6話.再会

「その幻獣ショップとやらに案内してくれないか!」


 ヴァルツ兄が駆け寄った。


「え……外はもう雨よ?」

「頼む! どうしても焔火ネズミと会いたいんだ!」

「知り合いなの?!」

「あぁ、後生だ、頼む!」


 あまりに真剣な表情の兄の頼みに、私はそのまま勢いに飲まれてしまったの。

 気付いたら二人して雨の降る中、走り出していたわ。

 母が「気を付けてね」と手を振り見送っていた。

 


 幻獣ショップに到着したけど店内は暗く、中にはもう誰も居なかった。

 それじゃあと私達は教会へ向かったわ。

 市街を抜け、教会へ続く丘の道、雨はザアザアと降っている。

 その道の途中に人影が、教会へと向かっているのが見えた。


「お兄様! きっとあれよ!!」

「どこだ?!」

「ついてきて!」


 私達は丘を駆け上がった。その影の主も足音に気付き後ろを振り向いた。


「おや? さっきの嬢ちゃんか?」


 漸く私達は焔火ネズミに追いついた。


「はぁはぁはぁ……」

「だ、大丈夫か、嬢ちゃん。こんな雨の中、一体どうした?」

「ちょっとあなたに用があったの、私の兄が……」


 すると焔火ネズミはくるりと身を翻した。

 どうやら兄にも焔火ネズミが見える様になったようだ。

 すると兄はわなわなと震え出し両膝を地に跪いたのだ。


 その様子をじっと見ていた焔火ネズミ。

 やがて「あっ!」と素っ頓狂な声を上げた。


「お、おめぇは……もしかしてあの“坊主”か?」

 

 無言でこくんと頷く兄。

 目には涙を浮かべている。


 焔火ネズミはおもむろに兄に近づき、その頭に腕を回し優しく抱きついた。

 兄もそれに応じガシッと焔火ネズミを抱くのだった。


「なんだい“ヴァルツ”よぉ! 随分と大きく立派になっちまいやがってコイツめ」


 焔火ネズミが兄の頭を撫でまわす。


「え? ちょっと……これは一体どういう事?」

「そうか……ってぇ事は嬢ちゃんはあの“カタリーナ”か」

「私の事、知ってるの?!」

「もちろんだ! おめぇがまだ赤ちゃんの時だ。可愛かったぜーおめぇはよ」

「それにヴァルツ兄はネズミが苦手だったんじゃ……」

「馬鹿言えよ、これ見りゃ分かるだろ? そんなわけねぇ……」


 するとヴァルツ兄が顔を横に振り出した。


「違うんだ、焔火ネズミ。俺はネズミが苦手になってしまったんだ」

「なんだと? なぜだ?」


「俺は……お前の注意を怠って“黒いネズミ”に咬まれてしまった。それでペストに罹りとても苦しい思いをした。そして高熱でうなされている時、夢を見たんだ」


「お! 見てくれたか、あの夢!」

「やはり……あの夢はお前が俺に見せたのか」


「当た棒よ! 俺がきっちりあの“黒いネズミ”にはつけてやったからよ。お前にも仇打ちの様子をきっちり見せてやろうと思ってな。俺様の魔術でお前の夢に飛ばしてあったのさ。ちゃんと見れたか、良かったぜー」


「あ、あの夢は……言いつけを守らなかった俺を叱った夢じゃなかったのか?」


「はぁ? 何勘違いしてんだ。あの燃え盛る炎の闘気! しっかり目に焼き付けたか? 俺はあれで黒いネズミをぼっこぼこのぼこにやったんだ!」


 途端にたがが外れた様に「うわぁぁあ」と叫びながら、焔火ネズミにガシッと泣きつくヴァルツ兄。

 ただでさえ兄が泣くところを初めて見た私は、あまりに泣き喚くその姿に呆気に取られていた。焔火ネズミも兄の姿にびっくりしている。


「なんだなんだ! 可愛い妹の前でだらしねぇ! そんなんじゃ守ってやれるもんも守ってやれねぇぞ。どれ、どれくらいおめぇが強くなったか俺が見てやる。ちいと俺に“本気”で向かってきてみな」


 泣きつく兄を、両肩をポンと軽く突き飛ばし、少し距離を取って兄と対峙した。

 目を閉じ深呼吸する焔火ネズミ。


「ところでヴァルツよ、おめぇ闘気は使えるのか?」


 目を閉じたまま質問する。


「あぁ……」

「よし、じゃあ話は早ぇ。おめぇの本気の闘気、ここで出してみな」

「分かった」


 漸く兄も立ち上がり、目を閉じ深呼吸をした。

 雨の降る音だけが静かに響く。

 

ゴォォォォォーーーッ!


 す、すごい!

 焔火ネズミの体を纏う強烈な炎!

 触れた雨の滴を蒸発させて白い煙が揺らめき立つ。


ビュオォォォォーーーッ!


 兄の体を真白な吹雪が包みだす!

 こちらも負けていない!

 凍てつく闘気に周囲が煌めく、それはまるで細氷風舞ダイヤモンドダスト


「良い感じだなーおいっ! んじゃまぁ一発かますゼ!」


 紅き火炎が白き氷晶に飛び込んだ。 

 耳をつんざく激しい音と空気を震わす振動が響く。

 熱風と氷風が渦巻き、それを必死に鎮めようと雨が激しく二人に降りしきる。


 やがて……それは再び雨の音だけになった。


「……強くなったな。俺が教える事はもう無さそうだ」


 焔火ネズミの放った豪火の右ストレートをヴァルツ兄はしっかり両手で包む様に捉え抑えきったのだ。


「もう、屋敷には戻ってくれないのか?」


 ヴァルツ兄はとても寂しい目をして聞いていた。


「俺は……俺の方の修行は恥ずかしい話、まだ“十分”じゃねぇ。おめぇは十分強くなったのになぁ。あんときゃカーラさんの力で何とかおめぇの命は助かったが、俺はあの時驚く程無力だったんだ。だから……」


 焔火ネズミは教会へと走り出し、ちょっと進んだところで振り返った。


「今度、俺が屋敷に戻る時にはよーっ、何があっても今度は助けてみせるぜ! あの時食べたお前のチーズ! ありゃー最高だった! またあんなうめぇ食事をおめぇと楽しみたいからよー、いつか必ず戻るっ! それまで元気でなーーっ!!」


 そう叫ぶと降りしきる雨の向こうに焔火ネズミは走り去り、やがてすっかり姿が見えなくなった。

 なんだか兄との事情はいまいち掴めなかったけど、とても清々しい奴に見えた。


「あいつ、良い奴じゃない」

「あぁ、もちろんさ」


 ヴァルツ兄の顔もすっかりすっきりとしている。

 そこで私は聞いてみた。


「ひょっとしてお兄様の闘気のイメージが“氷”なのって……」


 フッと鼻を鳴らす兄。


「小さい時に高熱にうなされたしな。それにアイツが夢で見せた炎の闘気は本当に怖かったんだ。もう熱いのはこりごりでな」


 お互い顔を見合わせ微笑んだ。


「ねえ」

「ん?」

「今でもちゃーんと可愛い妹を守ってくれるのかしら?」

「ふっ、お前は十分強い。必要ないくらいにな」

「はぁ~?」

「なんせ、が教えた」

「まぁそうだけどー。でもそのうち超しちゃうかもよー?」

「生意気言うな、まぁそれでも俺は守ってやるさ。アイツとの約束でもある」


 ヴァルツ兄は私の頭を撫でてくれた。

 降りしきる雨はちょっぴり私達の心を固めてくれた、そんな気がした。



(続く)


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