14話.ウロボロス

「スティープ! どこだ!!」

「キース殿! あそこに見える闇は!」

「あ、あの中なのかっ!」


 円蓋の闇に突入したキース達3人。

 その闇の中で目を凝らし見えるは神父の赤く光る両眼と闇より尚濃い闇の球体。


 二人はなんの躊躇も無くその闇の球へと向かって行った。


「えぇいっ! 邪魔立てするな! まだこちらの術が終わっておらん!」


 エンリコにはキースとオジキが見えていた。

 二人なら術を継続しながら相手できるか、そう考え行動に移そうとした時、


(む? なんだ、この臭いは?!)


 エンリコの眼でも見えぬ方向から、血の臭いを帯びた“何か”が近づいてくる。

 危険を察知したエンリコはサッと後ろへ跳んだ。


「誰だっ?」


 その時、円蓋の闇を打ち消す光が四方に放たれた。


 それはジークフリートの闘気が放つ黄金色の輝き――【王者の太陽ライジング・サン


「ぐああぁぁ、ま、眩しい!」


 堪らずエンリコは遥か後方へと退避した。



 スティープは未だ尚、闇に包まれていた。

 だがエンリコの洗脳術は許容範囲が狭く、後方へ跳び退いた時点でスティープへの術は解けている。

 

「スティープ! 大丈夫か!! 今助けてやるからな!」


 闇の中に手を入れようとしたキース。


バチン!


 その手は、何か強い力によって弾かれてしまった。


「な、なんなんだよこの闇は……」

「俺に任せろ!」


 オジキはその闇の球体ごと丸々抱え、渾身のベアハッグを試みた。


バチバチッ!


 時折響く強力な反発音。

 しかしオジキはガシッと向こうに回した両手を握りしめ、スティープをこの闇の球体から抜き出そうと必死に引っ張った。


「うおおおぉぉぉーーーっっ!!」

「おぉ! オジキ!! いいぞ……腰の袋が見えてきた! こいつはやべぇ!」


 聖杯が入っている袋が見え始め、そこからスティープを包む大量の闇が溢れ出ていた。危険を感じたキースはナイフを取り出しそれを切り外しにかかる。

 

 少し離れた場所からはエンリコへの注意を逸らさずにジークがキース達の様子を確認していた。


 キースがナイフを取り出し、スティープの腰の袋を切り取ろうとしている。

 オジキもそちらに気を向けながら懸命にスティープを引っ張り出そうとしている。


 いよいよその闇の中からスティープの頭が見え出した事に、キースとオジキは気付けていない……唯一それが見えていたジークは驚きを隠せなかった。


「あ、あれは、スティープなのか……?!」


 見えたのは美しく輝く金髪、そして、その頭部には人間にはあり得ないものが突き出ていた。


 ジークに戦慄が走る。

 奥底に眠らせたとある記憶が、反射的にジークをそちらに向かわせていた。


「キース! オジキーーっ! 今すぐそこを離れろっ!! そいつは最早スティープじゃない!!」


 二人が「え……?」という顔をしてジークを向いた時には、ジークは二人の腕を掴みすぐさま後方へ逃げようとした。

 その時である。


バチュン!


 スティープを覆う闇が凄まじい反発力を発し、3人とも遥か後方へと弾き飛ばされていた。



「ぐぬぬぬ……あと少しだったかもしれんのにぃ!! えぇい! 許さんぞ貴様らーーっ!!」


 怒りの形相で反撃に構えるエンリコ。

 その時、背中に凄まじい悪寒が走った。


「むっ!! な、なんじゃあこの邪気は……っ!?」


 それは彼が聖杯の邪気と勘違いし察知していたこの森で最も大きな邪気の塊。

 後ろを振り向き目に映ったのは巨大な黒き何か。


 全身を棘のある硬そうな鱗で覆い、

 背には大きな翼を持ち、

 鋭き爪を備えた巨人の様に太い腕。

 首の周りには不思議な金色の紋様の入った黒い玉が幾つも浮遊し、全身から禍々しいオーラが滲み出ている。


 其れこそは邪竜<ウロボロス>であった。



 かつて竜の渓谷を暴れ回り、そこに住む竜人達を恐怖に陥れた1匹の邪竜。

 多くの竜騎士ドラグーンが討伐に向かい帰ってこなかった。

 しかし僅かに生きて戻ってきた者達も口を揃えて言うのだった。


「諦めろ、奴を倒す事は出来ない」


 其れは竜人だけでなくこの地に住むあらゆるもの――竜も、邪竜も、怪鳥も大蛇も、そして海に住む魔獣でも目に付けば見境なく戦いを挑んだ。


 其れにとって、“死”とは始まりであり、“生”とは終わり。


 乃ち、“死ぬ事”とは復活し“新たな生”が始まる事。

 “生きる事”とはこれを永遠に続ける“終わり”であった。


 であれば、自分が一番充実した時間を得られる“戦い”を生き甲斐にしよう。

 其れが誰彼構わず戦いに明け暮れていた心理だ。

 

