非武装連帯!ストロベリー・アーマメンツ!!

林檎黙示録

第1話 食虫メカ「バグモタ」登場!

 虫霧濃度チュームノードの高い日が、ここしばらく続いていた。当然、虫の密度も鮨詰すしづめ状態。せめてクラックが高い虫どもならまだしも、それがわずか20ヴァリューほどしかない低クラック値の<雑甲虫ザコムシ>では、ヘソで茶も沸かせやしない。虫霧濃度チュームノードを示すメーターの数値はただいま88tuチューム。せめて60tuくらいなら、トランスヴィジョンの合成景色なしでも、かろうじて視界は保たれるけれど、できれば50tuくらいがちょうどいい。それなら虫密度チューミツドもせいぜい45%、虫のつぶ入りゼリーくらい。それを下回ったら、今度はバグモーティヴを動かすには、いささか心許なくなるから。




「そろそろかな・・・」ウメコは、バグモーティヴ・クラックウォーカー、ラビットベリータイプ<小梅号>のコクピットの中で眠たげにつぶやき、それまで流れていた古い流行歌<雨降り少女>が終わったところで、聴いていたラジオ波のチャッターボックスのボリュームを落とした。<小梅>に尻もちつかせたような降着姿勢で、<捕虫喇叭ビューグル>を手持ちで構えさせ燃料補給していたのだ。


捕虫喇叭ビューグル>から吸い込まれた虫どもは、コードを通って直接繋いだ腰脇の注入口からバグモーティヴの燃料タンクの中へ、ブンスカブンと入っていく。この高い虫密度なら、こっちはじっとしていたって虫は挙って入ってきた。しかしもうひとつの、肩に背負ったバグパック上部の自動捕虫器のラッパは作動を止めてあった。こっちのラッパはハナ先に集まった虫をただ吸い込むだけだから、吸い込むものといえば最低クラック値の<雑甲虫>ばかりで、斜め上方に群がる中程度のクラック値の虫は吸い込まない。先程までシャカリキになって狙っていたノルマの捕虫はとうにすんで、すでにバグパックの網はいっぱいだったから、今度は少しばかり、小梅の方の燃料補給にと、<捕虫喇叭ビューグル>のコードをバグパックの注入口から抜いて、直接小梅の腰の燃料タンクに繋げ、手持ちの<捕虫喇叭ビューグル>を構えていたのだ。


 ノルマ終わりの休憩がてらの補給だったから、制限時間10分の自動運転に変え、ひと休みしながら眠り込まないよう時折メーターに目をやりつつ、満タンになる寸前でウメコは傾けていたシートを起こし、音楽が止んだ機体の中で、足下から伝わる微かな振動音に神経をすました。


『ウメコ、ウメコサン、モット入ル、マダ余裕』


「うるさい、お腹こわすくせに!」ウメコが何気なくつぶやいたひとり言に、意味を理解してすかさずみせた<小梅>のマスコットAIの反応に、ちょっとイラつき、生意気な子供をドヤすみたいに言った。


 バグモーティヴにも腹八分目という言葉があてはまるのか、ウメコのこの搭乗機<小梅>は、あまり燃料タンクをいっぱいにしてしまうと、そのあと動きがぎこちなく鈍重になるのだった。まさにお腹の虫が起こるというやつ。捕虫喇叭ビューグルが虫を吸い上げ、腰殻ようかく(バグモーティヴエンジンを包む腰のアーマー)の中の燃料タンクに詰まっていくバグモーティヴの唸りが、さっきより低く聞こえたところで、それが満タンになるギリギリの音だったから、ウメコは自動運転のスイッチを切って、コントロールレバーを操作して<小梅>の腕を下ろし、捕虫喇叭ビューグルで虫を吸い込むのを止めた。


