5話.ミッション遂行
街の東側、商店や住居が建ち並ぶ市街地から少しだけ離れた小高い丘の頂にある教会、それが聖ラピス教会。
教会に辿り着くとあの
「ようこそ、聖ラピス教会へ。あら、あなたはこの間の! ひょっとして修道女になる決心がついたのかしら?!」
「えーっと……今日は礼拝に」
「あら、ではこちらへどうぞ。もうすぐ神父様が説話をされるところですわ」
案内されるままに席に着き、私はしばらくその
説話を聞きに来た訪問者を丁寧に案内し、笑顔を絶やさず、暇が出来れば説話の準備をテキパキこなす。
すごいなー、私もここに入ればああいう応対とかマナーとか身に付くのかなー。
あの子は何歳なのかしら。私よりしっかりしてるけど……。
私ももう大人の女性として、ちょっとはそういう作法も身に付けとかなきゃかしらねー。
漸く神父が現れて話を始めた。皆、静かにその話に聞き入っている。
私は辺りを見回して焔火ネズミが居ないか探してみた。
ふと隣の席に目をやると……。
(え……えーーッ?!)
そこには子供くらいの大きさの、ブカブカの藍染のズボンを履き、上半身は裸、茶色い毛がうっすらと生えていて、頭は茶色に灰色が混じり、背中まで伸びている髪の毛のある“ネズミ”が座っていて、手を組み静かに目を瞑って神父様の話を真剣に聞いていたのだった。
なんでみんな気付かないの?……な、なんかシュールね。
「ちょ、ちょっと……」
私は小さく語りかけたが、こちらに気付いたそいつは“しーっ! ”と仕草をして、また神父様の話に聞き入ってしまった。
仕方無く神父様の説話が終わるまで待ち、改めてそいつにそっと話しかけた。
「あなた、“焔火ネズミ”よね?」
「おや、めずらしい。俺の催眠が通じてないとはね。ふむ……どうやらその首飾りのおかげらしいな。如何にもそうだが、何の様だい、お嬢ちゃん?」
「(お、お嬢ちゃん!?)実は幻獣ショップのムニャルさんに、貴方を連れて来て欲しいって頼まれてるの」
「何ぃ? ムニャルだと! あいつ自分も幻獣のくせして仲間を商売のだしに使って金を稼ごうってんだからな! あの性悪ネコめ!!」
「(言われてみればその通りね……)私、梟ネコが必要で、でもお金が足りなくて、そしたらあなたを連れて来れば“ただ”で渡すって言われたの」
「ほぉ俺様は梟ネコと同価値ってかー、舐められたもんだな。お嬢ちゃん! 何も心配する事ぁ無い。俺がアイツの所へ行って一発見舞ってやれば仲間に出来るさ! よしきた! ムニャルのとこへ案内してくれ!」
◇
空には怪しげな黒い雲が覆いだしていて、遠くでは雷も鳴り始めた様だ。
急いだ方が良さそうね。
私は焔火ネズミと急ぎ足でムニャルの待つ幻獣ショップへ向かった。
扉を開き開口一番、
「連れて来たわ!」
するとまたあの椅子で微睡んでいたムニャルは慌てて飛び起きた。
「ニャニャ?! もう捕まえたのかニャ、流石ニャン! やっぱおれっちの目に狂いはなかったニャ。初めからお前は只者じゃないと睨んでたのニャー。じゃあ引き渡してくれニャン」
そこへ後ろにいた焔火ネズミがずいっと前に出て啖呵を切った。
「やい、ムニャル! 今日という今日はもう許さん! 大体、仲間を商品としてこの人間界に売り出すってーのはどういう了見だ! てめーも幻獣のくせしやがって! この狸ネコ!」
「ニャニャ! 袋に入れたんじゃなかったのかニャ! お前こそ、この人間界にこっそり忍び込んで勝手気ままに暮らすなんてどういう事ニャ! それは重大な“規則違反”だニャ! とっとと捕まり、あっちの世界に戻るのニャ!」
「やーなこった! 大体そんな規則、勝手に決められても困るんだよなぁ? 俺はこっちの世界が気に入ってるし、何の迷惑もかけちゃいねぇ!」
「ムニャーーッ! 何か起きてからじゃ遅いのニャ! お・と・な・し・く捕まるニャーーーッ!!」
そう言うと、ムニャルは複雑な紋様の描かれた大きな布切れを広げ焔火ネズミ目がけて飛びかかった。しかしそれをいとも容易くヒラリと躱す焔火ネズミ。
「ムニャー! ちょこまかと……喰らえ! 必殺ネコパーンチ!」
ええーーっ!?
