挿話. 回想_アーロン神父
私はアーロンさんに教会に呼び出されたあの晩の事を、思い出していた。
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カタリーナさんのその呪い、今ここにそれを解く術はありません。
ですが、手掛かりならあります。
少し、私の話を聞いて頂けますか。
修道士時代、私には親友が居ました。名を<デイビス>と言います。
デイビスは私と同期の修道士でしてね。
年も近く、親友というだけでなく良きライバルとして修行に明け暮れ、切磋琢磨したものです。
私には若い頃から刻印が視える特殊な才能があった様に、実はデイビスもまた特別な能力を持っていました。それが“除解”です。
彼は対象に向かって念じる事で様々な物を解除する事が出来ました。
最初は部屋の鍵だとかその程度でした。
彼はその能力でちょこちょこ教会のあちこちの部屋の鍵を開けてはこっそり入って探検していた様です。
そして修行を積むにつれ、その力はどんどん増していきました。それは魔術の類も解除出来る程になったのです。
しかし高度な術の解除には、私の力を必要としました。
そもそも術の源、つまり刻印がどこにあるか見つけなければなりませんし、またどういう類の術か、ある程度把握出来ないとべらぼうな時間を要するのです。
この教会は多くの魔術書を所蔵してまして、私はそれを勉強する事でたくさんの魔術の印について知見がありました。
だから私が刻印を見つけ、その形状からどういう術か伝える事で多くの封印術や結界術をこれまで二人で解除する事が出来たのです。
その彼、デイビスこそが、貴方の呪いを解く鍵だと私は信じています。
ところがある日、デイビスは突如姿を消しました……一通の手紙を書き残して。
その手紙に書いてあった物がこの“聖杯”でした。
ですが、なぜ彼が教会を去ったのかは手紙からは分かりませんでした。
彼が去ってどれ位経つでしょうか。
私も遂に神父となり、日々の忙しさに彼の事などもう忘れかけていました。
そんな時、ある修道士がこの教会を訪れましてね。
彼は、何と言いますか、気持ちがかなり興奮した状態に見えました。
訪れるなり私の名を呼び、こう言うのですよ。
「デイビス様がお待ちだぁぁ! 例のモノを忘れずに、我らが賛美一体教会まで直ぐに来られよぉぉ!」
……とね。
デイビスの事は確かに気になりました。
なぜ賛美一体教会なんぞに居るのだろうか、果たして彼は無事なのだろうかと。
しかし私は今や、この教会の神父を任された身です。
私事を優先するわけにも参りません。
皆にも放っておけと言いました。
ところがしばらくして、その修道士は狂った様に高笑いし始めたかと思うと、急に泡を吹き、死んでしまったのです。
それからすぐですよ、貴方がうちの教会に運ばれて来たのは。
あなたのその首の呪い――それを解く鍵としてデイビスが思いつくのは、何ら難しい事じゃありませんでした。
私は、同じくすっかり忘れかけていた“聖杯”についても調べようと思いました――すると貴方が、この聖杯について何がしか知れる
ムニャルさんから聞きました。
『穢れた聖杯』
そう呼ばれる代物だそうです。
彼はとても慌てた様子で冥界の王サタンだとかアポカリプスだとかそんな事を口走っていました。いやはや、お恥ずかしながら私には、彼が何を仰っているのかよく理解出来ませんでした。ただどうやら、邪悪な力が込められているらしいのです。
もっと詳しく教えて欲しいと言いましたら、追い出されてしまいました。
――“そんな厄介な物、二度と持ち込まないでくれ”、と言ってね。
どうです?
ここまで話を聞いて感じませんか?
デイビスは聖杯を求め、
貴方にはデイビスの力が必要で私の下に訪れ、
聖杯の正体を解く鍵へと、貴方は導いて下さった。
私にはこの一連が何か繋がっている――そんな気がしたのです。
……そう、“神”によって。
それでは、どうでしょう?
私と共に賛美一体教会に向かいませんか? この“穢れた聖杯”を携えて。
彼らの目論見は碌な事じゃあ無い、人の命を簡単に捨て駒にする様な輩です。
私にはそれを止める使命があります、デイビスの歩む道を正さねばなりません。
そして貴方の呪いを解くのです。
それがきっと、私に与えられた試練なのでしょう。
それに、もし彼の力であなたが元に戻ったならば、それはきっと彼の贖罪に……いや、彼だけではありません、私の贖罪にもなるのだから。
カタリーナさん……。
私はカタリーナさんに謝らなければなりません。
それは、この教会の見習い
全く私は、自分の都合しか考えていませんでした。まだまだ未熟な聖職者ですよ。
あなたのその首筋にかけられた呪いは二つありました。
一つは“永遠の眠り”――これは対処療法でその効果を封じました。
これまでの教会での生活――お祈りやトレーニングのおかげで、貴方の体はすっかりその呪いを克服されています。
しかしもう一つは、私には全くお手上げです。
何せ複雑で見た事の無い印の上、かなり強力でして……。
結局、どんな効果なのかもさっぱり判りません。
ひょっとすると、このまま教会での生活を続ける事で、この呪いの力も弱まり克服する可能性はあるかもしれません。
しかしここは病院ではありませんし、しかも呪われた身である貴方を特別扱いしていれば、他の修道者達の目にも奇異に映るでしょう。
そんな噂が広まれば、異端訊問所も黙っていない。
そこで便宜上、貴方から見習い修道女としてこの教会に入った、という形にしておく必要があったのです。
これなら少なくとも外部からは、貴方は見習い修道女としてこの教会に居ると見做されて何ら問題ありませんし、ここの者達からは、貴方はここで呪いに打ち克つ為に修行していると見做されるので、やはり何の問題もありません。
ただ……私は、貴方にこの話をする事を躊躇っていました。
もし貴方に断られた時に、為す術が思いつかなかったからです。
万が一、呪いが発動し手遅れになるかもしれない。
呪われた者の存在を予め知った聖職者にあって、例え本人の希望とは言え野放してその様な事態を引き起こす事は、決してあってはならない。
これは、聖職者としての私の矜持です。
すると貴方のお父様やお兄様が「それは本人に言わない方が良い」と仰った。
嫌だと言うに決まってる。
直ぐに辞めさせてくれと言ってくるに違いない。
そう言ってきっと揉めると。
なかなか決断出来ないでいる私を見兼ねたのでしょうね。
ですが私はそれにすっかり後押しされましてね。
そして本来なら本人の“誓い”が必要になるところ、今回はそれを経ず、貴方には秘密で入会させたのです。
今ここで懺悔させて下さい。やはり、私は貴方に話すべきだったと。
本当に申し訳なかった。
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そう言ってアーロン神父は、土下座した。
私は慌ててアーロン神父を抱き起した。
私は、アーロン神父の底深い優しさを思い知らされた。
……けれどもやっぱり父と兄には、同情の念はこれっぽっちも湧かなかった。
(続く)
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