22話.神々の狂騒曲

 ハデスは、冥界で最上位の力を有する悪魔である。

 自ら“神”を名乗っているが、その実力は決して買いかぶりではない。

  

「ほぅ……皆、殺すつもりで放ったんだがな。おっと、主よ、生きてたか。そんな目をするな、ここに居る者を一掃しようと放ったのだ。そこの竜も耐えたか、なかなか良い竜だ。おっともう1匹は死んでから復活を遂げているな、ハハハ面白い奴等だ!」


 禁術【冥界開門アビスゲートオン】は、あくまで人間界と冥界を繋ぐ『ゲート』を造る術。

 そこに、召喚されし者が術士の命令を聞くという利便は無い。


「興味深いのはお前だ悪魔よ。なぜお前は私を目の前に抵抗を見せるのだ? 私を知らぬわけではあるまい。しかも私の攻撃を吸収し全く無傷でいられるとはな。お陰で後ろに居る者達への攻撃も軽減されてしまった。まさか皆死なずに済んだとは、少しは楽しめそうじゃないか」


「き、貴様ァーーーッ!!」


 カタリーナはハデスの言葉に怒りが漲り、全身の気を振り絞って、両手で構えた大剣に再度力を込めた。


(奴の強さは圧倒的だ。どうなっても良い……この一撃に全てを懸ける!)


 カタリーナの体を包む様に大量の邪気のオーラが放出する。


ドクンッ!


(な……何だ?? また…ば、か……な)


 カタリーナの全霊を懸けた邪気のオーラはまたも何かに吸い取られる様にして綺麗に消えてしまった。

 もう立っている事すらままならず、そのまま地面に跪く。


 すると、穢れた聖杯が大きく震え出し、腰の革袋から飛び出すと、宙に浮きながらも尚震えていた。

 それはやがて先程ハデスが召喚された時の様に、大地も大気も、そう空間ごと大きく揺らし出したのである。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォ!!


「ハハハハハ! お前、面白い物を持っているな。成る程、私の攻撃はそれが吸収してたというわけだ! クックック! お前が『讃忌のSacrificed片角Horn』なのも妙なる因果だな!」



 今、カタリーナは悪魔の姿をしている。

 頭には右側だけに角が付いており、どこかアンバランスな格好ではあった。

 

 世界の掟ザ・ワールドが築かれて後、サタンの命で人間界へ攻め入る為、『ゲート』の創出に取り組んだ冥界の者たちが居た。


 その中に自分の体の一部を贄とし提供、或いは搾取された者がいた。

 彼らを総称して『讃忌Sacrificed』と呼ぶ。


 多くは角、羽、爪、尻尾などを贄とした。

 自ら提供したにしろ、搾取されたにしろその者は、より自身の内の憎悪を高め、周りはそれを“Sacrifice !”と呼んで讃えたのだ。

 そこからその者たちを、贄とした部位を指し、「讃忌のSacrificed~」と呼ぶのだった。


◇ 


 穢れた聖杯が粉々に砕け散る。

 そこから飛び出した3つの影。


 2つの影がカタリーナの目の前に降り立つ。


 黒く巨大な魔鳥に跨り漆黒の鎧を纏いし戦士。

 それとあまりの大きさに足しか見えない鎧を纏いし巨人。


 もう1つの影は空高くどこかへと飛んで行ってしまった。


 カタリーナの体はほとんど限界だった。

 薄れゆく意識の中で目の前に現れた敵とも味方とも見分けのつかぬ者達。

 そしてカタリーナを見下ろすハデス。


(私が、私が皆を守らねば! ハデスを……そいつをやっつけ…なきゃ……)


 ハデスを睨んで、カタリーナは最後の力を振り絞った。

 体に残る僅かな邪気を解き放つ。

 

 仲間を守る為、想いを込めて絞り出した邪気。

 しかしとうとう彼女は気を失って地面に倒れてしまった。


 最後の力を振り絞り解き放たれたその邪気は、聖杯より飛び出した3つの影へと吸い込まれていった。


「ハッハッハ。主が先にくたばってしまったぞ? どうするのだ、お前達」


 ハデスが聖杯より現れた2人に笑いをかけたその瞬間、魔鳥は羽ばたき漆黒の迅雷がハデスに向かい両手の剣を振るった。


 ハデスは上空へ軽々とジャンプしそれを躱す。

 そこへ鎧の巨人が繰り出す無慈悲の拳が地獄の業火を纏いてハデスに迫る。


(<沈黙の魔将デスジェネラル>に<謀反者の僕サタンズサーヴァント>か。相手にとって不足は無い……がどういう風の吹き回しだ? まさかこんな奴の命令を真に受けてるわけでもあるまいが……)


 ハデスの推察は正しい。

 しかし彼ら3魔神が誰の命で動いているのか、それを確認する暇は無かった。

 謀反者の僕サタンズサーヴァントが剛の拳を放つ。

 ハデスは蝶の様に舞いそれを躱すと、そのままひらりひらりと舞いながら、謀反者の僕サタンズサーヴァントの肩にすとんと降り立った。


 見つめる視線の先に見たものは、こちらに向かってくる巨大な神竜とその後に続く竜の群れ、そしてもう一つ、聖杯から飛び出し、その神竜に向かう影。


「フハハハハ! あの影体に気配、もう一人は<アスタロト>か! しかも向かってくるあの巨竜は<バハムート>! 役者は揃った。さぁ! 久しぶりのこちらの世界、存分に楽しませて貰うぞ!」


 九重の淵の上空では、今、恐ろしい戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。



 時はハデスが出現する少し前に遡る。


 激しく揺れる宙の中、創世のジェネシスドラゴンは北の高地を見つめていた。そこでも大きな揺れに驚く竜達が、上空へと飛び立つ姿があった。

 だが、創世のジェネシスドラゴンが懸念していたのはそこでは無い。


「ルビス、聞こえるか! 封印はどうなっている?」

「限界だわ!邪気が大き過ぎる!封印が解ける!!」


 【遠隔会話テレコトーク】越しにもその焦燥が伝わってくる。

 と、その時、北の高地より大気を震わす咆哮があがった。


GIYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!


 上空を舞っていた竜達は、眼下の高地にいつの間にか現れた巨大な竜を見た。

 威風堂々たるその姿、漲る気配は威圧に満ちながらも竜達を逆撫でする類のものではない。むしろ、敬意と崇敬が込み上げてくるのだった。


 それこそは、幻竜神バハムート。


 全ての幻獣を統べる王にして、かつての神々たちの戦いに終止符を打った実力者。

 上空を舞う竜達は、その様な事実を知らずとも、自然と察する事が出来たのだ。

 自分達とは格が違う、と。


 やがてバハムートは、九重の淵の方角へ目をやり羽ばたいた。

 竜達は直ぐに察知する。


 王は、邪悪を払いに向かうのだ――と。


 そうして竜達は、我が王を助けんと、こぞってその後を追いかけた。

 


(続く)

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