11話.その男キースにつき
「おや? もう伝言は済んだのか、スティープ」
私は、グレゴリオ神父とお互い無事にまた会う事を固く誓い合いあの場を別れ、急いでキトゥン達の後を追ったのだ。
私はキトゥンにコクリと頷いた。
するとキトゥンは皆を見渡して言った。
「そういやーお前達には紹介がまだだったな。コードネーム“スティープ”。こんな華奢な見た目でも、度胸と剣の腕はピカイチな野郎さ。勇気のある奴は試しに手合せしてみると良い」
え?
私の事、他の皆はまだ何も聞かされてなかったの?
確かにあの時、私は時間があまりないと協力を急かした。
だからそんな時間は無かったかもしれない。
驚くべきは私が何者か知らずとも、キトゥンが指示すれば皆従うその結束力。
キトゥンの体術は確かに目を見張るものがある。
しかしあれだけじゃここまでの統率力は得られないだろう。
きっとキトゥンには、まだ私が知らない凄い才能があるに違いない。
丁度アジトに着いた時、私が倒した男が漸く目を覚まし、こちらに気付いた。
「あっ! キトゥンの頭! 聞いてくれっ! あ……ありのまま、今、起こった事を話すぜ! オレはそこの茂みで用を足そうと思ったら、いつのまにか倒れていた!!」
「んで、そのまま漏らしたってわけか、汚ねぇなー。しっかり洗っとけよ! お、そうだ、コイツ新入りのスティープ。よろしく頼むな」
「よろしくな!」
男はびしょ濡れのズボンを履いて、ニカッと愛想良い笑顔で挨拶した。
私はあの場面を思い出し、思わず顔を逸らした。
そして何も知らない彼の屈託の無いその笑顔に、何とも気まずくなったのだ。
「よ、よろしく……」
「……なんでコイツそっぽ向くんだ?」
「あ……あぁ~!! コ、 コイツは極端に人見知りでなー。まぁあまり気にせず仲良くやってくれ」
◇
「俺の事は“キース”って呼んでくれよな!」
キースと名乗ったその男は金髪で目尻が切れ長の、青い瞳をしていた。
そう、私が思わずぶん殴ってしまい気絶して、お漏らししたあの男である。
モスグリーンのお揃いのズボンとベスト。
黒い半袖シャツからは割と鍛えられて締まった腕を見せている。
頭にもモスグリーン色の布をぐるぐると巻き帽子の様にしていた。
これと言って変わった服装じゃないし、顔立ちも特に変じゃない。
けれど何と言うか……彼の雰囲気はどこか胡散臭く、お調子者の匂いがした。
「良いか、Kiess、キースだ。おめぇは俺の事を“キースさん”って呼ぶんだぜ? 判ったか、新入りくん」
「おい! 逆にてめぇが“スティープさん”だろ? コードネームだぜ、その方は。実力からしたらお前より上じゃねぇか!」
「バカ言え、こんな華奢な体の野郎に喧嘩なら負けるわけがねぇんだよなぁ! どうせ、諜報部員とか特殊任務専門だろ?」
「じゃあ、お前、いっちょスティープさんと手合せしてみろよー! お頭も勇気がある奴はやってみろって言ってたぜ!」
「おいおい、俺を見下してもらっちゃ困るぜ。こんな俺でも母ちゃんからこう言われて育ったんだ、女子供や弱い者に手ぇ出すなってな」
私は一瞬、“バレた??” と冷やッとしたが、気のせいだった。
驚かさないでよー……全く。
「よし、それじゃ賭けでもするか? キースが勝つと思う奴、手ぇ上げろっ!」
ハイ!
見渡すと、キースだけが手を挙げていた。
「じゃあ、スティープさんが勝つと思う奴!」
ハイ! ハイ! ハイ! オレモ!!
そしてキース以外全員、手を挙げていた。
「な、舐められたもんだなー俺も。よし、判った! じゃあ俺は自分に賭けるからな! お前ら、俺が勝ったらちゃんと金、払えよっ! よしっ新入り! 表来いやー!」
こうしてキースと私、他のみんなもぞろぞろとアジトの洞窟から外に出た。
キースは自信たっぷり、腕を組んで仁王立ちで私に向かい合っている。
「よぉーーっし! 俺を殴れーーーっ!!!」
ポカーン……
静まる場。
私を含め、その場の皆が、意味が分からず唖然とした。
「ハンデだよ。おめぇのパンチなんぞ1発喰らった所でハンデになるか怪しいけどな。格の違いを教えてやるっ。なんなら気が済むまで殴らせてやる! その代り、俺が倒れなかったら俺の勝ちだ! 破格の条件だろが、コラ。おめぇ如きが俺に喧嘩売るなんざ100年早ぇぇっ!!」
喧嘩売ったのそっちでしょ……。
しっかしこっちの実力も計らずに、どっからその自信は湧いてくるのかしら?
そういえば……私、素手で喧嘩なんてした事無かったわねー。
習ってたのは剣術で体術は未経験。
あれ?
でも私って一度こいつ殴り倒してるのよねー。
あれくらいの力でぶっ飛ばせるわけか。
でもせっかくだし今度はちゃんと、本気で“闘気”を込めて殴ってみちゃおっかなー。結構イケるかも……!
私はワクワクしていた。
相手もああ言ってるし、試しに一発位ならという気になっていた。
気分を落ち着けて、集中する。
教会での訓練は意外にも、闘気の鍛錬になっていた様だ。
以前よりも総量が増えた感じがする。
よくよく考えてみれば祈りは瞑想と似ているし、何より筋トレはカイマンの稽古並に辛かった。
溜めた気にイメージを練る。
イメージは燃え盛る“紅焔”。
私は息を静かに大きく吸い込むと、一気に“気”を放ってみた。
スゥ………フンッ!!
瞬間、私の身を包むその闘気は天高く昇った。
燃え盛る炎のごとく迸り、それは周囲に“威圧”を振り撒いた。
例えるなら、新生のプロミネンス。
凄いっ!
こんな素晴らしい“闘気”が出せる様になっていたなんて!!
これは私の可能性という扉を新たに開いた息吹。
場の緊張感は一気に高まり、辺りは先程とは全く異質な静けさに包まれた。
「お、おい、ちょい待ち……は、はら……」
「でぇぇいやぁぁっ!!」
ドゴォォーーン!!
派手な衝突音がした。
流石に本気の殴打はちとマズイと思った私は、瞬時に詰めた勢いを殺し、ポンと当てるだけにした。
しかし拳に意識を集中したからか、体を纏う闘気はキースに向かう右拳へと集中し、結果ひときわ大きな闘気の塊となって彼の腹にぶつかった。
何か余計酷い事した気がした。
大丈夫か? おい!
あーあ死んだなこりゃー。
言わんこっちゃねぇ……。
周囲から口々に残念な掛け声がキースに向けて掛けられる。
しかし当のキースは遥か後ろにぶっ飛んで地面に倒れたまま起き上がらない。
私は慌ててキースの元へ走った。
「だ、大丈夫か?!」
「は、腹だ……。信じてたぜ……、オメーの事をよ……フッ……」
彼は静かに気を失って……失禁していた。
私は心の中で謝った。
こうしてキースとの決闘は幕を閉じ、以降、私に手合せを挑む者はもちろん、話しかけてくる者も居なくなった。
お陰で正体を隠すのが、ちょっぴり楽になった。
私は心の中でキースにそっと感謝した。
(第4章に続く)
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