 だから其れと対する力ある者は、戦いを続けるうちに気付くのだ。

 ――コイツを相手にするのは無理だ、と。


 どんなに自分が強く其れを倒しても、其れは復活し再び対戦を挑む。

 そう“永遠”に!

 ある者は力尽きて負け、ある者は途中で逃げ出すその繰り返しであった。


 そのうち、其れとの戦いを受ける者は居なくなる。

 見かけると皆逃げ出すのが常となっていた。

 それでも其れは相手を求め渓谷中を探し続けた。


『もう雑魚は要らない、もっと強い相手を!』


 そうして何年も渓谷を彷徨い続け、力ある者を見つける“コツ”も習得した。

 自分より強い相手を追い続け、また新たな強敵との遭遇を求め彷徨い続けた。


 どれほど長い事そうしてきたであろう。

 遂にはその様な相手と相見あいまみえる事は出来なくなった。

 

(最早この地で俺より強い奴に戦いを挑む事は出来ない。

 どうせ逃げられてしまうのだ。

 ならばどこへ行けばよい? )


 長い戦いの旅路にこの地が閉じた空間である事も判った。

 見知らぬ外の地へ行く事は出来ぬのだ。


 しかし其れには時間ならたっぷりあった。

 

(なれば……)


 其れは決断する。


 森の奥深くにある崖に囲まれた池、“九重の淵”。

 ここは妙に惹かれる何かがあった。

 流れる滝は涸れる事無く永遠に落ち続け、それでいて池の水が溢れる事も無い。

 自分とどこか似た境遇、そのからくりに惹かれたのか。


 “大地の裂け目”と同様、そこがかつて、神々の戦いの傷跡として残された特異点カオスポイントだという事に直感的に気づいたのかもしれない。

 ともかく、其れはこの池の中にひっそり身を潜める。

 其れはどこまでも潜ってみたが底はいつまでも見えなかった。

 ある時、声が聞こえた。しかし姿は見えない。

 それきり、なんの生物も見つける事は無かった。


 潜るのにも飽きた其れはとうとうこの水中で長き眠りに就くことにした。

 自分と互角以上に戦える相手が、新たにこの地に生まれるその“未来”に託して。



 その日は、森がざわついていた。

 渓谷には邪気を纏う邪竜も住んでいる。そしてその邪気の“色”を全て、其れは知っている。だからそれらの邪気を感じる程度ではざわつく事は無い。

 しかしその日感じた邪気の“色”は、其れの知らぬものだった。しかも二つも突如現れたのだ。

 其れはその気配に気付く。しかしまだ微睡んでいた。


 しばらくして、この森に住む邪竜が2匹、池の畔にやって来た。 

 2匹は妙な気配に飲まれ森に向かっていた。

 邪竜の“邪気”が1つ消えた頃には、すっかり目が覚め、外の気配に興味を持った。

 すると池の畔から声が聞こえてくる。


――あの邪竜達、2匹とも洗脳された。闇に気を付けて。久しぶりの戦いの時よ。


 其れは心躍らせていた。

 その声はかつてこの池の中で聞いた覚えがある。しかしそんな事はどうでも良い。

 それより、いよいよ戦うに相応しい奴が来たのか!と。

 そしてこう返事したのである。


――群れるのは嫌いだ。興味があればここを出る。


 そして2匹目の邪気も消えた時、其れは、久しぶりに体を動かし始めていた。

 暫くして、微睡みの中で僅かに感じたあの苛立つ気配を感じ取る。

 

(ああ、その苛立ちが俺の闘争本能を呼び覚ます。

 久しぶりの良い感じだぜ。お礼にまずはこいつを相手にしてやるか!)

 

 其れは遂に、池の淵より這い出でる。

 目の前の森に広がる闇に、其れは思わず笑みをこぼした。

 溢れんばかりの邪気を纏い、嬉々として闇に向かった。

 

 其れこそは輪廻回生の悪夢、邪竜<ウロボロス>であった。



(続く)

 

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