第2話 捕虫要員(バグラー)ウメコと小梅号
チャッターボックスが15時の時報を鳴らすと、まもなく虫予報が始まった。‟ラジオフリー・アンダーネッツ、連合発表の、明日の虫のお知らせ・・・。センター外縁部の平均虫密度30
小梅が遮ってまくしたててきた。『虫予報ヲ聴クナラ、是非<とらんすびぃじょん>ノ最新ノ情報ヲ!コノ予報ハ、<とらんすねっと>ニヨルだいれくとナ取得でーたヲ我ラガ<とらんすとろんこんぴゅーたー>ニヨッテ導キ出サレル・・・・』
「うるさいな、別にトラビの最新情報なんていまいらないよ、黙ってて」ウメコはピシャリとはねつけた。
――まったく、これだもんな――バグモタ内臓のトラビ(トランスヴィジョンの略)からでも、ウメコの愛聴している自由労放送のラジオ波は聴けることができたが、小梅が割りこんでしゃべるたびにまったく聞こえなくなるから、わざわざ小型のチャッターボックスを携帯していつもそれで聴いていたのだ。だいぶ昔に音楽を邪魔するのは厳しく止めさせていたのだけど――それでも小梅は遮ってしゃべり出すから、かなわない――
いまや開拓連合の首席を占める<トランスネット社>のトランストロン・コンピュータによって生み出された、バグモタ内臓トランスビジョン・モニターの中のマスコットAI小梅は、どうも<チャッターボックス>の自由労放送をウメコに聴かせたくないらしいのだ。<チャッターボックス>は、自由労と呼ばれる合法
‟・・・セグメント8区、インナー地区の平均虫密度45
明日以降もこの虫密度の虫霧かと思うと、さすがのウメコでもムシムシした冴えない気分になるところだけど、今日の成果がそんな鬱々した気分を寄せつけなかった。
“~お出かけの際には忘れずに全身への防虫処理を!15時の虫のお報せでした。・・・ピッポロッポポー♪『ウズウズが止まらないあなた!ムシムシに悩んでいるあなた!どーにかなるんですよ!このスプレーを使えば!ジャジャーン!新発売<バグプリーズ>!こいつをひと吹きすれば、しつこいお虫様もホラ退散!この
ウメコはいま、
『ウメコニ、朗報!高クラック虫発見!』
小梅が唐突にしゃべり出すと同時に、コンソールの虫群レーダーの中で光が点滅し、すぐあとにトラビのメインモニター上にも詳細な位置情報と虫データが表示された。
『二時ノ方角、516m先、<
「なに言ってんの?今日はもう必要ないだろ、クラック値88の大漁だぞ。網はもういっぱいさ」
『おいらガ欲シイ、欲シイ欲シイ、タマニハ御馳走食ベタイナ』
「さっき食べたばかりだろ、早く帰るよ」
『全然、満腹ジャナイモン!シカモ
クラック値60v以上の虫を、下級捕虫要員のバグモタに補給するのは、原則禁止されているのだ。小梅の気を紛らし満足させるために、たいした成果のあがらないいつもだったら、ノルマでいっぱいに捕虫した網の中の虫を小梅の方に消費して、余裕ができた網の中に吸い込めばそれで済むことだが、今日はそうはいかない。
仮に、背負ったバグパックの網に余裕があったとしても、今日のように88vの高クラック値の虫の中に、69vの虫を混ぜてしまえば、量は上がるが、せっかくの高い平均クラック値を下げてしまう。
いつものように網の中が平均クラック値40~60v程度の虫しかいなければ、さらに捕虫してクラック値もあがり万々歳だし、クラック値が下がる場合でも、質より量を優先して捕る場合もある。が今日はまったくあたらない。せっかくだけど、その朗報はムダなようだった。
「ダメだよ。69vだろ?怒られるのワタシなんだからね」
『オ腹ニ入レバワカラナイモン、今ナラ補給シテモ推定37vニシカナラナイヨ、問題ナイヨ』
「よく言うよ。記録に残るくせに」
『機体ハ充分ニ動カサナイト硬クナッチャウ』
確かにそれはあたっていた。月に一度のメンテナンス日に許された、機体のクラック
「わかったよ。オマエも今日は頑張ったんだ。ご褒美をあげたっていいはずさ。ちょっと寄ってくか」
『イヨッ!ウメコ!イイ女ダネェ、コノ虫殺シ!』
「うるさい!」
<
砂塵のように景色を覆い尽くしている<
頭上をトラビの合成景色のフィルターを外して観ると、紅眩暈虫の群れは赤茶色に揺らいだ城となって、うねうねとマーブル模様のように雑甲虫の霧の中に聳えている。ウメコは小梅にビューグルを構えさせ、紅眩暈虫の城の中にラッパ口を突っ込んでピストンを押した。すぐに虫どもはビューグルの管を伝って、コードを通り、右腰の丸いアーマーの中に描かれた梅の花のアップリケの中心に開いた注入口から、丸い
「どうだ小梅、美味しいかい?」
『ウン、雑甲虫トハ比ベモノニナラナイネ。コレデ、チッター精ガツクヨ。毎日コンナ食事デオ腹イッパイニシタイナア』
「じゃあ保安労にでも志願してみるか、そんなにご馳走欲しいんならね」
『ワタシ<
「もういいよ!」小梅の虫補給のワガママを黙らせるのに、保安労や治安労志願を持ち出すのは、ウメコのいつものやりかただったが、最近は初期設定に戻ったふりをして機体の説明を繰り返し、はぐらかす手口をどこかで覚えたらしいのだ。――まったく、どこで感染したんだか――。「じゃあ大人しく雑甲虫で我慢するんだね」
次第に紅眩暈虫の群れは、誘惑する花のように開いた
「もういいな。ちょっと食べすぎたね」ウメコは小梅の腕を下ろし、
小梅のクラック価は53vまで上がっていた。
「放射道路まで走っていけるな、これなら小梅?」
『・・・えんすとシチャウ、5分オマチ下サイ。食後ニ運動ヨクナイモン』
「ほら、これだ!」
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