6話.再会
「その幻獣ショップとやらに案内してくれないか!」
ヴァルツ兄が駆け寄った。
「え……外はもう雨よ?」
「頼む! どうしても焔火ネズミと会いたいんだ!」
「知り合いなの?!」
「あぁ、後生だ、頼む!」
あまりに真剣な表情の兄の頼みに、私はそのまま勢いに飲まれてしまったの。
気付いたら二人して雨の降る中、走り出していたわ。
母が「気を付けてね」と手を振り見送っていた。
◇
幻獣ショップに到着したけど店内は暗く、中にはもう誰も居なかった。
それじゃあと私達は教会へ向かったわ。
市街を抜け、教会へ続く丘の道、雨はザアザアと降っている。
その道の途中に人影が、教会へと向かっているのが見えた。
「お兄様! きっとあれよ!!」
「どこだ?!」
「ついてきて!」
私達は丘を駆け上がった。その影の主も足音に気付き後ろを振り向いた。
「おや? さっきの嬢ちゃんか?」
漸く私達は焔火ネズミに追いついた。
「はぁはぁはぁ……」
「だ、大丈夫か、嬢ちゃん。こんな雨の中、一体どうした?」
「ちょっとあなたに用があったの、私の兄が……」
すると焔火ネズミはくるりと身を翻した。
どうやら兄にも焔火ネズミが見える様になったようだ。
すると兄はわなわなと震え出し両膝を地に跪いたのだ。
その様子をじっと見ていた焔火ネズミ。
やがて「あっ!」と素っ頓狂な声を上げた。
「お、おめぇは……もしかしてあの“坊主”か?」
無言でこくんと頷く兄。
目には涙を浮かべている。
焔火ネズミはおもむろに兄に近づき、その頭に腕を回し優しく抱きついた。
兄もそれに応じガシッと焔火ネズミを抱くのだった。
「なんだい“ヴァルツ”よぉ! 随分と大きく立派になっちまいやがってコイツめ」
焔火ネズミが兄の頭を撫でまわす。
「え? ちょっと……これは一体どういう事?」
「そうか……ってぇ事は嬢ちゃんはあの“カタリーナ”か」
「私の事、知ってるの?!」
「もちろんだ! おめぇがまだ赤ちゃんの時だ。可愛かったぜーおめぇはよ」
「それにヴァルツ兄はネズミが苦手だったんじゃ……」
「馬鹿言えよ、これ見りゃ分かるだろ? そんなわけねぇ……」
するとヴァルツ兄が顔を横に振り出した。
「違うんだ、焔火ネズミ。俺はネズミが苦手になってしまったんだ」
「なんだと? なぜだ?」
「俺は……お前の注意を怠って“黒いネズミ”に咬まれてしまった。それでペストに罹りとても苦しい思いをした。そして高熱でうなされている時、夢を見たんだ」
「お! 見てくれたか、あの夢!」
「やはり……あの夢はお前が俺に見せたのか」
「当た棒よ! 俺がきっちりあの“黒いネズミ”には蹴りつけてやったからよ。お前にも仇打ちの様子をきっちり見せてやろうと思ってな。俺様の魔術でお前の夢に飛ばしてあったのさ。ちゃんと見れたか、良かったぜー」
「あ、あの夢は……言いつけを守らなかった俺を叱った夢じゃなかったのか?」
「はぁ? 何勘違いしてんだ。あの燃え盛る炎の闘気! しっかり目に焼き付けたか? 俺はあれで黒いネズミをぼっこぼこのぼこにのしてやったんだ!」
途端に
ただでさえ兄が泣くところを初めて見た私は、あまりに泣き喚くその姿に呆気に取られていた。焔火ネズミも兄の姿にびっくりしている。
「なんだなんだ! 可愛い妹の前でだらしねぇ! そんなんじゃ守ってやれるもんも守ってやれねぇぞ。どれ、どれくらいおめぇが強くなったか俺が見てやる。ちいと俺に“本気”で向かってきてみな」
泣きつく兄を、両肩をポンと軽く突き飛ばし、少し距離を取って兄と対峙した。
目を閉じ深呼吸する焔火ネズミ。
「ところでヴァルツよ、おめぇ闘気は使えるのか?」
目を閉じたまま質問する。
「あぁ……」
「よし、じゃあ話は早ぇ。おめぇの本気の闘気、ここで出してみな」
「分かった」
漸く兄も立ち上がり、目を閉じ深呼吸をした。
雨の降る音だけが静かに響く。
ゴォォォォォーーーッ!
す、すごい!
焔火ネズミの体を纏う強烈な炎!
触れた雨の滴を蒸発させて白い煙が揺らめき立つ。
ビュオォォォォーーーッ!
兄の体を真白な吹雪が包みだす!
こちらも負けていない!
凍てつく闘気に周囲が煌めく、それはまるで
「良い感じだなーおいっ! んじゃまぁ一発かますゼ!」
紅き火炎が白き氷晶に飛び込んだ。
耳を
熱風と氷風が渦巻き、それを必死に鎮めようと雨が激しく二人に降りしきる。
やがて……それは再び雨の音だけになった。
「……強くなったな。俺が教える事はもう無さそうだ」
焔火ネズミの放った豪火の右ストレートをヴァルツ兄はしっかり両手で包む様に捉え抑えきったのだ。
「もう、屋敷には戻ってくれないのか?」
ヴァルツ兄はとても寂しい目をして聞いていた。
「俺は……俺の方の修行は恥ずかしい話、まだ“十分”じゃねぇ。おめぇは十分強くなったのになぁ。あんときゃカーラさんの力で何とかおめぇの命は助かったが、俺はあの時驚く程無力だったんだ。だから……」
焔火ネズミは教会へと走り出し、ちょっと進んだところで振り返った。
「今度、俺が屋敷に戻る時にはよーっ、何があっても今度は俺が助けてみせるぜ! あの時食べたお前のチーズ! ありゃー最高だった! またあんなうめぇ食事をおめぇと楽しみたいからよー、いつか必ず戻るっ! それまで元気でなーーっ!!」
そう叫ぶと降りしきる雨の向こうに焔火ネズミは走り去り、やがてすっかり姿が見えなくなった。
なんだか兄との事情はいまいち掴めなかったけど、とても清々しい奴に見えた。
「あいつ、良い奴じゃない」
「あぁ、もちろんさ」
ヴァルツ兄の顔もすっかりすっきりとしている。
そこで私は聞いてみた。
「ひょっとしてお兄様の闘気のイメージが“氷”なのって……」
フッと鼻を鳴らす兄。
「小さい時に高熱にうなされたしな。それにアイツが夢で見せた炎の闘気は本当に怖かったんだ。もう熱いのはこりごりでな」
お互い顔を見合わせ微笑んだ。
「ねえ」
「ん?」
「今でもちゃーんと可愛い妹を守ってくれるのかしら?」
「ふっ、お前は十分強い。必要ないくらいにな」
「はぁ~?」
「なんせ、俺が教えた」
「まぁそうだけどー。でもそのうち超しちゃうかもよー?」
「生意気言うな、まぁそれでも俺は守ってやるさ。アイツとの約束でもある」
ヴァルツ兄は私の頭を撫でてくれた。
降りしきる雨はちょっぴり私達の心を固めてくれた、そんな気がした。
(続く)
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