップスiii>の
ウメコは、<セグメント8>区、
捕虫労とは、主にバグモーティヴを駆使して虫を大量に捕る労務及び、それに付随するさまざまな労役(事務要員や整備要員など)についている開拓労民のことである。それぞれ個人々々が開拓推進連合の各企業に籍を置いていて、そしてそれら労民を連帯させているのが
捕虫労務は主に女子の労役だった。男子の捕虫労といえば、若干数の管理要員か、大体がバグモタの整備要員ときまっていた。ちなみにバグモタを操縦するのはもちろん捕虫労女子だけではなくて、男子のバグモタ乗りなら、治安労や保安労、土建労などがそうで、捕虫労とはそういった開拓労務のためのエネルギー補給によるバックアップ的役割だった。
かつて、ウメコらのようなバグモタ乗りの
この、虫に覆い尽くされた一見救いようのない世界と、そこで暮らす人々が、その元凶であるはずの虫と共存していることに、やがて疑念と不満を持ち始めた一部の者たちは、管理されたセグメント区域から離脱し、権利労民である身分を捨てて、
自然と
武装化推進勢力いわゆる「武装化リベラル」と、武装化反対勢力「非武装保守」との対立はいまでも
いつか誰かが罵って言った。連合の防衛白書を丸かじりする、非武装保守派の甘い考えを『ストロベリー・アーマメント』と。それが当時の捕虫労女子たちの趣味に合ったせいか、やがて非武装保守派の呼称となったが、のみならずそれは捕虫労の女子バグモタ乗り全体を表すものと誤解されてスカラボウル全体に広まってしまった。武装化を希望しているただでさえ血の気の多い武装化リベラル派の捕虫労女子たちが、ブーメランのように返ってきたそんな甘ったるい蔑称に甘んじるわけもなく、彼女たちは改めて「ストロングベリー・アーマメンツ」の呼称を掲げ、連帯し団結をはかったが、こちらはあまり浸透しなかった。
なぜかウメコも『ストロベリー・アーマメンツ』である。
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