 あくびをひとつして、ウメコは再びチャッターボックスのボリュームを上げた。チャッターボックスは小型の受信機を、コンソール脇に取り付けたフックにストラップで吊るしてあった。いま流れてきた音楽は知らない曲だった。単調なビート音が続くだけのこんな音楽は、ウメコの趣味に合わなかったせいか、それとも燃料補給後の重たい腰を、やっと上げる気になったからか、どこかつまらなそうに「さてと、」と言って、ウメコは降着姿勢でアイドリングさせていた小梅の腰を上げさせるための、シート横のレバーを引いた。すると小梅の丸い腰殻ようかく臀部でんぶにあたる部分の二つのパンダ目のようなバーニアからの噴射の勢いと、その間の下方、ちょうど尻尾にあたる<テイルヘッド>の飛び出しによる地面への打撃と支えによって、長いウサ耳を入れたら全高8メートルほどの、乗用人型ロボット、通称「バグモタ」ラビットベリー小梅号こと、正式名称≪エクスクラム!!!製ベリー級バグモーティヴ・クラックウォーカー、製品名hoorah!!フラーイ!!≫が、すっくと渦巻く虫にあふれた大気の中に立ち上がった。


 今日は朝から遠出の、<セグメント8>東部R33区画の管理森林の中での「虫捕り」がウメコのノルマだった。スカラボウル開拓推進連合から出される、高クラック虫発生予測データに基づいて、捕虫労組合に所属するバグモーティヴ操縦資格を持った捕虫要員バグラーたちは、虫エネルギー確保の為に、毎日各地へ派遣されていた。



 <スカラボウル>と呼ばれたこの星は、あるいは地域は、生きた虫をエネルギー源として活動していた。crackerbugクラック虫と呼ばれる、2,3センチほどの破裂する甲虫が生息域を覆い尽くす中、障害と思われたそれをかえって利用することによって、人々は暮らしていたのだ。


 だからといって、景色一帯を灰褐色に染めてしまう<雑甲虫>のような、低クラック値の虫なら、わざわざバグモーティヴを動かしてまで捕りに行かずとも、各所に設置した畜虫器の捕虫喇叭が常に吸い込んでくれる。たったいま補給したばかりのウメコのバグモタ(バグモーティヴの略称)にしても、クラック値の数値を見ればわずか25v。これでは動かすにも歩行ができる程度。走らせるのは厳しいけれど、そのかわりに両足首についたクリーパーホイールを回転させることで、一定のスピードを出すことは可能だが、それには地面を選ぶのだ。整地もままならないこの辺りでは、到底不可能。センターから真っすぐ伸びた放射道路か、そこを横断する円弧道路と全セグメントを一周する円環道路、もしくは居住民地区近くまで行かないと、まだまだ使える道路は整備されていなかった。ウメコのような捕虫労のバグモタなら、この程度のクラック値でしか出せない運動出力でも(あとは帰るだけだし)充分要は足りるが、セグメント内を取り締まる<保安労>や、スカラボウル全セグメントを統括して警備する<治安労>のバグモタとなると、少なくとも50v以上のクラック値は必要だ。その他にも、開拓推進事業のあらゆる現場で稼働するバグモーティヴエンジンのために、できるだけ高いクラック虫の捕獲労務は重要だった。



 小梅の現在のクラック値はたった25v、バグモタの運動能力の引き出しにかかわる数値にしては残念な数字ではあったけれど、しかしもうひとつのクラック値を示すメーターにチラと目を落とし、さっきからもう何度もウメコはニンマリとしていた。それは、小梅の背中にしょったバグパックの左右に張られた網の中で、ブンブン唸りをあげて飛んでいる大量の虫どものクラック価を示すメーターだった。


 88v。成果は上出来だった。運良く高クラック虫<紫焦虫ムラサキコガシムシ>の大群に遭遇して、首尾よく大量に捕獲することができたのだ。これは連合の発生予測にはない、クラック虫の出現だった。


 朝、組合を通じて班長から申し渡されたノルマでは、60v強のクラック虫の発生予測に基づいた捕虫労務だった。2時間近くかけて、えっちらおっちら指定のエリアに向かい、到着する手前で、小梅のレーダーがクラック値85v強の<紫焦虫>の発生を知らせたのだ。操縦席の目の前のトランスヴィジョン・モニター上で確認したその場所は、指定エリアからほんの数キロ離れたところだった。正直言って連合の虫発生予測はあまりあてにならない。組合の各班へのノルマの割り当てにもよるのだけど(当然8班は割を食う)一週間に一度でも予測に基づいた捕虫ができて、クラック値のノルマを上回れば上出来だったくらいだから、ウメコは物怪の幸いと、喜びいさんで進路を変え、小梅のナビゲートに任せて、<紫焦虫>の大群の下に向かい、いまこの収穫あがりを得た。


