10話.カタリーナの覚悟

 私は皆が拳を突き合っている間、その様子を離れた所から見ているだけだった。

 皆が命懸けで邪竜を相手に戦っている。

 だのに私は聖杯の反応をいちいち心配して逃げ回っているだけだ。


 情けない!


 何か私に出来る事は本当に無いの? そう考えていた。


「しっかし毒の吐息かよ……もう毒はこりごりなんだけどなぁ」


 キースが嘆いている。

 毒の吐息はどんどん広がりこっちに向かっている。

 ジークはその様子を見ながら、急ぎあの技の説明をしていた。


「俺の剣技【破竜失墜バルムンク】はドラゴンを死に到らしめる技だ。しかし条件があってな。それは対象の竜にそれと判る傷が無ければならないのだ。この剣で切った傷であれば多少小さくても発揮する。だが、それ以外の武器で付けた傷だとさっき俺がやったくらい鮮血が飛び出る程の傷じゃないと十分じゃない」


 誰かがあの毒の吐息を搔い潜り、大傷を負わせねばならないという事。

 ジークが説明を続ける。


「それと、俺には姿を隠す方法があるのだが近づけないのではそもそも意味が無い。しかもどうにか身を隠し近づくチャンスが出来たとしてもさっき竜の返り血を浴び過ぎた。この血の匂いで悟られてしまうだろうな」


「くそ! ともかく近づけねぇんじゃ打つ手無しじゃねーか! 何か飛び道具でもあればなぁ」


「あるぞ! ちょっと待ってろ。これだ!」


 キースの何気ない一言に、オジキは道具袋から何かを取り出した。


「おぉ、弓と矢か! スゲーなオジキ。でもその道具袋、一体どーなってんだ? さっきの大盾といい、毒消しやら聖水、コップや水まで出してたよな?!」


「あぁ、これか! 実はそういう魔法がかけられているのだ、便利だろう? 限度はあるがある程度の数量や大きさは無視してこれに入れ持ち運ぶ事が可能だ。但し容量は丸められるが重量はそのままなのが玉に瑕だがな!」


「ふーん、どれ、ちょっと持たせてくれよ。ぐぉぉぉっ?? なんじゃあぁぁぁ、この重さはーーーっ!!」


 両足で踏ん張りながらやっとの事で持ち上げて見せるキース。

 それを見たジークがフムと頷いている。


「そうか、それでさっきの紫竜の尻尾にも吹っ飛ばされずに済んだのか」


「あぁ、それもある。だがあの尻尾の威力は並大抵では無かった。あれに耐えたのは、大盾のお陰だ。あれにもある魔法がかけられていた。盾が受けた最初の一撃だけその運動エネルギーを……いや簡単に言えば威力を大幅に落とす効果だな」


「オジキはあの魔道具国家“オルレアン王国”の者か?」


 ジークが問う。

 ロマンス語訛りと言い、数々の魔道具と言い、それは間違いないだろう。

 しかしオジキは言葉を濁す。


「……それは、言えぬのだ。すまん」


 彼の来ている鎧と言い、話せる言語の数と言い、それなりの身分、教養が伺える。きっとそれなりの職だったり、めんどくさい立場の者なのだろう。

 するとキースがサラッと言った。


「いや誰にでも秘密にしときたい事の一つや二つあるよな! ま、そんな事どうでも良いさ、だけど仲間である事には違ぇねえ! それで十分だ。ところで、この弓矢にも何か魔法がかけられてたりするのか?」


「おぉ、あるぞ!まずは『射出速度制御機能』だ。これは弓にかけられた魔法だ。弓をどれだけ引いたかに関わらず射出された矢は必ず弓の限界引分けで放たれたと同じ速度に達する。この機能は一度に最大4本まで矢を同時発射させても効果が機能するぞ! 更に『自動追尾機能』、これは矢の1本1本にかけられている。誤差10%、照準地点を視認するだけで良い。但し距離が離れてて照準がぼんやりしてると機能が上手く働かず誤作動する時がある。出来ればなるべくはっきりと判る部分を狙うと良い、こんなとこだ。あと大事な点が1つ! あの大盾と同じでどちらの魔法も発動するのは1回きりだ。矢は使い切りだからともかく弓の方は1回引いたらあとは自力で引分けを溜めるしかないからな」


 まくしたてる様にしてオジキは説明した。

  

「これ、俺に貸してくれねぇか? あの紫竜ではとんだ足手纏いになっちまった。今度は俺がキャシーに乗ってこいつで奇襲をかけるからよ!」


「確かにこの弓矢の性能を一番活かせるのは、この中じゃキースだろうな。しかし、この矢のダメージでは俺の【破竜失墜バルムンク】は効果が無い……」


 オジキはキースに弓矢を渡し、ジークは作戦を練っている。

 

 もう居ても立ってもいられない!


「私がやろう!」


 私は考えていたんだ。

 私の使命、それはこの聖杯を賛美一体教会に渡さぬ様、守り通す事。

 その為に私はキトゥンにお願いし“UPユーサルペイシャンヌ”に加入、竜の爪入手に協力し、男装もした。これは使命を達成する為の私なりの覚悟だった。


 しかし、今のこの状況は?


 偶然とはいえUPのミッションからは外れてしまった。だから聖杯を魔の手から守る事が私に課せられた最大の目的だ。


 だが邪竜や神父へ聖杯の邪気が流れ込む事を気にするあまり、戦う事を避けた。

 目の前では仲間達が代わりに命を懸けて戦っている。

 オジキの目的を達するのだって相当な困難が待ち受けてるかもしれないのに。


 今、私が本当に賭けるべき覚悟とは、戦いを避け逃げ回る事なのか?

 本当にそれで良いのか?

 もっと他にやるべき事があるのでは無いか?


 不意に聞こえたキースのセリフ、


「……あの1匹目の竜ではとんだ足手纏いになっちまった」


 違うんだキース! 本当に足手纏いなのは私!!


 頭の中でその思いが木魂する。

 嫌だ! こんなの。


 こんなのは“私らしくない”!

 

 私には勇気が無かった。

 そして覚悟を真に捧げるべき矛先が判って無かった。

 それをみんなが教えてくれた。


 お互いが信じ合っていた。

 お互いが助け合っていた。

 お互いが全力で命を懸けて戦っていた。


 誰の為? 私の為?


 いいや、仲間の為、みんなの為に。

 だったら……私がやるべき事はただ一つ!


 私は覚悟を決めた。


「私の作戦はこうだ。ごにょごにょごにょ……」

「マジかよっ?!」

「それは……スティープ殿が危険過ぎる!」

「一か八かだな……」


「どうかお願いだ、私にくれ! 私もみんなを信じるから、みんなも私を信じて欲しい! お願いだ!!」


 私はみんなに向かってそう言って頭を下げた。


「へへっ……判ってるじゃねーかスティープ。俺達は仲間だ。だからもう互いに信じ合っている。なぁ、みんな。仲間が真剣に覚悟のつらぁして頭下げてんだぜ? 俺はおめぇの実力は判っているし信じてる。皆もそうだろ? そんな仲間が任せろっつってんだ。そしたら返す返事は一つだろーが、なあっ!」


 皆が互いに顔を見合わせ、やがてコクンと頷いた。


 ジーク、オジキ、キース、キャシー「「「『任せた!』」」」



(続く)

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