自分で“ネコ”って言っちゃってるし……。
でも凄い!
そのパンチは一つに非ず!何発もの乱れ打ちとなって襲ってきた!
その時、焔火ネズミの両目が光った。
キラーン!
「どぉりゃーーっ! 燃えてるチュー!!」
「ム、ムニャーっ!?」
ドゴーン!!
なんと! 気合を入れた焔火ネズミの全身を、燃え盛る炎の様な闘気が包み、焔火ネズミはネコパンチの嵐の中へ勇敢にも飛び込んだ!
気付くと焔火ネズミの繰り出したカウンターパンチが炎の唸りを上げて、ムニャルの腹に直撃していた。
ムニャルは後方に見事に吹っ飛びバタンと床に倒れ気を失っていた。お腹の毛は少し焼け焦げている。
凄いわ……これは間違いなく闘気。
しかもあの炎は見た目だけでなく本当に熱まで帯びている。
これは……良いものを見させて貰ったわ!
「さぁ、お嬢ちゃん。店の奥から梟ネコを連れてきな。なぁに遠慮するこたぁねぇ、この俺様が一言書き置きしとくから、俺様が逃がしたってな。ささ、コイツが目を覚まさねぇうちに早く!」
え? それって泥棒にならないかしら……。
雷の音が近くで鳴り響く。見ると空は黒い雲ですっかり覆われていた。
それで私は雨の心配を優先し、それ以上はあまり深くを考えず、言われたままに急いでカーテンの奥に入った。
薄暗い部屋の丁度入ってすぐに梟ネコは居た。
私はサッとそれを連れ出し、「あ、ありがと!!」とぺこりと焔火ネズミに頭を下げてお礼した。焔火ネズミは「またなー」と声を掛け笑顔で手を振ってくれた。
こうして私は、父から依頼された望遠鏡、羅針盤、そして“梟ネコ”を手に入れて家路を急いだのだった。
◇
「ただいまー!」
玄関の扉を開けると、そこには父、母、カイマンが揃って待ち構えていた。
どうやら私の帰りを心配して待っていた様だ。
奥にはヴァルツ兄が帰ってて椅子に座っていた。
「おお! カタリーナよ。買い物は無事済んだか?」
「あったりまえよ、お父様! だって私、16よ? もう子供じゃないんだから。はいコレ!」
「おや? これは一体なんだい? 私はネコを頼んだつもりなのだが……」
「あーそれは梟ネコよ! ネズミに催眠術を唱えて一網打尽に出来るのよ! 人間の言葉も通じちゃうんだから!」
父は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたわ。
母は「まあ、お利口さんなのね。よく見ると可愛いわー」と梟ネコを撫でていた。
「これ手に入れるの大変だったのよー。まず盗賊に財布を掏られちゃってそれから……」
「な、なにっ! お前、大丈夫だったのか?!」
「ええ! 追っかけて路地に追いつめ成敗してやったわ! そしたら財布を返してくれたうえにこの梟ネコを売ってるお店の場所まで教えてくれたの。だから私お礼に情報料を渡したの、しっかり者でしょ?」
流石に“賭け”で負けてお金を払ったとは言えない。
うまく誤魔化したつもりだった。
すると父は手を額に当てながらカイマンにもたれかかった。
カイマンは「お気を確かに! 旦那様っ!」て父を支えてたわ。
どうしたのかしらお父様?
でも母は「あら偉いわーカタリーナ! しっかりやさんね」って褒めてくれた。
ふふん、どんなもんよ!
「それにね、幻獣にも会ったのよ! この梟ネコもそうだし、ムニャルさんっていうネコそっくりな幻獣と、あとね、焔火ネズミさん」
「あら……!」
「本当かっ!? カタリーナ!!」
その時、大声を発したのは、椅子に座っていたヴァルツ兄だった。
外はすっかり雨が降り出していた。
(続く)
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