 これも私の<ティンカーズ・センス>の賜物だと、ウメコは「ムシシ」とニヤけた。<ティンカーズ・センス>とは、捕虫要員バグラーたちの間で尊ばれる「虫の知らせを聞き取る感覚」とでもいうものだった。

 なにせクラック値ノルマの28vも上回っての収穫なのだ。量に至っては150%もあった。これで少しは我らが捕虫班第8班<レモンドロップスiii>の評判おぼえも上向くだろうと思うと、行きに2時間、捕虫に3時間、虫どもを追いかけ、なだめすかしながら、ビューグルをあっちへ構え、こっちへ構えてと小梅を動かし虫を捕っていたことの疲れも、この帰り途のいまでは、ウメコにもこころよく味わえる気分となっていた。


 ウメコは、<セグメント8>区、捕虫労組合ビューグルズユニオン所属の捕虫班第8班≪レモンドロップスiii≫の捕虫労民女子である。


 捕虫労とは、主にバグモーティヴを駆使して虫を大量に捕る労務及び、それに付随するさまざまな労役(事務要員や整備要員など)についている開拓労民のことである。それぞれ個人々々が開拓推進連合の各企業に籍を置いていて、そしてそれら労民を連帯させているのが捕虫労組合ビューグルズユニオンであり、組合は開拓推進連合によって運営されていた。


 捕虫労務は主に女子の労役だった。男子の捕虫労といえば、若干数の管理要員か、大体がバグモタの整備要員ときまっていた。ちなみにバグモタを操縦するのはもちろん捕虫労女子だけではなくて、男子のバグモタ乗りなら、治安労や保安労、土建労などがそうで、捕虫労とはそういった開拓労務のためのエネルギー補給によるバックアップ的役割だった。



 かつて、ウメコらのようなバグモタ乗りの捕虫要員バグラーの大半が、『ストロベリー・アーマメンツ』と揶揄され始めたきっかけはあった。


 この、虫に覆い尽くされた一見救いようのない世界と、そこで暮らす人々が、その元凶であるはずの虫と共存していることに、やがて疑念と不満を持ち始めた一部の者たちは、管理されたセグメント区域から離脱し、権利労民である身分を捨てて、捕虫圏アンダーネットから非捕虫圏アウトネットへと逃れて暮らし始めると、その困苦による行きづまりの中での無法なふるまいを正当化するために、各地で反捕虫圏主義居住民アンチネッツを名乗ることで、連帯の反旗を振りかざして、組織的運動の装いをみせた。実情は、せいぜい徒党を組んでの、各種バグモタや配給物資の強奪ではあったが、それにはすぐに保安労や治安労が動員され対応はできたのだが 高クラック虫の横取りや捕虫労を狙ったバグモタの奪取となると、そこまで警備要員の手は回わせなかった。捕虫労のバグモタにいちいち警備のバグモタがつくなど本末転倒だったからだ。


 自然と捕虫要員バグラーたちの間から組合に対し、バグモタを武装化する許可を訴える声がおこってくる。一方それに反対する保守派捕虫労たちの主な根拠は、武装化によっていずれ携帯することになるであろう虫を込めた弾を使用する銃<クラック銃>の使用についてだった。それは燃料以外の虫殺しを禁じる、捕虫労の開拓精神憲章に反するからである。


 武装化推進勢力いわゆる「武装化リベラル」と、武装化反対勢力「非武装保守」との対立はいまでも捕虫労組合ビューグルズユニオン内で静かに、ときに口汚いののしり合いとなって、巻き起こることがある。


 いつか誰かが罵って言った。連合の防衛白書を丸かじりする、非武装保守派の甘い考えを『ストロベリー・アーマメント』と。それが当時の捕虫労女子たちの趣味に合ったせいか、やがて非武装保守派の呼称となったが、のみならずそれは捕虫労の女子バグモタ乗り全体を表すものと誤解されてスカラボウル全体に広まってしまった。武装化を希望しているただでさえ血の気の多い武装化リベラル派の捕虫労女子たちが、ブーメランのように返ってきたそんな甘ったるい蔑称に甘んじるわけもなく、彼女たちは改めて「ストロングベリー・アーマメンツ」の呼称を掲げ、連帯し団結をはかったが、こちらはあまり浸透しなかった。


 なぜかウメコも『ストロベリー・アーマメンツ』である。

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